ゲームファンを魅了した「原神」オーケストラ 世界公演プロジェクトの舞台裏
若者から絶大な支持を集めるオープンワールドRPG「原神」。ゲーム中の楽曲をフルオーケストラで再現した公演が2022年から世界15都市以上で開催され、好評を博しました。一連のプロジェクトに携わったのが、ソニー・ミュージックソリューションズ(SMS)ライブ&イベントソリューションカンパニーの新林英二、ソニーグループビジネスディベロップメント部の馬雪潼らのチームです。2次元のゲームから3次元のコンサートへ。リアル空間での熱狂を生み出すためにどんなチャレンジと発見があったのか、話を聞きました。
「偶然のタイミング」がスタートを後押し
これまでもゲームやアニメ作品のオーケストラ公演を数多くプロデュースしてきたSMSの新林は、コロナ禍の中で、有観客イベントのオンライン化など様々な模索をしていた2020年、電車内で頻繁に目にするようになったゲームの広告に気がつきます。これが「原神」との出会いでした。
「何だろう、とネットで『原神』の動画を見てみたら、ゲーム内に登場した璃月(リーユエ)というエリアの楽曲が素晴らしくて。実際にゲームを始めると他のエリアの楽曲にも魅了されて、この作品のコンサートを企画したいと強く思いました」(新林)
「原神」は、HoYoverse(ホヨバース)が開発したゲーム。PlayStation® 4、PlayStation® 5、スマホ、PCとマルチプラットフォームに対応し、2020年のリリース以来、美しいグラフィックや魅力あるキャラクターが評価されて世界的な人気を得ています。
一方、馬はコンサートの企画が立ち上がる前から、HoYoverse側と「原神」のIP(知的財産)ビジネスを企画していました。作中にいくつか登場する地域(エリア)のうち、稲妻というエリアのゲーム音楽とMV(ミュージックビデオ)制作です。
「今の部署に異動して最初にお話をした企業がHoYoverseさんです。『原神』のIPを通じてゲーム以外に何ができるかというブレストを重ね、東京フィルハーモニー交響楽団によるゲーム音楽の収録と、MVを制作しました。これが好評だったので、次はコンサートの可能性もありますね、と先方と話していたところだったんです」(馬)
新林がHoYoverse側にアプローチしたのはちょうどこの時期。偶然、タイミングが重なったこともあり、オーケストラ公演の実施についてスムーズに合意することができました。
三か国語が飛び交った交渉のカギは「原神への愛着」と「良いものを作る熱意」
幸先良く始まったプロジェクトですが、乗り越えるべき壁がいくつもありました。「原神」には、世界中の様々な地域をモチーフとしたエリアが登場します。ゲーム中の音楽に多くの伝統楽器が使われており、アレンジには工夫を要しました。
「伝統楽器の音はとても印象的なのですが、全て揃えたらステージに乗り切らない。一部は他の楽器で置き換える必要がありました。HoYoverseさんとも交渉しながら、音楽監督の宮野幸子さんにより、ステージ用にアレンジしていきました」(新林)
コロナ禍で対面が難しい中、会議はすべてオンライン。HoYoverse側との交渉は窓口役の馬らが通訳を務め、日本語、中国語、英語が複雑に飛び交いました。合意を形成するカギは「『原神』への愛着」と「良いものを作ろうとする熱意」だったといいます。
「HoYoverseさん側は、『原神』を大事にする思いが強い方たちばかりです。私たちも『原神』のマルチプレーをしながらディスカッションしました。新林さんがゲームについて深く理解していて、作品への愛が深いことも伝わったはずです。『良いものをつくりたい』という共通の思いがあったからこそ、私たちのつくる舞台について信頼していただけたのだと思います」(馬)
そう言う馬も、「原神」をほぼ毎日プレーして全キャラクターを集めたほど作品愛が深いといいます。
今回のプロジェクトのもう一つの挑戦は、世界各地の15都市以上で公演を行ったことです。韓国、シンガポールといったアジアはもちろん、アメリカ、イギリス、ドイツなど欧米圏もカバーしました。
「HoYoverseさんから『グローバルで公演を展開したい』というお話があったときは、海外展開の経験がなかったので戸惑いもありました」と新林は振り返ります。
「社内で相談したら、まずは色々なセクションと話をしてみようと背中を押してくれました。海外事業戦略部とも相談した結果、海外での公演についてはSMSがつくった公演仕様書を元に、ライセンスを獲得した現地のパートナー企業に主催してもらう形になりました」
IPに関わる「2次事業」をワンストップで実現できる強み
こうして、2022年12月の東京公演を皮切りに世界各地で公演が行われると、チケットはどの都市でも完売。キャラクターのコスプレをしたり、「推し」キャラのぬいぐるみを持参したりと、熱気あふれるファンが会場を埋め尽くしました。
「日本のファンがSNSに『アルバイトしたお金で初めてクラシックコンサートのチケット買いました。感動しました』と投稿していたのが印象的でした」と馬は語ります。
「海外でも『この会場にいる何千人がみんな旅人(「原神」のプレーヤー)だと思うとすごく嬉しい』と書いている人がいて。普段オンラインで遊んでいる作品をオフラインの会場で体験することで、また新しい価値が生み出されるんだ、と実感しました」
「原神」はその世界が随時更新されていくオンラインゲームです。海外公演が実施されていく過程で、新しくリリースされたエリアの楽曲を盛り込むために、セットリストを急遽、改変しなければいけないといった苦労もありました。新林は、こうした経験から得た知見を今後につなげていきたいと語ります。
「日本でつくったものを海外でも再現できたという実績は、SMSのソリューションとしてしっかりアピールしていきたいですね。『原神』に関わるIPビジネスとしては、コンサートの実施だけでなく、その映像化やCDの音源化、グッズの販売、海外へのライセンス展開といった様々な2次事業があります。それらをワンストップで実施できるところが、SMSの強みだと考えています」
馬も、今回のプロジェクトを通じてIPビジネスへの理解がより深まったと語りました。
「アニメやゲームなどのIPの持つ影響力が世界的に大きくなっている中で、ソニーは強力なコンテンツを生み出せるアセットやリソースを持った、世界的にも稀有な企業だと思います。一つのIPに対してグループとしてのシナジーで新しい価値を付加できますし、IPが盛り上がれば、その周辺のビジネスにも相乗効果で良い影響がある。頭では分かっていたつもりですが、今回のプロジェクトを通してそれを実体験できました」