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インタビュー/講演

講演会レポート

『デザインリサーチの教科書』
著者 木浦 幹雄氏

ソニー クリエイティブセンターでは、多様な業界の第一線で活躍されている方をお招きしてお話を伺い、学びを得る活動を行っています。
今回は、『デザインリサーチの教科書』の著者、アンカーデザイン代表の木浦 幹雄氏をお招きしました。いま注目を集める「デザインリサーチ」とは何か、
手法や効能に至るまで、日本で初めてそのメソッドを体系的にひも解き、実践に努めてきた視点からくわしく解説。
2021年3月にオンラインで開催された講演の内容を、ダイジェストで紹介します。

木浦 幹雄氏のポートレート写真
木浦 幹雄/きうら みきお ANKR DESIGN Inc.(アンカーデザイン株式会社)代表。奈良先端科学技術大学院大学情報科学研究科卒業後、大手精密機器メーカーにてカメラ、ロボット、ヘルスケアなどの新規事業・商品企画に従事。2016年、デンマーク・コペンハーゲンのCopenhagen Institute of Interaction Design(CIID)へ留学。卒業後に帰国し、17年にANKR DESIGN Inc.を設立。主な受賞歴に、IPA未踏事業スーパークリエータ、グッドデザイン賞、YouFab Global Creative Awardなどがある。

実践者の視点から、
デザインリサーチの効能を
解き明かす

『デザインリサーチの教科書』は、デザインリサーチが日本に根付くきっかけになればという思いから執筆した1冊です。この本には、私が海外のデザインスクールで学び、帰国後にさまざまなプロジェクトを通じて実践してきた経験が集約されています。本日は、その内容を中心にお話ししていきたいと思います。

なお、私は日本の精密機器メーカーで新規事業の企画などに携わった後、2016年にデンマーク・コペンハーゲンのデザインスクール「Copenhagen Institute of Interaction Design(CIID)」へ留学。デザインリサーチのメソッドや、デジタルファブリケーション機器、プログラミングやAIを用いたプロトタイピングなどを学んだのちに帰国し、アンカーデザインを設立して、デザインリサーチやプロトタイピング、サービスデザインなどに携わっています。

デザインリサーチとは何か

デザインリサーチについて説明する前に、そもそも「デザインとは何か」に立ち戻って考えてみましょう。さまざまな定義がありますが、本講演ではデザインを「いまだ存在しない概念を具体化していくこと。人々にとっての価値を見つけ、意味のあるプロダクトを創ること」とします。

この定義に基づけば、デザインリサーチとは「プロダクトをデザインするためのリサーチ」であり、「新しい何かを創るため、あるいは現状を良くするために、人々を理解して本質的なニーズを探し出すこと」と位置付けられます。よく「デザインは問題解決である」といわれますが、これに対してデザインリサーチは解くべき問題”自体を見つけ出す作業ともいえるでしょう。

ここで、典型的なプロダクト開発のプロセスを思い浮かべてみます。テーマ探索から商品企画、製品開発、量産、品質保証(QA)、出荷へと至る流れのうち、最初のテーマ探索は、まさにデザインリサーチャーの領域です。まず「何を作ればいいのか」「どんなものを作るのか」を設定する場面ですね。わかりやすく例えるなら、「これまでにない機能とデザインを備えたデバイスを作ろう」というアイデアを発想して、それをプロダクトデザイナーとともに作り上げていくイメージでしょうか。

デザインリサーチャーとデザイナーの役割を、
典型的なプロダクト開発の流れに当てはめた図。

また、デザインリサーチャーの役割は、プロダクト開発の初期段階だけにとどまりません。プロセス全体をとおしてデザイナーと併走していく上で、リサーチのあり方は次の3つに分類されます。

まずは、どんな製品や事業をデザインすればいいかを探索する「探索的リサーチ」。次に、テーマを絞り込んで具体的に深掘りしていく「生成的リサーチ」。そして、プロダクトやサービスの完成後に評価を行い、改善につなげていく「評価的リサーチ」です。
またデザインリサーチは、その対象や内容によっても分類できます。新製品やビジネス機会の探索、既存製品の改善など、プロダクト全体に関わるリサーチに対し、新たな機能の追加や、機能の改善方法を探るリサーチなど、特定の機能に的を絞る場合もあるからです。

