インタビュー
岩谷 圭介氏
(株式会社 岩谷技研
代表取締役)
「気球で目指す"宇宙体験"の
開拓者」
世の中の先行きを予見し、未来の方向性を考えるソニー独自のデザインリサーチプロジェクト「DESIGN VISION」。
クリエイティブセンターのデザイナー自らがリサーチやインタビューを行い、分析や提言につなげる取り組みです。
2023年のリサーチでは世界の変化をいち早く捉えるため、世界各地でフィールドリサーチを行いました。
日本のリサーチでは北海道の気球での「宇宙遊覧」を目指す宇宙ベンチャーである岩谷技研を訪問し、
代表取締役の岩谷圭介氏に「宇宙の民主化」に懸ける想いを聞きました。
実現間近、
日本発「宇宙遊覧飛行」
プロジェクト
日本で初めてとなる民間の宇宙遊覧を目指す上で、気球というユニークな方法を選んだ理由や経緯について教えてください。
きっかけは2011年に遡ります。宇宙関連の仕事に就きたいと思い、北海道大学で宇宙工学を専攻したのですが、ロケット開発には数千億円単位の資金や大規模な開発の必要性に加え、運用も大変だとわかり、個人で取り組むのは無理だと痛感しました。
それでも諦めず、学生がすぐに取り組める方法として可能性を見出したのが風船や気球です。原理がロケットよりはるかに単純で作りやすいぶん、コストや開発規模の面でもメリットが大きい。まずはカメラを風船で打ち上げて、宇宙から地球の写真を撮りたいと考えました。
大学4年生の時に開発を始めて、最初の気球ができあがったのは卒業後の12年。これが高度1万メートルに達して手応えを感じ、その年のうちに高度3万3千メートルからの撮影に成功しました。
ロケットよりも低コストとはいえ、技術や法規制の問題など、困難は少なくなかったのではないでしょうか。
はい、ここへ至るまでにさまざまなハードルがありました。最初の気球実現が一つ目のハードルだとすると、次のハードルは計画通りに飛行して回収できるよう、確実性を高めること。100回実施してすべて成功できるようになるまでに4年かかりました。
その次のハードルが大型化。個人で行っていた活動を拡大し、2016年に岩谷技研を設立してからは気球本体に加え、人間が乗り込むキャビンの開発にも取り組んでいます。
その中で向き合ってきたのが「安全の壁、安心の壁、宇宙の壁」という"3つの壁"です。
まずは、確実かつ安全に離着陸できること。人を乗せて落下すれば必ず死につながる。そのため、高度50メートルからの離着陸試験を相当数繰り返し、これまでに有人試験も35回重ねています。私自身も搭乗し、念には念を入れて「安全の壁」を乗り越えました。
「安心の壁」については、道路や高圧電線などを避けながら降りる場所を予測し、経路をコントロールすること。「宇宙の壁」は真空環境でキャビンの気密を保ち、人の命を守る仕組み。いずれも試験を繰り返して確実性を高めています。
これらの壁を乗り越え、今年2月には高度2万5千〜3万メートルへ到達する4時間の有人フライト計画を発表したばかり。8月にかけて第1期搭乗者を募集し、23年度中*1に一般体験者5名の宇宙遊覧を実現させる計画です。
念には念を入れて
「安全の壁」を乗り越える。
念には念を入れて
「安全の壁」を乗り越える。
念には念を入れて
「安全の壁」を乗り越える。
念には念を入れて
「安全の壁」を乗り越える。
念には念を入れて
「安全の壁」を乗り越える。
念には念を入れて
「安全の壁」を乗り越える。
念には念を入れて「安全の壁」を乗り越える。
江別研究所の縦長の大空間
商業化を見据え、
快適な"宇宙体験"を探求
技術的な壁を乗り越えて、今はどんな課題に取り組んでいますか。
商業化です。実験室で作ったプロトタイプとは異なり、機体を量産して多くの人に体験を届けていく商業化はまさに"大きな山"だと実感しています。
それに、技術的な課題は私たちの専門領域ですが、ここで問うべきはいわゆる"宇宙体験"をどうつくっていくか。気球の打ち上げは悪天候を避けて風の穏やかな日を待つ必要があり、前後1週間のバッファ期間が必要です。打ち上げ地に滞在中のお客様の満足感を高め、安全講習のほか宇宙への理解を深めるアクティビティをつくり上げるために、旅行会社のJTBをパートナーに迎えました。
私たちが目指すのは、人々が新しい世界へ踏み出すための力になること。技術は今やかつてない進歩を遂げつつあるのに、世の中には閉塞感が漂っている。それは、技術の持つ可能性が人々に伝わっていないからです。技術の素晴らしさをわかりやすく伝える上でも、宇宙には大きな可能性があると考えています。
実験の様子(左) 実験に使う1人乗り気圧キャビン(右)
そもそも宇宙を目指そうと考えた理由について、教えてください。
私自身の原体験ですが、幼稚園の頃、宇宙ステーションが描かれた絵本を見て、「科学の力で限界を超え、知らない世界に行けるんだ!」と感動したのです。それ以来、宇宙に心惹かれ続けてきました。
ただ私の目的は、自分が宇宙へ行くことよりも、人々に宇宙への扉を開くこと。そのための第一歩として、気球という"解"を見出したというわけです。
