インタビュー
思想家・人類学者 中沢 新一氏
世の中の先行きを予見し、未来の方向性を考えるソニー独自のデザインリサーチプロジェクト「DESIGN VISION」。
クリエイティブセンターのデザイナー自らがリサーチやインタビューを行い、分析や提言につなげる取り組みです。
世界が新型コロナウイルス危機に覆われた2020年の「DESIGN VISION」。そのリサーチレポートから、
思想家・人類学者の中沢 新一氏のインタビュー記事を転載します。
日本文化の深層に眠る
「地球(ジオ)」の思想への大いなる道筋
人間の意識の起源から民俗学、生物学、脳科学、量子論に至るまで、あらゆる角度から縦横無尽な探求を続ける思想家・人類学者の中沢新一。日本古来の精神文化に息づく、AIと異なる形の“もう一つの知性”とは。「地球の中のソニー」を目的地に、一人ひとりが臨むべき意識変革のヒントが語られる。
(2020年10月発行「DESIGN VISION Insight 2020」レポート冊子より転載)
コロナ禍が浮き彫りにした、
現代社会に潜む“無意識”の作用
都市に潜む古代の記憶を探った著書『アースダイバー』をはじめ、ご研究内容について教えてください。
これまでの科学は、意識が生み出す言葉や論理によって大きな発展を遂げてきました。しかし自然やその一部である人間を、意識の側面だけで語ることは不可能です。これまで見過ごされてきた無意識の領域を含めて、より包括的に世界を捉え直す方法を「野生の科学」と名付け、実践に取り組んでいます。アースダイバーもその一つ。台風や地震など自然災害の多い日本の都市は、地形や気候との複雑かつ無意識的な関係性のもとに成り立っています。合理的な原理が支配しているように見える現代の都市の地形を辿り、縄文時代から受け継がれた土地の記憶を読み解く試みです。
そうした無意識の作用は、現代社会にどのような影響を与えているのでしょう?
世界的に見ても、無意識の影響がとくに顕著なのが日本文化の特徴です。例えばヨーロッパの古い都市には一般的に、外界からの侵入を防ぐための城壁が見られますが、これは物事を論理的に捉える「ロゴス」的な文明のあり方をよく表しています。ギリシャ哲学を発端に、世界を対比的な要素に峻別して類型化する方法が西欧文明の根本的なロジックとなり、「0と1」で表されるデジタル技術を生み出しました。これに対して、東洋では対立する要素の間に曖昧な中間領域を設け、その中で物事を処理する方法が取られてきました。
この原理の違いは、今回の新型コロナウイルス感染症に対する各国の施策にもよく表れています。欧米諸国は厳重な都市封鎖を行いましたが、日本の政策はより曖昧なものにとどまりました。戦国時代の城下町が敵を城内に誘い込んで殲滅する構えを取ったように、ウイルスを遮断せずに内部へ取り込み、同化させるやり方を無意識のままに取ったともいえる。科学的な成否はさておき、コロナ禍は街のあり方や社会構造、政治や人々の暮らしに至るまで、無意識的な世界観の違いを大きく浮き彫りにしたといえるでしょう。
「ウォークマン」の発想を生んだ
「レンマ」という名の“もう一つの知性”
その世界観は、日本のものづくりやビジネスの発想にどんな形で表れていますか。
じつはその最も象徴的な例が、「ウォークマン」ではないでしょうか。この製品の価値は「音楽は室内で聴くもの」といった生活空間の境界を根本から覆したことにあります。日本社会には物事をどこか曖昧なまま進めるなど、いい加減にも思える傾向がありますが、だからこそ、固定された概念の境界を突破することもできる。これが日本的思考の最大の武器であり、環境との共生を模索する上でも、極めて重要な方法論になるはずだと思います。
ただ残念なのは、日本人自身がこの思考法を忘れていること。西欧近代合理主義はロゴスのもとに、自然を“人間が制御すべき外界”と位置付けてきました。しかし、日本では自然災害という不確実性への順応もあり、古くより自然と人間を対等の関係だと捉えてきたのです。その結果、仏教でいう「因果」に対する「縁起」、この世のあらゆるものが主体も客体もなくつながっているという感性が発達しました。仏教が発達させた「レンマ」、すなわち無意識を含む世界の全体像を直感的に把握する方法論を、新たな意識のもとに取り戻す必要があるでしょう。
