SONY

歴史に残る仕事をする。「におい」で新しい挑戦を続けるソニーの開発者の意志とは。

Culture

私たちは普段さまざまな感覚を使いながら生きています。その中でも今回注目するのは、嗅覚、つまり「におい」の感覚です。もともと嗅覚に関心を寄せていた藤田さんは独自に研究を始め、2015年にはスタートアップの創出と事業運営を支援する「Sony Startup Acceleration Program」を通じて、パーソナルアロマディフューザーAROMASTICの立ち上げを経験。次なる挑戦として、室内でにおい汚染を抑制し、嗅素(においの素)を手軽に制御するTensor Valve™テクノロジー開発に着手。わずか数年で、この技術を搭載した最初の商品として「におい」に関連した研究や測定を行うためのにおい提示装置『NOS-DX1000』を発表しました。独自の技術がつまったこの画期的な装置をなぜ開発するに至ったのか、何ができるのか、最前線で開発チームを引っ張っている藤田さんに伺いました。

藤田 修二
鷲尾 美波

現場のニーズに耳を傾けて。

──『NOS-DX1000』を開発しようと思った理由は何でしたか。

この嗅覚技術を通じて、臨床研究の発展とともに人々の健康にも貢献できると考えました。コンシューマ向けにAROMASTICというパーソナルアロマディフューザーを立ち上げた経験がありますが、その際に関わっていた耳鼻科の先生方から、嗅覚検査用途へのニーズの声をいただくことがとても多かったので、本商品がその課題を解決できると最初から自信を持っていました。

──具体的にはどのような声が集まっていたのでしょうか。

一般的な嗅覚検査の方法の場合、小瓶を40本くらい用意して、中に入った試薬を紙につけて順番に嗅いでいくという流れになります。アナログで時間も手間もかかる検査なので、耳鼻科の先生からすると検査技師の方に頼みづらいという話を聞きました。また、におい漏れという課題もあります。十分に広い大きさの会議室でも、小瓶を開けるとにおいが室内に広がり、通常の診療がその日続けられなくなってしまうそうです。特にこのにおい漏れの課題については、まさに技術が貢献しうる点で、私たちの腕の見せどころとなりました。

──装置の開発を進める中で、現場の耳鼻科の先生方にヒアリングを重ねたのでしょうか。

そうですね、50人以上の先生のもとに足を運びました。想像して議論するよりも直接聞いたほうがずっと早いです。例えば装置の大きさをどのくらいに収めなければならないのかを考える際も、実際に病院に行って設置するスペースを確認すればすぐわかります。

『NOS-DX1000』 (上部の穴からにおいが提示され、ボタン操作一つでにおいを切り替えることができる)

ソニーには課題を解決する力があるという確信を持って。

──ソニーは音楽や映像など、五感の中でも視覚や聴覚にアプローチして感動体験を創っているイメージがありました。新しい「嗅覚」という領域で事業を立ち上げることに不安はなかったのですか。

不安を感じたことはないですね。根本的には視覚も聴覚も嗅覚も、感覚として大きな違いはないと思っています。一つ技術的に大きく違うのは、視覚や聴覚は光や音など物理的な信号を使うのに対して、嗅覚は物質的な信号を使う点です。ソニーにはこの事業を成功させられる場があると思っていたので、迷いが生じることはありませんでした。

──ソニーの企業風土にどのように助けられましたか。

ソニーのチャレンジを応援してくれる人が多いカルチャーこそ、この商品が生まれた理由だと思っています。開発過程でいろいろな方にサポートしていただきましたが、未知数の新規事業について不安に思うのは当然なのに「本気でやるならやってみれば」と後押ししてくれる人が多くいました。本気で真面目に取り組みたいと思う人の背中を押してくれるような機会が会社の至るところにあると思います。

