理系と文系に分けるのはナンセンス。「×AI」でキャリアに幅広い選択肢を
理系人材の不足や、特に理工系の専攻やキャリアを選択する女性が著しく少ないことは、日本社会全体の喫緊の課題となっています。その中でソニーグループ(以下ソニー)は、中高生が将来の進路を考えるきっかけを提供するために、AIをテーマにしたワークショップを行うなど、積極的なアクションを起こしています。
これらのアクションの旗振り役を担うのが、Discover Sonyにも度々登場している宮嵜さんです。宮嵜さんの熱い語りには、理工系人材を増やすためのヒントや、社会人の先輩としてのメッセージが多く隠されていました。
「あなたがやりたいこと×AI」理系と文系を分けないことがカギ
── 昨年から始めた中高生向けのワークショップ。今年はパワーアップした点があると聞きました。
ワークショップは、中高生に将来の進路を考えるきっかけを提供したいという思いで開催しています。基本的には、AIについて学び、それを活用して提案するパートと、キャリアについて話し合う座談会パートに分かれているのですが(詳しくはこちらの記事をご参照ください)、今年から大きな変化をつけました。それは、自分の職業興味を探る「RIASEC」*を活用したキャリア教育のパートを加えたことです。
*米国心理学者であるジョン・L・ホランドが提唱した、性格タイプに基づくキャリアと職業選択の理論。現実的(Realistic)・研究的(Investigative)・芸術的(Artistic)・社会的 (Social)・企業的(Enterprising)・慣習的 (Conventional)の6種類の頭文字をとって「RIASEC」と呼ばれる。
── キャリア教育のパートを加えた理由を教えてください。
私はキャリアコンサルタントとしての活動もしています。その活動を通じて、日本では、就職までを考えて進学する大学を決めることがあまりなく、いざ就職活動を始めたときに、具体的な仕事像をイメージしづらいのではと思っていました。もし、中高生という早めの段階で「あなたが今興味を持っていることは、実はこういう仕事やビジネスにつながっています」と知ることができれば、将来を見据えて進路を決められるのではないかと考えました。AIなどの技術を面白いと感じていただくだけではなく、自分の将来にもつながることを伝えたかったのです。
── その背景にはやはり「理工系人材を増やしたい」という思いがあるのでしょうか。
もちろん理工系人材が不足しているのは事実ですが、必ずしも理工系人材だけを増やしたいわけではありません。例えば文系を専攻している学生でも、AIを使いこなせれば強みになりますよね。どのような専攻や職種であっても、今後AIに関わる機会は増えると思うので、「あなたがやりたいこと×AI」を実践できると良いのではないかと考えています。
教育ではなく“共創”。自分の選択肢を増やすきっかけに
── 今年の夏、いつもとは違う形態でワークショップを実施したと聞きました。普段のワークショップとどのような違いがありましたか。
8月、全国から中高生24名が奈良女子大学に集まり、2日間のワークショップを行いました。奈良女子大学とソニーは昨年から包括連携*を通じた取り組みを行っており、今回のワークショップはその一環でもあることから、奈良女子大学の学生2名にファシリテーターとして参加してもらいました。
実は、通常は私一人でワークショップを進行するのですが、その際どうしても中高生に「先生」として見られがちで、何かアドバイスをすると正直に従おうとしてしまう生徒が多く、その点で難しさを感じていました。ですが今回は、参加する中高生との年齢がより近い大学生のサポートにより、同じ目線で一緒に考えやすくなったようで、より個性的なアイデアが生まれたのです。奈良女子大学の学生には大事な役割を担ってもらったと感じています。
*ソニーと奈良女子大学は昨年、理工系分野におけるジェンダーバイアスの解消とダイバーシティの推進をテーマに多面的な活動を実施し、次世代人材育成に取り組むための包括連携に関する協定書を締結しています。詳しくはこちら
── 学校の授業とは一味違うところも、中高生にとっては刺激になりそうですね。
実は私自身、「教育」という言葉にあまりしっくりきていません。ワークショップは「教える」というよりも、その場を一緒につくるものです。参加者だけが何かを得るのではなく、私やファシリテーターも得るものが多くあるので、「共創」という言葉がより適しているように感じます。せっかく対面で会うのならば、一緒にその場を創ってこそ、その空間に意味があるのではと思うようになりましたね。
── 宮嵜さんなりのこだわりもお持ちなのですね。この活動のゴールは何でしょうか。
ぜひ生徒の皆さんには、自分の選択肢を増やしてほしいと思っています。私はソニーに入社し、いろいろな業務や組織を経験してきました。その中で、仕事は実際にやってみないとわからないところがあり、担当してから「ちょっと合わないな」というのも意外とよくあることなのではと感じました。そのため、学生の段階で文系、理系と区別するのではなく、広く学んでおくことが自分の引き出しを増やすことにつながり、社内異動や転職にも柔軟に対応できるようになると考えています。
