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鍵は「歩行者」 娘の誕生をきっかけに開発を始めた安全支援システムとは?

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昨年、全国で発生した交通事故は30万7,930件*1。平均して約100秒に1件の割合で発生した事故は、依然として大きな社会課題のひとつといえます。中でも7歳から12歳までの子どもが歩行中に遭遇する事故は、その他全ての年齢層よりも高い*2とするデータもあります。交通事故の削減に向けて自動車の運転支援機能の高度化が進む中、ソニーではあるエンジニアが歩行者側の安全支援技術に着目。自主的に開始した研究開発が、社内外からのサポートを得て進歩を続けています。

ヒト主体の安全支援

ソニーグループ株式会社 テクノロジープラットフォーム Exploratory Deployment Groupの日永田佑介(ひえいだゆうすけ)は、歩行者主体の安全支援システム(Advanced Pedestrian-Assistance Systems、以下APAS)の研究開発に取り組んでいます。APASは歩行者の行動を認識し、事故につながりやすい行動がどこで発生したか可視化すると同時に、その情報から事故リスクの高いエリアを予測する技術です。

ソニーグループ株式会社の日永田佑介

日永田は前職でセンシングやAI技術を用いた自動運転の研究開発に携わり、交通事故削減への高い関心も抱いていましたが、自動車の機能向上のみによる事故防止に限界も感じていました。

「ADAS(Advanced Driver-Assistance Systems)の市販車への実装が進み、自動運転システムの技術開発も盛んな昨今ですが、車には死角があるほか、走行中の車が停止するまでには空走距離と制動距離が必要です。特に日本では、人が通れるような狭い幅の道路から先に整備されてきた歴史的背景から、道路インフラ構造の制約もあります」

その後ソニーグループに転職した日永田は、2019年当時、研究開発の組織内で開催されていたボトムアップ型の技術提案会の存在を知ります。

「ちょうど娘が生まれて間もない頃で、子どもの交通事故削減のために何かできないかと普段から考えを巡らしていたのですが、この会への参加を通じて考えをまとめてみようと思いました。若手メンバーでブレストする中で、キーワードをたくさん並べて繋いでみたところ、『これならいける』と感じたのが"歩行者"と"ADAS"を組み合わせた"APAS"でした」

歩行者側に着目したこのAPASを、2019年に開催された提案会に出展したところ、特別賞を獲得。開発ビジョンの深堀と説明内容の工夫を重ねて再チャレンジした翌年の会では大賞を受賞しました。そして、2022年には正式なプロジェクトとしてAPASの研究開発が開始し、今年の1月から2月にかけて、福岡市および福島県南相馬市にある小学校計5校の児童計約130人とその保護者を対象とした、実証実験の実施に漕ぎつけました。

外部パートナーとの初の実証実験

福岡市および南相馬市での実験では、第一段階としてソニーネットワークコミュニケーションズ株式会社のみまもりサービス「amue link(アミューリンク)」用の見守りGPS端末をベースに、児童の危険行動を検出する機能を新たに開発、搭載した専用端末を使用。これを登下校中などの児童が携帯し、飛び出しやふらつきなど危険な動きをすると、端末が検知されます。検知された動きはスマートフォンで確認でき、それを元に事故に遭いにくい安全な歩き方や振る舞いを保護者が効率的に指導することで、児童の安全学習に寄与するかを2週間ほど検証しました。また第二段階として、端末から得られた児童の移動した軌跡や歩行時の行動データから、交通事故リスクの高いエリアなどをAIも用いながら予測。これらの情報を学校や地域等に提供することで、安全な街づくりに活用できるかを検証しました。

多くの方が一度にまとめて参加する実験を初めて実施するにあたり、「この仕組みで危険な箇所が見えてくるのか?」「お子さんの行動も日ごとに違うのでは?」など不安を募らせる日永田でしたが、実験の結果、事故リスクの高いエリアが検出され、参加者や関係者から高い評価を得られました。

