テクノロジーは私たちの生活にどう影響するのだろうか?人工知能(AI)は人間を超えるだろうか?ビジネスは持続可能な社会の実現に貢献できるのだろうか?カーネギーメロン大学計算機科学部学部長のアンドリュー・ムーア教授とソニーコンピュータサイエンス研究所の所長 北野宏明が、テクノロジーと社会価値のかかわりや、イノベーションによって未来を形づくる企業の役割について語ります。
北野:技術は良くも悪くも私たちの生活を形作っています。人は技術に大きな期待を寄せると同時に、技術が自らの生活や社会を変えてしまうのではないかと恐れています。ムーア教授は、技術が将来社会にどのようなインパクトを与えるとお考えですか?
ムーア:その点について私は楽観的です。この100年余り、人類の状況は技術のおかげで好転し続けています。戦争の数も減り、飢餓も減り、貧困率も下がっている。技術は純粋に人間を守るものであるべきで、人を犯罪や災害から守るものであってほしい。人工知能も、世の中の不正や、人が脅威と感じることを減らしてくれなければならない。カーネギーメロン大学の元学部長ラジ・レディ教授は、将来、機械が私たちの安全を「守護天使」のように見守ってくれるようになってほしいと言っていました。
さらに面白い未来として、テクノロジーがわれわれの人生体験をより深くしてくれるのではないかと考えています。身の回りのさまざまな製品にAI技術が利用されることにより、私たちがやりたいことに集中できるよう、製品がスマート・アシスタントとして、他の雑事を引き受けてくれるようになるかもしれません。まるでセレブのような気分になるかもしれませんね。
北野:一部の企業はすでにAI搭載のスピーカーを発売しているし、いずれ全てのシステムがウエアラブルになり、一人ひとりをアシストしてくれるようになるでしょう。AIは個人の好みや違いを理解し、意図を推し量れるようになるでしょう。
ムーア:パーソナルアシスタントのようなツールがわれわれの生産性を上げるのは確かですが、だからといって、生産性向上だけが技術開発の進むべき道だとは思っていません。むしろ、次世代のパーソナルアシスタントは、人間とチームを組んで、場合によっては人に気晴らしを促すなど、一分一秒を生産性に費やすことを阻止するような技術に進化してほしいと願っています。
北野:私が一つ懸念していることに、世の中のシンギュラリティ(技術的特異点)に対する誤解があります。AIについて講演などをすると、必ず聴衆のお一人くらいからは、未来がAIやロボットが人類を滅ぼすようなSFのような世界になってしまう危険性について尋ねられます。これは科学的に見て現実的とは思えないのですが、なぜ人々はこのような未来像を抱きがちなのでしょう?明らかにわれわれエンジニアや学者はそのような未来を予想していないのに。
ムーア:SFなどにおける「人工知能」という言葉の使われ方が一因だと思います。われわれにとってAIとは、人間にとって面倒な仕事を手伝い、人間が正しい判断を下すために必要な情報を必要なところに集める、といった工学的手法にすぎないのですが、一般の方々が心配する気持ちも理解できます。この業界に携わる者として、われわれがAIとは何かを明確にする責任があります。一方で悪意を持った者がAIを武器などに使用するとすれば、市民社会にとって現実的な危険となります。
北野:その通りですね。そのような懸念を払拭し、技術の不正使用を防ぐ方法についてステークホルダーに広く意見を求めるため、ソニーでは各方面の方々とAI技術の倫理的使用について議論を重ねています。倫理問題を含めたAI技術の理解を推進し、人類が直面する難題の解決に貢献することを目的とする非営利団体のパートナーシップ・オン・AIにソニーも昨年参画しました。AIや関連技術が正しく使用されるよう透明性を確保し説明責任を果たすのは現代企業の責務だと考え、社内でも議論を重ねています。
ムーア:そうですね。企業は内部のガイドラインや規制も必要ですが、同時に社員一人ひとりが自らの倫理観に責任を持つことが大事だと思っています。もしも自分の上司や所属する部門が指示する内容に納得できなければ、それを声に出して行動を取るべきです。ソニーでも社員個人が自らの倫理的判断の責任を持つという企業文化がありますか?
北野:はい。ソニーではコンプライアンスに関する方針やプログラムが導入されており、通報に関する匿名性が守られる独立したコンプライアンス・ホットラインも設置されています。このような倫理に対する当社の企業文化がAI技術の責任を持った利用にも反映されるようにしたいと考えています。さらに言いますと、企業の規定が合理的で実行可能であることが大事です。あまりにも非現実的な要求をしてしまうと、ビジネスはストップしてしまい、そのようなルールは無視されてしまいます。しっかりとした倫理に基づいて、さらに実行可能なガイドラインであることが重要だと思います。
ムーア:全く同感です。企業は口先だけではなく、具体的なプロセスを導入して問題に真摯に向き合っていることを示すことが大事だと思います。ソニーでも取り組みが始まっていると聞いて安心しました。
北野:話題が変わりますが、ムーア教授はAIのような技術で地球規模の問題を解決したり、SDGs(持続可能な開発目標)を達成に向けた貢献をすることが可能だと思いますか?
