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SID Fellowの称号授与の栄誉に輝いた
Corporate Distinguished Engineer 野本 和正

2021年6月24日

Corporate Distinguished Engineer(Corporate DE)の野本 和正が、世界最大のディスプレイ学会The Society for Information Display (SID)より「2021 SID Fellow Awards」を受賞しました。SID Fellow の称号は、業界の技術革新や発展に貢献した者に授与されるもので、このたびの受賞は世界初の有機TFT※1駆動ローラブル有機EL ディスプレイやフレキシブル電子ペーパー※2の実現などのディスプレイ分野の発展への貢献が評価されました。
今回の受賞に至るまでの経緯や今後のディスプレイの進化などについて、話を聞きました。

※1: 有機薄膜トランジスタ (有機Thin Film Transistor=有機TFT)。半導体層の材料に有機物(炭素骨格の化合物)を用いた薄膜状のトランジスタ。

※2: 樹脂基板上に形成した薄膜トランジスタ駆動による電子ペーパー。

プロフィール
  • 野本 和正(のもと かずまさ)

    博士(理学) ソニーグループ株式会社 Distinguished Engineer

現在の職務とこれまでの経歴

私は現在、ソニーグループ(株)のR&Dセンターで技術マネジメントを担当し、新しいディスプレイの技術開発に取り組んでいます。社内ではCorporate Distinguished Engineer(Corporate DE)の任命を受け、また技術戦略コミッティではデバイス・材料戦略コミッティのリーダーを務めるなどとともに、ソニーグループの横ぐし連携の促進、技術戦略の策定や人材の成長を支援するミッションを担っています。また、人材育成は新たな技術創造の肝となりますので、特に力を入れています。社外では大学でメンターを務めており、毎週土曜日に少人数の優秀な学生さんたちが文理融合で集まって、社会課題の議論などを行っています。

今回のSID Fellow受賞は、有機エレクトロニクスを用いたディスプレイ分野の貢献によるものですが、そもそも、物理学専攻だった私がどうして有機化学と出会ったのかを、まずお話しいたします。

私は自然が豊かな郊外で幼少期を過ごし、”昆虫博士”とあだ名が付くような虫好きの少年でした。その頃から科学に興味を持っていて、子ども向けの科学雑誌を読み漁り、小学校高学年になると天文や宇宙に夢中になりました。中学生になるとソニー製のラジオを父親に買ってもらい、海外放送を聞くことに熱中しました。これが私とソニー製品との出会いであり、実はこの思い出は、ソニー入社のきっかけの一つにもなりました。

大学では物理学を専攻。授業で初めて量子力学に出会い、その神秘性、美しさにすっかり魅了されてしまいました。4年生からの研究室の配属分けの時期となり、私は理論物理の研究室を第1希望にしていたのですが、希望者が定員を超えていました。そこでサイコロを振って決めることになったのですが、最終的に、最も行きたくなかった有機伝導体の構造解析を行う研究室に配属されることになりました。実は私が物理学専攻に進んだのは有機化学が苦手だったからなのですが、まさかの有機の研究室に所属することに。これが私と有機の出会いであり、研究者としてのキャリアの第一歩が決まった瞬間です。 

研究室配属調整会議にてサイコロが運命を決めた瞬間 (1988年、慶応義塾大学理工学部物理学科)

これまでさまざまな出来事があったのですが、振り返ってみると点と点がつながっていたと感じています。これが最初の「点」です。

修士課程では理論物理の研究室に移り、量子力学をどっぷりと研究することができました。修士2年間の間に論文を5本書き、研究者として成果を出せているという自負もあったので、その後博士課程へ進むか企業に就職するか、とても悩みました。

そんな中、当時のソニー株式会社(以下、ソニー)で量子力学的効果を利用した演算素子を研究していることを知りました。今で言う量子コンピューティングの第一期の研究開発です。大好きな量子力学を応用した研究ができると興味を持ち、1991年にソニーに入社しました。

