Cutting Edge
Voice 01
ソニーグループ×ハリウッドのコラボレーションで
新たな映像制作のあり方を探る『KILIAN’S GAME』
プロフィール
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高島 芳和
ソニーの技術を最大限に活用する映像制作プロジェクト
断崖絶壁の曲がりくねった道を登っていく車。カメラは上空から、疾走する車を追っていく。そしてたどり着いた古い洋館。車から降りてきたKILIANを女性が出迎え、二人は意味ありげな会話を交わす。そして日が暮れて夜——洋館に侵入した二人の日本人らしき怪しい男たちは何か探し物をしているようだ。去り際に、苛立った男の一人が部屋に火を放つ。炎は床と壁を舐めるように広がっていった……。(『KILIAN’S GAME』本編動画はこちらから)
サスペンスドラマのはじまりを予感させる『KILIAN’S GAME』は、ソニーグループと協力企業、そしてハリウッドの新進のクリエイターたちによって制作されたショートフィルムです。ソニーグループのさまざまな技術と映像制作のクリエイターのアイデアを掛け合わせた映像制作手法の新機軸がふんだんに盛り込まれています。全10分の短編映画と、制作過程を描いた約7分のメイキング映像を制作しました。
そのはじまりは2021年。ソニーグループの技術に関する組織横断活動「技術戦略コミッティ」のなかに、エンタテインメント分野における技術活用の拡大を目指す「コンテンツ技術戦略コミッティ」が新設され、映像コンテンツ制作のプロジェクトが発足しました。
ソニーグループには、エンタテインメント領域に活用できる技術やアイデアがいくつもありますが、実証試験なしに商用映画制作でいきなり使うことは困難です。そこで、自社で映像を制作する機会を設けることで、新技術を検証していくことがプロジェクトの主な狙いです。また、日頃、映像制作の現場に立ち会う機会の少ないエンジニアがクリエイターと意見を交わしつつ一緒に映像制作に携わることが、技術の可能性を広げ、エンジニアの学びのきっかけにもつながると考えました。
撮影に用いられたソニーグループの技術
今回の撮影においては、日米の両拠点で2つの制作チーム(米国側はソニー・ピクチャーズ、日本側はソニーPCLが中心)が連携し、スタッフや演者が一度も行き来することなくそれぞれの拠点で撮影を進めて一本のフィルムに編集しました(主役とヒロインの役者は米国で、悪役の2人は日本で撮影しています)。
映像制作で用いられたソニーグループの主な技術を紹介します。
・バーチャルプロダクション
ロサンゼルス近郊に立つ洋館の玄関や各部屋を撮影したデータを3Dでキャプチャーして、そのデータを東京のソニーPCLが運営する「清澄白河BASE」に設置されている バーチャルプロダクションスタジオで再現。ソニーがバーチャルプロダクション向けに開発をしたCrystal LED B-seriesの大画面にカメラワークと連動した3Dデータの背景映像を表示し、その前で演者と同時に撮影することで、あたかもロサンゼルスの洋館で全シーンを撮影したとしか思えない、違和感のない映像表現を実現します。撮影場所を別の場所で再現できるようになることで、セットの制作を最小限に止め、物理的、天候的な制約がなくなり、計画的に撮影プランを立てることが可能です。『KILIAN’S GAME』で後半、部屋に火をつけるシーンがありましたが、こうした物理的なセットでは難しいアクションも実現できます。また、バーチャルプロダクションにさまざまな3Dデータを蓄積していくことで、再利用が可能になります。
・プロフェッショナル向けドローン「Airpeak」
作品の冒頭とエンディングの両シーンに、ソニーのプロフェッショナル向けドローン「Airpeak」による撮影を使用し、躍動感と迫力のある映像を安定したカメラワーク・高画質で撮影しています。
・Xperia™スマートフォン
撮影に使用したカメラと、5Gスマートフォン「Xperia 1 III」や「Xperia PRO」を接続し、メインカメラと複数の撮影現場映像をロサンゼルスと東京間でリアルタイムに伝送しました。双方の監督がお互いの撮影手法、照明の状況などを理解、アドバイスしあうことで、日米のチームが同じビジョンを共有し、一つの作品をシームレスに仕上げることができました。
