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事故リスクを減らす自動車保険「GOOD DRIVE」
自動車保険を通じて、事故を減らすことができないか。そんな発想から誕生した、運転特性連動型自動車保険「GOOD DRIVE(グッドドライブ)」。2020年5月からはヤフー株式会社が提供するスマートフォン向けアプリ「Yahoo!カーナビ」とも連動を開始し、交通事故がない安心・安全な社会の実現に向けて歩みを進めています。
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石井 英介
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梅村 千尋
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荒久田 絋治
先進技術で事故リスクを算出しキャッシュバックする保険
──「GOOD DRIVE(グッドドライブ)」は、どのような仕組みの自動車保険でしょうか。
石井:ドライバー一人ひとりの運転特性データを、スマートフォンの専用アプリで計測・スコア化し、事故リスクの低いドライバーに保険料を最大30%キャッシュバックする、という仕組みです。スコアは「アクセル」「ブレーキ」「ハンドル」「走行中のスマートフォン操作の状況」から算出されます。ドライバーは専用アプリから、現状のスコア、どこでどのような判定がなされたか、スコア向上のためのアドバイスなどを確認し、次の運転の参考にすることができます。いずれ完全自動運転が普及すれば、事故リスクは大幅に減るはずです。しかし日本のように、網の目のような狭い道路が多数ある国や地域では、自動運転車による事故削減効果が顕著になるまで相当な時間がかかるでしょう。それまでは、ドライバーの意識や行動の変化を促すことで事故率を下げられるこの商品には大きな意義があると思っています。
──具体的に、計測や解析はどのように行なっているのでしょうか。
石井:サービスを利用する際はまず、Bluetooth®電波を発信する専用デバイスを車両のアクセサリーソケットに装着し、スマートフォンに専用アプリをインストールします。この専用デバイスはエンジンと連動してアプリを起動させるための道具で、エンジンをかけていただくと自動的に運転ログデータの計測を開始します。計測は専用アプリで行います。スマートフォン内の加速度センサーやジャイロセンサー、GPSから得られたデータがクラウドコンピューティング環境に集約され、ソニー損保が保有する事故データと関連づけて作成した予測モデルによって、事故リスクを算出。運転特性データの計測と事故リスクの推定には専用アプリとクラウドコンピューティングそれぞれに、ソニーのR&Dセンターが開発したAIアルゴリズムを搭載しています。
石井:専用デバイスには、「緊急ボタン」も備えており、事故時にボタンを押すと専用アプリに緊急連絡先が表示され、すぐに電話ができます。位置情報や契約情報もソニー損保の事故受付担当者に共有されるため、よりスムーズな対応が可能になります。
ドライバーの使い勝手をとことん考えた仕様
──自動車保険や、運転データの計測技術自体はすでに存在する中、「GOOD DRIVE(グッドドライブ)」の特長はどのようなところでしょうか。
石井:保険商品としての最大のポイントは、通常の「事故を起こしたあとに備える」保険と異なり、「事故をどう防ぐか」にフォーカスし、ドライバーの意識と行動を変えていくことを目指している点です。安全運転を促すことで、運転をするお客さまは事故に遭いにくくなり、かつ保険料が下がるので大きなベネフィットを得ることができます。当社にとっても保険金の支払いが減るので収益性が上がります。さらに世の中全体で見ても事故が減ることで社会貢献にも繋がります。いわゆる「三方よし」の仕組みになっていて、そのような理想を実現するため試行錯誤しました。
荒久田:技術的には、前述した自動起動・自動計測と、スマートフォンで計測・解析を行うという点が、他の運転データ計測サービスとの大きな違いです。車に乗るたびにアプリを立ち上げてもらう仕組みだと、ドライバーにとって手間になってしまい日常的に使っていただくのは難しい。「いくらサービスが良くてもユーザビリティが悪いと受け入れてもらえないよね」という議論を重ねて、今の形にたどり着きました。
──スマートフォンを計測に使うとなると、車内のどこかに固定するのでしょうか?またとっさにスマートフォンを動かした際の動作も計測されてスコアが下がってしまうようなことはありませんか?
