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インタビュー/講演

インタビュー

情報学研究者 ドミニク チェン氏
『自発的にケアする
感覚を醸成する共話」

世の中の先行きを予見し、未来の方向性を考えるソニー独自のデザインリサーチプロジェクト「DESIGN VISION」。
クリエイティブセンターのデザイナー自らがリサーチやインタビューを行い、分析や提言につなげる取り組みです。
2021年の「DESIGN VISION」では、新しい手法であるSci-Fiプロトタイピングによる
バックキャスティングを実践し、よりよい未来の可能性を探りました。
そのリサーチレポートから、多様な人々や他の生物種との共存のあり方を探求してきた
情報学研究者、ドミニク チェン氏のインタビュー記事を転載します。

ドミニク チェン/Dominique Chen 情報学研究者。博士(学際情報学)、早稲田大学文化構想学部准教授。デジタル・ウェルビーイングの観点から、人間社会とテクノロジーのよりよい関係性のあり方を学際的に研究している。近著に『コモンズとしての日本近代文学』(イースト・プレス)、主著に『未来をつくる言葉 ─ わかりあえなさをつなぐために』(新潮社)。(Photo by Rakutaro Ogiwara)

「DESIGN VISION Annual Report 2021」における位置付け

「DESIGN VISION Annual Report 2021」では、Sci-Fiプロトタイピングの手法を用いて「2050年の未来の世界」を構想。そこからバックキャストを行うことで、未来に向けて注目すべき4つのテーマを導き出しました。*1
このテーマの一つが「MULTISPECIES」。
気候変動など地球規模の問題解決には、これまでの人間中心主義的な発想からの脱却が不可欠です。「マルチスピーシーズ人類学」*2に象徴されるように、多様な生態系の一員として人類を捉え、他の無数の生物種との関係性を前提に考える意識への転換が、今こそ求められているといえるでしょう。
動植物から微生物、ロボットに至るまで、人類を含めた種が相互作用しながら共存していくエコシステムを、どう実現していくか。このテーマの探求にあたり、独自の視点から他の存在との共生について研究するドミニク チェン氏にインタビューを行いました。

*1 "SF×デザイン"で導く未来の希望「DESIGN VISION 2021」デザイナー座談会
*2 マルチスピーシーズ人類学…動植物だけでなくマイクロバイオーム(微生物叢)に至るまで、複数の生物種と共生するという、近年さまざまな分野で注目されている概念。

「自発的にケアする」感覚を醸成する共話

情報学研究者のドミニク チェンはここ数年、自らが中心となって開発した『Nukabot(ヌカボット)』を活用し、「微生物と一緒にいる」という共在感覚の発生プロセスの研究を、多角的に進めている。そんな彼に、人間以外の種との共生・共話の可能性を聞いた。
(2021年10月発行「DESIGN VISION Annual Report 2021」冊子より転載)

まずは、「ぬか床」とのコミュニケーション・インタフェースである『Nukabot』の事例を通じて、「マルチスピーシーズとの共生」というトピックに対するドミニクさんのお考えを教えてください。

2000年代に入ってから、アニマル・コンピューター・インタラクション(ACI)という領域が発展しました。これは、人間のためだけのインターフェースではなく、例えばイヌやネコ、あるいはゾウなどを対象にしたインターフェースの研究で、その領域はいまや植物やキノコといった哺乳類以外にも広がっています。そんな流れのなか、微生物を対象にしているのが我々の『Nukabot』です。

ぬか漬けというのは、米ぬかと水と塩を混ぜたぬか床に野菜を漬けたものですが、野菜由来の微生物と人間の皮膚由来の微生物、あとは大気中の微生物が複雑な生態系を成して乳酸発酵するプロセスを見ていると、人間や野菜、土壌といったまさにマルチスピーシーズからの微生物が器の中に流入して、一つの複雑なシステムを成していることがわかります。

ACIの立ち位置について、もう少し教えていただけますか?

ACIは、モア・ザン・ヒューマン研究*3とヒューマン・コンピューター・インタラクション(HCI)の分野が重なる部分で接合が起きているという認識です。モア・ザン・ヒューマン研究を牽引しているのはポスト人文知の領域で、ダナ ハラウェイ氏やアナ ツィン氏といった著名な識者たちが哲学的な議論を通じてエンジニアやデザイナーをインスパイアしています。

そのハラウェイ氏やツィン氏よりも下の世代に、マリア プイッチ デ ラ ベラカーサ氏という気鋭の環境哲学論者がいます。彼女は『Matters of Care: Speculative Ethics in More than Human Worlds』という素晴らしい著作の中で「土壌の倫理」を説いています。土壌中の微生物の生態系も含めて、一つの大きなエコロジカルなシステムとして見なすという立場です。『Nukabot』では、この本に書かれている倫理的フレームワークを取り入れて研究をしています。

*3 モア・ザン・ヒューマン…人新世の諸問題を乗り越え、人類と地球生態系の共存の道筋を探る上で、従来の人間中心の捉え方を脱却して"人間以上"の視点を確立しようとする研究領域のこと。

具体的にはどのような倫理的フレームワークなのでしょうか?

