インタビュー

藤木庄五郎
(バイオーム代表取締役)
「生物情報アプリで知る
多様性の世界」

世の中の先行きを予見し、未来の方向性を考えるソニー独自のデザインリサーチプロジェクト「DESIGN VISION」。
クリエイティブセンターのデザイナー自らがリサーチやインタビューを行い、分析や提言につなげる取り組みです。
2022年のリサーチでは世界の変化をいち早く捉えるため、世界各地でフィールドリサーチを行いました。
京都のフィールドリサーチで訪問した、生き物コレクションアプリ「バイオーム」を開発する藤木庄五郎氏のインタビュー記事を転載します。

藤木庄五郎/ふじき しょうごろう 株式会社バイオーム代表取締役。1988年、大阪府生まれ。京都大学在学中、東南アジアのボルネオ島にて2年以上キャンプ生活をしながら、衛星画像解析を用いた生物多様性可視化技術の開発に携わる。2017年に同大学院で博士号(農学)を取得し、京都を拠点にバイオームを設立。生物情報アプリ「バイオーム」をリリースすると同時に、生物関連のデータ解析サービスを展開。世界中の生物情報をデータ化することで、生物多様性の保全が人々の利益につながる社会の構築を目指している。 株式会社バイオーム 公式サイト

「DESIGN VISION Annual Report 2022」における位置付け

「DESIGN VISION Annual Report 2022」では、デザイナー自らが世界各地のフィールドでリサーチを行い、気付きや洞察からインサイトを抽出し、未来に向けて注目すべき4つのテーマを導き出しました。
そのテーマのひとつが「Super Natural 自然×人間が紡ぐ"超自然"の展望」です。
今まで私たちが送ってきた人間中心主義的な生活は、地球環境に負担をかける方法に依存してきました。この結果として、今の環境を維持することさえも困難な状況に直面しています。
自然界に与えたダメージを回復していくためには、人間と地球の関係を見直し、従来の自然観を超える新しい認識が必要です。再生を繰り返しながら持続可能な生態系を形成する自然界から改めて多くのことを学び、自然と人間の新たな共生の在り方を考えなければいけません。
すでに、バイオミメティクス(生物模倣)、合成生物学、リジェネラティブデザインなど、環境問題の解決に向けて自然を生かしたさまざま手法が応用され始めています。
本記事では、環境保全と営利活動の両立を実現する生き物コレクションアプリ「バイオーム」を開発する藤木庄五郎氏のインタビューを通して、生物多様性の保全が人々の利益につながる社会について考えていきます。

"生物多様性を守るアプリ"
開発のねらい

生き物コレクションアプリ開発のきっかけ

藤木さんは株式会社バイオームの代表として、ユーザー参加型の生物情報コレクションアプリ「バイオーム」を展開し、大きな注目を集めています。まずは、事業立ち上げの経緯と目的を教えてください。

私は京都大学農学部から大学院にかけて、生物多様性を定量化する技術の開発に取り組んでいました。なかでも力を注いでいたのが、人工衛星や航空機、ドローンなどの画像を用いて特定エリア内の生物種の豊かさを定量的に評価する技術です。例えば衛星画像であれば、東京都1個分程度のエリアの生物多様性をまとめて評価し、可視化することができます。

こうした研究の原動力になっていたのは、この地球上の生き物を守りたい、多様性を保全したいという想いです。大学時代はボルネオ島のジャングルの奥地でキャンプ生活をしながら、生物データの収集調査に取り組みました。現地はいわば環境破壊の最前線で、破壊の勢いは想像をはるかに超えるものでした。ある日、地平線まで木が1本もなくなった場所に立っていて、地球上で今まさに恐ろしいことが起きていること、そのために膨大なエネルギーが費やされていることを肌で感じたのです。

大学時代は、ボルネオ島(マレーシア、インドネシア)にて2年間以上キャンプ生活をしながら調査に明け暮れたという。

では、そのエネルギーはどこから来るのか。答えは極めてシンプルなものでした。環境を壊すことが、経済的な利益に直結するからです。だとすれば研究ではなく、この仕組みを変えるきっかけを作らなければ、世界を根本的に変えることはできないのではないか。つまり、環境を守ることが経済的な利益につながる社会にしなければ、破壊を食い止めることはできないと気づいたのです。
だからこそ、研究室を飛び出して会社を作り、環境保全と営利活動を結び付けていこうと決意しました。それが、2017年にバイオームを立ち上げたきっかけです。

