宇宙へ通じるソニーのテクノロジー プロジェクトメンバーが語る月面探査ロボットの開発エピソード
2024年1月25日、日本で初めて月面へのピンポイント着陸に成功した小型月着陸実証機SLIMをとらえた一枚の写真が公開されました。この歴史的な一枚を撮影した変形型月面ロボット「LEV-2(愛称:SORA-Q)」の開発には、JAXA、タカラトミー、同志社大学とともに、ソニーグループも携わりました。世界で初めてとなる完全自律ロボットによる月面探査プロジェクトで社内の開発チームを主導した、ソニーグループ株式会社 テクノロジープラットフォーム Exploratory Deployment Groupの永田 政晴に、LEV-2の開発エピソードやロボットに使われたソニーの技術について聞きました。
月に降り立ったSLIMをとらえた 世界初の完全自律型ロボット
今回、4者が共同開発したLEV-2は、直径約80mm(変形前)、質量約250gと世界最小・最軽量の完全自律型の月面探査ロボットです。球体の親しみやすいデザインや、ウミガメから着想を得て、月面を泳ぐように走行できる筐体の設計には、タカラトミーの玩具開発の知見とアイディアが生かされています。
小型月着陸探査機SLIMに搭載されて宇宙空間へ打ち上げられたLEV-2は、2024年1月20日、超小型月面探査ローバLEV-1と共にSLIMから月面へ放出されました。その後、自動で着陸したSLIMを見つけて、走行しながら撮影し、その機体と周辺がバランスよく映った良質な画像データをLEV-1に伝送する事で、月面の写真を地上に届けたのでした。
超小型・軽量化を実現した
IoTボードコンピューター「SPRESENSE」と技術開発
月面探査ロボットの開発は、2016年にJAXA宇宙探査イノベーションハブとタカラトミーの二者によりスタートしました。その後、2019年にソニーが、2021年に同志社大学が参画しています。ソニーの技術者に課されたミッションは、JAXAとタカラトミーが作り上げた「球体から変形し、不整地を動きまわるロボット」という筐体の構想を、完全自律ロボットとして実現すること。さらに、ソニーは機体に搭載する部品の選定や、ロボットの動作の制御や撮像にかかわる技術開発を主導しました。
開発を始めた当初、「世界最小・最軽量の月面探査ロボットにはもってこいの技術」として白羽の矢が立ったのが、ソニーセミコンダクタソリューションズが開発・販売する低消費電力のIoTボードコンピューター「SPRESENSE™」です。小型で低消費電力でありながら、カメラやセンシングデバイスを組み合わせてプログラムすることで、自律走行や撮影などの動作を実現できる高い性能を備えています。独自の環境試験において、SPRESENSEに宇宙で想定される放射線や外部からの衝撃などに充分な耐性があるか検証を重ねた後、ロボットのすべての動作を司るコアプロセッサーに採用されました。また、開発環境やソースコードが公開されていることも、パートナー各社との協働を円滑に進めるにあたり利点となりました。
一方で、自律移動や撮影、無線通信などの動作のタスクの全てをSPRESENSE上で実行するには、システムの負荷をできるだけ抑える工夫が必要となります。そのために、デバイスの設計・開発で腕を磨いてきたエンジニアが、回路や基板の設計から地道に取り組みました。
さらに課題となったのが、画像処理です。画像処理は、SLIMの写真撮影に加え、LEV-2の"目"として適切な位置への移動にも関わる重要な要素です。しかし、地上での実験において、宇宙空間や月面着陸の状況を完全に再現することはできませんでした。「正解がわからない中で、どうすれば確実にSLIMを検知・撮影できるのか検討を重ね、最終的には外観の断熱材の色(金色)からSLIM全体を認識する仕組みを作りました。そして、光と影のコントラストや反射など思いつく限りのシチュエーションで撮影実験とエラーの解消を繰り返し、技術の精度を上げていきました。」
製造業のノウハウで、宇宙開発に一石を投じるアプローチを実現
永田は、ソニーの技術を生かして地球・社会のサステナビリティへの貢献を目指す「地球みまもりプラットフォーム」のプロジェクトにも携わっており、宇宙空間を活用する新たな通信技術に取り組んでいます。そうした経験の中でも、打ち上げ時の衝撃や温度変化、宇宙線など、地上とは全く異なる厳しい環境やリスクへの対処など、宇宙開発のハードルの高さを実感していると言います。
「部品一つであっても、宇宙のための特別な"一点もの"が必要で、多大な時間と労力をかけなければならない側面があります。それに対して、今回の4者のロボット開発は、かなりスピーディーに進んだと感じています。」
実際に、ソニーが参画した2019年から約1年で、自動で動くロボットの試作機が完成。JAXAによるフィールドテストや環境試験などの実験に、十分な時間を費やすことができました。この開発スピードの速さの裏には、業種は違えど製造業にルーツを持つタカラトミーとソニーならではの発想がありました。
「LEV-2は部品も民生デバイスを活用しており、筐体も手で組み立てられるほどシンプルです。さらに、『高い品質のものを、均質かつ大量生産する』のは両者が得意としている領域なので、同じ技術を搭載した試作機を複数台つくり、並行して試験運用することで、各々が担当する技術の検証に専念でき、効率的にLEV-2全体の質を高めることができました。」
これは、宇宙に打ち上げる1つの実物の機体に対して繰り返し実験を行う従来の開発とは異なる、新たな視点でのアプローチでした。
昨今、多くの民間企業が宇宙に関心を寄せ、衛星などの新技術の開発や新たなビジネスに参画しはじめています。永田は今回の共同研究を振り返り、改めて宇宙開発の面白さと、ソニーが技術で貢献できる可能性を感じたと語ります。「ソニーで磨いてきた技術やスキルが宇宙でも通用すると、自分たちの手で証明できたことは自信になりました。場所が地上でも宇宙でも、根底にあるものづくりの原理は変わらないことも、身をもって実感できました。これからも、ソニーの技術や開発のノウハウを、宇宙のような新しい領域に対して提案していきたいです。」