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インタビュー/講演

講演会レポート

バーチャル建築家
番匠 カンナ氏

ソニーグループ クリエイティブセンターでは、多様な業界の第一線で活躍されている方をお招きしてお話を伺い、学びを得る活動を行っています。
今回は、注目が高まるメタバース領域で"バーチャル建築家"として活動する番匠 カンナ氏が登場。
メタバースにおける建築の可能性、物理世界の空間デザインとの違いや体験設計の重要性など、数々の提言をいただきました。
2022年9月に開催された講演の内容を、ダイジェストで紹介します。

番匠カンナ氏のポートレート写真
番匠カンナ/服部 一晃
ばんじょう・かんな/はっとり・かずあき
idiomorph主宰、株式会社ambr CXO。「いまないところに空間を生む」というコンセプトのもと、リアルとバーチャルの境界線上にまったく新しい空間を創造する。東京大学工学部建築学科卒業、同大学院建築学専攻修了。隈研吾建築都市設計事務所勤務を経て、主にXR事業デザインコンサルティング、VRコンテンツディレクション、VR空間体験設計を行う。ambr CXOとして「TOKYO GAME SHOW VR 2021」ディレクションなど、idiomorphとして「PARALLEL SITE」コンセプト設計、「VIRTUAL MARKET」VR会場ディレクション・制作などのほか、XRと建築に関する公演・登壇などの教育普及活動を積極的に行う。

講演テーマ:
「メタバース」の
空間体験デザイン

本日は、「『メタバース』の空間体験デザイン」についてお話したいと思います。
まずは自己紹介から。私はバーチャル建築家として、まだ存在していない場所に存在したことのない空間を生み出す活動体「idiomorph」を主宰する傍ら、メタバース構築プラットフォームの開発・提供を行う株式会社ambrでCXOを務めています。
かつては隈研吾建築都市設計事務所で建築に携わっていましたが、2018年に退職後、VR空間のユーザー投稿型メディア兼SNSである「VRChat」の存在を知って、大きな衝撃を受けました。多種多様な人々が思い思いに活動できる3次元空間が、このようにして形作られている。これはもはや建築ではないかと考えたのです。

"番匠 カンナ"として最初に取り組んだのは、「実現しなかった建築の構想(アンビルト建築)も、バーチャル空間であれば建てることができる」という発想の具現化でした。
例えばこれは、アンビルト建築として有名な18世紀フランスの計画案「ニュートン記念堂」を美術館として「VRChat」上にアップロードしたもの。現実世界の建築にはさまざまな制約が付きものですが、それがなくなるのは建築家にとって夢のような体験だと感じました。現実では建築として成立しないもの=非建築さえも、建築として成立させることができるわけですから。

番匠カンナ氏の作品「ニュートン記念堂美術館」(2018年)

その頃からバーチャル上の空間デザインや建築などの仕事に加え、その空間を用いたサービスを企業とともに作り出すなど、さまざまなプロジェクトに携わってきました。
バーチャル空間上でさまざまなイベントが開催される「バーチャルマーケット」では、第2〜5回にかけて空間を制作。企業のプロジェクトで渋谷の複合施設「MIYASHITA PARK」のデジタルツインを制作したり、「TOKYO GAME SHOW VR 2021」ではクリエイティブディレクターとして、既存のイベントをバーチャル空間でしかできない体験へと進化させるなどしています。

「メタバースとは何か」
について考える

ではここで、メタバースとは何かについて考えてみましょう。「VRChat」のようなVRSNS、AppleやMetaのようなプラットフォーマーから、Web3やNFT、さらにはゲーム世界まで、さまざまな形態がある上に、いろいろな人がそれぞれの感性でメタバースという言葉を使っており、捉えどころがないと感じます。その中でも私自身は、「VR + VRSNS」の領域に携わる立場だといえます。

講演時のスライド資料より、メタバースの分類図。

また、メタバースについてVRか非VRか、ブロックチェーンの使用の有無という2つの軸を基準に、4象限に分ける方法もあります。
まず、既に多くのブランドが進出しているSNSやゲームのほとんどが、VRもブロックチェーンも使っていない領域に含まれます。
VRを使っているがブロックチェーンを使っていないのは「VRChat」や「Neos VR」など。VRを使っていないがブロックチェーンを使っているのは、ほぼブロックチェーンゲームといってよい。
そして、VRとブロックチェーンの両方を使っているのは「The Sandbox」や「Decentraland」「Spatial」などですが、まだ数はごく少ない状況です。