環境を守ることが
経済的な利益につながる
社会にしなければ、
破壊を食い止めることは
できないと
気づいたのです。
環境を守ることが
経済的な利益につながる
社会にしなければ、
破壊を食い止めることは
できないと気づいたのです。
環境を守ることが経済的な
利益につながる社会にしなければ、
破壊を食い止めることは
できないと気づいたのです。
環境を守ることが経済的な
利益につながる社会にしなければ、
破壊を食い止めることは
できないと気づいたのです。
環境を守ることが経済的な
利益につながる社会にしなければ、
破壊を食い止めることは
できないと気づいたのです。
環境を守ることが
経済的な利益につながる社会にしなければ、
破壊を食い止めることは
できないと気づいたのです。
環境を守ることが
経済的な利益につながる社会にしなければ、
破壊を食い止めることは
できないと気づいたのです。

事業開発につながる
学生時代の研究

大学〜大学院時代の研究について、衛星写真などの静止画を利用したということですが、どのような仕組みで生物種の数を特定することができるのでしょうか。

熱帯雨林を撮影した衛星画像を例に挙げると、基本的には樹木しか見えません。しかし重要なのは、生物多様性の豊かさをどう定義するかです。まずは、単に生物種が多いだけでなく、環境として安定していることが大事だと考える。その上で、手付かずの自然こそが最も安定した状態だと定義する。原生的な植生が何万年もの単位で維持されてきた時点で、環境として安定していると考えられるからです。そこから、手付かずの原生林を仮に100として、撮影した森の生物群集がその状態にどれだけ類似しているかを指標化する。例えば、パーム油用のアブラヤシだけが植えられた場所の指標は0。原生林には特有の太陽光反射パターンがあるため、それに基づいてモデリングを進めていきました。

起業後の事業としては、生物情報アプリ「Biome(バイオーム)」に加えて、生物データの遠隔測量や解析サービスも展開していますね。

はい。ただ、アプリ展開とデータ解析はほぼ一体的な展開となっています。その上で大切にしているのは、生物多様性を可視化することです。
温暖化や気候変動の領域は複雑ではありますが、CO2に関してはt(トン)などの単位で表現できるからこそ、削減目標やルールを定めた上で、対策に取り組むことができる。でも生物多様性にはまだそうした方法がありません。そこで、生物多様性を数値化できるプラットフォームを作ろうと考え、アプリを通してデータを収集し、それを元にサービスを行う仕組みの開発を進めてきました。

スマートフォンのカメラで生物を撮影するだけで名前を判定できる、いきものコレクションアプリ「BIOME(バイオーム)」。撮影場所や時期、画像に写った生き物の形状を元に、日本国内のほぼ全種(10万種以上)の動植物データから確度の高い種の候補を瞬時に表示。生息が報告された位置を知ることができる「マップ」、生き物情報を共有する「SNS」、特定の生物をみんなで見つける「クエスト」といった機能がある。

アプリではユーザーが写真を撮影して投稿し、GPSの情報で場所を特定していますが、そのデータがどのように生物の保全につながるのでしょうか?

大学院時代、リモートセンシング*1によるデータ解析に必要な大規模データをどう集めたらいいかと考えて、その場にいる人たちに集めてもらおうと思い至りました。ボルネオ島へ滞在中、村に住み込みで調査をしていた時のことですが、テレビや冷蔵庫はないのに、スマートフォンだけはみんな持っていた。こうした場所をはじめ、大自然の中で画像や位置情報などのデータを集められるツールはスマートフォンしかない。だからこそアプリが有効だということです。
現在は国内のみの展開ですが、300万件以上のリアルタイムデータが集まってきており、週末や祝日の場合、日本全国で1日あたり約1万件ずつ更新・追加されています。既にリアルタイムの生物データ保有数ではおそらく国内最大の規模になっていると思います。これを研究の基礎データとして活用したり、外来種の防除や希少種の保護に役立てることで、生物多様性の保全につなげています。

*1 リモートセンシング(remote sensing)…人工衛星などを用いて地表から放射・反射される電磁波を遠隔測定し、解析して画像化する技術のこと。

藤⽊⽒が⼤学院⽣時代にボルネオ島で⾏っていた⽣物多様性をリモートセンシングで可視化する調査資料より。

日本最大の生き物コミュニティが
目指すもの

害虫駆除におけるゲーミフィケーションの活用

自治体などと協力して、外来種の駆除に向けた取り組みも展開しているのですね。

はい。外来種駆除は初期対応が鍵を握るといわれますが、いち早く発見情報を提供して駆除につなげる市民参加型生物調査を神戸市と共同で実施しています*2。具体的には、外来種の「ツヤハダゴマダラカミキリ」を含む昆虫の写真をアプリで撮影・投稿することでクリアを目指すというものです。
環境省との取り組みでは、セミや渡り鳥の北限や桜の咲く時期など、温暖化の影響がどう生物に影響を及ぼしているのかユーザーに調べてもらい、脱炭素アクションにつなげるプロジェクトを3年にわたって実施しています*3。こうした調査を行うにあたり、これまでは全国で調査員を雇って調査するしかありませんでしたが、スマートフォンアプリを使い、イベント仕立てにすることで、次々に新発見の情報が寄せられているところです。