1979年発売の初代「ウォークマンTPS-L2」。
「日本のものづくりにおけるレンマ的な発想がよく表れた、象徴的な存在だと思います」(中沢)
ビジネスという論理の体系に、真逆ともいえる無意識の作用を取り入れるには、どんな方法が考えられますか。
ビジネスはまさにロゴスの領域ですが、かつての大阪商人はロゴスとレンマのロジックを巧みに使い分けていました。極めて厳格な金銭感覚を持った彼らは、一方で信用という価値のためなら損も辞さない不合理な行動を取ることもあった。もし相手に騙されれば大損は免れない、でも長期的には必ず自分たちの信用につながるという、「損して得取れ」の哲学ですね。ケチともいわれる厳格さと、損を恐れない大胆さ。このバランス感覚こそが、明治以降の産業化を成功させた大きな要因の一つだと思います。
ようは、何事もロゴスで突き詰めすぎず、無意識の働く余地、つまり“間”を残すこと。デジタル技術をはじめ、ロゴスの論理が染みついた私たちにしてみれば、非合理的で“いい加減”なやり方に見えるかもしれない。でもそれが、人と人、人間と自然との間に適切で“良い加減”の距離感を築くきっかけになるのではないでしょうか。
「地球の中のソニー」の視点から、
人とAI、自然との距離感を再考する
Sony AIは、「AIで人類の想像力とクリエイティビティを解き放つこと」をミッションとしています。今後に向けたAIの活用法について、ご意見をお願い致します。
AIは、人間が作り出してきた言葉や数式と同じロゴス的な原理の産物であり、その仕組みは、人間の神経細胞を電気信号が時系列的に伝わっていく様子を模倣したものといえます。一方で人間は生命体として、個別の情報伝達だけでは捉えられない全体的な作用、つまりレンマ的な原理のもとに成立している。つまり、AIは人間という存在の一部を代替する存在にすぎません。だから、たとえAIの計算能力が人間を上回ったとしても、人間自体をAIに還元できるわけではない。何よりも、この点をふまえる必要があるでしょう。
問題は、テクノロジーの使い方なのだと思います。例えば、コロナ禍を受けてリモートによるコミュニケーションが盛んになりましたが、そのなかで得られる感覚は実際に対面した場合の親密さには遠く及ばない。そう考えると今後は、適切な距離感を持って人間同士が意思疎通を図る新しい方法が必要になる。AIにせよ、その他の技術にせよ、人と人、機械や自然との適切な距離感を関係性として作り出すことができたなら、それは素晴らしい発明になると思います。
弊社会長 兼 社長 CEOの吉田憲一郎は、SDGsやESG経営との関連から「地球の中のソニー」というメッセージを掲げています。人間中心から地球レベルの視点への転換に向けて、ソニーが果たすべき役割とは、なんでしょうか。
いま人類に求められているのは、「ジオ(地球)」という全体的なスケールで変化を捉える意識です。その上で日本文化には、レンマ的な方法で地球とつながるための膨大な知恵が埋め込まれている。それをいかに再発見し、新たな形で活用できるか。ジオの視点で見ればこのコロナ禍も、合理化とグローバリゼーションが、地球上のあらゆる関係性の“間”を切り詰めていった結果だと捉えることができます。この距離感を、あらためて“良い加減”へと作り直す必要がある。それは、人間の意識や体、社会や文明などあらゆるロゴス的な構造を、自然や野生といったレンマのロジックを組み込んだ新たな複雑系のシステムへ作り変えるという、壮大な挑戦になるでしょう。その大いなる変化に向けて、まずはソニー自身が新たな哲学を体現すること。いうなれば「ジオ・ソニー」ですね。その視座に立ったとき、必ずや新たな展望が開けるはずだと思います。
(2020年7月30日 明治大学 野生の科学研究所にて)