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レーザ市場に革新をもたらす
「ウェーハレベルLD励起固体面発光レーザー」

半導体レーザと固体レーザを融合した世界初のレーザ構造を有する
「ウェーハレベルLD励起固体面発光レーザー」の開発に成功しました。
その成果は論文として著名な英科学誌『Nature Communications』に掲載され、
また同誌のEditor’s Highlightにも選出されました。
非常に小型かつ低コストな高ピークパワーレーザの量産を可能にするこの技術は、
これまでその多くがラボレベルの応用に留まっていた高ピークパワーレーザを
爆発的に普及させる可能性を秘めた技術として大きな注目を集めています。

Researchers
鎌田 将尚 / 清水 美咲

ウェーハレベルLD励起固体面発光レーザー

ピークパワーとレーザ
共振器サイズのトレードオフの
解決を目指して

近年、kWクラスの高ピークパワー出力のレーザは、さまざまな用途でそのニーズが高まってきています。例えば、LiDARによる自動運転や大気観測などで必要となる長距離のセンシングや、医療ヘルスケア/バイオフォトニクス領域での治療や検査分析への活用、さらに、レーザ加工やレーザ医療における非熱的精密加工や低侵襲治療など、その可能性はますます広がっています。

従来、高ピークパワー出力のレーザ光源は、ディスクレーザ、ファイバーレーザ、マイクロチップレーザといった固体レーザに限定されてきました。固体レーザはキャリア寿命がマイクロ秒〜ミリ秒と長く、高ピークパワーを出力することが可能です。しかし、固体レーザ結晶の励起には、外部に別のレーザが必要であるため、構造上システムの大型化が避けられず、また人の手による組み立てが必要で、コストも1台数百万円と高価なことがボトルネックとなり普及を阻んできました。

一方、半導体レーザは、電流で励起できるため効率が高く、また1ミリ角以下のサイズまでコンパクトにすることが可能で、半導体製造プロセスで製造するため大量生産も可能です。しかし、キャリア寿命がナノ秒オーダーと短いため、高ピークパワーの出力は難しいという課題を抱えています。
図1は固体レーザと半導体レーザの特徴を示しています。縦軸はピークパワーで上に行くほど出力が強く、横軸はレーザ共振器のサイズで右に行くほど小さくなることを表しています。

ピークパワーと共振器サイズのトレードオフの関係という、レーザ光源の根本的な課題を解決し、半導体レーザのようにコンパクトなチップでありながら高ピークパワー出力のレーザが開発できないか——。2018年冬、ある革新的なアイデアが生まれました。

[図1] 固体レーザと半導体レーザのポジショニング

2つの共振器のオーバーラップが
実現したブレークスルー

固体レーザと半導体レーザを融合させることで、従来にないほどのコンパクトさと高ピークパワーを両立する。それが、私たちの目指すウェーハレベルLD励起固体面発光レーザーのコンセプトです。

アイデアの核心は、固体レーザと半導体レーザをモノリシックに集積し、励起光源となるVECSEL(外部垂直共振器型面発光レーザ)の共振器と、固体レーザ(受動Qスイッチレーザ)の共振器をオーバーラップさせる点にあります。
図2は、ウェーハレベルLD励起固体面発光レーザーの概略図です。青の矢印で示されているのがVECSELの共振器(第一共振器)、赤の矢印で示されているのが受動Qスイッチング用の共振器(第二共振器)です。2つの共振器は光学的に結合されています。

この構造には2つのメリットがあります。1つは、励起光吸収により固体レーザ結晶で発生する熱により、固体レーザ結晶の屈折率が変化して、レーザビーム集光作用が生じます。これにより励起レーザ光を集光できるため、通常固体レーザで必要とされる集光レンズが不要となります。

もう1つは、固体レーザ結晶がVECSEL内部で励起されるため、固体レーザ結晶のシングルパス吸収率が低い場合でも、励起レーザを効率的に吸収することができます。このため固体レーザ結晶の厚さをダイシングプロセスが可能な厚さまで薄くすることができ、半導体製造と同様のプロセスで個片化が可能です。

[図2] ウェーハレベルLD励起固体面発光レーザーの概略図


2つの共振器をオーバーラップさせることで、VECSEL共振器内の強い電界を用いて固体レーザ媒質を励起するため集光光学系が不要に。また、従来の固体レーザが複数の構成部品の空間的な位置をミクロン精度で調整して作製する必要があるのに対し、ウェーハレベルLD励起固体面発光レーザーは、光学アライメントを行う必要がなくウェハレベルでの一括製造が実現可能です。

[図3] 従来のレーザとウェーハレベルLD励起固体面発光レーザーの構造


図4に量産における製造プロセスの手法を示します。半導体レーザ基板の上に、固体レーザ基板を積層し、ウェハをチップごとにダイシングで切り分け、最後に配線して実装・パッケージ化していきます。