このようにメタバースと一言で表しても、プレイヤーも対応デバイスもバラバラの状態で、明確な定義はありません。本日は私自身が関わっている範囲として、"3D空間でアバターを操作して楽しむもの"であり、かつ、PCやスマートフォンを含めた"VR機器で体験できるもの"という前提で捉えたいと思います。
その上で、ここからはメタバースの特性と空間体験デザインについて、4つのトピックから見ていきましょう。

トピックA「空間楽」

「空間楽」とは私が考えた造語です。「Unity」や「Blender」など無料の制作ツールと、「VRChat」をはじめとする無料投稿メディアの出現によって、誰でも簡単に、圧倒的な低コストかつ一人で空間や建築の設計・施工が可能になった。このように、個人や小規模な共同体が遊び感覚で空間を作る状況を、「空間楽」という言葉で表現しています。

番匠カンナ氏の作品「立体核図表VR」(2018年)

その最大の特徴は、極めて特殊な用途の空間が存在可能なこと。例えば原子核物理学の図を立体化した作品「立体核図表VR」は、「素数階段が3Dになると面白いのではないか?」というアイデアを「Discord」上のアカデミックな集まりに投稿したところ、「核図表の上を歩いてみたいです」というコメントがあり、制作したもの。実際に空間を体験してもらい、コメントを受けてすぐに改善できるのもポイントです。

トピックA「空間楽」まとめ(抜粋)

  • ・趣味でつながる小規模共同体が、遊びで空間をつくる。
  • ・特技を持った仲間が集って合作する。
  • ・できた空間にすぐに入ってもらってレビューをもらい、改善できる。
  • ・小規模共同体の趣味による、現実ではありえない目的に特化した空間ができる。
  • ・場所をつくる/持つことでコミュニティの絆が深まる。

トピックB「メタバースの制約条件」

物理空間とメタバースの制約条件を比較すると、フィジカルな建築の設計には、法的な制約や物理的な制約、それから耐候性や環境負荷、収益性など、厳しい条件が付いて回ります。一方、メタバースにおいてはそうした条件がほぼ存在しない代わりに、描画負荷やデバイスへの対応コスト、酔い対策などが条件になってくる。

講演時のスライド資料より、物理空間とメタバースの制約条件の違い。

渋谷の街のデジタルツインを制作した「バーチャルマーケット3 ネオ渋谷」では、出展者ブースや企業ブースを配置する空間として、最大30名程度が同時訪問した際に快適なフレームレートを維持できる環境が求められました。その上で制作期間や制作体制を考慮し、工数削減に努めました。
具体的には、"渋谷らしさ"の要素を抽象化して街全体をテクスチャ1枚で作成し、巨大なハチ公像や横断歩道を空中に浮かせるなど演出を工夫。出展者の公平性を重視してブースをリング状の動線上に配置する一方、あるブースを見ている時は他のブースが視界に入らないようにすることで描画負荷を軽減しています。

番匠カンナ氏が設計を手がけた「バーチャルマーケット3 ネオ渋谷」の会場風景。

トピックB「メタバースの制約条件」まとめ(抜粋)

  • ・物理空間の建築と比べると遙かに制約は少ない。
  • ・描画負荷が最大の制約となる。
    ・・・ローポリゴン、マテリアルやテクスチャの圧縮などの対処が必要。

トピックC「スペーシャルUX」

UI/UXという言葉は主に2DのWebで用いられている用語ですが、メタバースでは一人称視点で3次元空間を体験するための3D空間的(spatial)なUXデザインが必要になります。CGやアニメーション、エフェクト、サウンドなどすべてを一つの空間体験として総合的にとらえて設計しなければなりません。

番匠カンナ氏がクリエイティブディレクションを手がけた「マジック:ザ・ギャザリング バーチャル・アート展」のメモリアルムービー。展示空間やアート、アーティストのコメントなどを紹介している。

ここでは、今年の2月に開催された「マジック:ザ・ギャザリング バーチャル・アート展」の例をご紹介しましょう。
世界的に有名なカードゲームから日本を舞台にした新セットが発売されるにあたり、VR化した世界観の中で美しいカードアートを楽しむ展示空間を制作しました。目指したのは現実を超えるアート体験のスタンダードを作ること。きらびやかな街を舞台に、選択した作品が目の前に飛んできてキャプション情報も表示され、誰にも邪魔されずに鑑賞できるよう、鑑賞体験を設計しています。

講演時のスライド資料より、「マジック:ザ・ギャザリング バーチャル・アート展」におけるVRアート鑑賞体験の図。

トピックC「スペーシャルUX」まとめ(抜粋)

  • ・メタバースでは、CG空間デザインはユーザー体験の一要素であり、単体で議論するものではない。
  • ・インタラクティブなコンテンツ体験をデザインする上で、CG、2DのUI、アニメーションやエフェクト、サウンドなどすべてを空間体験として統合的にとらえる必要がある。

