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AI×ロボティクスにおけるソニーらしさとは?
ソニーにおいて、AI×ロボティクス領域の研究開発が立ち上がってからおよそ20年。業界や市場の動向がめまぐるしく変化するなか、研究開発の現場では、いかなる革新が生み出され、いかなる矜持が脈々と受け継がれてきたのか。そして、ソニーにおけるAI×ロボティクスの未来とは……。その答えを、一貫して研究開発の現場に携わってきた3人に訊いた。
プロフィール
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横野 順
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長阪 憲一郎
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小林 由幸
その歴史は「D21ラボラトリー」から始まった
──整理の意味も含め、ソニーにおいてAI×ロボティクスにまつわるR&D組織が、どういう変遷を経て今に至っているのか教えていただけますか?
横野:歴史的にいうと、初代AIBO に携わった藤田 雅博さんが、ソニーにおけるAI×ロボティクスの生みの親の一人なんです。1999年に最初のAIBOが世に出ましたが、それを手がけた土井 利忠さんがD21ラボラトリー(以下、D21ラボ)という研究所の所長で、その下に藤田さんがいました。藤田さんは元々GPSなどをやっていたのですが、ニューラルネットワークをはじめ、ソフトウェア/ハードウェアの双方においていろいろ知識を持つ方で、その集大成としてAIBOの開発を任されたそうです。
長阪:研究所の構成は2~3年ごとに変わりました。D21ラボの後、2000年初頭にはDCL(デジタル クリーチャーズ ラボラトリー)があり、そこは名称のとおり「生きもののデジタル版 を作りましょう」という研究所でした。その後、ロボット事業を行う組織としてエンタテイメントロボットカンパニーが設立され、研究所はインテリジェンス・ダイナミクス・ラボとなりました。ロボットの事業化を行う組織と、自律型知的システムの研究を行う組織に分かれたわけです。
小林:ロボット事業が終息した後は情報技術研究所の中に再び集約されました。その後、いくつかの改変を経て、今日のR&Dセンター 基盤技術研究開発第1部門と移り変わっていますが、この間もAI×ロボティクスに関連する研究開発は脈々と続いてきました。
──ソニーがロボティクスの研究開発をする上で、重視していることは何でしょうか?
長阪:2000年代中盤まではエンタテインメントロボット、つまりは感性価値に主軸を置いたロボットの開発が行われていました。2000年代半ばにビジネスが終息に至ったとき、いろいろ検証したわけです。当時の技術だと、飽きられることがあったのですが、その問題に対峙するためには、人間のような知的な機能が出来上がってくれば解となるわけですが、それはすぐには出てこない。そこで、物理支援という「お役立ち系」ロボットの価値を付加していくことで、より持続的なビジネスにつながるのではないかという判断に至りました。そこから、人間を物理的に支援する能力とは何かということをロボティクスとして研究し始めました。
今は物理支援の能力と知的な処理の部分を高次に統合することで、新しいことができるのではないかと考えています。
横野:最初のAIBOが出たとき、「とにかく役に立たなくていい」ということで、人を楽しませるためのロボットを作りました。でもそれだと、長阪さんが言ったように飽きられることがあったわけです。元々AIBOは、行動がすべてプログラムされていたのですが、分岐のバリエーションを増やせば飽きられないだろうということで設計されていました。ところが蓋を開けてみると、意外と飽きられることが……。やはり知能の部分を変えなければならず、そのためには発達していくようなロボティクスというか、その環境に合わせて自分の行動を変えられることが必要になってくるだろうと。
AIBOの発売から数年経った2004年ごろ 、僕はインテリジェンス・ダイナミクス・ラボにいたのですが、どうやったら人を飽きさせないための新たな知能ができるかをずっと研究していました。今のディープラーニング研究の先駆けのようなもので、CPUを500個くらい積んだマシンを組んで、時系列を使った学習や階層構造をもったニューラルネットワークの学習などを行っていました。
例えば「医療分野」という可能性
──技術のトレンドは時代とともに変遷し、それと呼応するようにR&Dの役割も変化を遂げたのだと思いますが、その一方で「ソニーならではのR&D」として首尾一貫している部分があるとすれば、それは何でしょうか?
小林:ソニーのR&Dはボトムアップの側面も多分にあるので、組織としての大きなくくりは時代とともに変わるのですが、「ここは自分たちが何とかモノにするぞ」という各々の研究テーマはずっと続いているんです。ですので、個人的には自分のやりたいことをずっとやってきた、という印象です(笑)。
長阪:確かに、「やっぱりこれは重要だね」という担当者レベルの研究は、脈々と続いているというのが実状だと思います。
──個々人の専門領域を深める一方で、他分野とのコラボレーションも求められるのでしょうか?
