ソニーの未来が託される
クリエイティブセンターの挑戦
「ソニーのデザインは統一されていなければなりません。デザイナーをひとつの場所に集めましょう」。(大賀典雄)ソニー元会長 兼CEOの大賀典雄は、1959年にソニーに入社するとデザインの重要性について当時の経営陣に進言。1961年にデザイン室(現:クリエイティブセンター)が設立されました。昨年、設立から60年を迎えたクリエイティブセンターはプロダクトデザインにとどまらずエンタテインメント、金融など多様な事業領域に活動の幅を広げ、ソニーグループのクリエイティブハブとしてブランディングやインキュベーションなど多岐に渡るデザイン活動を行っています。本社ビルにあるクリエイティブセンターのオフィスは、デザイナーとごく一部の社員しか入室許可のない厳重管理されたフロア。そこで、さまざまな挑戦を重ねるクリエイティブセンターの活動について昨年10月にクリエイティブセンター長に就任した石井大輔に話を聞きました。
今も受け継がれる“自撮り”スタイルをデザイン
—入社以来、これまでどのような商品をデザインしてきたのでしょうか。
入社してすぐに、ビデオカメラ「ハンディカム®」のデザインを担当しました。当時、液晶モニターを見ながら撮影できる他社製のビデオカメラがヒットする中、ソニーも何とかしなければならないということで、商品を見直す必要があったのです。そこで、モニターの角度が自在に変えられ、自撮りもできる回転機構を提案し、設計者と開発を進めました。現在、動画撮影に特化したVLOGCAMシリーズでも同様の機構が継承され、液晶を見ながら撮影できるスタイルが復活しているのは嬉しいですね。クリエイティブセンターでは、デザイナーは3年から4年で担当商品のローテーションをするため、その後は一つのカテゴリーにとどまらず、MDウォークマン®初のスティック型のリモコン、ヘッドホン「MDR-V150」、AIBOの「ERS-7」などのプロダクトデザイン、またサイバーショット®やXperia™、さらにはプログラミングが体験できるIoTブロック「MESH」などの新規事業領域に携わり、最近では、次世代の移動のカタチを追求する「VISION-S」や、ソニー初のドローン「Airpeak」などのクリエイティブディレクションを担当しました。
広告宣伝部を兼務し、デザインのフィールドが広がる
—これまでで、一番印象深いプロジェクトは何でしょうか?
2008年に発売されていた、デジタルスチルカメラ“サイバーショット”のTシリーズの広告宣伝に関わったことです。当時のテレビCMの方向性に少々疑問を感じていたこともあり、広告宣伝部から異動してきた当時のクリエイティブセンター長に色々と意見を伝えました。「それならば、石井が広告宣伝も担当するのはどうか」という提案があり、広告宣伝部を兼務し、サイバーショットの広告や制作物のディレクションをすることになりました。当時は課長をしながら現場のマネジャーとしてデザインをリードし、広告宣伝部を兼務するのは異例だったようですが、実際、設計の現場に携わりつつ、消費者に近い広告に関わることができたので、自分自身もフィールドが広がっていく感覚がありました。大変でしたが、やりがいのあったプロジェクトでした。
—ソニーの商品の多くは、海外でも同じデザインですが、
多様な感性を持つお客さまに向けて、どのようにデザインを「決める」のでしょうか?
その商品を手に取った時、お客さまに感動を与えられるのか。ユーザー目線に立って決めていくしかない、という一言に尽きます。クリエイティブセンターの創設者でもある大賀さんが「心の琴線に触れる商品をつくろう」と繰り返していたのですが、私自身も大切にしている言葉です。その人の「心の琴線に触れるもの」でなければ、お客さまには受け入れられないですし、本当に良い商品は、使い勝手が良く、デザインとしても美しいものです。人の心に刺さるものがなければ、共感は得られません。特に初めて商品を見て使ったお客さまの心に響くものがなければ、その商品のリピーターやファンにはなってもらえません。商品の色や形だけのことではなく、商品を通した体験を含めて感動をお届けしたいと思っています。
デザイナーは自分自身を客観視しなければならない
—ユーザー目線でいるために、気を付けていることはありますか?
