Cutting Edge

ダイナミック周波数共用技術(DSA)

電波資源の利用を最適化し、5G/Beyond-5G時代を支える

2020年8月31日

ソニーシティ大崎に設置したLTE-TDD基地局
ダイナミック周波数共用技術を磨くため実証実験を重ねている

今や社会インフラとして、欠かすことのできない無線通信。5Gの実用化にともない、その通信量は一層増大しています。このような中で大きな課題となりつつあるのが、周波数帯の不足です。この課題解決に向け、近年、世界中で実用化に向けた研究開発が進んでいるのがダイナミック周波数共用(Dynamic Spectrum Access:DSA)技術です。今回DSA技術に取り組むエンジニア3名に、その取組みについて話を聞きました。

プロフィール

  • 澤井 亮

    ソニー株式会社
    R&Dセンター
    Tokyo Laboratory 22

  • 古市 匠

    ソニー株式会社
    R&Dセンター
    Tokyo Laboratory 22

  • 松村 智彰

    ソニー株式会社
    R&Dセンター
    Tokyo Laboratory 22

周波数帯を一元管理し、電波資源の利活用を最適化

──まず、将来不足が心配されている周波数帯に関して、現状の課題を教えてください。

澤井:現在は、同じ周波数の電波同士が影響し不具合を起こす「電波干渉」を防ぐために、各国・地域の監督機関が事業者などに対して、特定の周波数帯を割り当てています。

しかし、その候補帯の多くがすでに占有されている状態にあり、移動体通信用途の新たな周波数帯域の捻出が世界的に困難になりつつあります。そのため、スマートフォンや、多種多様なIoTデバイスなど、無線通信機器が増加する中で、今後5Gなど新たな用途に割り当てる周波数帯の捻出が難しいというのが課題です。

松村:昨今の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の世界的な感染拡大に伴い、さまざまな業界で急速にリモート化が進んでおり、モバイル端末による通信容量は今後ますます増加していくと考えられます。

今後の無線通信技術の発展とユースケースの多様化のスピードに、電波資源すなわち周波数帯域の捻出が追い付けなくなると、さまざまな技術開発や社会環境の整備に影響を与えかねません。それは多様な事業ポートフォリオを有するソニーにとっても非常にインパクトの大きいことだと考えます。

古市:一方で、事業者に割り当てられた周波数帯は100%利用されているわけではなく、遊休状態にある場合も多くあります。利用していない時間帯があったり、電波干渉抑制のために余裕を持って設計していたりするため、周波数帯を無駄なく有効に利用できているとは言えない状況です。

それらの課題に対し、解決策を提供するのが、これからお話しするダイナミック周波数共用(Dynamic Spectrum Access:DSA)技術です。

──ダイナミック周波数共用技術(DSA)はどういうものでしょうか?

澤井:事業者ごとの割当てではなく、あらゆる周波数帯をデータベースで一元管理し、電波干渉を抑制しながら、リアルタイムで空いている周波数帯を割当てることで、限りある電波資源を無駄なく最大限活用できるのが、このダイナミック周波数共用技術(DSA)です。既存のシステムを阻害することなく、周波数の共同利用を促進する技術と言い換えても良いと思います。

※CBRS(Citizens Broadband Radio Service)
国防総省(主に米国海軍)、固定衛星通信業務、無線ブロードバンド業務が使用する3550-3700MHz帯の遊休電波資源を利活用することを認めるFCC規則Part 96のこと。基地局(CBSD,CBRS Device)による遊休電波資源の利用をSASが管理することを定めている。標準化団体Wireless Innovation Forumでの標準化作業にはAmdocs、CommScope、Federated Wireless、Googleといった周波数管理事業者や、AT&T、Verizonといった通信事業者、Ericsson、Nokia、Qualcommなどの多数のベンダのみならず、FCC、国防総省等の米国政府機関もオブザーバーとして参加。

澤井:DSAは、電波資源のひっ迫を解消/緩和し、いつでも・どこでも・何にでもストレスなくつながる社会基盤の実現に貢献します。DSAにより、通信事業者は必要な時に利用可能な周波数帯域を増加させ、より高品位かつ広帯域な無線通信サービスを提供できるようになります。また、非通信事業者であっても、スタジアムや工場など限られた地域の空き周波数を活用して自営の無線ネットワークを構築し、運用することができます。ソニーでは10年以上前からDSAに着目し、数多くの重要特許を取得してきました。

