Cutting Edge

「ソニー×5G」だからこそ実現可能な、
新たなる体験価値

2019年6月28日

ソニーの5Gへの取り組みが本格化しだしたのは2012年のこと。大容量、多数同時接続、低遅延といった特長を持ち、リアルタイム性(時間価値)とリアリティ(空間価値)、そしてセーフティ&セキュリティ(安心安全)という価値を社会にもたらすであろう5Gを使って、ソニーはいかなる商品やサービスを社会実装しようとしているのか。5Gの規格化に携わっているピーター・カールソン(スウェーデン)、クリス・クリフトン(イギリス)、チェン・スン(中国)、澤井 亮(日本)の4人に聞いた。

プロフィール

  • ピーター・カールソン

    Research & Standardization,
    Sony Research Center Lund

  • クリス・クリフトン

    Technology Office,
    Sony Semiconductor & Electronic Solutions,
    Sony Europe Ltd.

  • チェン・スン

    Wireless Network Research Department,
    Sony China Research Laboratory,
    Sony China Ltd.

  • 澤井 亮

    ソニー株式会社
    R&Dセンター
    基盤技術研究開発第1部門
    コネクティビティ技術開発部

「5G規格化」の現在位置

──早速ですが、「5Gの規格化」とは主にどのような活動なのでしょうか?

澤井:3GPP(Third Generation Partnership Project)という国際標準化プロジェクトの会合に参加し、5Gに関わる通信技術の提案をし、規格技術の策定に貢献しています。

カールソン:世界各国の通信オペレーター、インフラ機器、端末、半導体のベンダー、アプリケーションプロバイダーなど、100社以上、1,000~2,000人程度の参加者からなる会合なので、主要企業のコンセンサスを取るロビーイングやソーシャライズに関する交渉作業には、多くの困難があります。時にはパワーゲームに巻き込まれることもあれば、純粋に技術の優劣によって決まる場合もあります。基本的に、基幹特許を持つ企業は発言力が強いので、彼らを説得し、自社技術を入れ込む作業はいつも困難を極めます。

──今はどのような段階なのでしょうか?

クリフトン:3GPPでは、基本機能の策定(5G標準化フェーズ1)が終わり、今はフェーズ2の規格化の段階にあります。フェーズ2では、IoT時代に関わる数兆ものデバイスやセンサーをネットワークにつなげるための多数同時接続性能の拡張や、Gbpsアプリケーションを安定的に供給する大容量通信のためのモバイルネットワーク機能の拡張、自動運転等に関わる高信頼性かつ超低遅延な通信インフラを構築するために5Gならではのアプリケーションサービスを実現するコア技術の規格化に取り組んでいます。

──ソニーの5Gへの取り組みは、いつごろ、どのようにして始まったのでしょうか? そしてみなさんは、それぞれどういう役割を担っていらっしゃるのか、教えてください。

カールソン:「4G LTEの次世代」に対するベーシックなリサーチを始めたのは2012年です。まずは、大学をはじめとする研究機関との共同研究からスタートしました。その後、ほかの企業とも連携した上で3GPPにプロポーザルを提出したのが2016年です。

私の役割は、ソニーが通信の次の世代に向かっていく中で、「課題は何か」「何に向かってチャレンジをするのか」を社内でまとめていくことでした。そして資料を作り、チームでソニー以外の企業や研究機関が集まる3GPPに出席し、ソニーの考えを提案していきました。

クリフトン:私のチームは特にIoT(Internet of Things)といいますか、MTC(Machine Type Communication/人の介入を必要としないデータ通信)の観点から通信技術の開発に携わっています。4G時代で築き上げたMTCをベースに5Gをどう進化させるかといった点が非常に重要になります。

イギリスでは、私も2012年ごろから、サリー大学の5Gイノベーションセンター(5GIC)で5Gに関する共同研究に取り組み始めました。このセンターは、5G研究においては世界最大の研究機関の一つだと思います。当初、ソニーは、大手モバイルオペレーターや装置サプライヤーと共に、この5GICの創設メンバーでしたが、2013年以降、多くの企業の参加により、「こういうことができるかもしれない」といったアイデアのレベルから、よりはっきりとしたビジョンを描けるようになってきました。その結果、2016年の5G規格化への参加を実現し、そこで重要な意見や情報を提供できる立場になりました。

スン:私も2012年から5Gに向けたリサーチをスタートしました。例えば多数同時接続性や周波数共用に向けた複数周波数帯の動的な割当て(Dynamic Spectrum Access)といった、それまでにはなかった課題が5Gによって浮かび上がってきました。そこで私の場合は、中国の4つの大学やリサーチ機関と連携し、その成果を規格化にどう盛り込んでいくのか、という作業に携わるようになりました。

澤井:私は、2002年からソニーの通信に関わるR&Dや関連事業に携わっています。ソニーのコンテンツ事業、AVデバイス事業、センサーをはじめとしたIoT関連事業、ロボティクス、ドローンなどは、5Gによる3つの進化軸、つまり大容量、多数同時接続、低遅延・高信頼との親和性が非常に高く、規格化技術の詳細が明らかになるにつれて、社内での注目度は急速に高まりつつあります。5Gは、時間や場所の制約を感じさせないリアルタイム性(時間価値)とリアリティ(空間価値)、それに加えてセーフティ&セキュリティ(安心安全)をキーワードとした、新たな顧客体験価値を実現するサービスの構築には不可欠な社会インフラだと考えています。

大容量、多数同時接続、低遅延・高信頼

──「規格化」は、さまざまな技術において不可欠なプロセスだと思います。例えば映像や圧縮技術などは、比較的ソニーがイニシアチブを握ってきたのではないかと思いますが、5Gの場合はどうなのでしょうか?