これまでに試作したウェーハレベルLD励起固体面発光レーザーは、シングルチップで世界初のkW超ピークパワーを実現。論文では体積1mm3、ピーク出力57.0kW、パルス幅450psの出力を記録しています。

[図4] 製造プロセス

[図5] これまでの常識を超える新しいレーザ

異なる領域の専門家による
協業と挑戦を後押しする
職場風土

私たちが、固体レーザと半導体レーザを融合するというユニークな発想を具体化し、新技術を生み出すことができたのはなぜでしょうか。

その大きな理由の一つが、ソニーがこれまで培ってきたさまざまな技術アセットの存在です。半導体レーザについては世界で初めてCDプレーヤー用のレーザを実用化するなど長年の蓄積があり、固体レーザについても、基礎から応用に渡る広範な技術、またそれを担う人材を有しています。さらに、半導体のデバイス、実装、プロセス技術についても深い知見があります。

また、固体レーザと半導体レーザの専門家が、互いを尊重し、自由に意見を交わすことのできる関係性。そして突拍子もないアイデアでも実現すれば大きなブレークスルーにつながる挑戦を後押しする組織文化が、研究を支えてきました。

本技術の研究は2019年4月から始まりましたが、実際の試作は2020年に入ってから。最初の1年間はホワイトボード上で、注入された電気のエネルギーが時空間的にどのようなエネルギー変換過程を経て光と熱に変換されていくか、そしてレーザ発振を得るにはどうすればいいか、の思考実験をひたすら繰り返しました。この構造設計が最初の難関でした。というのも、全く新しい独自のレーザ共振器構造のため、参考となるような前例がなかったからです(ここでの思考実験の内容が定性的に正しかったことは、後に理論モデルが完成した際に証明されました)。例えば、熱一つを取ってみても、デバイスを稼働させて温度が上がると熱膨張率の違いにより材料の伸び方に違いが生じ、破損するリスクがあります。電気、光、熱の3つの観点を踏まえ、デバイスとして成立させるために、最終的な量産プロセスの在り方も含めて試行錯誤しながら設計を一から進めていきました。

逆に設計の目処が立ってからは、社内でVCSEL(垂直共振器型面発光レーザ)の開発・製造を手がけてきたノウハウが活かされ、レーザ発振の確認からシングルチップ化までは約1年というスピードで開発を進めることができました。

レーザ発振中のウェーハレベルLD励起固体面発光レーザー

ウェーハレベルLD励起固体面発光レーザーからの発振光

レーザ発振実験の様子

『Nature Communications』に
論文掲載、
世界中から
注目される新技術

既存の固体レーザより体積1,000分の1、半導体レーザより1,000倍強力なレーザの開発に成功、という事実は、レーザに関わる人たちの間に大きな衝撃をもたらしました。

研究成果についてまとめた論文は、著名な英科学誌『Nature Communications』に掲載され、注目すべき論文としてEditor’s Highlightにも選定されました。論文掲載後は世界中の大学、企業から問い合わせが寄せられており、その注目の高さが伺われます。

(写真左から)鎌田 将尚、清水 美咲 (写真左から)鎌田 将尚、清水 美咲

現在、私たちは将来の量産化に向けた要素技術の検討を進めています。高ピークパワーの超短レーザ光源を非常に小型かつ低コストで量産することを可能にすることで、レーザ市場に大きな変革をもたらすことができると考えています。これまでサイズやコストの問題で普及していなかったレーザ応用アプリケーションを爆発的に普及させていく。そんなゲームチェンジャーとなる技術の実用化に向けて、私たちの挑戦は続きます。

Researchers

鎌田 将尚

ソニーセミコンダクタソリューションズ
第3研究部門

この研究が実用化できれば、電球がLEDに代わったくらいのインパクトを社会にもたらすことができると期待しています。最初にこのレーザのアイデアを思い付いた時から4年が経ちますが、今では技術のみならず、ソニーグループ内の様々な分野のプロフェッショナルが集まり、皆で力を合わせて実用化に向けて邁進しています。斬新な発想と才能、そして技術で世の中を良くしようという気概、を持つ若い人たちにとって、世界最先端の光デバイスの研究開発に取り組めるとてもやりがいのある職場だと思います。

清水 美咲

ソニーセミコンダクタソリューションズ
第3研究部門

学生時代は機械系でレーザは全くバックグラウンドにありませんでしたが、今はレーザの世界に肩まで浸かっています。経験のない領域でも会社に入ってから学ぶことができる環境がありますし、現象に興味を持ち、原理原則から仮説を立てて実証していくプロセスはどの分野でも同じだと感じています。必要な実験系は自分で設計・製作するなど、これまでに培ったスキルを発揮できるシーンもあります。様々な専門性を持った人たちが協力し、一つの目標に向かって前に進んでいけるのが私たちの強みです。私たちと一緒に、ご自身の好奇心と専門性を発揮してくださる方をお待ちしています。

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