実証実験を実施した、福岡市箱崎小学校付近の地図 Map data from OpenStreetMap

上の地図は、今回実験を実施した福岡市立箱崎小学校の児童の登校時に、危険な行動が検出された箇所を示したヒートマップです。「赤やオレンジの色になっている(=リスクの高い)場所のほとんどでは、地域の方による見守りがすでに行われており、地域の方の経験知と実験データが一致しました。なお、オレンジ色でも見守る方が配置されていない場所が2つあり、現地を視察すると、勢いよく走って道路を横断したり、友達を待っているのかたむろするお子さんたちを確認でき、さらなる安全向上につながるデータの提供に繋がりました」

この結果の共有を受けた小学校や地域住民の方からは「危ない可能性がある箇所が校区単位でわかるのは非常に良い」「住民による見守りポイント以外に危ない可能性がある箇所が可視化されたので、早速現場を確認して見守りに生かしたい」「子どもが走って登下校していることがわかり、より安全に通学することを親子で話し合う貴重な機会が生まれた」などのコメントが得られました。

「客観的なデータを通じて危険な行動が把握できることから、APASのようなシステムの有効性を感じていただけたのではないかと思います」

さらに、APASのコンセプトそのものの受容性を評価するため、実験に参加した児童の保護者にアンケート調査も実施。その9割以上が、APASに価値を感じたと回答しました。

「机の下」活動が社会へ

ボトムアップ提案活動から誕生したAPASは、こうして社外からのフィードバックを得られるまでになりましたが、初めてそのコンセプトを発表した2019年の提案会では、思いもよらぬ反応があったと日永田は振り返ります。

「提案会では、発表を見に来た方がコメントを書いた付箋を展示物に貼ることがあるのですが、『やる!』とだけ書いた付箋を、北野さん(現ソニーグループ株式会社 執行役 副社長 CTO)が貼り付けたんです。良い感触を得たので、コメントを貼ってくれた人には北野さんを含め片端から話を聞きに行き、意見を求めました。皆ディスカッションが大好きで、『相談に乗ってください』とお願いすると積極的に話を聞かせてくれました」

北野からのコメント入りの付箋

そして、発表をきっかけに、ソニーグループ内からUI、ビジョン、光学、センシングなど、幅広い分野のボランティアメンバーが集結し、APASのアイデアや技術がブラッシュアップされていきます。

「当初はカメラやLiDARなどのセンサーを歩行者に身に着けてもらう想定でしたが、これらのセンサーを小さくする技術を検討するうちに、加速度センサーなどだけで歩行者の飛び出しや不規則な挙動が取れることが分かりました。歩行者用の安全システムという概念自体がほぼない中、例えば専用のセンサーを新たに作り、高額で販売するのは違うだろうという議論もあり、既存のデバイスを使い提供できる価値を突き詰め、歩行者自身が回避できる事故の傾向と照らし合わせ、その行動を見ることを中心にしたシステムとして、まずは研究開発を進めていきました」

初期のAPASのコンセプト

このようにソニーグループ内の様々な技術と知見を得て、開発が進められてきたAPASは、今後どこに向かうのでしょうか。

「今回の実証実験では、自治体や参加者の方からさまざまな話を伺うことができ、単にデータを得るだけではなく、地域ごとの特色や課題なども勉強できる非常に有意義な機会になりました。この知見をもとに、日本各地の自治体とさらに実験を重ねていきたいです。またAPASは現状、歩行者側に着目したシステムですが、交通システムの全体最適化の観点からも、街の安全向上に貢献する技術にしていきたいと考えています。ソニーグループだけに閉じずに自動車や街のインフラ、自動運転技術など、外部パートナーとの新たな連携も模索していきます」

*1 公益財団法人 交通事故総合分析センター調べ
*2 公益財団法人 交通事故総合分析センター『交通統計令和3年版』より