この他にも、デジタルシネマカメラ「VENICE 2」やミラーレス一眼カメラ「α7S III」を用いて撮影を行いました。加えて、クラウドを活用して撮影した素材を効率的に共有し共同作業を可能にする「Ciメディアクラウドサービス」や、立体音響技術でサウンドミキシング制作現場をヘッドホンで高精度に再現する「360 Virtual Mixing Environment」といったソニー独自のツールも活用しています。
今後は音声や画像処理、シナリオ解析による予算やスケジュール管理など、AI技術の活用などにも挑戦していきたいと考えています。
技術はクリエイティブビジョンの実現のために
制作にあたっては、日米に分かれ一度も直接会わないままで、制作チームとしての一体感をどう醸成していくか、また新技術に初めて触れる制作陣にいかに使いこなしてもらうかがポイントになりました。ここで留意したのは、私たちから技術を押し付けるのではなく、十分に話し合い、クリエイターの意向を尊重することです。自由に試してもらって、クリエイターのイマジネーションを膨らませることが、良い映像制作につながると考えました。
当初、監督から挙がってきたシナリオは全部で5本。西部劇やサイエンス・フィクションなど、さまざまなアイデアのなかで、クラシックな洋館を舞台にすればメイン技術であるバーチャルプロダクションの価値を最大化できると考えました。「バーチャルプロダクションでロケ地での撮影と同じクオリティの質感を出す挑戦をしたい」という私たちの思いに制作陣も共感し、制作がはじまったのです。
また、映像監督のこだわりとして、映画のようなワイドスクリーンを撮影・再生するのに適したアナモルフィックレンズを使って撮影したいという要望がありました。バーチャルプロダクションとの調整が難しいレンズですが、監督の想いを優先し、日米の両方で同じレンズを使用。綿密なテストを重ねて課題を乗り越えることができました。「技術はクリエイティブビジョンを実現するために存在する」という事実を示せたのではないでしょうか。
制作に携わったクリエイターからは、「新しい技術を自由に使わせてもらうことができた」「ハリウッドの大作映画で使うようなサウンド制作施設を利用できて興奮した」「ソニー・ピクチャーズのベテランエンジニアとの交流が今後の財産になる」といった、好意的な声を多く寄せられています。
映像・サウンド制作の教材に
今回の取り組みの成果として、まず制作したショートフィルムに関する権利を全て我々が有していることに大きな意義があると考えています。例えば、別のチームで開発しているAIによる声の吹き替えなど、映像制作における新しい技術の評価に活用していきます。 また、制作の過程を記録したメイキング映像も重要なアセットです。通常、新作映画の制作シーンは秘密の塊で、部外者が見ることはまずできませんから。メイキング映像を今後、私たちの映像づくり、音づくりの教材として活用していきます。(『KILIAN’S GAME』メイキング映像はこちらから)
2年目を迎えるコンテンツ戦略コミッティでは、今回の知見も活かしつつ、映像以外のミュージックビデオやゲームといったコンテンツや異なるエンタテインメント分野間のアセット共有等、新たな制作活動に挑戦していく考えです。
ソニーグループ内で本取り組みを紹介したところ、多くの人たちから反響がありました。グループには、エンタテインメント部門に革新を起こすことのできる技術がまだまだたくさん眠っています。コミュニケーションを活性化して、グループの総合力を発揮していければと考えています。
Message:高島 芳和
私はもともと応用物理が専門です。ソニーでBlu-ray Disc規格の策定に携わり、その後2007年に渡米し、現在は、スタジオ業務全般を技術で支え、コンテンツ制作のリモート化などの新技術導入を進めながら、ソニーの製品や技術の評価をハリウッドのクリエイターと共同で行う活動を行っています。ソニーは、それぞれが学んできたことに関わらず、何か面白いことを見つけたら、やりたいことに突き進める会社だと実感しています。
また、コンテンツ制作の世界を目指す人にとっても、新しい技術にどんどん挑戦できる機会が得られる、魅力的な職場だと思いますね。