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VOICES OF
CREATIVITY

音楽と向き合い、生きるということ

ー 荒木 奏美(オーボエ奏者 第11回 国際オーボエコンクール・軽井沢 第1位[大賀賞])
with 横山 克(作曲家 代表作『四月は君の嘘』など)

クラシック音楽に必死で向き合う二人の若者の姿を描いた人気アニメ作品『四月は君の嘘』
シリーズ第6回は、公益財団法人ソニー音楽財団が主催する国際オーボエコンクールにてアジア勢初の第1位を獲得した荒木奏美さんが登場。さらに今回は『四月は君の嘘』をはじめ多数の劇伴音楽を生み出す作曲家の横山克さんをゲストに招き、演奏者としての視点、作曲者としての視点、双方の立場から、音楽を形作るための世界観のつくり方、大切にしていること、どのように創造のインスピレーションを得ているかなどを掘り下げてみたい。
荒木奏美さん

"レコーディングは楽譜に色を付けていくみたいな感覚で、作曲家の方と一緒に作れるということがとても良い体験になります。"

曲への理解を深めるために、普段どのようなことをおこなっていますか。またそれは、クラシック音楽とアニメ音楽において異なるものでしょうか。

荒木:音の強弱や濃淡といった、技術的な情報量はクラシック音楽の譜面のほうが多いです。参考にできる過去の演奏もあるし、伝記に近いものもあるので、クラシック音楽の場合はそれらを見ながら理解を深めていきます。クラシック音楽は伝統が続いており、もう何百年も前からなんとなく口伝えされてきたものが、現代の素晴らしい奏者、オーケストラで共演する指揮者によって今でも実際に聞くことができるので、それを参考にすることができます。作曲した当時の時代背景も大事にしています。自分が生きていなかった時代を想像するときには、例えば大戦中に作られた曲であれば、今、現代の私たちが実際に感じている不安、胸のつまった状態のままで音に乗せてみると、苦しい音や硬い音が出せるので、その音色を実際に曲中でどのように使うのか、様式・フレーズや和声など他の要素とも擦り合わせていきます。

一方で、アニメなど現役の作曲家さんの楽曲に取り組む場合は、本当にシンプルに譜面に自分の音を乗せていく工程になるため、逆にクラシックで学んできたアーティキュレーションの付け方や、スタイルにあった音色を試していきます。物語の場面を教えて頂いたり、こういう心情なので深い音を出すよね、というような会話を作曲者の方と行いながら進めていきます。レコーディングは楽譜に色を付けていくような印象で、作曲家の方と一緒に作れるということがとても良い体験になります。私たちクラシック音楽の演奏家は、すでに亡くなった作曲家の曲を演奏することが多く、生きた作曲家の方と仕事をするのは貴重な機会なので、大切にしていきたいです。

横山克さん

"こういう音楽が欲しいって言われる前に、自分はこういう音楽を作りたいっていう意思がある。依頼を上塗りしていくのが僕の手法です。"

作曲する側としては、どのように曲の世界観を設定し、楽器の振り分けを決めているのでしょうか?

横山:僕はとにかく世界観を考えるのが好きなんです。よく、どういう依頼を受けてこの曲を作ったのかという質問をされるのですが、僕のアプローチは少し異なっています。こういう音楽が欲しいって言われる前に、自分はこういう音楽を作りたいっていう意思がある。依頼を上塗りしていくのが僕の手法です。

曲の世界観については、やっぱり作品を深く読み込むこと、そして自分ができる事を探す事が大事じゃないかなと思います。漫画という表現は脚本や絵といった、いろいろな要素が混ざり合って作られていますよね。そして、映像音楽…映画やアニメ、ドラマは僕にとって一番面白いもので、更に演技、映像、音楽、効果音…様々な表現がお互いに干渉し合う、そして決して一人では作る事のできない総合芸術だと捉えています。映画やアニメを見るときは、その総合芸術の世界観の中で、自分がこの音楽を作るとしたらこういう曲を作るだろうなと、いつも妄想しながら見ています。今回はこんな音楽表現、楽器、時代、土地を組み合わせてみたら面白いんじゃないか。そして、どの国の人とどんな場所でレコーディング、ミックスしていったら面白くなりそうか。そういう発想の仕方をしています。

横山さんのロンドン、アビー・ロード・スタジオでのレコーディング風景
荒木さんの本番前の練習風景 ©TSO

"顧問の先生から「あなたを最初からオーボエにしようと思っていた」と言われたんです。あとから聞くと普段の学校生活や絵・習字などを見て思ったとか。"

お二人が音楽を始めたきっかけは何でしたか?