トピックD「メタバースの体験設計」

リアルとメタバースでは、設計対象の範囲に大きな違いがあります。建築設計の世界は建物本体や空間、サインなどのデザイン、家具やアートのコーディネートなど分業化が進んでいますが、メタバースの場合はユーザー体験全体をフルセットで構築しなければならない。ですから、まずはコンセプトやコアとなる体験を定義し、言語化して関係者間で共有することが非常に重要です。

番匠カンナ氏がクリエイティブディレクションを手がけた「TOKYO GAME SHOW VR 2022」のプレイムービー。
会場のダンジョンや企業スペースの様子を紹介している。

「TOKYO GAME SHOW VR 2022」で空間体験のディレクションを担当した際は、フィジカルだけでなくVR空間でも開催する意義はどこにあるのかを突き詰めていきました。その一つが「ゲームショウがゲームになる」というコンセプト。リアルではできない、ゲームと融合した体験を作ることを掲げたのです。そこから最終的な"読後感"に相当するメッセージに至るまで、さまざまな角度から体験設計を提議し、デザインに落とし込んでいきました。

講演時のスライド資料より、「TOKYO GAME SHOW VR 2022」における体験設計の要点リスト。

トピックD「メタバースの体験設計」まとめ(抜粋)

  • ・体験が適切に言語化され、関係者間で共有されることで、以下の効果が生まれる。
  • ・CG制作や開発など、優先順位、力の入れどころ、表現の方向性を見失わなくなる。
  • ・その結果、軸がブレることのない強いユーザー体験を届けることができるようになる。

"建築×メタバース"の
視点から
広がる可能性

最後に、私自身の経験をふまえて、建築の視点から捉えたメタバースの可能性を挙げてみます。
1. 距離や身体、言語、時間の不自由から人間が解放される可能性。遠いから会えない、言葉が通じないから避ける、時間が合わないなど、これまで諦めていたことが解決されるかもしれません。
2. 人と空間の関係が変化すること。従来の物理空間の使い方に加えて、自分で空間を作り、売り、シェアするなどの選択肢が加わります。
3. 趣味や文化でつながる人々が空間を持つことで、小規模な共同体が発展していく可能性。
4. AR/MRが発展することで、リアルな都市や住環境などフィジカルな空間に対しても、よりよい変化が期待できること。

今後の可能性として、この4点が考えられると思います。

講演時のスライド資料より。

メタバースは
デザインの大いなる実験場

番匠氏による講演を経て、クリエイティブセンターのデザイナーとの質疑応答を実施。
ソニー社内でも新たな事業領域として関心が高まるメタバースの展望、新たなデザインの可能性について、率直な質問や話題が飛び交いました。

最初の質問は、現状のVR空間に対する技術的な不足点や要望について。番匠氏によれば、機器の装着ストレスで没入しにくい点や、マシンへの負荷などで同時参加できる人数に上限がある点など、技術的な問題は時とともに解決されていくはずとのこと。
物質が残る現実の建築物に対して、バーチャル建築はどのような資産的価値を持つのかという問いに対しては、バーチャル建築は施工スピードとコスト面に優れる半面、極めて短命という利用実態が明かされるとともに、長く愛される場づくりの必要性が浮き彫りになりました。

特に多くの質問が寄せられたのは、リアルとバーチャルの関係性。
メタバース空間が現実の建築デザインに及ぼす影響に関しては、まだ変化は始まっていない状況という回答が。将来的な展望として、有限なリアル空間をより豊かに活用していくにはバーチャルとの使い分けが有望ではないか、という期待が語られました。

また、XR技術の展望において、フィジカル空間の拡張技術であるAR/MRと、異世界を体験させるVRとは本質的に異なるという見解も。人間にとってフィジカルな行動が必須である以上、AR/MRはその日常的な拡張手段として、スマートフォンのように常時使用される位置付けになっていく可能性があります。
バーチャルにしかできない表現でありながらリアリティのある体験を作り出すためのポイントについては、ユーザーに"何を体験させるか"を突き詰める重要性を指摘。体験のコンセプトがしっかり設計されていれば、空間表現と体験とのズレが少なくなり、例えローポリゴンの空間であったとしても効果を発揮できるというわけです。

刻一刻と存在感を増しつつある、まったく新しいフロンティア空間メタバース。この講演会で提示された知見やビジョンが、デザイナーそれぞれの気付きや実験的な試みにつながっていく。未来に向けて新たな気運を感じさせる、貴重な体験となりました。

(2022年9月30日 実施)