先駆とは、未来を創造するための
原動力を発見すること
ソニーのデザインフィロソフィーについて、どのように受け止めていますか?
先駆、本質、共感それぞれがクリエイティブを推進する基盤として優れていると思います。私の仕事は少し先の未来を考えることです。未来と向き合い、ビジョンを描くリサーチプロジェクト「DESIGN VISION」のレポート作成に関わっています。直近のレポートでは、生活者の行動の変化やムーブメントを取り上げ、それらの背後にある、未来をつくる潮流が何かを探っています。私にとって「先駆」的であるということは、未来の方向性を考えるだけではなく、このように現在の状況を洞察して未来をつくる何かを発見することも意味します。
現状の状況を洞察して
未来をつくる何かを発見する
そして「本質」は、意志決定に関わる人が多く、プロセスが複雑であるほど必要なものです。プロダクトづくりはデザイナーだけでは成立せず、色々な専門性やバックグラウンドをもつチーム全員の協力が欠かせません。私が理解するところの本質とは、このチームが複雑なプロセスの構築や難題に挑戦するときに、全員が目標として参照できる、ブレのない解を提示してくれるものです。
全員が目標として参照できる、
ブレのない解をもつこと
「共感」は、誰かの身になって考えるということです。デザインという仕事がどうあるべきか、その核となる考え方です。デザイナーは自分のためではなく誰かのため、幅広い人々のためにデザインするわけですから。例えば、構想段階でできるだけ幅広い人たちを想定し、その人たちのためにデザインすることが大事だと思います。障がいのある方の課題を解決するデザインなら、他のどんな人にとっても同様に役立つはずだからです。私にとって共感とは、インクルーシブなデザインのことです。
私が携わった製品に、『お手元テレビスピーカー(SRS-LSR200)』があります。これは、部屋のどこにでも自分のすぐそばに置けて、テレビの音声が手元ではっきり聞こえるようにしてくれるスピーカーです。音声が聞き取りにくいときでも、このスピーカーを使えばテレビ自体の音量を上げなくてもいいので周囲に迷惑をかけずに楽しめるし、隣の部屋やキッチンなど離れた場所で作業しながらテレビの音声を聞くこともできます。魅力的な体験を、身体的能力などのハンディキャップがある人たちも一緒に楽しんでもらうこと、これはフィロソフィーの「共感」にあたります。
デザインという仕事が
どうあるべきか、
その核におくべき考え方
多様な人と仕事をしてきた経験が貢献になれば
ソニーのデザイナーとして、大切にしていることは何ですか?
私はもともとイノベーションデザインを学んできました。そのため、クリエイティブの世界でこれまで別物として扱われていたサイエンスやエンジニアリングの要素をデザインに採り入れるアプローチをしています。多方面の人たちと仕事をしてきた私の経験や考え方が文化の多様性といった面で、ソニーに貢献できていればいいなと思います。
これは私の願望でもあり、またその予兆も見え始めていますが、これによって、これまで注目される機会の少なかった人たちの声が、テクノロジーによって多くの人に届くようになると思います。これは、よくも悪くも、ソーシャルメディアなどを通して彼らの存在が世間の目に触れる機会が増えてきたからです。私がさまざまな人にインタビューして感じるのは、世の中には「マイノリティ」として認知されるグループの他にも、多様な意見を持つ人々が存在することです。例えば工業デザインの領域でも女性がもっと活躍できたら、きっとこれまでと違うクオリティのものが生み出されるようになると私は思っています。ジェンダー平等がデザインの世界で実現したらどうなるのか、女性デザイナーとして関心があります。デザインには格差を是正する力があるのです。
ソニーらしいデザインとは、“信頼できる”ということ
ソニー製品に魅力を感じたエピソードを教えてください。
ソニーらしいデザイン、と聞いて私がまず連想するのは、とても信頼できる(trustworthy)という言葉です。例えば私の父が若い頃買ったウォークマン®(NW-S23)。仕事をしているときも街を歩いているときもいつでも音楽を聞けるようになったので彼の長年のお気に入りでした。その信頼感が、生活に彩りを加えてくれたのですね。こういった、プロダクトの信頼性だけではなく、それまでの常識を次のレベルの体験に拡張してくれるパワーをソニーは持っているのです。デザインはそのような体験を届けるための乗り物であって、カギとなるのは体験そのものなのです。
デザインが今後、世の中に寄与できるとしたら?
私たちは世の中の動きの速さに慣れていて、あらゆる場面ですぐに結果が出ることを期待してしまいます。ですが、人生にはすぐに結果が出ないほうがいい側面もあります。人間の、考えたり情報を処理したりするキャパシティは、大昔からそう変わっていないはずで、立ち止まって振り返る時間も必要です。忍耐力を身に付け、デザインの判断に時間をかける。デザイナーが自身の体験を振り返って考える時間を取ることも大切です。そうすれば、そのプロセスを楽しむことができ、よりよいものが生まれるでしょう。
またソニーでは、プロダクトを作るだけでなく、環境保護にも正面から向き合って前進しています。人間の楽しみだけのために次々とモノを作っていくようなことは、もはや継続できないということです。例えば使用済みの素材をオフィスの内装など他の目的のために使い回すなど、デザインによって身の回りにリサイクル素材が使われるようになれば、環境保全について想起する機会も増えるだろうと考えています。
サビーナ ワイス
ソニーデザインセンター・ヨーロッパにインダストリアルデザイナーとして2019年に入社。
ヨーロッパのR&Dセンターとの中長期的なプロジェクトのリサーチやプロダクトデザインを担当。