デ ラ ベラカーサさんが言うところのnon-normative ethics(非規範的倫理)に基づくものです。倫理というと、「ルールとして」ある種トップダウン的に降ってくるものだと思われますよね。社会的な合意形成を経て「こういうルールがあるので、こういうことはしないでおこう」とか。なので禁止事項の方が多い印象ですが、非規範的倫理というのは、そうではなく、自分の内面から生じる倫理的感覚のことだと私は捉えています。

彼女は「土壌と人類の関係性」を考えるにあたって、日々のメンテナンスやケアテイキングを通じて、対象が「自分と関係があるものなんだ」と思えるようになり、次第に情緒的なつながりを感じ、義務感からではなく、「自発的にケアする」状態が生まれると指摘しています。土壌や微生物という他者を、自分自身の一部として認識する感覚、と言い換えられるかもしれません。その状態が醸成されることで、非規範的倫理、要は外部からやってきた倫理ではなく、内発的な倫理的関係性というものを地球環境との間で結ぶことができ、そうならない限りは根本的な対処に辿り着かないだろうと説いています。
この「自発的にケアする」感は、『Nukabot』との付き合いで感じる「いま混ぜに行かないと、微生物たちにとっていいケアができない」という感覚ともつながっているので、とても腑に落ちます。

発酵デザイナーの小倉ヒラク氏、HCI研究者のソン ヨンア氏と城一裕氏、そしてプロダクトデザイナーの守屋輝一氏、三谷悠人氏、関谷直任氏らと共同開発を手がけた『Nukabot』。内蔵センサーでぬか床の発酵状態や漬物の食べごろを感知し、スマートスピーカーの音声で教えてくれる。

まさに微生物との「共話」ですね。

はい、共話(synlogue)とは、主体と主体が向き合う対話と異なり、主語を共有してフレーズを紡ぐ行為を指しますが、もともと人間同士のコミュニケーションを研究する中で再発見した概念です。この考え方を人と他種との関係において展開できないか、ということを考えています。それこそ発酵食文化に携わっている杜氏(とうじ)やさまざまな職人の方たちは、デジタルテクノロジーに依存することなく、モア・ザン・ヒューマンの世界と共話する術を磨き、情緒的な関係を結ぶ感覚を数百年にわたって受け継いでいます。そういった人たちの生き方からテクノロジーのあり方を学びたいと考えています。機械が得意な部分と人間が得意な部分がうまく融合することで、不可視の生物たちと共生しているという認識論にどう至ることができるのか。そのために必要なツールを作りたいと思いますし、そうしたツールこそが、それこそイヴァン イリイチが言う「人間がアクションを起こすための道具」なのだろうと思います。

環境哲学論者のマリア プイッチ デ ラ ベラカーサ氏の著書『Matters of Care: Speculative Ethics in More than Human Worlds』(University of Minnesota Press)

ドミニクさんの場合、ぬか床を通じて微生物の「環世界」を何かしらの方法で認知することで、共在感覚を養っていらっしゃるのかなと思うのですが、そうした「人間以外の種」の環世界を感じていくことには、今後どのような意味が付与されていくとお考えですか?

種の環世界を超える一瞬の疑似体験はVRなどを使ってできると思いますが、例えば「イヌの環世界を身に宿して生活を送る」みたいなことは、一線を越えないと無理だと思います。それでも、わたしたちの日常のなかに他種の環世界を「うつす(写す・移す・映す)」ことはできるかもしれません。それは「自分ではない他者の視点を想像する」ということで、ほぼ文学の定義に近いものです。

植物や微生物に人間にとっての気持ちみたいなものがあると考えること自体が傲慢さの表れであり、自然を含むモア・ザン・ヒューマンは、支配・征服する対象ではなく、「人間がわからないものがある」と認識させてくれる、ある種の謙虚さを与えてくれる存在と捉えられないだろうかと思っています。想像することしかできないけれど、それによってお互いをケアする関係が結ばれる。そしてその先に広がるのが、モア・ザン・ヒューマンと日常的に「共話する」、つまり共にあり、共にかたちづくりあう可能性なのだと思います。

(2021年9月7日 オンラインにて実施)

取材者コメントソニーグループ クリエイティブセンター デザインプロデューサー 稲垣岳夫

人類と他の生物種との共生を考えるにあたり、人間と自然を二項対立で捉えず、曖昧な関係のまま受け入れてきた日本文化の精神性に着目したいと考えました。その上でドミニク チェンさんは、ぬか床や土壌、さらには人間の腸内細菌に至るまで、あらゆる種が地球規模の相互作用のもとにつながっているという視点を提示してくれました。

私たちソニーも地球的な視座のもとに、生態系に負荷を掛けない農業や、海洋・宇宙など新しい領域に挑戦し、これからの社会の一翼を担っていかなければならない。そのためにデザイナーは何をするべきか。深く考えさせられる取材となりました。*1

*1 "SF×デザイン"で導く未来の希望「DESIGN VISION 2021」デザイナー座談会