また、ワークショップの休憩時間には「なぜわざわざ地元を離れて奈良女子大学に進んだのですか?」など、中高生たちが大学生ファシリテーターに矢継ぎ早に質問をしていました。このような機会は、特に都心との情報の差が出やすい地方の中高生にとって、地元を離れて大学に進学することの意義を知るなど、選択肢を増やすきっかけになるかもしれません。
わからないからこそ楽しい。プレッシャーを乗り越えた先に
── このような活動は、即時的な成果には結びつきづらいような気がします。宮嵜さんが熱心に活動を続けられる理由を教えてください。
自分自身が成長できて、学べるからでしょうか。私はソニーに30年ほどおり多様な経験をしてきましたが、ワークショップを通じて中高生にどのような変化があり、それがソニーにどのような影響を与えるのかはなかなか予想できません。実際に活動をする中で、思いもしなかったような発見があったりもします。要は、わからないからこそ発見があり、それを私自身、楽しいと感じるんですね。それが成長や学びにもつながります。また、得られた発見は、採用業務に生かせるだけでなく、私の子どもと話す時に役立つこともあり、良いことずくめだなと感じます。
── この活動の中で、何か興味深い発見はありましたか。
女性の理系人材が少ないという課題を解決する上で、女子校が重要な役割を果たすという話を聞き、それが私にとって大きな発見でしたね。実は奈良女子大学を訪問した際、工学部の学部長と話す機会がありました。現状、理系を選択する女性を増やそうと取り組む大学は多いものの(国の統計では、そもそも高校生の時点で理系コースを履修する生徒の割合に大きく男女差が生まれているため)、なかなかジェンダーギャップ解消にはつながりにくいそうなのです。学部長からは、「理系分野において活躍する女性の裾野を広げるため、私たち女子大の果たす役割は大きい」という力強いメッセージがありました。実際、奈良女子大学は2022年に女子大として初めて工学部を開設しています。このように学べる環境の選択肢が増えると、理系人材を志す女性の数も大きく増えるかもしれません。
── 一方、ソニーという大きな企業の中で、先頭に立ってこのような活動をするのには難しさもありそうですが。
大学との連携は大きなプロジェクトなので、担当を任された時はプレッシャーを感じました。ですが、初めて大学の先生方と話した際、「成果を出さなければ」と焦る以前に、「こうしたいですよね」という前向きな話でとても盛り上がったんです。この活動はお互いにとってプラスになるとわかりましたし、「一緒につくっていこう」という意志を共有できました。大学側と同じ方向を向いていることに気付けると「自分たちでつくっている」という感覚になり、自信を持てるようになります。知人からも「宮嵜さん、最近楽しそうですね」と言われることが増えましたね。
「欲張り」な宮嵜さんの挑戦は続く
── 理工系人材の不足という社会課題に挑む中で、何か手応えはありますか。
取り組みを重ねるごとに手応えを感じています。例えば先ほど述べた8月のワークショップで、明るいムードメーカーの生徒がおり、個人ワークのアイデアもユニークで面白かったのです。話してみると、「今まで学校ではなかなか自分を出せなかったけれど、このワークショップで周りの子や宮嵜さんが自分のアイデアを認めてくれて、こんなに『いいね』と言ってもらえたのは生まれて初めてです」とすごく喜んでいました。
アンケートの反応を見ても、「自分が思った以上にAIに興味を持てたので、今後もAIについて調べてみたいと思った」「AIへの考えが覆されました!参加していなかったらずっとAIに興味は持たなかったと思う」「将来のことはあまり考えたことなかったけど、今回参加して考えることって楽しいなと思えた」などという良い反応をたくさんいただきました。
一方で、欲も出てきました。この活動を実際の採用にも直結させたいと思うようになりましたね。まだまだ新しいことができそうです。
── 最後にぜひ、これから挑戦したいことを教えてください。
まずは、この活動を継続させたいので、他にもワークショップを務められる人材を見つけたいです。そして、私もさらに何か新しいことに挑戦したいですね。その一つが、社員のキャリア形成サポートです。例えば、データを活用してキャリアサポートにつながるような取り組みに挑戦できないかと個人的には企んでいます。これもまたチャレンジングなテーマですが、ここからさらに興味が広がり、挑戦したいことも増えていきそうです。やはり私は、ちょっと欲張りなのかもしれません。
<編集部のDiscover>
取材中、宮嵜さんの熱い語りについ聞き入ってしまいました。次々と新しいアイデアを生み出すところや、思いついたことを進んで行動に移す姿勢は、社会人の先輩としてこれからお手本にしたいと思います。また、ソニーのこのような取り組みがいかにして社会課題に良い影響をもたらすか、ぜひ注目していきたいですね。