法整備・規格化から社会実装へ

──DSAに着目し、重要特許を取得するまでの経緯を教えてください。

古市:社会インフラに直結するDSAの導入には、盤石な法令や規格が必要でした。そのため、ソニーは技術開発と並行して、米国のDSA制度「CBRS(Citizens Broadband Radio Service)」の標準化に携わりました。

標準化作業は2015年に始動し、ソニーは周波数管理事業者としてCBRS/SAS全体の技術仕様とエコシステムの開発に参画しました。2018年1月にFCC認証取得に必須の技術規格群(CBRS Baseline StandardsまたはRelease 1と呼ばれる)の策定が完了しますが、その後も断続的に認証試験開始時期まで仕様変更が続きました。このような周波数共用の仕組みの技術仕様からエコシステム構築、そして認証試験にまで踏み込んだ標準化の議論は、前例がほとんどありません。多数の参画企業間の密な連携がなければ、社会実装までたどりつけなかったと思います。

松村:その過程で、ソニーは、2016年12月にFCCに対してSAS Administrator申請を行い、認証試験が2018年11月にスタートしました。技術資産を生かし、その後、ラボ試験、ICD(Initial Commercial Deployment)と呼ばれるフィールド試験を経て、2020年1月には、CBRS用データベース「SAS(Spectrum Access System)」のFCC(連邦通信委員会)認証を取得することができました。

SASに採用される電波干渉抑制技術と演算の高速化

──SASの特徴について詳しく教えてください。

古市:SASには、電波干渉抑制のために、大きく2つの技術が採用されています。

第一に、地形を考慮する電波伝搬モデルの採用です。高精度な電波干渉量の推定が可能となり、遊休電波資源の利用機会拡大が可能となりました。

第二に、米国海軍の艦載レーダー保護アルゴリズムの導入です。軍艦のレーダーは、レーダーを使用中か否かは通知されるものの、国防上の観点から軍艦の詳細な位置はSASに開示されません。そこで沿岸部を複数のエリア(DPA)に分け、あるエリア内で軍艦のレーダーが検知された場合、近隣地域のすべての基地局(CBSD)において、遊休電波資源の利用を制御するアルゴリズムを導入しました。

赤線で囲まれた海上のエリアがDPA。赤で覆われた地上エリアに設置された CBSDの一部が、艦載レーダー検知時の遊休電波資源の利用制限の対象となる。 膨大な数のCBSDを制御するために演算が複雑かつ高負荷となる。

松村:加えてSASは、複雑かつ高負荷な電波干渉抑制演算を他社SASと毎日同期する必要があります。しかし基地局の数の多さなどから、単純に実装すると膨大な時間がかかってしまいます。R&Dセンターでは、ソニーグローバルソリューションズと協力しながら、スケーラビリティの高いクラウドアーキテクチャーを採用しつつ、独自の工夫を加えることで干渉抑制計算を高速化しました。クラウドを活用した多重化や、複数のフェイルセーフ機構を取り入れた高いシステム安定性を実現しています。このような取り組みを経て、FCCの認証を取得することができました。

ソニーの力を生かし未来の社会インフラを創っていく

──この分野でのソニーの強みについて教えて下さい。

古市:この分野でのソニーの強みは大きく3つあると思っています。

1つ目は、重要特許を多数保有している点です。DSAに関する技術の重要性に早期に着目し、基盤技術検討からフィールド実証に係る一連のプロセスに継続して取り組むことができた結果が今に結びついていると考えています。

2つ目は、関連標準化団体(WInnForum)での積極的な貢献です。ソニーは、同団体においてボードメンバーやVice-Chair, Technical editorを務めるなど、様々な形で貢献を続けてきました。現在、CBRSの高度化(Release 2)に向けた議論が進んでいますが、そのなかでもソニーは、ボードメンバーやプロトコル規格の策定を担うSpectrum Sharing Committee (SSC)のワーキンググループ(WG3)のVice Chairやプロトコル規格のEditorを担い、議論を推進しています。

松村:3つ目は、差異化機能を含む、商用グレードの実機を保有していることです。CBRS/SAS開発に取り組む前段として、2015年にイギリスでデジタルテレビ放送周波数帯向けデータベースの認証を取得しています。その技術仕様がSAS開発のベースとなっているのです。そのため、早期に開発を進めることができました。