知識や一般論に凝り固まりすぎず、またマーケティングや企画担当者、エンジニアが言っていることを自分の中でしっかりと咀嚼して、客観的な視点で考えることでしょうか。デザイナーは、デッサンを勉強します。デッサンは、3Dの立体物を紙と鉛筆と消しゴムだけで、2Dの世界に落とし込む作業です。その際、大きさや位置関係があっているか、もう一人の自分が常に客観視して、自己確認しながら描きます。デザインの業務でも、プロダクトやサービス、コミュニケーションのデザインをする時には、それが自分たちの価値規範として、真に正しくできているか、ということを客観的な視点でディスカッションをしながらデザインの審議をします。まさに大賀さんの「心の琴線に触れる商品は何か」ということを再確認しながら追求していくのがデザインの仕事です。こういったプロセスは、ソニーのPurposeである「クリエイティビティとテクノロジーの力で、世界を感動で満たす」ことの実現に繋がっていると思います。
ブランディングのきっかけは新規事業プロジェクト
—プロダクトからユーザーインターフェース(UI)、ユーザーエクスペリエンス(UX)、
ブランディングを横断的に手掛けるきっかけは何かあったのでしょうか?
MESHもそうですが、新規事業のプロジェクトが一つのきっかけになっていると思います。規模は小さいですが、始めからプロダクト、UI、UX、ブランディングを横断的に開発するので、それぞれのプロジェクトをサポートする上でクリエイティブセンター内にも知見やノウハウが蓄積されていきました。もともとMDウォークマンのスティックリモコンでの曲名の表示の仕方にもユーザー目線でこだわるなど、UI、UXとプロダクトとの融合はこれまでも自分自身の中でテーマとして考えていました。ブランドロゴのデザインも含め、プロダクト単体ではなくブランディングやUI、UXなど、全てが一つの世界観としてまとまることで、ユーザー体験の価値が生まれると考えていました。近年担当したAirpeakは、まさにプロダクトから、アプリケーション、ネーミング開発を含めたブランディングについて横断的に取り組んだプロジェクトでした。
また、数年前の話ですが、モバイル事業のマネジメントが変わった時期に、クリエイティブセンターからコーポレートビジョンの策定を提案しました。実際にトップマネジメントの合宿にも参加し、数回のワークショップを通して「好きを極めたい人々に想像を超えたエクスペリエンスを」という言葉を導き出しました。最初はコミュニケーションを統一するためのビジョンでしたが、設計思想にも反映されるようになりました。このプロジェクトがきっかけとなり、コミュニケーションデザインや言葉でのビジョン構築がデザイン領域にも入っていきました。ソニーセミコンダクタソリューションズの「Sense the Wonder」というコーポレートスローガン策定も、こうした知見が生かされた例です。
—新たなブランドを始める時や刷新する時に、「まずはビジョンをつくろう」というのはクリエイティブセンターからの提案だったのでしょうか?
モバイル事業のビジョン策定は、担当デザイナーが当時のモバイル事業の社長に提案することで実現しました。先日発表したソニー・ホンダモビリティ株式会社の企業パーパス(存在意義)の策定においても、クリエイティブセンターのデザイナーが新会社の社員や様々な関係者にヒアリングし、最終的にはトップマネジメントの意思を反映させる形で、「多様な知で革新を追求し、人を動かす。」という言葉を導き出しています。
モビリティの未来を描く挑戦へ
—モビリティにはどのようにクリエイティブセンターが関わっていたのでしょうか?
2018年頃、自動車業界が大きく変わる変革期にある中で、トップマネジメントから「モビリティの進化への貢献に、ソニーとして何ができるのか?」というお題を頂きました。そこで、クリエイティブセンターとしてモビリティについての提案を具体的なビジュアルにして持っていったのです。「ソニーのモビリティとして、どこを目指すのか?」ということを考え、まずはデザイナーたちで議論しながら、一冊のストーリーブックにまとめていきました。UXやプロダクトデザイナー、さらにはブランディングやコミュニケーションのデザイナーなど、欧州のデザインチームも含め、多岐に渡る専門性をもったグローバルチームでコンセプトをどうするか考え、ディスカッションしていきました。そこで導き出されたのは、ソニーがモビリティに貢献するとしたら、答えはセンシングにある。センシングに守られたモビリティを僕らはつくっていくんだという方向性で一致しました。その後エンタテインメントも含め、ソニーを取り巻く色々な事業をモビリティに結び付けるとどうなるか、という観点で「VISION-S」をデザインしました。
ソニーの多様な事業の魅力を伝えるために
—クリエイティブセンターは、ソニーの未来を描くことを託されているという印象を受けました—
デザイナーは未来や、まだ見えないものを具現化することが仕事だと思っています。画や言葉で未来を描けることがデザイナーの最大の強みです。トップマネジメントやビジネスのステークホルダーの考えを可視化できるようにすることがデザイナーの役割だと思っています。
—入社当時のプロダクトデザイン中心の時代から現在まで様々変化があったと思います。
今、デザイナーに求められることは何でしょうか?
