インタビュー
作家、アーティスト
ジェームズ ブライドル氏
「AIが見る世界を理解し、
共創・共存の可能性を開く」
世の中の先行きを予見し、未来の方向性を考えるソニー独自のデザインリサーチプロジェクト「DESIGN VISION」。
クリエイティブセンターのデザイナー自らがリサーチやインタビューを行い、分析や提言につなげる取り組みです。
2021年の「DESIGN VISION」では、新しい手法であるSci-Fiプロトタイピングによる
バックキャスティングを実践し、よりよい未来の可能性を探りました。
そのリサーチレポートから、テクノロジーと人間の関係を問い続ける
作家、アーティストのジェームズ ブライドル氏のインタビュー記事を転載します。
「DESIGN VISION Annual Report 2021」における位置付け
「DESIGN VISION Annual Report 2021」では、Sci-Fiプロトタイピングの手法を用いて「2050年の未来の世界」を構想。そこからバックキャストを行うことで、未来に向けて注目すべき4つのテーマを導き出しました。*1
このテーマの一つが「CONVIVIAL AL」。
人類とAI/ロボティクスは、いかにして共存/共生できるのか。こうしたテクノロジーは自律性や知性を持ち得るため、従来とは全く異なる角度から、未来の社会における位置付けを考えていかなければなりません。
その糸口を探るため、哲学者・思想家のイヴァン イリイチが提唱した「コンヴィヴィアリティ(自立共生)」の観点から、人間とテクノロジーとのよりよい関係についてリサーチを実施。本テーマに関連するキーパーソンとして、ジェームス ブライドル氏へのインタビューを行いました。
AIが見る世界を理解し、
共創・共存の可能性を開く
1980年に生まれ、インターネットを筆頭とする最新テクノロジーが、リアルな世界と融合する様をその目でじかに目撃してきたジェームズ ブライドル氏。当初はシンプルな考察から始まった独自の研究は、ほどなくして深淵に潜むデジタルの“必ずしもポジティブとはいえない”課題に突き当たった。果たしてAIとの共存は可能なのか。
またその術とはーー。(2021年10月発行「DESIGN VISION Annual Report 2021」冊子より転載)
まずは、かねてより提唱されている「New Aesthetic」というコンセプトについてお聞かせください。
10年ほど前に考案したコンセプトで、建築物がピクセル化して、デジタルな世界とフィジカルな世界が加速度的にクロスオーバーしていく様子に興味を引かれたのです。デジタルの世界をいかに理解・受容し、またバーチャルとAIに対する考え方や最新テクノロジーによってリアルな環境がどう変化していくのか、が主な関心事でした。
当初は完全にビジュアル的な考察でしかなかったのですが、時間を追うごとにより深い意味を帯びるようになってきました。つまり、デジタルとリアルな世界は分離独立したものではなく、相互に関係を及ぼし合って成り立っているのではないかという疑問に辿り着いたのです。この視点に立つことで、デジタル、リアル双方の世界を構成する社会的、政治的、地政学的な構造があらわになってきました。
つまり、デジタル世界やテクノロジーに内包された課題に行き着いたということですね。
その通りです。ここから導き出された考察の一つは、最新のテクノロジーを介していながら、既存の偏見や世間一般からの旧来的な価値観が再生産されているという事実です。例えば顔認証技術のシステムは、当初特定の人種の顔のみを認識するものでした。当然、カメラの技術的な限界や、研究開発を進める企業に人種の多様性が欠けていたことも要因にあるとは思います。しかし結果として、既存の政治的・社会的偏見が(テクノロジーを介しても)後世にも継承されていくことになるのです。
ジェームズ ブライドル氏の映像作品『Auntonomous Trap 001』(2017年)。交通ルールにおいて「進入可」を意味する破線と、「進入禁止」を意味する実線で囲まれた円によって、自動運転車をトラップ(罠)にかける試み。
その「New Aesthetic」を経て、『New Dark Age』を出版されます。
1980年に生まれた私にとってインターネットは人生の一部であり、90年代の急速的な成長と拡大を目の当たりにしてきました。ですからいかにインターネットが素晴らしいか、という本を執筆するつもりでしたが、結果はその逆でした。インターネットの発明によって多くの情報が得られるようになったからといって、私たちがよりよい思考・判断を下せるようになったかといえばそうではありません。現実はその真逆、知識と権力の分散ではなく集中を助長しています。世間にはびこる“陰謀論”はその好例です。情報へのアクセスは飛躍的に向上しているにもかかわらず、原理主義が横行し、怒り、困惑、恐怖を拡散しています。
私はテクノロジーと人間の関係性に関してよく配管工の例を挙げます。私は配管工ではありませんが、水道設備がどう機能しているかはある程度把握しています。ですので、水漏れなどの問題があれば対処の方法を考えるくらいはできます。同様に、インターネットやAIに関しても、結果をうのみにするのではなく、(対処するための)基礎知識を身に付けておくことが、人間のサバイバルという意味合いにおいても重要であると考えます。
ジェームズ ブライドル氏の映像作品『Gradient Ascent』(2016年)。自律走行に用いられるアルゴリズム「勾配上昇法(Gradient Ascent Method)」をテーマに掲げ、自動運転車が学問を象徴するギリシャのパルナッソス山へ登る様子とともに、神話やテクノロジーにまつわる思索を重ねていく。
「ブラックボックスのような存在になりつつある」とも言われるAIと、共存すべき道はどこにあると考えますか?