──そうして数年で事業化を成し遂げたのですね。

私たちはボトムアップでこのにおい事業を提案したので、最初から会社の信頼を得られていたわけではありません。チャンスは小さな信頼を積み重ねてこそもらえるものだと考えているので、長期的に考えるとやはり信頼を獲得することが大切です。また、人間は時間がかかると大丈夫かなと不安になるものだと思うので、短期的にも可視化したアウトプットを出すことを常に意識していました。社内だけでなく、外部の関係者に対しても同じです。お世話になっている先生に「藤田さん、厳しいスケジュールでやると言っていたけれど、本当に(期限内にアウトプットを)出してきたね。」と言われました。最初は多少強引さに抵抗も感じられていたのだと思いますが、最後には大変ほめてくださったのを覚えています。

歴史に刻まれるような仕事をするために。

──これまで2回新規事業を立ち上げたご経験がある藤田さんですが、新しい事業をつくるために必要なことは何だと思いますか。

どのような仕事にも大変な瞬間はいっぱいあると思います。ただ、全てが終わってしまえば、大変だったという感覚はもはや抜けているものです。「喉元過ぎれば熱さ忘れる」というのは本当だなと思いました。私たちは大層なことをしているわけでなく、目の前の関門を一つずつ突破していくだけです。立ち止まったら悩んでいたかもしれませんが、とにかく目の前にやることがたくさんあったので、悩んでいる暇もないですし、その一生懸命な瞬間が楽しかったです。

──以前新規事業の立ち上げを一緒に経験された方もチームに加わったそうですね。

そうですね。「どうにか乗り越えられる」という強いマインドを持っているメンバーばかりなので、その点で一番助けられました。何かをやりきったことがある人は、無理難題が目の前にあってもひるまず「なんとかなる」というスタンスで構えてくれるので心強かったです。

──こうして仲間とともに走ってきたにおい事業。発起人である藤田さんが大切にされている思いはありますか。

開発を進めながら思うようになったことですが、「歴史に残るような仕事をしている」という実感を持って働いています。このにおい事業は規模としてはまだ小さくマニアックな領域です。しかし、今回の『NOS-DX1000』のようなにおい提示装置は世界を見渡しても存在していません。通過しなければならないプロセスはありますが、将来的に健康診断の一項目として嗅覚検査が追加されたらと構想を膨らませています。

──もし健康診断に追加されたら、どのような形で社会に貢献できるのでしょうか。

嗅覚検査に最も期待が寄せられるポイントは、認知症のリスク測定です。早期段階の認知症の方の多くに、嗅覚の衰えが見られるという研究結果があります。そして現在、認知症の進行を遅らせる薬が開発されています。その薬は早期段階の方に投与するのが効果的であると言われている一方で、早期に認知症を発見するのが難しい点が大きな課題です。あくまで嗅覚は認知症のリスクを測定する1つの指標でしかありませんが、少しでも解決に近づけば、大きな社会貢献となるのではないかと思っています。

においの使い方を何通りにも増やしていきたい。

──藤田さんが率いるにおい事業の最終目標やゴールはありますか。

「いろいろな便利さ」を生み出したいです。例えば音楽は、さまざまな人がマイクで音を拾ったり、再生したり、音と音を組み合わせたりと、多種多様な楽しみ方がありますよね。嗅覚の領域でも、きっと今以上にあらゆる使い方やクリエイションがあるはずです。クリエイターとユーザーがつながっていろいろな嗅覚の使い方を皆で共有できるような世界。私たちがつくったツールでそういった世界が実現できたらいいなと思っています。

──最後に読者の皆さんにメッセージをお願いします。

ソニーは、その人が本当に何をやりたいのかを最優先してくれるカルチャーがあり、誠実に向き合ってくれます。だから、私も『NOS-DX1000』をつくることができたと思います。日本でもまだこれからですが、海外を含め耳鼻科医の方から問い合わせをいただいて確実な手ごたえは感じています。これからも期待感を持って頑張っていきたいです。

<編集部のDiscover>
ニッチな領域でありながらも、確実に社会に貢献できる。その自信と誇りと好奇心、そしてなんとかなるという精神で、たくましい仲間と共に前を向き続ける藤田さんは、働く人として輝いていました。藤田さんたちが開発するツールによって世の中の課題が解決されたり、新しい世界の楽しみ方が生まれたりする未来を想像してとてもわくわくしています。
藤田さん、お話ありがとうございました。


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