横山:まず物心がついた頃からピアノを弾いていました。そして、小学校低学年からパソコンを触り、プログラミングもやっていました。コンピューターからはビープ音というエラーなどを知らせる音が鳴るんですが、プログラミングするとそのエラー音に音階を付けられるんです。それで音楽を作ってみようという本が小学校の図書室にあり、そんなところから、音楽とコンピューターに目覚めていきました。

その後、中学生ぐらいのころ、小室哲哉さんが流行っていて、TRFのCDを買ったと思います。小学校での経験もあり、電子音への興味が強くて、シンセサイザーで曲を作ることにどんどんはまっていきました。

横山さんの現在の仕事場

荒木:小さいころから、クラシックというよりは、音楽全般に触れるのが好きでした。1歳ぐらいからリトミック、他にもダンス、ミュージカルをやっていました。そんな中、小学校に吹奏楽部があったので、何も迷わず入部しました。オーボエとの出会いはそこでしたね。

入部して1年間ぐらいたったときに、顧問の先生から「あなたを最初からオーボエにしようと思っていた」と言われたんです。あとから聞くと普段の学校生活や絵・習字などを見てそのように思ったそうです。実はそれまではクラリネットをやっていたのですが、そんな言葉をきっかけに、小学3年生のときからオーボエ奏者になりました。

写真左:荒木さんの小学校時代、写真右:オーケストラ本番の演奏風景 ©読売日本交響楽団

荒木さんが国際オーボエコンクールへ応募された理由、受賞したことで得られた新たなチャンスなどがあれば教えてください。

荒木:国際オーボエコンクールは3年に一度実施しており、私は大学1年生のときに、軽井沢(1)に見に行ってそのレベルの高さに衝撃を受けたことが応募のきっかけでした。その場で次の大会に絶対に出るのだと心に決めて練習のモチベーションにしていたので、出る前から自分を変えてくれたコンクールだと思っています。軽井沢という恵まれた環境で、みんなで一緒にコンクールに挑んだことも貴重な経験でした。一般的なコンクールだと自分の家から通うのが当たり前なので、コンテスタント同士で交流をする時間が短いのですが、国際オーボエコンクールは、世界中から集まった人々が同じ施設に泊まり、練習や食事といった日々の生活を近くに感じながらコンクールに臨むというのが新鮮でよい刺激を受けました。

受賞したことで、生活も大きく変化しました。リサイタルをはじめたくさんの新しいコンサートや奏者の方と繋がる機会も増えて、オーボエの曲はもちろん、オーケストラ、室内楽、現代曲、アニメやドラマの劇伴音楽と短期間で演奏するテーマがどんどん広がっていきました。正直自分は変わらない中で、急激に世界が拡がり不安もあったのですが、短期間でいろんなジャンルの曲に立ち向かえたことで、自分のタフな部分を形成してくれたと思いますし、何よりたくさんの素晴らしいご縁がその後にも繋がっていき、すごくいい経験になったなと感じています。

(1)2018年以降は東京で開催

アニメ作品『四月は君の嘘』

"『四月は君の嘘』は多くの人にとって、非常に泣ける、感動する作品だと思うのですが、僕からしてみると、すごくリアリティーがある話でした。"

横山さんは『四月は君の嘘』の劇伴を担当しましたが、どのように原作を紐解きましたか?

横山:『四月は君の嘘』という原作自体に、僕はすごく感銘を受けました。当時、この作品の音楽を担当する事になり、もしこんな素晴らしい作品に対して自分の中の最高の音楽が作れないのであれば、自分が音楽家をしている意味はないと、強く自負を感じながら作った事を覚えています。そして、関わった多くのクリエイターも原作に感銘を受け、自身の持てる力以上のものを引き出していたように思います。本当に幸せな作品でした。ところで、この作品は多くの人にとって、非常に泣ける、感動する作品だと思うのですが、僕からしてみると、すごくリアリティーがある話でした。僕自身にも、どこにも遊びに行けずピアノをやっていたことなど、辛い練習の経験がありました。あまりにも練習をしすぎて、ある日、音が聞こえなくなるというか…無味無臭、無感情になっていく。ピアノを弾くという行為が当たり前になりすぎて、もう機械のようになる感覚。かつて、狂言師の方が「私は狂言をやるロボットなんです、私の身体には狂言というものがプログラミングされているんです」っておっしゃっていたのをよく覚えています。その感覚だ、と思いました。

荒木:すごくリアルだな、と思いました。曲に対する向き合い方の葛藤もすごく描かれている。楽譜どおりに演奏すると結局ロボットのようになってしまうけれど、自分の感情を入れ過ぎると、それはクラシック音楽を崩していると言われてしまう。そうした葛藤の中で生まれる、スランプや恐怖心は、実はあまり、音楽家同士で大々的に共有する話でもないんです。何となく自分でしか突破できないと思っているから。それを、アニメを見ている人たちと共有できることが驚きでした。作中ではクラシック音楽もアレンジされていましたよね?