しかし、どの場合においても重要なのは、まず「適切な問いを立てること」。つまり、デザインが解決すべき問題自体をどう設定するか。ここでは、「良い階段をデザインする」という問いについて考えてみましょう。エスカレーターは、その答えの一つです。しかし、問いを「他のフロアへ移動する方法をデザインする」としてみると、エレベーターや消防署で見られる滑り棒”など、異なる切り口が見えてきます。問いの立て方一つで、結果が大きく変わってきてしまうということです。

なぜデザインリサーチなのか

では、なぜデザインリサーチが注目を集めているのでしょうか。
一つは「デザイン領域の拡大」です。デザインの歴史をひも解くと、最初はグラフィックやインダストリアルな製品などの有形なものに始まり、インタラクションやサービスがもたらす体験の設計、さらには全体の仕組み=システムといった無形のものへと、次第に領域を広げてきたことがわかります。いま各社がしのぎを削っているフードデリバリーサービスを例に挙げれば、その価値はWebサイトやアプリ自体ではなく、客が食べたい料理を注文し、その情報がお店や配達員に伝達され、客に届くまでを含めたサービスやシステム全体にある。つまり、システムそのものがプロダクトになっているというわけです。

『デザインリサーチの教科書』より、デザイン領域の拡大を表した図。

次に「新しいビジネス機会」。消費者のライフスタイルが多様化し、新たな体験に対する期待値が高まっていくなかで、新しいプレイヤーにも機会創出の可能性が拓かれました。そして、「VUCA」※1といわれる時代状況を反映した「曖昧で不確実な未来」。未来がより予測困難になり、市場の競争環境が激化するなかで、次の一手を探る方法が求められていることです。

※1「VUCA」… 技術の進歩や社会情勢の流動化などを背景に、既存の方法論では対処や予測が難しい状況を表すビジネス用語。Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)の頭文字の組み合わせによる。

なぜデザインリサーチが
役立つのか

こうした状況において、デザインリサーチはどう役立つのでしょうか。
まずは「主観的な独自視点」。これまでは、データを集めて論理的に仮説を積み上げることで、適切な結論が得られるというロジカルシンキングの考え方が主流でした。しかし、情報取得のハードルが下がり、誰もが同じデータにアクセスできるようになった以上、この方法では優位性を発揮することが難しくなった。そこで、より主観的に人々の生活を理解し、そこから問いを設定するアプローチに注目が集まっているのです。

そして「チームでのものづくり」。プロダクトが複雑になるにつれ、開発後に関係者へヒアリングを行うのではなく、開発の初期段階から専門家をはじめとする多様な人々をプロセスに巻き込む必要が出てきました。例えば比較的単純なヘルスケア製品を開発する場合、これまでは主に患者や医師にフォーカスして、求められる要件を決めていくことができました。しかし複雑な製品の場合は、患者の所属するコミュニティの人々、医療や行政の関係者など、より幅広い人々へ与える影響を考慮しなければなりません。デザインリサーチを用いることで、こうした人々が抱える課題やプロダクトに求める要件を理解し、より多様なチームの視点からデザインに取り組むことが可能になります。

さらには「プロセスの透明化」。デザインリサーチにおいては、インタビューや観察などの調査、調査分析、インサイト抽出、問題設定(機会設定)などの流れについて、明確なステップやプロセスが定義されています。その過程をチームで共有することにより、一人ひとりが納得感を持ってプロジェクトに参加し、計画を早い段階から具体化できるとともに、それぞれの気付きや学びにつなげていくことが可能です。

インタビューや観察をはじめ、人々を対象にしたデザインリサーチの実施例。(撮影:木浦幹雄氏)

デザインリサーチの
プロセスと具体的な方法

これらの効果を実際のプロダクト開発のプロセスに当てはめると、「機会を適切に見つけ」、「多くの人を巻き込み」、「仮説検証(プロトタイピング)」をしていくという流れで表すことができます。人々との対話によって、求められている事柄を理解すること。それを分析し、解くべき問いを定めること。次にアプローチを検討し、設定した問いやアプローチが正しいかどうかを検証していく。このサイクルを繰り返すことで、精度を上げていくことができるのです。