入社当時は、いかに商品をマーケットのニーズに合わせデザインしていくかが勝負でした。今はユーザーの購買行動がモノだけではなく体験を重視する方向へ変化しているのと同時に、ソニーグループのビジネス領域がより広がる中、我々デザイナーの役割も、よりブランドそのものの体験を生み出すことに移っています。自分自身、以前は、テクノロジーをどうやってマーケティングに沿った形で表現しデザイン開発するかを考えていましたが、今は少し違っています。ある意味これまでの自分自身も否定しながら今後を考えていかなければならない。もしかしたら社会全体としてマーケットの成長以上に大事なことがあるかもしれない。だからこそ、5年先、10年先を見据えて、新しいプロジェクトを始める時は、ビジョンづくりが重要になっているのだと思います。
ライフスタイルもデザインする時代へ
デザイナーが深く開発に携わったオリジナルブレンドマテリアルは、環境に配慮したパッケージを実現しました
また現在は、ソニー生命のライフプランナーがお客さまとのリモートコンサルティングで使用するシステム「C-SAAF Remote」のデザインなどをはじめ、金融領域のデザインも増えています。さらに銀座のSony Park Miniのスペースを活用したR&Dとのコラボレーションなどの対外発信なども行っています。こうしたクリエイティブセンターにとってあらたなデザイン領域を開拓しつつ、未来のユーザーのライフスタイルに寄り添うデザインを提案していきたいと思います。
デザイナーのクリエイティビティを刺激する
海外デザインフェスティバル
—先日は海外のデザインフェスティバルに参加されたと聞きました。海外での反応はいかがでしたか?
9月にイギリス・ロンドンで開催された「ロンドンデザインフェスティバル 2022」に参加しました。今回“フィジカルとメタ・リアリティの世界の融合”をテーマとした展示「INTO SIGHT」では、VRゴーグルをかけて没入するいわゆるメタバースの世界ではなく、Crystal LEDディスプレイとセンサーを使ってメタ・リアリティ空間に人間が入っていくという逆の体験展示をつくっていきました。人の動きに合わせて音楽がリアルタイムに生成されるのですが、来場者からは「ヒーリングになる。心地よい癒し空間だ」などのコメントが多く寄せられ、想定外の反応がありました。来場者の動きに合わせて音楽やCGが変化し、同じ体験が2度と起こらない仕組みなので、「その場でしかできない体験」につながりました。海外デザインフェスティバルへの出展を通じて、クリエイティブコミュニティに近づき、デザイナー自身の能力拡張の場にしたいという思いもあります。これまでもデザイナー目線でソニーのテクノロジーを使ってどんなことができるか、それぞれが内に秘めたクリエイティビティを存分に発揮してもらうために「ミラノデザインウィーク」へ出展したり、昨年はSci-Fiプロトタイピングという手法を用いて「2050年の東京」の物語を描くために作家とコラボレーションをしました。
今後のクリエイティブセンターが目指すものとは
—最後に今後のクリエイティブセンターの活動について教えてください。
新しいビジネスやテクノロジーを支援する「インキュベーション」と「ブランディング」がクリエイティブセンターの活動のコアになってきているので、そこを起点に社内外の色々な方と協業していきたいですね。先日開催したサステナビリティ説明会や、展示会「CEATEC 2022」でも、プロジェクトメンバーの一員として環境への取り組みを社外に発信しています。CEOである吉田さんからの、「ソニーの環境への取り組みをクリエイティブセンターがストーリー化してみるとどうなるのか?」という問いかけがきっかけとなり、一見、それぞれ関係がなさそうに見える宇宙やモビリティ、オリジナルブレンドマテリアルなどの取り組みをストーリー化し、「地球」・「社会」・「人」というテーマに整理しました。こうした環境に対するメッセージの構築も我々の責任ととらえています。様々な領域に関わっているからこそインキュベーションとブランディングの視点で、各プロジェクトについてデザイナーがストーリーを紡ぎ出す。こうした活動を「クリエイティブハブ」という言葉を使って表現しているのですが、ソニーグループ内外の皆さんと協業して、ソニーグループの未来をつくるお手伝いをしていきたいと思っています。