“歩行者主体”で歩行者を
交通事故から守る
「歩行者向け先進安全
システム」
ADASや自動運転市場が活況な中、
まだどの企業も実用化に成功していない
歩行者向け安全システムを研究開発する
ことは、
センシング技術やUI技術に強い
ソニーの使命だと思います。
日永田 佑介
Index
娘の誕生がきっかけで
子どもたちの交通事故を
なくしたいという意識が高まった
私はモビリティ向けのセンシング技術やAI技術を専門としているので、もともと交通事故の削減に対する情熱は強かったです。2018年に娘が生まれたことをきっかけに、特に子どもたちを交通事故から守りたいという思いが高まり、これをチャレさぽのテーマにしようと思いました。
私たちが歩行者向け安全システムに着目した背景には、交通事故の抑制を自動車主軸のアプローチのみで解決するには限界があるのではないかという考えがありました。
ADAS(Advanced Driver-Assistance Systems)や自動運転など、自動車の安全走行システムの構築は、既に多くの企業が力を入れて取り組んでいる領域です。一方で、これらのモビリティ技術が自動車に実装され、社会全体に浸透するには長い年月を要します。市街地走行が可能なレベル5の自動運転の普及率は、2040年時点でも1パーセントにも満たないとも言われています。それに対して、歩行者側に着目した安全システムの取り組みはほとんどありません。
また、検討を進めるうえで、ソニーは歩行者向けの安全システムを実現するために必要なモバイル機器に関する技術やセンシング技術、UI技術などを多く持っていることもわかってきました。そこで私たちは、交通事故から歩行者を守る歩行者主体の安全システムを「APAS(Advanced Pedestrian-Assistance Systems)」という言葉で定義し、社内に広く提案したいと思いました。
APASは交通安全に寄与するだけでなく、ソニーの既存事業のイノベーションにもつながる可能性を秘めています。例えば、ソニーが持つスマートフォンやオーディオ製品にAPASを搭載すれば、既存のモバイルデバイスにも「安全安心」という新たな価値が生まれます。また、自動車保険や医療保険による事故に対する「保障」をAPASの持つ「予防」と組み合わせることで、よりよい安心を提供できると考えています。
さまざまな領域から集めた専門家
のアドバイスを受けて大賞獲得
2019年に、APASをテーマに、チャレさぽに出展しました。その時には、大賞獲得には至らなかったのですが、社内に向けて自分の想いを発信した意義は大きかったと思います。発表をきっかけに、いろいろな人を紹介してもらい、UI、ビジョン、光学、センシングなど、幅広い分野のボランティアメンバーが集まってくれました。また、チャレさぽで発表を聞いてくださった大先輩から「この仕事は正しい。正しい仕事に人は集まる。だからうまくいくよ」と、後押しの言葉もいただいたのを今でも覚えています。ソニーでは共感できる活動に、多くの人が快く協力してくれるボトムアップカルチャーが浸透していることを、改めて実感しました。
2020年の2度目のエントリーに向けて活動を続ける中で、西駿次郎さん(ソニー株式会社 イメージングプロダクツ&ソリューションズ事業部)の存在は、大変心強いものでした。彼は高校の同級生であり、二児の父親として、子どもの安全を守りたいという想いに共感してくれる同志でもあります。専門外の領域、特にハードウェアに関する知識が深く、製品化を想定した時に必要となる様々なノウハウを教えてくれました。
また、検討の中では開発ビジョンを深堀するだけでなく、どのように自分の提案を他の参加者に伝えるかといったポイントも再考し、具体的な子ども向けのコンセプトモデルを交えて説明したり、複数パターンの説明ムービーを作ったりして、専門外の方々にもわかりやすいように工夫をしました。その結果、2度目のチャレンジで大賞を受賞し、現在も正式なプロジェクトとして研究開発を続けています。
イメージングプロダクツ&ソリューションズ事業部
西駿次郎
R&Dセンター
日永田佑介
大事なのはエンジニアのエゴや
ローカルミニマムに陥らないこと
APASを研究開発するうえで大事にしていることは、「自分の技術だけですべての課題を解決しよう」という一エンジニアのエゴに陥らないように、ユーザー(歩行者)ドリブンで考えることです。そこで、私たちは交通事故事例の分析に加えて、子どもの認知の専門家や小さなお子さんをお持ちの親御さんへのヒアリングを行いました。
それによって、さまざまな気づきがありました。たとえば、「青は進め、赤は止まれ」という信号の指示は明確で分かりやすいので、子どもたちは比較的しっかり守るというデータが出ています。一方で「危ないところでふざけないでね」という曖昧な言葉によるお願いには、対応が難しいようです。
そこでAPASでは、危険な場面に直面したときに振動や音などのアラートにより、リアルタイムでかつ明確に子どもたちに伝えます。それにより事故の回避を狙うとともに、アラートを通じてどういった状態や行動が危険なのかを子どもたちがその都度学ぶことで、危ない状況を自分自身で避けられるようになり、結果として子どもたちが成長しながら事故を減らしていくことができると考えています。
ただし、ADASや自動運転だけでは歩行者の安全を十分に守り切れないのと同じように、APASだけですべての交通事故をなくすことは難しく、そこに固執してしまうとローカルミニマムに陥ってしまいます。まずはAPASだけではなくADASや自動運転、交通インフラなどを含めた交通システムの理想像を考え、その中でAPASはどうあるべきなのか考えるように心がけています。
2021年は、交通事故のデータ分析や、最小限の構成で価値あるシステムを追求するためのMVP(Minimum Viable Product)案の検討、ビジネスプランの策定を行いました。今後は、この仮説を検証する実証実験のフェーズに移行し、外部の組織や自治体など協力いただけるパートナーも広げていきたいと思っています。
APASは定性調査でポジティブな結果が得られてはいますが、まだ実用化されたことがない製品のため、ユーザーにどの程度受け入れてもらえるのかは未知数です。社会実装して、ユーザーの皆さんと一緒に実地で検証、研究していく必要があります。将来、APASと、ADASや自動運転、交通インフラが連携しあって、交通事故ゼロの社会を実現できたら良いなと思っています。