すべての人が感動を分かち合える未来に向け、さまざまなアプローチを試みるプロジェクトの一環として、ソニーグループのインハウスのデザインチームであるクリエイティブセンターが、視覚障がいのある人たちとともにゼロから開発したのが、XRキャッチボールという遊び。一体それはどんなものなのか? その遊びを生みだすまでのプロセスは、チームに何をもたらしたのか? このプロジェクトに参画した中川テルヒロさん、白井崇陽さん、そしてソニーグループ クリエイティブセンターの反畑一平さんに話を聞きました。
キャッチボールのようにテンポ良く、仮想のボールをやりとりする体験です。⼿から離れた仮想のボールは、3つの⾳を鳴らして相⼿の元へ⾶んでいきます。この⾳のリズムを頼りにタイミングよく相手は仮想のボールをキャッチします。
反畑:このプロジェクトは、2021年7月に視覚や聴覚に障がいがある方たちと実施した、インクルーシブデザイン※のワークショップからスタートしました。そのワークショップの対話の中にあったのが、中川さんの「息子と気軽にキャッチボールがしたい」というお話。「これは難しいな…」というのが第一印象でしたが、実際にワークショップをやっている中で直接伺ったお話なので、勇気が湧いてきて、チャレンジしてみたくなりました。そこから、社内のデザインやR&Dのチームメンバーと、「キャッチボールって何の感覚を楽しむものなのだろう」と話し合い、ボールを投げて飛んでいくときの緊張感や相手がボールを捕ってホッとする安心感、そういう行ったり来たりのリズム、いわゆるテンポ感が楽しさの秘訣なのではないか?という仮説を立てました。そこで、グローブやボールをデザインするのではなく、キャッチボールで得られる体験をデザインしようと。試行錯誤しながらスマートフォンを使った試作品をつくり、昨年の11月に中川さんと白井さんに試していただきました。
中川:僕はもともと目が見えていたので、過去には実際にキャッチボールの経験がありました。目が見えなくなり諦めていたのですが、試作品を試したときに、キャッチボールそのものではないけれど、相手との間でやりとりする感じ、昔の記憶や感覚が蘇ってきたのが、嬉しかったです。
白井:僕は3歳で目が見えなくなったので、キャッチボールをやったことがありません。実際の投げ方やグローブでボールを捕るフォームなども全然わからない。ただ野球が好きなのでやってみたい気持ちはありました。最初にキャッチボールと聞いたときは、グローブとかボールとかのデバイスを使うのかなと想像していたのですが、スマートフォンを使ったものが出来上がってきたので、ゲームのコントローラーを使ってオンライン対戦をするような感覚なのでは?と思いました。また、視覚障がい者にとっては面白くても、目の見える晴眼者にとっては物珍しくはあるけれど面白くないもので、スタンダードの遊びにならないまま完結してしまわないかという不安もありましたね。でも実際にやってみたら、アイデアはとても面白く、ボールが動いている感じとか、つかんだときの感覚とか、そこに心地よさもあって、これがどういう形で完成するのか楽しみになりました。
白井:試作品を使ってみて、一定のタイミングで一定の動作をするだけだと面白くないので、何かプラスアルファの要素が欲しいということと、子どもたちの中で流行ってほしいと思っているので、投げた瞬間に光るとか、家族で遊べる楽しいおもちゃのようなデバイスになってくれたらいいというお話をしましたね。
中川:あとは、ずっとスマートフォンを持っていると疲れて手が痛くなったので、手への馴染みやすさについても。
反畑:持ちにくさの改善は絶対にしなければと思いました。握った手の形に沿うような丸みを持たせ、操作も、スマートフォンの小さい音量ボタンを押すのではなく、全体を握ることで、ボタンを押した状態になるように、ホルダーの試作を重ね、操作性を改善しました。
中川:今日触ってみたら、4ヶ月の間にだいぶん改善されていて、すごいと驚きました。持つストレスがなくなったこと自体も「遊ぶ」という目的には大切だと思いましたね。
白井:あと、前回は、ピッピッピッと音が3回鳴るなか、直線的にボールが近づいてくる印象でした。それが今回は、放物線を目で見たことがない僕でも、カーブを描いているのが感じられるようなサウンドに変わっていたのです。それにより、「出遅れた」と少し手を伸ばして捕ってみたり、右側に来たように感じたら、手を右に動かしてキャッチしたり、自然に身体が動くようになっていたのがすごいなと思いました。
反畑:飛んできている感じは伝えるようにしつつ、どんなボールなのかを感じる、その人のイマジネーションを最大限に活かす音のデザインには苦労しましたね。試行錯誤していく中で、新たな発見もありました。それは同じ音でも、人によって受けとるイメージが違い、その人がどういうリアクションをするのか、見ている側にも楽しさがあるのです。これは意図していたわけではなく、みんなで遊んでいる中で発見できたことです。
中川:自分の目が見えなくなっても、こういったワークショップやプロトタイプが形になって、自分たちの意見・考え方や感覚に価値があると思えるのは、すごく嬉しいですね。未来は、目が見えるとか見えないとか、何ができるとかできないとかに関係なく、楽しいとか嬉しいとか、生きていて幸せと思う人がどんどん増える世の中になってほしいです。
白井:どうしても衣食住や勉強、お金を稼ぐことなどを重要視しがちですが、僕は人間が生きていくうえでエンタテインメントはすごく必要だと思っているので、誰もが自由に遊ぶことを選べるような社会になってほしいです。本当の意味で「誰もが楽しめる」を実現するには、プロジェクトの最初の段階から、障がいのある人など当事者も含めて面白いと思うものを開発してもらうことが、インクルーシブだし、アクセシビリティのあるべき姿だと思います。
反畑:みんなを笑顔にするためのプロダクトや、仕組みや仕掛けって、とても難しいものです。本当にみんなを笑顔にするためのアイデアには、いろいろな角度に目を向けること、いろいろな角度から見てみること、どちらも必要ですが、ひとりでやるには限界があります。それをインクルーシブに取り組むことで、いろんな人の目で見て、いろいろな感覚で捉えて、お互い自由にボールを投げたり捕ったりするループのなかで、新しい価値が生まれてくるのだと思います。
視覚に障がいのある方の声からはじまり、共に開発し、"キャッチボールで創るテンポ感"をコンセプトに生まれたXRキャッチボール は、これからもインクルーシブなプロジェクトとして、すべての人を笑顔にすることを目標に、進めていきます。