横山:そうですね。

荒木:原曲はピアノだけの曲をバイオリンとのデュエットにしていましたね。ピアノの音がゆがんでいくことで、主人公の心情が表現されているものもありましたし、曲そのものは変えずに、楽器の組み合わせで感情を壊していく表現もあり、感覚的なものが音によって完全に表現されていて素晴らしかったです。

荒木奏美と横山克のツーショット

"呼吸をするように創作をしてほしい。" 横山
"技術を磨くことだけに専念しないでほしいなと思います。"
荒木

これからこの業界に足を踏み入れようとしている若い人たちに、何かメッセージはありますか?

横山:僕が伝えたいのは、呼吸をするように創作をしてほしいということです。創作があなたにとって特別なことになってしまうのであれば、おそらくあなたは創作に向いてはいない。これが僕の中の答えです。創作なんてものは、そもそも誰にでもできる、特別なことでもなんでもない。人はそれぞれやれることがあって、それぞれみんなに何かがある。もし創作というものが一生取り組む事としてあなたに向いているのであれば、それは特別な行為でもなんでもなくて、日常生活であり、呼吸のようになるのです。つまりは、特別なことをしているという感覚が消え去るまでやらなければならない、ということなのかもしれません。もうとにかく、生きるか、寝るか、ご飯を食べているか、作っているか。それをとにかくやり続ける。やっぱり才能っていうものは、もう、つくり出すものでしかない。才能なんてものはない。あるとしたら、才能というものは意図的につくり出されるものである、と僕は思います。

荒木:私もまったく同意で。すごく特別なものを持っている人も何人か見てきましたが、自分の中にも可能性がたくさんあるはずです。それを見つけ出すには、やはり、いろんなことを試したり、量をこなすしかない。技術も表現方法のひとつなので、技術を磨くことだけに専念しないでほしいなと思います。

私の場合は、表現と技術を近づけるために変な練習をしたりします。例えば別の感覚を掴むために寝転んで吹いてみたり。楽器とばかり向き合っていると、楽器の中に自分が取り込まれてしまうので、時には自分の動きに楽器を合わせさせるのです。真面目に吹くばかりではなく、俳優になりきって演技しながら演奏してみたり、ダンスしながら吹いてみたり、若い頃はそういう実験がたくさんできるはずです。だから、楽器の中に閉じこもらないでほしい。今までのやり方、教えられてきたものだけではなく、実験をたくさんしてほしい。練習の仕方を創造してほしいです。

クラシック音楽は、これだけ長い歴史があり、膨大な数の人が関わってきた分野であり、実はとても開かれたジャンルだと思います。私も自身の幅を拡げるためにもっといろんなものとコラボレーションできたらいいなという風に思います。

"普通に生活しているだけだと全く感じられない感覚みたいなことを音で感じることができる瞬間を求めている気がします。"

あなたを創造へと駆り立てる"Voice"をお聞かせください。

横山:先ほど申し上げた通り、僕にとっては呼吸です。だから、作ることが当たり前だし、作っていないと息が詰まっちゃう。何かを表現することは、いろいろな機会を与えてくれるし、いろいろな人とも知り合う。いろいろな場所にも行けます。今日みたいな話をすることも、それら全てが面白いなと思います。

荒木:私の場合は、五線譜という中で決められたものの中から、自分がどういう音を出したいか、音を作る意味での創作なのですが、制限の中で自由を探すことはとても楽しく、普通に生活しているだけでは全く感じられない感覚を、音で感じる瞬間があります。この感覚、なんと言えばいいか難しくて、言葉で言えたら音楽をやっていないかな。音を操っていないと得られない感覚で、本当にたまに、魔法みたいにある奇跡的な瞬間、全てから解放される、すごく現実から離れる瞬間です。その未知の感覚を常に求めているんですが、当然ながら簡単には出てはきません。音を作る作業を通して、それを掘り下げるというか、見つけ出すというのが近いかもしれません。

"未知の感覚"- 荒木奏美
"Breath"- 横山克

荒木奏美

東京藝術大学を首席で卒業し、その後同院修士課程修了。在学中の2015年から、2023年まで東京交響楽団の首席オーボエ奏者を務め、現在は読売日本交響楽団の首席オーボエ奏者を務める。第11回 国際オーボエコンクール・軽井沢では日本人初、アジア勢でも初の第1位[大賀賞]、併せて軽井沢町長賞(聴衆賞)を受賞するなど、数々のコンクールで入賞を重ね、ソロ・室内楽・現代曲・劇伴音楽など多岐にわたり活動を展開している。

横山克

作曲家/編曲家。アニメやドラマ、映画などの映像作品の音楽を担当するほか、アーティストへの楽曲提供も手がける。世界各地でのレコーディングや、自ら制作するサンプリング素材でのサウンド構築などをライフワークとし、管弦楽とエレクトロの世界を行き来しながら常に固有の音楽を探し求めている。

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