カールソン:ソニーの場合は、単にスマートフォンに限った話ではなく、エンタテインメントもありますし、コンテンツも作っています。もちろんスマートフォン自体も作っていますから、ユースケースがとても広いわけです。ですので、「こんなユースケースがあるのではないか」ということを、ソニーを代表してきちんと提案することが重要です。実際に、3GPPの会合で、参加者が予想もつかなかった、聞いたことも考えたこともなかったことも含めて、「5Gというのはこんなことにも使える技術なんだ」ということを提案しているという意味では、ソニーの存在感は小さくないと考えています。

クリフトン:確かに、多くの事例を表明し続けてきたことで、立場も強くなってきているという気がします。最近数えたら、3GPPに提出した提案数は650以上もありました。今は、ほかの企業からもリスペクトされていますし、実際にいろいろな企業と標準化に関わる取り組みを一緒にやっていけるという確信を持っています。

澤井:今後、ソニーの事業に密接に関係する可能性が高い、着目すべき5Gアプリケーションとして、自動運転があります。例えば衝突防止レーダーの場合、角を曲がった見えないところに何があるかの情報を、通信を使って飛ばすインフラが整備されようとしています。ソニーが強い画像処理センサーの情報や特徴が抽出された危険検知情報を、通信インフラを介して周辺の車に通知したり、車同士で危険検知情報を交換する直接通信が可能となります。この分野の研究は、中国がすごく進んでいます。そのほかにも、VRやロボティクス、ドローンもありますし、さらには遠隔手術といった分野においても、5Gが重要な役割を担ってくると考えられます。

スン:あと付け加えるなら、ゲームでしょうか。超低遅延という5Gの特長が大いに生かされますからね。

クリフトン:工場においても、今後は大容量、多数同時接続、低遅延・高信頼が鍵になってきます。インダストリー4.0では、機械同士を速く、正確に、しかも間違いのない状態で作動させることが、5Gによって実現可能となってきます。実際、ヨーロッパでソニーと密接な関係にあるパートナー数社と、インダストリー 4.0に向けた5G接続について話を進めています。

澤井:まだオペレーターもベンダーも、想定される新しいマーケットやカスタマーがはっきりと見えない中で5G規格化が始まったこともあり、ソニーもいろいろな立場でものを言いやすかったという部分はあったと思います。通信分野におけるこれまでの標準化・規格化のときと比べると、5Gでは、ソニーの発言力や存在意義は高まりつつありますね。

──5Gの規格化によって、今後、どのような変化が社会や個々人に訪れるのでしょうか?

澤井:時間や場所の制約を感じさせない次世代の通信インフラを実現することで、ソニーのモバイル機器やサービスを通じて、クラウドコンピューティング、人工知能、センサー、アクチュエーター、ロボティクスなどが、いつでも、どこでも、誰でも、どんなコト・モノにも制約なくつながる社会環境が整備されていくと思います。

課題は“スペクトラム”!?

──一旦ソニーでの取り組みを離れ、それぞれの国での5Gへの盛り上がり、政府の支援といったものについて教えてください。

スン:澤井さんが触れてくださったような自動運転に関する研究や実証実験は、中国では、政府が力を入れて進めています。5Gを使ったアプリケーションの開発という意味では、4K・8Kの放送をどのようにサポートしていくか、という点も注目されています。

クリフトン:5Gへの取り組みの一環として、イギリス政府は、大小を問わず各企業にどのようなユースケースがあるのか、アイデアを出させています。5Gが触媒となることでどのような新しいビジネスやアイデアが可能になるのか、期待されています。もちろん、イギリスでも自動運転はホットトピックです。莫大な経済効果や道路網の安全性に大きな影響を与える可能性があることから、Vehicle to X(V2X)に対しての助成は積極的だと思います。

カールソン:スウェーデンでは、ある程度5Gの技術がわかってきたので、「じゃあそれをどうやって使っていくのか?」という“How”の部が議論されています。特にモバイルオペレーターは、キラーアプリケーションを求めていますが、私は3Gや4Gがエンドユーザーであるコンスーマーがメインだったのに対し、5GはBtoBの視点が重要になってくると考えています。実際には工場内のロボットと自動運転が2つの大きな柱となるはずで、それをどうオプティマイズできるかという議論がなされているのが現状です。

澤井:日本の場合は、労働力が減っていくことが不可避であり、その半面、人がどんどん都市に集まってきていることもあって、例えば遠隔手術や工場の自動化といった、それまで通信が介在していなかったところに5Gの恩恵をもたらしていくことが必要だと考えます。

