講演会レポート
ソーシャルグッド・
プロデューサー 石川 淳哉氏
ソニーデザインでは、多様な業界の第一線で活躍されている方をお招きしてお話を伺い、学びを得る活動を行っています。
今回は、広告業界を代表するプロデューサーであり、近年は社会課題を扱うソーシャルグッド・プロデューサーとしても活動する
石川 淳哉さんをお招きしました。さまざまな社会課題の解決にクリエイティブの力で挑む石川氏のお話は、
デザインの社会的役割を再認識させてくれるものでした。2019年12月に開催された講演の様子をダイジェストで紹介します。
社会問題を解決する人生
僕は長年、広告制作会社を運営し、グローバル企業などの広告コミュニケーションを手がけ、数々の広告賞をいただくなど広告業界の第一線で仕事を続けてきました。そして「自分が全力で仕事ができるのはあと十数年だな」と将来を考えたとき、これからは社会問題を解決するソーシャルグッドな人生を送りたいと思ったんです。そこで、現在は広告業界から離れ、ソーシャルグッド・プロデューサーという肩書きを自分でつくって活動しています。
本日、クリエイターである皆さんに覚えていてほしいことのひとつが、CSV(Creating Shared Value)という言葉です。これは、新たな共通価値を創り、それを事業化していこうという社会的な潮流です。その裏には、社会貢献活動を継続させるためにも、利益をだすことが重要だという考えがあります。このようなCSVの観点から、今回は社会課題の解決にクリエイティブの力をいかに生かしていくか。そして、利益をあげる事業にいかにしていくか。事例を交えて、話したいと思います。
サッカーのパブリックビューイングなどの
仕掛け人でもある石川さん
ソーシャルグッドは、
楽しく、豊かになれるもの
皆さんはソーシャルグッドと聞いて、どんなイメージを持っているでしょうか。豊かさを放棄する行為だと誤解されがちなのですが、全く違います。僕は十数年前から、自分で実践しようと暮らしを一変させましたが、本当に毎日が楽しく、充実しています。今日も自分の電気自動車で来たのですが、その電気は自宅のソーラーパネルで発電したもので、その他にも日常生活の電気の80%以上は太陽光発電で賄っています。現在、ガソリン代や電気代の負担はほぼありません。今日は晴天なので「電気がたくさんつくれるな」とウキウキしています。
休日は、富士山の麓で友人たちと300坪の農園を作って、無農薬の野菜を栽培しています。僕は美味しいものに目がないのですが、新鮮な野菜は感動的な美味しさです。収穫したばかりのブロッコリーの茎を切ると、果汁のような汁が溢れ出てくるのですが、それは本当に絶品です。また最近は、出身地の大分県別府市で温泉力発電にも挑戦しています。将来、日本中の温泉で電気をつくるという新しい価値の創造を目指して試行錯誤していて、そんな僕のアイデアに共感した仲間が集まってくれ、苦戦しながらも充実した日々を送っています。
左:静岡県御殿場市で石川さんが始めた300坪の野菜農園
右:大分県別府市では温泉力発電プロジェクト「ONPATSU」を展開中
上:静岡県御殿場市で石川さんが始めた300坪の野菜農園
下:大分県別府市では温泉力発電プロジェクト「ONPATSU」を展開中
社会課題の解決に、
クリエイティブの力を
僕は今、さまざまなソーシャルグッドのプロジェクトを立ち上げているのですが、広告業界で培ったクリエイティブやプロデュースの力が非常に役立っています。例えば、数年前より「みんな元気になるトイレプロジェクト」という活動を行っているのですが、これは僕が実際に災害支援に赴いた際、トイレが圧倒的に不足しているという課題を見つけたのが発端。そこで、日本各地の自治体に一つずつトイレトレーラーを用意してもらい、災害時には現場に一斉に駆けつけてもらうというソリューションを考えました。さらに、政府に掛け合いトイレ購入費用の7割を負担してもらい、あとの3割をふるさと納税の対象にするスキームを考案したのですが、これらの活動はまさにプロデューサー業で培った発想力と実行力の賜物だと思います。
そもそも僕がソーシャルグッドに目覚めたきっかけは、2001年に参加した「世界がもし100人の村だったら」という絵本づくりのプロジェクトでした。当時、アメリカ同時多発テロ事件が起こり、混沌とした時代だったのですが、この本は世界の人々の多様性を認め、その大切さを伝える内容で強く共感しました。より多くの人にこの内容が伝わるように、当初1,000人の村という設定だったのを「100人の村にした方が想像しやすい」「理解しやすいよう絵本にしよう」などとアイデアを出していった結果、300万部を超えるベストセラーになりました。このとき、社会課題を解決するにはクリエイティブの力でわかりやすい入り口をつくることが有効だと痛感しました。
