Cutting Edge

AIやセンシング技術で、もっと快適で安心なモビリティ社会をめざして

Future Mobility Project

2020年8月31日

試験走行用車両

ソニーが、AIやセンシング技術を活用したモビリティ領域への貢献を目指し、みんなのタクシー株式会社との協業を軸に進めているFuture Mobility Project。その一環として、タクシー会社への需要予測サービスの提供を2019年11月に開始しました。また、安全運転支援ツールの開発やモビリティ社会の安心・安全・快適につながるサービス構築も目指しています。ソニー(株)AIロボティクスビジネスグループで、安全運転支援への取り組みを進める高倉と、需要予測サービスの開発に携わる右田、二人のエンジニアにそれぞれ話を聞きました。

※2021年1月1日、みんなのタクシー株式会社は「S.RIDE株式会社」へ社名変更

プロフィール

  • 高倉 大樹

    ソニー株式会社
    AIロボティクスビジネスグループ
    クラウドサービス開発部

  • 右田 隆仁

    ソニー株式会社
    AIロボティクスビジネスグループ
    クラウドサービス開発部

1. 安心・安全な運転に貢献する技術・データを探索する

──安全運転支援に向け、どのような取り組みを進めていますか?

高倉:安心・安全に貢献する技術やセンサーデータは何か、という視点で探索しながら活動を進めています。具体的には、9つのイメージセンサーと立体空間を3Dで正確に把握するソリッドステート式LiDAR、IMUセンサー(加速度・回転角加速度センサー)を搭載した試験走行車両を使用し、アクセル・ブレーキ・ハンドル舵角などドライバーの操作に関するデータ(CANデータ)と車外環境のセンシングデータを組み合わせて分析を行っています。

試験走行用車両でさまざまな車外環境データ(写真)やドライバーの操作に関するデータを収集

──現在は、どういった段階にあるのでしょうか?

高倉:現在、走行試験で、さまざまなデータを収集している段階です。データ取得にあたっては、10年にもわたり役員車両室の専属ドライバーを務めてきた、運転のプロの方にも試験車両を運転してもらいました。私も同乗したのですが、加速・減速・停止の仕方・咄嗟の対応など、乗り心地が明らかに異なりました。運転をする際に、瞬時に周囲の状況を察知して、どういった部分に着目するべきか、またベテランドライバーの長い経験をもとに、“上手なドライバー”はどのように快適性をもたらすかという話も大変参考になりました。

一方でこの感覚は定性的なものですが、ここからいかに“快適な運転”を定量化し、技術を用いて再現することができるか、という部分は一つの重要なテーマだと考えています。

──試験走行車両を通じて得たデータを具体的にどのように分析し、安全運転支援にいかしていくのでしょうか?

高倉:例えば、先ほど述べた“快適な運転”を定量化できれば、ドライバーへのフィードバックも行えますし、さらに進めば、“快適な運転”になるような制御アシストも可能になるかもしれません。

現時点では我々が保有する試験走行車両をベースにした実験ですが、みんなのタクシーとの協業を通じて多くの車両からセンサーデータやドライバー操作データを取得できれば、各種技術開発が加速すると考えています。

試験走行用車両に搭載した、LiDARから撮影した風景

──今後の展開や可能性について聞かせてください。

高倉:モビリティへの貢献は、ソニーにとって一つの大きなチャレンジで、難しい領域であると同時に、大きなチャンスがある領域だと肌で感じています。モビリティそのものは今後「走るセンサー」になっていくと考えています。センサーがつながった結果、どのような価値を創出できるか。また、この激変する社会環境下でモビリティに対する顧客・市場の考え方に変化が出てくる中、どのように活動を展開していけるか、幅広い視野を持って考えていくつもりです。

ソニー クリエイティブセンターとも連携し、 各種データを視覚化・分析しながら移動の最適化を目指し、 未来のモビリティを見据えた活動を推進している

2. 需要予測サービスで移動を最適化していく

──AI技術や走行データをどのように活用して、サービスを開発されたのでしょうか?