──この課題を早期に認識するにいたった背景を教えてください。

澤井:背景としては、私の博士課程におけるテーマがDSA技術の前身となるソフトウェア無線であったこともあり、10年以上前から4Gの規格化に携わりながら、『次のGenerationは何か? 通信のあり方そのものを転換する技術を生み出せないか?』と考えたことが、DSA技術開発の始まりでした。とらえ方によってはゲームチェンジャーともなりかねない技術で、社会実装のタイミングと初期導入に係るユースケースの移行には注意を払いつつ検討を始めました。間もなくして、米国や欧州にて放送波のデジタル化によって空いた周波数帯をSuper Wi-Fiといった通信システムで活用しようとするTV band white space(TVWS)のルール(離隔距離計算に基づいた非動的な干渉制御)策定が開始されました。当時、ソニーでは累積干渉制御技術という、既存利用者を正しく保護しつつ、2次利用者の利用機会を最大化する技術の実現性がおおよそ確立されつつありました。欧州周辺約40カ国が加盟する法制化団体(CEPT SE43)で、アジアからの参加はほとんどいないという状況でしたが、ソニーヨーロッパの法制化・標準化メンバーの協力も得ながら、技術提案にチャレンジし、数年の時を経て、提案が無事に採用されました。その後、技術開発に携わるメンバーも拡充されることになり、SASの前身となる電波監視データベースの開発がスタートするなど、DSA技術につながる研究開発が加速します。

──今後の展開や可能性について教えてください。

古市:社会実装に向けた動きは世界的に広がりつつあります。加えて、地域・場所限定の4G/5G(プライベートLTE、ローカル5G)用周波数割当ての検討も世界的に広がっており、非通信事業者による4G/5Gネットワーク性能の独自カスタマイズや、電波資源の独占利用が可能となる新たな法制度化/環境整備が進みつつあります。4G/5Gの自営利用が急拡大することで、自営ネットワーク間の電波干渉調整が複雑化してくることが懸念されますが、我々が有するSASのデータベースサーバーや電波干渉抑制技術が貢献できると考えています。

また、データベースサーバーを活用することで、非通信事業者への電波資源割り当て手続きについても、簡素化、自動化、効率化されるものと期待しています。

ソニーシティ大崎での実証実験の様子

松村:昨年CBRSの実機検証のため、米国カルフォルニア州にあるソニー・ピクチャーズエンタテインメントの敷地内などにシステムを構築しました。各基地局をソニーのSASに接続することで、実際に屋外で通信可能な専用のプライベートLTE環境を実現しています。今後はそのノウハウを活用し、グローバルで検証を進めていきたいと考えています。すでに東京都品川区にあるソニーシティ大崎では、実証実験を開始しており、今後、英国ペンコイドにあるSony EuropeのUK Technology Centreにおいても同様の取り組みを進める予定です。

米国カルバーシティにあるSony Pictures Entertainmentの敷地内などで試験を重ねてきた

澤井:幅広い事業者がさまざまな形で4G・5Gを活用していくこれからの社会において、DSA技術をリードし、米国のCBRS制度や技術の高度化はもちろん、他の国や地域においても、それぞれの環境や社会に適した技術の導入を進めていきたいと考えています。

関連する論文や学会発表、特許など:
【関連規格】
Wireless Innovation Forum, “CBRS Baseline Standards (Release 1)”
Wireless Innovation Forum, “Enhancements to CBRS Baseline Standards (Release 2)”

【対外発表等】


  • 澤井、”諸外国事例からみる研究開発のポイント”、ダイナミック周波数共用シンポジウム、2019年11月

  • 澤井、”諸外国における社会実装事例から見るダイナミック周波数共用技術の研究開発のポイント”、2020年電子情報通信学会総合大会、2020年3月

  • 栗木、小野瀬、木村、澤井、”ダイナミック周波数共用におけるプライマリ無線局のアンテナ回転を考慮した累積干渉計算手法”、2020年電子情報通信学会総合大会、2020年3月

  • 小野瀬、栗木、木村、澤井、”ダイナミック周波数共用におけるビームフォーミングを考慮した与干渉制御手法”、2020年電子情報通信学会総合大会、2020年3月

  • 澤井、”諸外国事例からみるダイナミック周波数共用”、マルチメディア推進フォーラム、2020年9月

  • 澤井、”ダイナミック周波数共用のためのデータベース管理技術の課題と高度化”、2020年電子情報通信学会ソサイエティ大会、2020年9月

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