ソニーは誰もが感動を分かち合える未来の実現を目指しています。
ソニーが2022年10月に米国で販売開始したセルフセッティングタイプのOTC(over the counter)補聴器。どんな世界の実現をイメージし、どんな想いを込めて手がけているのか。開発メンバーに話を聞きました。
奥本:今ある補聴器は人の声が聞こえる、会話に特化されたものが多く、まだまだ課題が多いのが現状です。しかしながら、ソニーが蓄積してきたヘッドホンやオーディオの技術を活用することでソニーが解決できる部分が多々あるのではないか、さらに、エンタテインメントの側面を入れることで異なるアプローチの体験や楽しみを提供できるOTC補聴器ができるのではないか、というアイデアからプロジェクトがスタートしました。
服部:最初の市場調査でわかったことは、高齢化が進む国・地域でも補聴器の装用率が低いことです。日本でも14.4%ほど(※1)。米国でも20-69歳に至っては補聴器が必要な人のうち20%弱の人しか補聴器を装用していない(※2)という実態がありました。一方で、難聴に対して適切な対処をせず放置していると、認知症のリスクが高まるという研究報告もあり、ご本人の不安や苦しみはもちろんのこと、医療費増大の問題や介護による周囲の人の労力も要する状況に陥る可能性もあります。そのような状況を受け、米国では、政府の指示のもと18歳以上の軽度/中等度難聴者向けに、専門家による介入や処方なしで購入できるOTC補聴器という新しいカテゴリーの補聴器を認可し、装用率の向上を図ろうとする動きがありました。そこで、私たちもソニーの総合力を活用し米国のOTC補聴器市場に参入することで、聴こえで困っているにもかかわらず補聴器を使っていない人たちの手助けができるのではないかと考えました。
服部:我々メンバーの何名かは、以前から医療機器の企画開発を手がけていたため、机上調査では表面的な情報しか得られない、難聴者の方が抱える困りごとの背景やシーンについて直接インタビューを実施して深堀りすべきという考えを持っていました。今回もインタビューを実施してみると、難聴の種類やレベルによって聞こえにくさの種類が個々で違っており、画一的に区分けできないことがわかりました。同じ聴力の方でも、嗜好や生活環境、職業などにより、どんなシーンで何の音を聞きたいのかが違っており、困りごとは多岐に渡っていました。当事者の言葉を通じて悩みの大きさやその背景をよりリアリティをもって確認することができ、問題の深刻さを痛感することもできました。さらには、我々の抱いていた先入観が覆されるような経験をすることもありました。例えば、難聴の方はあまり音楽を楽しめていないのではないかと考えていましたが、ピアノを習っていらっしゃる方や、ストリーミングで音楽を楽しまれている方もおられました。我々の考えが思い込みである可能性と、ユーザーの声の重要性を再認識する経験でした。また、インタビューの奥深さや難しさを感じたのもこの頃です。装用率の低さにつながっている補聴器への抵抗感のような感情はアンケートやインタビュー冒頭では見えてこないことも多く、インタビューに慣れてきた中盤以降でようやくそういった感情が出てきます。目的に応じてヒアリング手法を変えるなどの工夫が必要なことを学びました。
奥本:本人だけでなく、ご家族など周囲の人にとっても、大きな声で話す必要があったり、テレビの音量がかなり大きかったりと、困りごとが生じているパターンも散見されました。今回の対象地域は米国だったので、そちらを中心にインタビューを重ねたところ、困っているのに補聴器をつけない理由が3つあることがわかりました。一つ目は、日本でもそうですが、老人がつけるものという補聴器に対する嫌悪感、難聴であることを周囲に知られたくないという負の感情です。米国では多様性を受け容れるため、そのような負の感情は日本より低いのではと想像していましたが、日本同様、もしくはそれ以上に補聴器に対する嫌悪感があり、難聴であることを強く知られたくないという思いを持っていることが分かりました。二つ目は補聴器が必要であるにもかかわらず、装用する煩わしさや、継続的なメンテナンス・調整の手間がかかることから、結果的に補聴器を使用することをやめてしまう方も多いことが分かりました。そして三つ目が、価格です。だいたい補聴器はペアで60万円くらいが平均的で非常に高額です。保険等による経済的支援も少しずつ始まっている状況ですが、ユーザーには大きな負担となっています。
