インタビュー
SF作家 藤井 太洋氏
「仮想人格の『人権』について、
考え始める時が来た」
世の中の先行きを予見し、未来の方向性を考えるソニー独自のデザインリサーチプロジェクト「DESIGN VISION」。
クリエイティブセンターのデザイナー自らがリサーチやインタビューを行い、分析や提言につなげる取り組みです。
2021年の「DESIGN VISION」では、新しい手法であるSci-Fiプロトタイピングによる
バックキャスティングを実践し、よりよい未来の可能性を探りました。
そのリサーチレポートから、Sci-Fiプロトタイピングに参加したSF作家、藤井太洋氏のインタビュー記事を転載します。
「DESIGN VISION Annual Report 2021」における位置付け
「DESIGN VISION Annual Report 2021」では、Sci-Fiプロトタイピングの手法を用いて「2050年の未来の世界」を構想。そこからバックキャストを行うことで、未来に向けて注目すべき4つのテーマを導き出しました。*1
このテーマの一つが「Homo Dividual」。着想のきっかけとなったのは、今回のSci-Fiプロトタイピングのために藤井太洋氏が書き下ろした短編小説『職&仕事』。メタバースの発展によってもたらされるもの。その一つが、物理的な現実世界と複数の仮想空間が同時に存在する状況です。私たちはこれらのメタバース上で、自らの人格を複製した分人*2である幾つもの「仮想人格」を、同時に使い分けるようになるかもしれません。これら複数のアイデンティティが共存する未来の展望と、Sci-Fiプロトタイピングの手応えについて、藤井太洋氏にインタビューを行いました。
仮想人格の「人権」
について、
考え始める時が来た
2021年、ソニーの若手デザイナー16名と4人のSF作家が集い、半年にわたってSci-Fiプロトタイピングが執り行われた。「座長」的役割を担ったSF作家の藤井太洋氏に、自身の書き下ろし作品『職&仕事』に内包されていた「人間と仮想人格の関係性」の未来について聞いた。
(2021年10月発行「DESIGN VISION Annual Report 2021」冊子より転載)
今回、藤井さんにご執筆いただいた『職&仕事』で描かれた精緻で大胆な未来のなかでも、とりわけ印象に残ったのが「支流意識(ブランチ)」という分人的な考え方です。ホモサピエンスという存在が2050年にどのような姿になるかを考えた時、支流意識のように「自分」から分岐したものが自立して生存し、人類と共存する社会になるのではないか……というビジョンが見えました。その状態を、今回私たちは「Homo Dividual」と名付けました。支流意識がアンクルに乗って、肉体を持って世の中を闊歩するような状況が訪れた社会について、どのような思いが込められていたのか改めて教えてください。
「自分自身の代わりをしてくれるような仮想的な人格」というものは、これから30年の間に、何かしらのかたちでサービスがローンチすると思います。それを使って、実際にロボットを使役するところまで行く可能性ももちろんあります。私たちはすでに、コンピューターの中に生命と呼べる可能性があるシステムを生み出し、運用しています。例えば GitHub Actionsを使えば、ライフゲームのように、1回プッシュしたプロダクトが新たなビルドを行い、再度タグを付けてプッシュして、別のリポジトリに自分自身をコピーし、新しい自分のプログラムを作っていくことが可能です。
大手プラットフォーマーのクラウドサービス上に同じようなコピーがどんどんばらまかれていくその状態は、小さな生命の単位がある領域を埋め尽くした後に減っていき、次の段階として別の生き物とその場所(リソース)を共有していくこととほぼ変わらないわけです。それがディストピア的なものなのか、そうではないのかは一概には言えません。しかし俯瞰的に見ると、おそらく原初の地球で行われていた生命の交換と変わらない状況が生まれ始めているのは間違いありません。
今回のSci-Fiプロトタイピングにおいて、藤井太洋氏のSF短編作品『職&仕事』とともに制作されたデザインプロトタイピング「Life Simulator」。2021年、Ginza Sony Parkでの展示風景より。*3
「自分」から分岐した「仮想人格」が自立して生存していく可能性は十分にある、ということですね。では数十年後、「身体性を持つ仮想人格」が人間社会に登場した時、私たちはその存在感とどう向き合い、どう受け止めると想像されますか?