会場では、石川さんがこれまで手がけた、さまざまな
ソーシャルグッド・プロジェクトが紹介されました
ソーシャルグッドを
いかに事業化していくか
社会課題を解決する入り口をどうつくるか、もうひとつ僕の事例を紹介します。それが最近手がけた「FRaU SDGs号」です。「FRaU」は講談社の女性向けワンテーママガジンで、編集部からプロデュースを依頼されたとき「いま世界的に注目されているのは、国連が定めた持続可能な開発目標であるSDGsだ」と訴え、自分で広告スポンサー探しも引き受けながら、プロジェクトをスタートさせました。一年がかりで第一号をつくって発売したのですが、日本で初めてSDGsを全面的に扱った女性誌として脚光を浴び、雑誌でありながら重版もかかりました。さらに、この第一号を見た、普段女性誌に広告を出稿しないような公益財団や企業の方々がスポンサーとなってくれて、第二号、第三号を続けて発刊し、今後も継続していく予定です。SDGsの重要性を世の中に広めつつ、十分な利益を出す、まさにCSVのプロジェクトになりました。
持続可能な開発目標「SDGs」とは、国連サミットで採択された2030年までに持続可能でよりよい世界を目指す17の国際目標のこと。
多くの企業が、このテーマに沿った活動を実施
社会課題に
取り組むことが、
ビジネス戦略に
そして近年、社会課題に取り組む企業に「ESG投資」という世界的な追い風が吹いています。これは、企業の財務情報だけでなく、環境(Environment)、社会(Social)、企業統治(Governance)に配慮する企業を重視する投資のことで、その投資額は世界中で約3,500兆円にのぼると言われています。この投資額をいかに自社に引き込むか。社会課題に対応することが、企業の重要なビジネス戦略にもなっているのです。企業姿勢を変えるのは容易ではありませんが、どんなに小さくても、一つの活動からはじめることが重要です。
例えば、ある時計メーカーでは、世界的な社会問題となっている紛争鉱物に対応するため、社内有志のチームがエシカル(倫理的)な観点からつくった腕時計が、世界中でヒットするとともに、ブランド価値の向上にも大きく貢献しました。米国のアウトドアメーカーは以前より、廃棄されたプラスチックを再利用してフリースをつくっていましたが、現在は、海洋プラスチックごみ問題にも積極的に対応し、世の中の注目を集めています。また、日本のあるベンチャー企業は、紙の代替となり、何度も再利用できる石灰石を使ったシートを開発し、世界中から莫大な投資を得ています。社会課題への取り組みは、今後のビジネスを考えるうえで欠かせない要素なのです。
万能時代の終焉。
広告から告広へ
ここで僕の古巣である広告業界について話したいと思います。2008年にスマートフォンが出現して以来、私たちの身の回りの情報は完全にオーバーフローしています。現に皆さんは、メールをチェックするとき、大量の広告メールは一切見ずに、同僚や友人からのメールだけを読んでいるのではないでしょうか。そこで僕は広告に漢文の「レ点」を付けたい。「広く告げるもの」から「告げる価値のある情報を広げていくもの」へと逆転の発想をする必要があると思っています。
さらに現在、「価値観を伝える」ということは、一人のリーダーが引っ張る「power game」から、みんなでやる「collective impact」に変わりつつあります。これまでは、クライアント主導でマスメディアを中心に情報を大量投下してきましたが、現在はユーザーがSNSなどを通じて個人で情報を発信していく時代となりました。だからこそ、僕はどんな小さな活動でもいいから、まず行動すること。それをクリエイティブの力で、人々に関心を持ってもらえるような入り口(表現)で世の中に伝えていくことを心がけ、プロジェクトを進めています。
ソーシャルの意識を持ち、
未来を拓く
これからソーシャルグッドの意識は世界的にますます高くなっていきます。5年後には、2000年以降に生まれた世代であるジェネレーションZが世界の労働人口の75%を占め、メインの消費者となります。彼ら彼女らは、生まれたときからインターネットが当たり前のように存在するデジタルネイティブである一方、地球環境や社会課題への意識が非常に高いのが特徴です。このような時代の変遷を見据え、皆さんも、ソーシャルな意識をこれまで以上に高めていってほしいと思います。