加えて、デザインリサーチの具体的な方法を挙げてみましょう。最もよく使われる方法がインタビュー。また、現場の体験から気付きを得る観察(observation)や、ワークショップを実施し、これまで言語化されていなかった知見を見いだす方法もあります。あるいは、アイデアをプロトタイピングしたり、絵や模型などのペーパープロトタイプを用いたユーザーテストを実施したりすることで、具体的な人々の反応を見ることも可能です。

デザインリサーチの
マインドセットについて

ではデザインリサーチに臨むにあたって、気を付けるべきポイントとは何でしょうか。これまでのデザインでは、「人間中心(human-centered)」や「ユーザー中心(user-centered)」など、一人ひとりの人間を中心とする考え方が採用されてきましたが、いま注目されているのが「life-centered」なデザインのあり方です。この「life」という言葉には、日本語の「生命/生活/人生」すべての意味が当てはまります。つまり、人間だけでなく、プロダクトによって影響を受ける社会や環境などの幅広い要素を念頭に置いて考えるということです。

また、プロダクトを単体のモノではなくシステムとして捉えることで、一方通行の価値ではなく、顧客自身が価値を最大化する仕組みを考えることも可能になります(product as systems)。その上で、さまざまな人々をプロジェクトに巻き込み、新たな価値を生み出す姿勢(design with people)や、ビジネスを支える人々の存在に目を向け、彼らにとって意義のある体験を提供する姿勢(people to people)も、今後重要になっていくでしょう。

続いて、具体的な活用例として弊社のプロジェクト事例をいくつかご紹介します。
まずはコンタクトセンター、コールセンターのデザインリサーチ。お客様の持つ課題をどう汲み取ってサービスを提供できるかをリサーチし、提案を行いました。また、とあるメーカーとのリサーチでは、製品を市場に出荷する際に必要となる膨大な書類の作成手続きなど、プロセスの効率化についてヒントを提示。ラグジュアリーファッションブランドの例では、店舗での接客の様子を観察し、お客様の満足度を高める施策を導き出しました。

オンライン講演時の画面より。

デザインリサーチの
実践と活用に向けて

木浦氏による講演に加えて、最後にクリエイティブセンターのデザイナーたちとの質疑応答を実施。日頃のデザイン業務にデザインリサーチをどう活用すればいいのか、具体的な導入方法や効果を導く秘訣について、さまざまな角度から話を掘り下げていきました。

まずは、デザインリサーチを取り巻く日本と海外の環境の違いについて。日本と比べ、欧米にはアイデア発想にコストをかけるカルチャーが根付いていることが、デザインリサーチャーの積極的な採用にも結び付いていること。デザインリサーチャーの職能や学術領域との関係については、米国の大手IT企業でもデザイン以外の領域から認知心理学や文化人類学などの知見を持った人が携わる場合が多くみられるほか、建築分野においても、耐用年数が長く簡単に更新ができないという建築の特性上、事前リサーチのノウハウが発展してきたこと。デザインの領域や役割が拡大していく流れが、デザインとリサーチの分業化やチームとしてリサーチを行う体制につながっていることなどが語られました。

ここでデザインリサーチのポイントとして挙がったのが、一人ひとりの人間と向き合う姿勢。マーケティングリサーチが統計的なデータなど客観性を重視するのに対し、デザインリサーチはリサーチャー自身の主観的な気付きを重視します。そのため、マーケティングリサーチのインタビューのように事前に仮説を用意して答え合わせ”をするのではなく、質問をとおして課題自体を見つけ出す姿勢が重要な意味を持つのです。

クリエイティブセンターでも独自のデザインリサーチプロジェクト「DESIGN VISION」※2を実践するなど、関心が高まるなかで実施された講演会。オンラインでの実施ながら、続編や実践的な展開を望む声が上がるなど、大きな気付きにつながる機会となりました。

※2 ソニーのデザインリサーチプロジェクト『DESIGN VISION』

(2021年3月12日 オンラインにて実施)