実は私たちはいま、別のかたちでその課題と向き合っています。「CGで生成された非常にリアリティのある児童の仮想人格への虐待行為は許されるのか」という問題です。現実の人物を嗜虐していなくても、おそらく許されない行為になりますよね。それと同様に、ある空間においてその仮想人格がどの程度人間と同じ機能を有しているか次第で、場合によっては人権を持たせてしまった方が議論や感情がシンプルになる可能性があります。
あるいは最近、SNS上での罵倒は侮辱罪に当たるというコンセンサスが形成されつつあります。いままで、ペルソナに対して送った暴言は、「まあネットでのことじゃない」ということで一段軽く見られてきましたが、リアルな侮辱として法律で裁かれるように変わってきました。同じように、ある仮想人格に対しての侮辱罪が人間に対してのものと差がなくなっていく可能性はあります。
当然、持ち主が残虐な行為をすることも許されなくなるでしょう。そうした領域のガバナンスがどう立ち上がってくるかを想像し、準備できることも、Sci-Fiプロトタイピングが持つ機能の一つだと思います。
Ginza Sony Parkとロームシアター京都で開催されたデザインプロトタイピングの展示にて、来場者に配布された小冊子「ONE DAY, 2050 / Sci-Fi Prototyping」。藤井太洋氏をはじめ、4名のSF作家による短編小説が掲載された。
確かにすでにいまでも、人型をしていないもの、例えば掃除ロボットが自律的に動いているだけでも人は親しみを抱いてしまいがちですね。
なので、「ユーザーの慣れを過度に誘発しないデザイン」というものが、これからは大事になってくるかもしれません。どんなUXもいずれアップデートしなければならないので、その時にユーザーの反発を招かないデザインという視点は、ものすごく大事な設計要素だと思います。
最後に、Sci-Fiプロトタイピングを企業が使うことに関して藤井さんはどのようなお考えをお持ちですか?
まだ実現もしていないし獲得もしていない未来を語っていくことは、企業にとっては大きな冒険だと思いますが、バックキャストする時に、自分たちのいる場所や、現在の自分たちがどのようにして作られてきたかを振り返るいい機会にもなると思います。
未来を想像するのはとても難しいわけですが、現在の会社が、30年前・50年前からどのように変わってきたかは語ることができます。それと同じベクトルと力で、30年後・50年後にどうなっていくのかを考えることにはとても価値がありますし、漠然と考えているよりも大きな飛躍や成功を思い描き、それをベースにして、そういう未来をどうやって創るのかを語っていくことはできると思います。いろいろな企業に取り組んでほしいと思います。
(2021年8月3日 ソニー クリエイティブセンター田町オフィスにて実施)
取材者コメントソニーグループ クリエイティブセンター リサーチプロデューサー 尾崎 史享
SF作家とともに2050年の未来を構想していくなかで、浮かび上がってきた人間の姿。藤井太洋さんの書き下ろし短編作品『職&仕事』で描かれたのは、生きるために必要な「職(ジョブ)」を分身である仮想人格「支流意識(ブランチ)」に任せながら、自分の生きがいを求めて「仕事(ワーク)」を楽しむという、まったく新しいライフスタイルの可能性でした。
なお、今回のSci-Fiプロトタイピングでは、「DESIGN VISION」の取り組みと並行してデザインプロトタイピングを実施し、未来の多様な生き方をサポートするサービス「Life Simulator(ライフ シミュレーター)」を展示公開しています。*3 人間とAI、ロボットやその他の生物が共生する幸福な社会を導くため、ソニーにできることは何か。藤井さんの紡いだストーリーから、多くのヒントや学びを得ることができました。*4