服部:インタビューした内容から、こういったモノであれば今の課題を解決できるのではという新たな仮説を立て、それをまた当事者の方にインタビューするという流れを取ってきましたが、例えば、補聴器の形状一つを取ってみても、さまざまな発見がありました。当初、耳にかけるRIC(耳掛け型)型と呼ばれるタイプは非常に小型化が進んでいて本体がほぼ耳の後ろに隠れ目立たないため、広く受容されるのではと考えていました。しかしながら、補聴器の購入を避けてきた難聴者の方々にとって耳にかける形状は補聴器の象徴と感じて買う気にならないという意見も多く出ました。一方、耳穴に入れるワイヤレスタイプのイヤホン型は、プライベートな環境では使用できるが、職場の対面でのミーティングなどでは話を聞いていないように見えるためつけられないという意見もありました。難聴を周囲に知られたくないので、場に合わないものを使用したくないという思いが背景にあったようです。形状の要望も多種多様であることが分かりました。
柘植:開発当初は、今は音楽用のイヤホンがかなり普及しているので、単純にソニーのイヤホンを補聴器にしたらいいのではと想像していました。しかしインタビューの結果、それだと大きすぎる、目立ちすぎると、イヤホン型でもとにかく小さいものが求められていたのはちょっと意外でしたね。そのため、現在発売している第一世代のOTC補聴器は、なるべく目立たないようにして、補聴器のネガティブイメージをいかに解消するかということを考えました。通常のイヤホンではマイクの部分に金属的な処理をしているのを目立たないようにしてみたり、SONYの文字が表から見えないようにしたり。あとは、一般的な補聴器は耳の形に似たものが多いですが、ソニーらしいデザイン、形状を意識しました。耳に入れる部分は耳の形に合わせた形状で装着感をキープしつつ、表側は面と面の合わさる境界線を作ってすっきり仕上げる工夫をしましたね。
青島:お客さまとの関わり方でも、従来の補聴器のイメージと差異化すること、なおかつ難聴者の方が感じる心地よいライフスタイルに寄り添うことを意識しました。パッケージやWEBサイトなど、そこに掲載する静止画撮影や写真の選定でも、すごく意識しましたね。今回は、ターゲットユーザーをアクティブシニアと呼ばれる仕事を続けている世代に設定していたので、彼らのリアルなライフスタイルを想像しながら、補聴器は高齢者だけのものという思い込みをなくすため、モデルも幅広い年齢層の方が自分事に感じるよう意識して選びました。また、パッケージや広告などでイヤホンではなく補聴器に見える工夫もしました。3つの重なり合うサークルをアイコン化してモデルの耳の上に置くことで"補聴器らしい傾聴感"を出し、パッケージだけでなく、プロダクトビデオなどの中でも説明的になりすぎない範囲で広告上の共通のアイコンとすることで、スマートなOTC補聴器を表現しています。
服部:OTC補聴器が実際に発売になり、「OTC補聴器が目立たなくて、周囲の人にも装用しているのが気づかれにくいので使いやすい」「スマホで簡単に調整ができ、自分にあった聞こえが提供されて世界が変わった」などのSNSや販売サイトに投稿されたお客さまからのコメントを見て、私たちの狙っていたところが評価されて素直に嬉しかったです。これも、開発前からユーザーの声に耳を傾けた結果なのかなと。また、装用者本人のみならず、家族や身近な人が幸せになっているという声もあり、改めてソニーのアクセシビリティのキーメッセージに掲げている「誰もが感動を分かち合える未来を、イノベーションの力で。」につながっていく気がしました。今後は、OTC補聴器の基本機能の進化と新たな付加価値の提案を行っていきたいと思います。
奥本:一般的なコメントは短いものが多いのに、娘さんがお母さんに買ってあげたとか、大きな声で話す必要がなくなったなど、熱く長いコメントを多くいただいたのも印象的でした。今後の課題としては、ご自身でやっていただくスマートフォンでの調整を、もっと簡単に設定できるようにしたいですね。また、Bluetoothを使用して様々な機能を追加していきたいと思っています。
柘植:インタビューを通して、耳を通して得られる感動を失っている、諦めているという声が聞こえてきました。現段階はまだ、大事な声や音が聞こえる程度で、聞こえづらいという困りごとを解決したところですが、今後はさらなる感動をお届けできる方向に拡張していきたいですね。そして聞こえの課題を抱えている方が積極的につけてみたくなるようなものを作りたい。「感動」はソニーのキーワードなので、それを難聴の方たちに提供していきたいです。また、デザイン面では、補聴器は身につけるものなので、それぞれ個人が見た目のカスタマイズもできるようにしたいですね。
青島:目指すところでいうと、今出てきた「拡張」の先に「融和」というキーワードも意識しています。ゆくゆくはその人のスタイルに融けこんで、OTC補聴器としての存在を忘れてしまうほどなじんで身体に一体化していく。そんな未来に向かっていけたら良いと思います。
独自の技術を組み合わせ、これまでにない聴覚体験とユーザーの生活向上を目指すソニーのOTC補聴器への取り組み。今後も提案/仮説をベースにユーザーとの継続的な対話による学びと、多くの方へ徹底的なリサーチをすることで、インクルーシブな未来に向けた、製品、サービス、体験のアクセシビリティを高め追求していきます。