梅村:運転中はスマートフォンの置き場所や機種に関係なく、運転特性データを計測します。座席、ドリンクホルダー、鞄やポケットに入れたままでも問題ありません。また、たとえばスマートフォンを服のポケットに入れている状態で、車の停止中に物を取ろうとしてスマートフォンが動いてしまったとしても、それはリスクのある行動として認識されません。独自開発のアルゴリズムには、どういう挙動がリスクになるのか、実際に走行テストをして集めた膨大なデータが組み込まれているからです。
行動変容につなげるために、伝え方にも工夫
──開発はどのように進められたのでしょうか。
石井:「GOOD DRIVE」の開発には、ソニーのAI、クラウドコンピューティング技術、信号処理技術、センサーに関するノウハウ、ソニー損害保険株式会社の保険サービスに関するノウハウやデータ、ソニーネットワークコミュニケーションズのソフトウェア開発のノウハウなど3社の技術とノウハウが結集しています。その結果、ドライバーにとっての使い勝手の良さと、リスクのある運転動作だけを検出する高い精度の両立を実現しています。
梅村:金融業界の損保側や、実際に開発に携わるエンジニアなど、考え方やバックグラウンドが違う人たちが集まって進めたプロジェクトでしたが、「お客さまにとって本当にいいサービスを作りたい」という思いを共有していたため、活発に議論を交わしながらシステムを作ることができました。
荒久田:企画のメンバー、営業のメンバー、エンジニアのメンバーがいて、職種ごとに要件がそれぞれ決まっているのが当たり前だと思うのですが、今回のプロジェクトではそれぞれのメンバーが強い思いを持っていたので、「もっとこうすればお客さまのためになるのではないか」という意見をかなり出し合うことができました。
──その中で生まれたアイデアや機能もあるそうですね。
梅村:先ほども申し上げた自動起動や、スマートフォンを固定しない、という仕組みもそうですし、解析して出たスコアをどうドライバーに伝えていくのかについても話し合いの中から決めていきました。結果を伝えていくだけだと、ドライバーの方はどうしてもつまらなくなってしまいます。それに、「どうしても運転が上手くいかない」という方もたくさんいらっしゃいます。そういった運転が苦手な方こそ、このサービスを使って自然と事故リスクの低い運転ができるよう導いていけるようにしたいと思っていました。そのため、どのような運転の操作が苦手で、それを改善するためには次からどんなところに気をつけたらいいのか、ということをしっかりと伝えていくことにしました。
荒久田:伝えるタイミングも工夫しました。運転中に急ブレーキを踏んで「危ないです」と言われても、「分かっているのに偉そうに注意された」と、イラっとしてしまいますよね。また、その場で伝えることで逆に気を取られて事故を起こしてしまったり、アプリを触ってしまう可能性もあります。そういった点を考慮して、運転が終わってからまとめてアドバイスを伝えようということになりました。
梅村:アプリのデザインも、「眺めていたくなる」「持っていたくなる」ことを意識しました。そうしないとアプリを開いてもらえず、自分の運転を自覚するタイミングがなくなってしまいます。どんどん確認して「もっとこういう風にしていこう」という気づき、行動につなげていってほしいです。
事故リスクが15%低減。運転がもっと楽しくなる保険
──ソニーグループの従業員を対象に実証実験を行ったそうですね。実験についてお聞かせください。
荒久田:実証実験は計600名を対象に2ヶ月間にわたって行いました。まず AグループとBグループ各300名ずつに分け、Aグループの方には「走行時間の記録をさせてください」とだけお伝えして運転データを取らせていただきました。Bグループの方には1ヶ月目はAグループと同じように記録を取らせていただき、2ヶ月目からは「運転データに基づいてわれわれのアルゴリズムで運転にスコアを算出し、お見せします。スコアが良くなれば謝礼を追加でお渡しします」という案内をして、経過を観察しました。そして2ヶ月後、BグループはAグループよりも、事故リスクが約15%低減したという結果が出ました。「GOOD DRIVE」の機能を利用することで、事故のリスクを下げられることが実証できたのです。
──実験結果を踏まえ、今後の可能性や展望についてお聞かせください。
荒久田:実験によって数値的に成果が出たのももちろんですが、個人的に同じくらいうれしかったのが『運転が毎日楽しくなった』という声があったこと。運転をスコア化することで、緊張感を持たせてしまうのではと心配だったのですが、ポジティブな反応をいただけたことはよかったです。ただし、ここで満足せずに、これからどんどん改善を繰り返し、さらによいものにしていくことが今後の挑戦だと思います。そして「GOOD DRIVE」を広げていくことで、ドライバーだけでなく、モビリティを取り巻く社会全体の安心・安全に寄与していけたら幸いです。