*2 神戸市×バイオーム「夏休み生きものクエスト~神戸で夏の虫探し~」(プレスリリース)
*3 環境省×バイオーム「気候変動いきもの大調査」(プレスリリース)

自治体などとの連携により、市民参加型の生物調査企画を数多く実施している。

参加ユーザーに向けて、ゲーム性やコレクションできることでモチベーションを高めているわけですね。

はい。防除・駆除したい害虫をターゲットにして、見つけるとバッジがもらえるなど、クエスト仕立てにしています。
モチベーションにつながるものとして一番わかりやすいのはお金ですが、基本的には避けるべきだと考えています。理由としては、偽情報が混じることによるデータの質の低下や、一度対価を設定してしまうとそれなしでは参加してもらえなくなること、子どもに楽しんで取り組んでほしいからなどの点が挙げられます。
一方で「環境にいいから、みんなでやろう」といった倫理観・道徳観的なモチベーションづくりにも難があります。その理由は、意識の高い人、先進国の特定の層にしか響かないから。そもそも人の意識に依存するシステムは脆弱です。意識や道徳は移り変わるものですが、そうした変化に対応できず、長く続く仕組みにはなりません。「楽しい」とか「ワクワクする」とか、狩猟本能がくすぐられたり、コレクション欲に火が付いたり……100年続く仕組みを作る上で、もっと人間の本質的な部分に訴求するサービスにしなければいけないと考えました。

これまでの展開の手応えはいかがでしょうか。実際に使ってみて、撮影した生き物をAIが自動判定してくれるだけでなく、他のユーザーから「それは間違いです」という指摘が入るなど、ユーザー同士で精度を高め合う仕組みが育まれている点が大きな魅力だと感じました。

リリースから約3年になりますが、ユーザー数の伸びは順調で50万人を超えました。画像をAIが自動判定できなくても、質問を投稿すれば大抵の場合は他のユーザーに教えてもらえるなど、日本最大の生き物コミュニティに成長しつつあります。とはいえ、国内で100万人という目標からするとまだ半分。いずれは世界中の生き物情報をリアルタイムで把握できるようにすることで、地球上のさまざまな場所で生物多様性を"見える"ようにしていきたいと考えています。

いずれは世界中の
生き物情報を
リアルタイムで
把握できるように
することで、
地球上のさまざまな場所で
生物多様性を
"見える"ように
していきたいと
考えています。
いずれは世界中の生き物情報を
リアルタイムで把握できるように
することで、地球上の
さまざまな場所で生物多様性を
"見える"ように
していきたいと考えています。
いずれは世界中の生き物情報を
リアルタイムで把握できる
ようにすることで、地球上の
さまざまな場所で生物多様性を
"見える"ように
していきたいと考えています。
いずれは世界中の生き物情報を
リアルタイムで把握できる
ようにすることで、地球上の
さまざまな場所で生物多様性を
"見える"ように
していきたいと考えています。
いずれは世界中の生き物情報を
リアルタイムで把握できるようにすることで、
地球上のさまざまな場所で生物多様性を
"見える"ようにしていきたいと
考えています。
いずれは世界中の生き物情報を
リアルタイムで把握できるようにすることで、
地球上のさまざまな場所で生物多様性を
"見える"ようにしていきたいと
考えています。
いずれは世界中の生き物情報を
リアルタイムで把握できるようにすることで、
地球上のさまざまな場所で
生物多様性を"見える"ようにしていきたい
と考えています。

生物多様性の保全が最優先

川で釣りをする時にも、「このあたりではこんな魚が釣れるのか」とか、マップ上で「近所にこんな花が咲いているのか」など、いろいろ楽しませていただいています。

ありがとうございます。遭遇確率の影響だと思いますが、投稿内容で最も多いのは植物で、次が昆虫です。また渓流魚などについては、普通種に関しては位置情報を公開する一方、希少種は乱獲の可能性を考慮して非公開にするなどの配慮を行っています。
マップについては、自分の周りにどんな生き物がいるのかをわかるようにしたいという狙いがありますが、あえて生き物の検索はできないようにしています。「ここにこんな生き物がいるから、獲りに行こう」という動機につながるのは望ましくない。目的はあくまでも生き物や生態系を守ることであって、ユーザーの欲求を煽ることではないからです。