希望通りの研究テーマに取り組み、より深く研究するために、社内留学の制度を活用してマサチューセッツ工科大学(以下、MIT)の物理学科へ客員研究員として留学しました。図らずも、悩んだ末に諦めた博士号(理学)を得ることもできました。

マサチューセッツ工科大学の客員研究員時代 (1999年)

MITから帰国した頃に入社9年目となり、私はこれまで基礎研究ばかりやっていたので、もっと商品化に近い開発に取り組んでみたいという想いが強くなってきました。そこで自ら手を挙げて当時の半導体を手掛けていた事業部へ異動し、半導体不揮発性メモリの開発に取り組みました。約3年間多くを学びながら開発を進め、私が考案したメモリ構造の商品化の目途が立ち、IEEE International Electron Devices Meeting (IEDM)などの主要国際学会での発表も経験しました。一区切りついたところで、今度はまったく新たなエレクトロニクスを切り拓く技術開発を行いたいと、次のテーマの模索を始めました。 そんな折、2000年のIEDMで、有機分子を用いて非常に高性能なトランジスタや超伝導が実現できるという発表を聞きました。学生時代にサイコロが転がった先で取り組んだ有機伝導体の研究を思い出して非常に興味が湧き、ソニーの中に「有機化学を用いたエレクトロニクス」の新たなテーマを立ち上げたいと考え、有機エレクトロニクスの研究を始めました。 これが、今回の受賞につながる、苦手だった有機エレクトロニクスに関わることになるまでの経緯です。サイコロに導かれた運命とでもいえましょうか。

有機エレクトロニクスを用いたディスプレイの進化

実は、私が有機エレクトロニクスに取り組むことを決めたきっかけとなったIEDMの発表を始めとする一連の成果は捏造だったことが発覚。研究開発の方向性をゼロから考え直すことになりました。

そこで、当時ソニーが有機ELの実用化で世界トップを進んでいたこと、ディスプレイ分野においてはCRTから液晶、有機ELへと薄型化のメガトレンドがあることから、有機エレクトロニクスをフレキシブルディスプレイに応用する研究を開始することにしました。

私たちの研究所は化学を専門とする研究者だけでなく、多様な経歴を持つ専門家が集まった特異なチームだったのですが、その多様性こそが功を奏し、社内外のさまざまな協業を通じて破竹の勢いで開発を進めることができました。2007年に世界初のフルカラー表示を実現した有機TFT駆動フレキシブル有機ELディスプレイの実証を発表し、世間から大きな注目を集めました。翌々年の2009年のCESでは参考出展の技術展示として「曲がる有機ELディスプレイ」を公開。さらに2010年には、「巻き取れる有機ELディスプレイ」の実証を達成しました。

私たちのこの成果がきっかけの一つとなり、フレキシブル/フォルダブル有機ELディスプレイの研究は世界中で活性化し、実用化が進みました。現在では世の中のハイエンドスマートフォンの多くに、フレキシブル有機ELディスプレイが搭載されています。フレキシブルディスプレイを実証した業界の先駆者として、今回の評価につながったものと考えています。

その一方で、フレキシブル有機ELディスプレイと並行して、フレキシブル電子ペーパーを用いた製品開発に取り組みました。きっかけとなったのは、留学時代に、当時MITのメディアラボからスピンアウトしたばかりのE Ink社と出会ったことです。そのご縁によりE Ink社と協業し、電子ペーパーを用いた商品の開発を始めました。

2004年にソニーはE Inkによる電子ペーパー搭載のe-BookリーダーをLIBRIe(リブリエ)として商品化し、その後リーダー(Reader)という商品を出しました。しかし、他社からコストパフォーマンスに優れた電子書籍端末が次々に市場に投入され、私たちのビジネスは苦戦していました。

リーダーのメンバーと議論し、電子書籍用の端末は6インチほどのサイズが当時の主流でしたが、A4サイズのドキュメントがそのまま読める、大型の電子ペーパー端末の需要があるのではと考えました。しかし、従来のようにガラス基板上に形成するディスプレイだと、A4サイズまで大型化すると片手で持てないほど重くなってしまいます。そこで、ガラス基板ではなくプラスチック基板上にTFTを形成する、非常に薄くて軽いフレキシブル電子ペーパーを用いた開発と実用化にチャレンジしました。