一方アメリカでは、放送コンテンツやメディアコンテンツの買収合戦が盛んですが、光ファイバーを引きづらいところがいろいろあるので、「固定ポイントの通信だけれど、5Gを使ってハイデフィニションの映像を送信する」というニーズが高まっていると思います。

といった具合に、それぞれ国のニーズや特徴がありますが、課題はスペクトラム(新規の周波数帯の割り当て)だと思っています。5Gでフレキシビリティが上がり、いろいろなアプリケーションに最適化しやすい状況が生まれた場合、例えば「工場の通信インフラを通信事業者がやるのか?」という問題が発生すると思います。そこで、日本では「ローカル5G」の法制化が始まっています。これは通信事業者しか5Gを扱わないのではなく、Wi-Fiのように品質のいい5Gネットワークサービスを、ローカルで自分たちのために使う。それに紐づく周波数をどう割り当てるのか、というのがこれまでの電波割り当てに係る論点からの変化点です。同じように、アメリカでは「周波数(電波資源)共有」といって、遊休周波数の一部を、通信事業者以外のユーザーが独占利用できる機会を与える新たな電波法制を社会実装しようとしている点で、他国を先行しています。そのあたりが、これまでの通信技術が前提としてきた電波法制(レギュレーション)とは違うところです。

ソニーの創業精神との共通点

──ところで、通信技術研究の分野において、ソニーにはどのような歴史があり、どのような成果をあげてきたのでしょうか?

カールソン:まず1990年代、携帯電話のデジタル化(第2世代)を契機にソニーは携帯電話ビジネスに本格的に参入し、欧州向けGSM方式、日本向けPDC方式の端末開発を開始しました。その後、携帯電話が第3世代に切り替わる際に、ソニーからOFDMA(Orthogonal Frequency Division Multiple Access)ベースの独自方式を国際標準規格に提案しました。結果的には他社から提案のあったWCDMA(Wideband Code Division Multiple Access)方式が採用され、ソニーの提案は採用に至りませんでしたが、このときに開発した基本技術は、LTEやWi-Fi等で広く使われています。

そして2001年、ソニーとエリクソンの間で合弁事業としてソニー・ エリクソン・モバイルコミュニケーションズAB(Sony Ericsson Mobile Communications AB、SEMC)が発足し、携帯電話に関する研究開発はそちらに引き継がれました。

澤井:それ以降、ソニー単独での研究開発は、携帯電話から無線LANに移行します。当時無線LANは、米国の PC業界の巨人たち主導の規格であり、CE機器にとって必要な要件を満たしていなかったため、日本のCE機器メーカーと連携し、CE機器に必要な機能を規格に入れ込む活動を本格的に開始しました。当時は、今では4G/5Gにおいて必須の重要技術となっている、複数のアンテナを用いて電波リソースを空間に多重することで、高いスループットを実現するMIMO(Multi-Input Multi-Output)に注力していました。このとき、ソニー初のBeamforming MIMOを実現した802.11n方式無線LANデバイスの開発に成功しています。その後、2012年にソニーがSEMCを100%子会社化したことをきっかけに、ソニー本体での携帯電話に関する研究開発を再開させています。

──最後に、ソニーで働くおもしろさについて教えてください。

カールソン:個人的には、まだコンセプト段階ですが、遠隔操作による健康のサポート、例えば心臓病であったり糖尿病であったり、メディカルをやっているソニーだからこそ、そうした疾患のモニタリングなどに貢献できる可能性に未来を感じています。

クリフトン:私は没入型エンタテインメントを通じて新しい体験を創出することに興味を抱いています。6Gやその先のころかもしれませんが、『スター・トレック』のテレポーテーションのようなものが仮想的に実現できたら……ソニーではそういった夢を見られることがおもしろいですね。

スン:5Gは人と人、人とモノ、モノとモノをつなげていくことになります。その意味では、単にワイヤレスに革命を起こすだけではなく、社会を変える要素もあると思います。今までなかったような新しいビジネスを創出したり、人間の新たな行動パターンを創出していくようになるかもしれません。そうした領域に携わっていけるのが、やりがいにつながっています。

澤井:日本を代表するテクノロジーカンパニーとして、社会インフラに関わる技術の規格化に取り組む責任や期待は大きいと感じています。我々が扱う電波資源は有限であり、その効率化や新たな電波法制作りに関わる活動は、産業の活性化や新規事業創出のチャンスです。5Gで起こりうる、人や機械がつながる通信インフラのさらなる進化、例えば大容量、多数同時接続、低遅延・高信頼のそれぞれの性能の向上は、おそらく6G、7Gというかたちで続くはずです。

そういった大きな社会変革や技術革新を作ろう/つかもうとする気概は、創業以来のソニーの精神に通じるものがあると思います。言い換えると、そういったことにチャレンジさせてもらえる最良なサポート環境が社内にあり、その魅力を感じて、グローバルに共創していけるというのはソニーならではのユニークさであり、働いていておもしろいところだと感じています。

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