また、ユーザー同士のフォロー機能を導入していないのも、位置情報を扱っていること、子どもも使えるアプリにするということで、ユーザーの心理的な安全性を担保する配慮であると同時に、何よりも生物多様性の保全を第一に考えてのことです。まずは生き物を中心として人間同士がコメントを投稿し、つながり合う仕組みによって、関心を高めていってほしい。このアプリの機能はそのためのものだと考えています。

日本全体の投稿を表した図。地図の中の小さな一点一点が生き物の投稿データであり、膨大な数のデータが集まっている。ユーザーの投稿が「生物多様性保全の基盤」として、現在の生物多様性の危機や将来起こるかもしれない様々な課題を解決するためのデータとして蓄積されていく。

面白さをきっかけに、
データと意識を高めていく

この「DESIGN VISION」のリサーチで探求しているテーマの一つに、従来の人間中心設計(HCD/Human Centered Design)から脱却し、種を超えた観点から人間を捉える「マルチスピーシーズ人類学」*4の知見を取り入れる試みがあります。しかし、マルチスピーシーズは上位概念であり、実践的な手法との間をつなぐ概念が必要だと考えていたところです。その意味で「バイオーム」アプリはあえて人間中心の機能を制限する一方で、生物多様性の視点からエンタテインメントの要素を高めるなど、学ぶべき点の多い設計になっていると感じました。

私たちのアプリには広告も付けておらず、企業や自治体との協働によってビジネスを成り立たせているなど、会社としては不思議なスタンスかもしれません。でも、何よりも前提になっているのは「生き物は面白い」ということ。日本国内だけで10万種近くの生き物がいて、一生かけても知り尽くすことが難しいほど奥深い世界が広がっています。
だからこそ、その面白さに気付くきっかけを提供したい。アプリでも「この地方で初確認」などの新記載事例がたくさん出てきており、その情報を研究者に回して論文化もしています。例えば、元々は四国で見られた昆虫で近畿地方で分布を拡大している「ヒラズゲンセイ」について、小学校3年生が初めて滋賀県で発見した例もあります。このアプリを使えば、小学生でも論文になる発見ができるというわけです。

*4 マルチスピーシーズ人類学…生態系との共生を前提に、動植物から腸内細菌などの微生物に至るまで、種を超えた関係性から人間の姿を捉えようとする新しい人類学の概念。

ソニーはイメージセンサーに強みがある会社でもあります。今後のご展開や生物多様性の保全に向けて、何かご一緒できることがありましたら幸いです。

確かに、写真のクオリティは生物調査の記録やデータ収集において非常に大事なポイントです。アプリは現時点では静止画像のみの対応ですが、今後は動画にも対応していく予定です。動画のほうが同定力が格段に上がると思いますし、野鳥などは姿が見えなくても鳴き声だけで判定できるようになる。技術的な進歩で可能になることがたくさんあると思います。

これからの施策としては、地域性で違いを出していくなどの取り組みも構想中です。また、ユーザーにとってはどの生き物が好きかによって響くところが違うのも、探求すべき課題になっていくでしょう。例えば、ユーザーの中でも鳥好きの人たちが昆虫の蛾(ガ)にハマり始めているんです。背景としては、コZロナ禍で身の回りの環境に目を向ける人が増えたこと。その上で蛾は、鳥に比べて見つけやすい。家の外で光を灯しておけばどんどん集まってきますから。
それくらい、生き物の世界は私たちの身近にありながら、本当に深くて広い。このアプリをきっかけに、より多くの人に参加してもらい、生物多様性保全の動きにつなげていけたらと考えています。

(2022年6月22日 株式会社バイオームにて実施)

リサーチャーコメントソニーグループ クリエイティブセンター
プランニング&プロモーショングループ統括部長 大野茂幹

藤木さんの意思決定は、常に「生物多様性を守る」という一貫した考え・信念に基づいています。
行き過ぎた人間中心主義的なデザインやビジネスに対して、彼の活動は、新しいビジネスイデオロギーを私たちに示してくれました。
「バイオーム」の活動は、サステナブルを超え、自然環境をよりよい状態に再生させるリジェネラティブな活動であると思います。
ソニーのPurpose(存在意義)は「クリエイティビティとテクノロジーの力で、世界を感動で満たす」こと。地球が持続的でなければ感動を提供できず、我々の事業は成り立たちません。
我々も生態系の仕組みを守りながら、人間社会とのバランスを図っていくアクションを行っていきたいと思います。