横野:そうですね。例えば僕が携わっている画像認識に関していうと、神経科学や発達心理学の知見も大事になってきます。実現の仕方は違うのかもしれませんが、今のところ人間ほどの知能をもつ存在はいないので、人間を丸裸にするというか、「どういう処理機構でなりたっているのか」を勉強することが大事かなと思います。
長阪:ロボットの技術単体ではなかなかビジネスにはしにくく、ほかの事業領域とのコンビネーションができて初めて、価値が生まれるという側面があります。ソニーの場合、例えばエンタテインメントやオーディオ、ビジュアルといった軸を持っているわけですが、別の領域を開拓するとなると、自社だけではできない。そのひとつの例として医療があります。
オリンパスさんとともにソニー・オリンパスメディカルソリューションズ株式会社というジョイント会社を作り、脳神経外科用の顕微鏡システムなどを開発しました。その経験をもとに、いろいろな取り組みが行われるようになっています。例えば、腹部の内視鏡手術に対して、開腹をせずに非常に小さい穴を開け、そこに細長いピンセットのようなものと細長い内視鏡を入れ、その2つをうまく操って手術をするという方法があるのですが、これまでの手術では、スコピストと呼ばれる医師が、内視鏡を手術中ずっと持っていなければなりませんでした。その作業をロボットが支援することで、手術現場を助けようといった取り組みが社内では行われています。
「ツールを使える人」をまず育てる
小林:私は機械学習技術をやっているのですが、機械学習って、正直何にでも使えるんです。ソニーは映画や音楽から金融までいろいろやっていますから、そういう人たちの話をとにかく聞いて、「その業務上の課題には、こんな機械学習が使えますね」と提案し、場合によっては一緒に検証作業を行い、実際に「これは行けるね」となったら、事業部の方に開発者が就き、商品化に進む……というケースが多いです。応用を一緒になって発掘するということを、業務の一部としてやっているという感じです。
今までは、社内に限ってそういうことをやっていたのですが、昨年、ディープラーニングのフレームワークをオープンソース化したり、開発環境を無償で配ったりして、いよいよ社外ともそういう話をできるようにしました。実際外に出て話を聞いてみると、社内では見えなかった具体的なニーズがいろいろ見えてきて、非常におもしろいし、それが研究を加速させるのではないかと期待しています。
横野:小林さんがすごいのは、社内でやっているときも、そのツールを使える人をまず育てるんです。そうすることで技術がどんどん広がっていく、というスキームを作ったんです。僕が画像認識をやっていたときは、なかなかそういう視点を持つまでには至らなかったのですが、どんどん技術を広めていく技法はすばらしいと思いました。
小林:今、新たな世界を生み出そうとしている人たちは大きく分けて2種類いると思います。ひとつは、とにかく世界最高の技術を作る人たち。どちらかというと、我々はそっち側にいると思っています。画像認識で最高の性能を出したり、ロボットでスムーズに制御できる技術を提供したり。一方で、世の中にあふれている技術を組み合わせて、あっという間にソリューションにする人たちもいます。そういう人たちが使いやすい技術をいかに的確に提供できるかということも、R&Dの大事な役割のひとつだと思っています。
社会課題を「まとめて解決」できる可能性
──最後に、ソニーのR&Dが、AI×ロボティクスの今後を作っていく上で、どういう能力を持った人材を必要としているのかを教えていただけますか?
小林:個人的には先ほどもお話ししたとおり、2種類のプレイヤーが必要だと思っています。まず、技術開発をする側の人材は、とにかく世界一の技術を作れること。世界一の性能を出さないと、すぐに埋もれてしまう。そもそも目線がそこにあり、そこに向かって技術開発ができるか、闘っていく覚悟があるかというところが重要です。もうひとつはアーティスト。世の中の尖った技術の中から、これとこれとこれを組み合わせて、こんな価値を生み出せるということを、柔軟に発想して組み立てられる人。この両極端の人材が欲しいなと思います。でも、なかなかいません(笑)。そのためにも、「ソニーってAIをこんなにがんばっているんだよ」というところを見せて、「ソニーで働きたいな」と思っていただけるようにしたいですね。
長阪:ロボットは複合的な技術です。ハード、ソフト、認識……といった要素が組み合わさっているわけですが、1つの要素ではなく、2つや3つの領域で専門性を発揮できる人材が求められるかなと思います。また、それを突き動かしているモチベーションや課題意識が強いというところが重要と思います。自分で課題を発掘し、それを解決したいという強い思いがあり、さらにはそれを実行する力が求められます。課題発掘能力と、それを解決する実力ですね。その両方を持った人材が欲しいなと思います。上司から「こうやってください」と解を示されるのでは、研究員として意味がありません。課題そのものを研究員それぞれが見つけ、自分で解決していくという状態がダイナミックに動いていかないと、なかなかいい成果というものは出ないと思います。
横野:二人にほとんど言われてしまったのですが(笑)、僕も2つあって、まず、世界が見えていることが重要だと思います。世界の一流が何かを知っている人が欲しいなと思いますね。もうひとつは、研究開発がとにかく好きで楽しんでいる人。よく面接をするので、最初の5分くらいでわかるんです。「この人すごく楽しんでやっているな」と。楽しんでいる人は、自分で掘り下げていくし、何が問題なのかもわかっている。だから、それを自分の研究開発に生かしていける。なので、世界が見えていて、とにかく楽しんでいる人が欲しいですね。
長阪:初代AIBOを作った土井さんがよく、「内発的動機」という言葉を使っていました。つまり、自分の中に突き動かす思いがあるかどうかです。それが健全な、社会に向いた内発的動機かというところが、とりわけ重要なのではないかと思います。
小林:今、いろいろな社会課題がありますが、AI×ロボティクスは、そのすべての問題をまとめて解決できる可能性を持った技術です。自分なりのやりがいを見つけられる方々と、一緒に仕事をしてみたいですね。