右田みんなのタクシーと提携するタクシー会社は、主に東京都内のタクシー約10,000台の車両走行データを保有しています。まずは走行データの欠損値や位置情報の誤差などを処理しつつ、乗車データの可視化を進めました。その結果、繁華街や主要駅、住宅街などエリアごとの特性によって、需要の度合いや発生パターンが違うことが分かってきました。加えて、需要に関連すると考えられるイベントや天気、鉄道の運行状況といったデータの収集も行い、走行データと合わせた分析を進めることで、特徴量(機械学習に使われる入力データ)など需要予測に必要なデータを考えていきました。

また、本格的なデータ分析を始める前に、実際にタクシードライバーがどのように需要を予測し、一日の乗務を考えているのかヒアリングも行いました。そこで得られた知見と、集めたデータを活用し、ソニー R&Dセンターと連携して、機械学習による予測システムを開発しました。機械学習技術はよくある決定木モデル(機械学習のモデルの一つ)や、深層学習など様々な手法を試した中で、精度面やコスト面から適切なものから選んで構築しています。

東京都内のタクシーから収集した車両走行データ

──開発にあたって、サービスを利用されるタクシー運転手さんのために工夫された点は何ですか?

右田:ユーザーがタクシードライバーさんですから、需要の予測精度はもちろん、とにかく使い勝手と分かりやすさを心がけて工夫を盛り込みました。また、車を運転する業務であることを念頭に開発を進めました。なるべくタッチ操作を減らして必要な情報にアクセスできること、視界を奪わず音で通知すること、乗客がいる間は通知をOFFにすることなどが具体的な工夫例です。

また、アプリケーションを作って終わりではなく、サービス開始後も、ドライバーさんの意見・要望をこまめにヒアリングし、その声に応えることで徐々に機能を改善、拡充していきました。例えば、予測した「どこに行けば乗客が多いか」という情報に加え、降雨状況や交通機関の状況、周辺で行われるイベント開催予定といったタクシー需要に関係する情報や、長距離利用客がどこで見つけやすいか、何台の空車がその付近を走っているかといったことまで分かるようにしています。

ドライバー向けタブレットアプリケーション

──需要予測サービスによってどのような課題を解決することができるのでしょうか?

右田:まず、車両の稼働率向上です。もともと本サービスは、タクシーの稼働率を向上させることによってタクシー会社の収益改善に貢献することを狙って開発したものです。2019年11月のサービス導入後、新型コロナウイルスの感染拡大の影響で、一時期稼働率は落ち込んだものの、需要予測サービスを利用しているドライバーの稼働率は向上しています。

また、乗務員の方の労働効率向上とエネルギー利用の効率化も解決すべき課題です。例えば、今まで1日300km走っていたところを250kmで同等の営業収入が得られれば、労働時間の短縮となります。これは、燃料・排気ガスの削減にも寄与します。このように長時間労働や環境問題など、社会課題へに対しても貢献できると考えています。

──本サービスを導入後、サービスを利用されているタクシー会社からはどのようなフィードバックがありましたか?

右田:ドライバーに繰り返しヒアリングする中で挙がった声としては、「お客様に出会えていない時、流れが悪い時に需要予測を見ている」、「乗車点情報を参考に、ここに行く、ここは行かないなど考えている」といったものや、「1日の大体のルーチンはあるので、その中で空車情報は参考に使っている」などがありました。需要予測のさまざまなサービスを日々の営業の中で利用していただいているようです。

もちろん新しい機能に対する要望や、アプリの使い勝手や安定性に関する改善の声もありました。それらの声に対しては、サービス開始から改善を重ね、アップデートを地道に続けています。

需要予測サービスが日々の営業の中で活用されている

──今後の展開や可能性について聞かせてください。

右田:東京に加えて他エリアへのサービス拡大や、パートナーとなっていただける会社を増やすことで、データを多く集め、よりお役に立てるよう分析していきたいと考えています。

需要予測技術が発展することによって、「移動に関わる効率」は上がります。この技術を自動車や自転車のシェアリング、鉄道やバスといった公共交通機関などに広げていくことで、移動手段全体の最適化が実現され、効率的に移動ができるようになればと思っています。さらに「人」の移動だけでなく「物」の移動への応用も可能だと考えます。

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