その上で私自身のモチベーションは、地球を見下ろすことのできる高度まで搭乗者とペイロード(積載物)を送り上げ、帰還させる仕組みを完璧に作り上げることにあります。仕組みが完成したら、それをよりよい形に発展させていくのは他の人に任せたい。私自身はあくまで科学者であり技術者なので、どうしても質素な形で満足してしまいますから(笑)。
例えばお客様の声を反映して、キャビンの快適性をいかに高めていくか。6人乗りの大型キャビンではゆとりある搭乗空間も実現できそうですし、実際に体験した人たちの意見を反映して、一緒につくり上げていきたいですね。
人々に宇宙への
扉を開きたい
人々に宇宙への
扉を開きたい
人々に宇宙への
扉を開きたい
人々に宇宙への
扉を開きたい
人々に宇宙への
扉を開きたい
人々に宇宙への
扉を開きたい
人々に宇宙への扉を開きたい
民間宇宙事業、特にロケット産業では開発競争が激化しています。気球に関してはどうでしょうか。
この10年間、国内で10社ほど参入企業がありましたが、多くは撤退しているようです。さまざまな理由がありますが、個人的には、気球特有の安全性をマネジメントできていなかったからだと考えます。
飛行機やヘリコプターは動力によって揚力を得ていますが、空気よりも重い機体は物理法則的に必ず落下するものです。しかしガス気球は空気より軽いため、お風呂に浮かぶアヒルのおもちゃのように、自然に浮かび上がっていく。これこそが気球の特徴であり、特筆すべき安全性だと思います。
共創による「宇宙の民主化」が
目指す先
将来的に、飛行回数や搭乗者の範囲をどのくらいまで広げたいと考えていますか。
今まさに第1期の搭乗者応募を開始したところで、対象は12歳から65歳まで、経過を見ながらその他の条件を調整していく予定ですが、もっと幅を広げられると思います。というのも、気球の打ち上げはロケットと比べて格段に穏やかで、G(重力加速度)もわずかです。飛行全体を通じて身体への負荷が少ないため、老若男女を問わず、より多くの方に気軽に搭乗してもらえるのが最大の特徴といえます。
一方、宇宙遊覧の需要は拡大の一途をたどっており、世界的に年間1000万人規模に達するのは間違いありません。とはいえ、世界中に射場を設置して毎日多くの気球を上げたとしても、搭乗できるのは年間でせいぜい数万人でしょう。
これまで多くの宇宙飛行士が語ってきた「オーバービュー効果」*2を、より多くの人が体験し、語り継いでいくわけですね。私たちソニーもまた、「STAR SPHERE」を通じて、宇宙をより身近に感じられる機会を人々に届けたいと考えています。
そう、宇宙には体験した人に限らず、周囲の人々や産業にも影響をもたらす力があるのです。ぜひ、何かご一緒できたらうれしいですね。
だからこそ私たちも、今年2月には宇宙の民主化に向けた共創プロジェクトである「OPEN UNIVERSE PROJECT」をローンチさせました。JTBをはじめとする多領域のパートナー企業と連携し、まったく新しい"宇宙体験"をつくり上げていく。宇宙をすべての人に開かれたものにする「宇宙の民主化」に向けた取り組みです。
次の世代の
当たり前を
つくりたい
次の世代の当たり前を
つくりたい
次の世代の当たり前を
つくりたい
次の世代の当たり前を
つくりたい
次の世代の当たり前を
つくりたい
次の世代の当たり前を
つくりたい
次の世代の当たり前をつくりたい
異業種間の共創が広がることにより、地球上とのデータ通信など、新たな技術的効果も期待できそうです。
おっしゃる通り、気球は人工衛星よりも格段に地上からの追尾や上空からのデータ送信が容易です。低軌道上の人工衛星は高速で移動しているため、地球上の特定地点と直接通信が可能なタイミングは、衛星がその上空を通過中のごく数分間に限られます。でも気球であれば、この制約はありません。
現状では日本の法律との兼ね合いなどの制約がありますが、キャビンの上に全天周カメラを付けたり、キャビン内でライブ映像のストリーミングをしたりと、さまざまな可能性が広がるでしょう。
私たちの気球に乗ってより多くの方が宇宙を体験し、ディスカッションを重ねながら、新しい体験をつくり上げていってほしい。それが私の想いです。
(2023年5月25日 岩谷技研本社にて実施)
取材者コメントソニーグループ クリエイティブセンター
ストラテジックプランナー/デザインリサーチャー 永谷 実紀
幼い頃から宇宙への夢を追い求めて"気球"という解にたどり着いた岩谷さん。着実にそして丁寧に「安心の壁、安全の壁、宇宙の壁」を乗り越えていき、誰もが宇宙へ行ける時代を切り開こうとされています。気球での宇宙遊覧にかける熱い想いはもちろん、次世代へ新たな常識を作っていきたいという責任感、他社と共創し、宇宙の民主化をさらに進めるリーダーシップなどに感銘を受けました。
私たちも「STAR SPHERE」を通して、人々が願う新たな宇宙体験への一助を担えればと思います。