E Ink社のメンバーと協業してグローバルなオープンイノベーションを推進。フレキシブル電子ペーパーの駆動技術(a-Si TFT技術)とディスプレイモジュールの実装技術を開発し、2013年にA4サイズ相当のデジタルペーパー「DPT-S1」を発売しました。

その後、マネジメントとして有機ELマイクロディスプレイやマイクロLEDを用いたCrystal LED Display Systemの開発に関わり、新たなディスプレイの創出に貢献してきました。

これまでさまざまな技術開発を経験し、その当時は気付かなかった点と点が後になって繋がっていったことで、この度の光栄な受賞という結果に結びついたと感じています。「幸運の女神には前髪しかない」という言葉もあります。いつか点と点が繋がっていくと信じて、その時々で目の前のチャンスに取り組むことが重要だと実感しています。

今後のディスプレイの進化の方向性とは

ディスプレイ技術は、ソニーグループの経営の方向性である「人に近づく」技術として、重要な役割を担うと考えています。また、ソニーグループが力を入れている3R(Reality、Real-time、Remote)テクノロジーと直結した技術領域でもあります。これからもディスプレイ技術開発を通じて、人々の生活を豊かにすることや、社会に貢献していきたいと思っています。

これまで行ってきたフラットパネルディスプレイの開発で、究極形とも言えるフレキシブルディスプレイを実現できたと個人的には考えておりますので、私たちがこれから取り組んでいくディスプレイの進化としては、以下の3つの方向性を考えています。

1つ目はリアリティある体験です。まずPanoramicな表現として、超大型ディスプレイやCAVE、ドーム型のディスプレイなどがあります。今後プロジェクターを活用した技術などがこの方向で進化すると考えます。CAVE型の体験として、ソニーでは超短焦点4Kプロジェクターを用いた360°映像空間システム「Warp Square(ワープスクエア)」を提案しています。また、Volumetricな表現として、2020年に空間再現ディスプレイ(Spatial Reality Display)を発売しています。この領域は、究極的にはホログラフィックディスプレイに進化すると私は考えています。

2つ目はモバイルのディスプレイです。現在はスマートフォンを手に持って見ていますが、歩きスマホなどの問題がありますよね。今後は、ハンズフリーのモバイル視聴体験として、高精細なVRヘッドマウントディスプレイや眼鏡型端末のARグラスなどが期待されます。これらは同時に、Panoramic/Volumetricな体験を実現するデバイスでもあります。その実現のカギとなるのは、新たなXRコンテンツとの連携です。ソニーグループにはボリュメトリックキャプチャ技術やセンシングに関する優れたXRコンテンツ生成技術、またそれをRealtimeに配信する技術などの強みを有しています。コンテンツに関する技術と連携して、XRメタバースによる新たな体験の創造に向けた研究開発に取り組んでいきたいと思います。

3つ目は環境負荷低減です。例えばフレキシブル電子ペーパーは、超低消費電力であり、紙の使用量削減にも貢献できるというメリットがあります。しかし、鮮やかなカラー化は技術的ハードルが高く、まだフルカラーの電子ペーパーの決め手となる技術は世の中にありません。現在私たちは、ロイコ染料を用い、非接触のレーザー照射によってフルカラーでの描画と消去が繰り返し行えるフィルムの技術開発に取り組んでいます。このような技術を進化させて、まだ世の中に存在していない高画質のフルカラー電子ペーパーが実現できないか模索を始めている段階です。また同時に、より広い視点でのサステナビリティに向けたソニーの技術貢献についても社内で議論を開始しています。

最後となりますが、今回はSID Fellowという光栄な称号に選出いただき、身が引き締まる思いです。これまで共に研究開発を進めてきたメンバーと、私の活動を支えてくださった社内外の多くの方々に心から感謝いたします。

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