自動運転に大変興味があって、かつて自分でコードを書いて自動運転のシステム開発を試みたことがあります。あくまでもシステムだけですが、人間がルールを一方的に決めてAIのトレーニングをするのではなく、システムがもつ別の可能性を探ってみたかったからです。まさにAIとの共創の試みで、クルマに取り付けられたカメラを通して周囲の世界を感知する能力を共有するのが目的です。
ドイツ語で「ウムヴェルト」(環世界)という単語があります。生物学の概念で、人、鳥、カブトムシなどそれぞれが異なる方法で時空を知覚しているという考え方です。当然、知覚方法は大きく異なりますが、同時にオーバーラップする部分も存在します。自動運転のクルマも同じで、クルマなりの世界を知覚する方法があり、私のそれと異なるところもあれば、近いところもある。この二つの側面を理解することがとても重要なのです。なぜならAIとの協業・共存という可能性を開き、人間、AIの双方が望む「共存の未来」に向けてともに進んでいく道筋を描くことができるようになるからです。
ジェームズ ブライドル氏の映像作品『Homo Sacer』(2014年/イギリス・リバプールのFoundation for Art and Creative Technologyでのインスタレーション風景)。国連憲章や国際法、国際条約、イギリス政府の文書などのフレーズを引用するバーチャルアシスタントの姿を通して、国家と人間との権利の関係性を問いかける。
また、デザイナー、エンジニアが新たな技術開発に臨む際、肝に命じておくべきことはなんでしょう。
デバイス、プロダクト、システムに限らず、開発側はユーザー体験をできる限りシンプルかつ簡単でシームレスになるよう努めます。ビジネスとしてそこを目指すことは明確でその理由も十分理解していますが、より多くのことがユーザーの見えないところに隠されているとも言えます。そしてこのことは何かしらの社会的影響を生むと考えます。私自身、この問いに対する明確な答えを持ち合わせていませんが、テクノロジーを包み隠さず、ユーザーを教授し、同時に結びつきを高めていく方法があるはずです。
また開発を進める際に重要なことは、レゴを組み立てるくらいのベーシックなレベルまで立ち戻ることです。手にしたパーツの機能や特性を十分に理解して初めて、その人のクリエイティビティが発揮されるからです。古い格言で「真のアーティストは絵の具を混ぜて描く」というものがあります。買ってきた絵の具をそのまま使うのではなく、素材としての絵の具を理解しつつ、想像すらしなかった使い方で描くのが真のアーティストだからです。クリエイティビティやイマジネーションを発揮する上で最も重要な要素だと考えています。
(2021年8月4日 オンラインにて実施)
取材者コメントソニーグループ クリエイティブセンター リサーチプロデューサー 尾崎 史享
今回の「DESIGN VISION」のリサーチプロセスにおいて着目した領域の一つとして、人間と他の生物種との関係を通して人間のあり方を考える「マルチスピーシーズ人類学」が挙げられます。
ジェームズ ブライドルさんのインタビューで語られた人間とAIとの種を超えた共創は、本記事の冒頭で掲げたテーマ「Convivial AI」だけでなく、私たちと動植物、さらにAIやロボットなどの共生を考えるべく策定したテーマ「Multispecies」にも関連する、人間という意識そのものの拡張の可能性にもつながっていくように思います。*2