ムーア:短期的に見ると、気候変動などから人類を守るため、AIやロボットのような技術が災害の予知や対応に使われるでしょう。ただしこれはあくまでも災害の影響を軽減するだけで、地球のバランスを取り戻すという根本的な問題解決までは至っていません。しかし長期的に見ると、ロボティクスは進化し、私自身が生きている間にも、大きなロボットが土木工学の分野で活躍するのではないか期待しています。たとえば海の防壁を建築するとか、垂直農法で街を緑化するなどが考えられます。
北野:ここまで人類の未来を形成するような大きなテーマについて話してきましたが、その中で企業が果たす役割についてはどのようにお考えですか?一部の企業では地球規模の問題に取り組む中から、大きなビジネスを作り上げていくことを明確に表明しているところもありますが、これは多くの企業が追随する動きになってくるのか、またそうなった時に成功するのか、どうお考えですか?
ムーア:そうした動きはこれからも進むでしょう。おそらく、重工業や医療など、必要不可欠でトライ&エラーを犯す余地がないような既存の企業なども、インターネット企業やコンシューマー・エレクトロニクスの会社などが開発した技術や手法を導入して課題解決に取り組むようになると思います。しかし、彼らはそれぞれの産業に適した開発や商品デザインを行うのであって、大手のハイテク企業が片っ端から他の産業を買い取るようなことは起こらないと思います。
北野:多くの他業界の企業と同様に、ソニーも実社会に根付いた資産を有しています。ソニーは、非常に多様なビジネス分野を持ち、ワクワクするような商品やサービスを提供することで社会に貢献したいと考えています。そのような見方からは、ソニーは、テクノロジー主導のエンターテインメント・カンパニーであるとも言えると考えています。
ムーア:私はソニーをとても愛着のある会社と感じています。2010年頃、人は情報を得るのにグーグルなどの検索エンジンを利用していました。ですが、単純な情報に対する需要はどんどん減っており、人とコンピューターのやり取りは、質問をしたり、意見を求める「動詞」を含んだものに変化しています。例えば、記念日にどのレストランで食事をするか、空港に向かう前にどこでお土産を買うべきか、などのような社会的体験を計画する際にコンピューターの支援を求めるのです。ソニーはこのような需要に応えられる資産をすでに持っていると思います。
北野:そうですね、ソニーは人を楽しませる資産がいろいろあります。レストランはまだですけど!ですがいま調理ロボットを開発するプロジェクトをカーネギーメロン大学と進めていますから、いずれミシュラン三つ星のソニー・レストランが実現するかもしれません(笑)このプロジェクトにはとても期待しています。
ムーア:このプロジェクトがうまく展開すると、将来の食の体験の仕方が変わってくるでしょう。いろいろと魅力的な技術的要素もあります。例えば食べ物や食材を動かす移動手段や、材料がきちんと調理されているかどうかを判断する視覚手段。さらに食器を扱ったり、材料を刻んだり混ぜたりなど、繊細な動きをさせる技術などは多くの課題を克服しなければいけません。難しい挑戦ですが、できるとしたら私たち両者のロボット研究者しかいません。
北野:私たちはロボットの世界競技会「ロボカップ」の経験もあります。この挑戦から生まれた技術が実社会で応用された事例もあり、今回の協働プロジェクトでも同様のことが起こることを期待しています。このプロジェクトのビジョンは、ソニー単独ではなく、多くのパートナーと共に実現するスケールで構想しています。ですのでカーネギーメロン大学との協業を中心に、また常にオープンな姿勢で、外部にも良いパートナーが見いだせれば協働してビジョンを実現していきたいと思っています。
ムーア:最高の研究は有用な事例によって触発され加速されると私は強く信じています。だからこのようなソニーとの協業が好きなのです。技術的に大変困難なことに挑もうとしているのですが、お互い明確なビジョンがあるので、有効でインパクトのある結果を出す自信があります。どこかの書庫でほこりをかぶってしまうようなものには絶対になりません。
北野:今日の対談を通じ、技術を活用して世の中を変え社会に貢献していくことが、企業にとってのサステナビリティと成長のキーファクターだと改めて認識しました。今後も外部のパートナーとの対話や連携を続けながら、ソニーとして何ができるのかを考えていきたいと思います。ありがとうございました。