インタビュー
ラーマ ギーラオ氏
「インクルーシブ・デザインで
より調和の取れた
世界が生まれる」
世の中の先行きを予見し、未来の方向性を考えるソニー独自のデザインリサーチプロジェクト「DESIGN VISION」。
クリエイティブセンターのデザイナー自らがリサーチやインタビューを行い、分析や提言につなげる取り組みです。
2021年の「DESIGN VISION」では、新しい手法であるSci-Fiプロトタイピングによる
バックキャスティングを実践し、よりよい未来の可能性を探りました。
そのリサーチレポートから、製品やサービスの対象から疎外されてきた人々を積極的に巻き込むデザイン手法
「インクルーシブ・デザイン」の第一人者として知られる、ラーマ ギーラオ氏のインタビュー記事を転載します。
「DESIGN VISION Annual Report 2021」における位置付け
「DESIGN VISION Annual Report 2021」では、Sci-Fiプロトタイピングの手法を用いて「2050年の未来の世界」を構想。そこからバックキャストを行うことで、未来に向けて注目すべき4つのテーマを導き出しました。*1
このテーマの一つが「WELLBEING-WITH」。
SNS上のフィルターバブルやフェイクニュースをはじめ、視覚や聴覚に依存した情報技術が人々を分断する一因になっているといわれる現在。その解決策として、他者と五感を共有する体験を通じて「私」ではなく「私たち」という意識を育み、社会全体のウェルビーイングを向上させる取り組みが求められています。
多様な人々がともにウェルビーイングを高めていくために、いま何をするべきか。インクルーシブ・デザインの観点から、「ヒューマン・ファースト、デザイン・セカンド」を掲げて活動するラーマ ギーラオ氏にインタビューを行いました。
インクルーシブ・デザインで
より調和の取れた世界が
生まれる
デザイン界の重鎮として知られるラーマ ギーラオは、力強いその言動によって幅広い人々にインスピレーションを与えてきた。なかでも「ヒューマン・ファースト、デザイン・セカンド」という自身が掲げる人道的アプローチは、高齢化、多様性、人種差別など社会問題の解決に対してデザインが持つポテンシャルを有機的に活用していく点で、いま大きな注目を集めている。
(2021年10月発行「DESIGN VISION Annual Report 2021」冊子より転載)
最初に、あなたのデザインに関する取り組みについて教えてください。
ひと言で言えば、デザインというツールが持つ創造性や、そこから生まれるリーダーシップについて語っています。私が代表を務めるヘレン・ハムリン・センターでは、「インクルーシブ・デザイン」を重視して活動しています。なかでもクリエイティブなリーダーシップについて話をする際、いつも例に挙げるのが、エンパシー(共感)、透明性、クリエイティビティです。私自身、これらを日常の指針にしています。エンパシーはいまの大きなトレンドであり、ビジネス、社会、商業においてどのような意味を持ち、どう活用できるのかが問われています。
インクルーシブの定義について、もう少し説明していただけますか。
インクルーシブ・デザインとは、最もパワフルで意識的なデザインの定義です。私はすべてのデザインがインクルーシブであるべきだと思いますが、実際には意図するかしないかを問わず、人々を排除しているようなデザインもあります。ここでは排除に関わる4つの問題を例に挙げて、インクルーシブ・デザインについてご説明します。
まずは年齢。若くてもデザインターゲットから除外されてしまう場合もあります。次に能力の問題。障がいなどの問題を抱えていても、デザインがその状況改善をサポートしていないケースが見受けられます。
また性差の問題もあります。地球上の性別は二つだけではなく、多種多様です。この10年間で私が最も良くないと感じている事例は、女性のためにテック系商品を「ピンク色にする」こと。何でもとりあえずピンクにすれば女性は買うに違いないという考えは、本当にナンセンスです。
最後に人種差別。生物学的、文化的な違い、また意図的な差別であれ、人種的バックグラウンドについては慎重に取り扱う必要があります。
この4つを軸にして考えることが非常に重要です。例えば、人種的に多様な部署が存在することで、その企業の業績が35%アップするとすれば、どの企業もインクルーシブな施策を行うのではないでしょうか。
しかし、これにはマイナス面もあります。年齢もジェンダーも様々なメンバーを擁する経営コンサルタント会社の話ですが、メンバーの誰もが同様のビジネススクール出身で、国籍の違いに関係なく基礎となる考え方やアプローチはまったく同じで、多様性に欠けていた事例も実際にありました。
ヘレン・ハムリン・センター内に新設された「Design Age Institute」の活動風景。より健康的な加齢のあり方について提言を行う一方、高齢者にも使いやすい製品やサービスの発展と普及に取り組んでいる。
なぜそんなことが起きたのですか。
第一に、学校で教えられる考え方は非常に限定的だからです。限定的な考え方は限定的な結果しか生みません。ビジネススクールにはもちろん立派な目的や役割がありますが、そこで学ぶことの大部分は、ビジネスモデルや財務管理、事業計画、プロジェクト管理といった内容です。そこで学んだボキャブラリーのうち、実際の生活で役立つものはどれくらいあると思いますか。
友人と会ってワインやコーヒーを飲んでいるときに、「今年は庭のGDPが大幅に上振れしそうだ」とか、「利益率は1.5%を上回るが利益は15%で着地しそうだ」などと言うでしょうか。
私なら、「今は庭がとてもいい感じになっていて、コロナ禍での心の慰めになっている」とか、「母が庭木を剪定するのを楽しんでいる」とかいった話題で友人との会話を楽しむと思います。つまり、ビジネスの世界と人間の社会の間には大きな隔たりがあるのです。ビジネスで何よりも重要なのは生産性のKPIだからです。
ある航空会社で経営陣とスタッフを対象に、「どういうことが起きたときに今日はいい1日だったと思うか」というアンケートを取りました。
あるオペレーション管理センターのスタッフは「時々ですが、何か問題が発生したとき」と答えました。問題が起きるとスタッフが家族のように団結します。お互いを頼りにしながら問題解決に臨むのです。そこには人と人との交流や、他の人たちのために自分が努力している、自分の行動が誰かの1日を左右するという手応えがあります。チーム全体でやり遂げたという実感を持って1日を終えることができるのです。これからはKPIではなく、"Key Performance Aspirations"(重要業績評価"目標")を軸にし、「共感」を指標にしていかなければなりません。
ヘレン・ハムリン・センターのジュリエット ポッジ氏によるワークプレイスのコンセプトデザイン。多様な人々がともに過ごし、お互いにウェルビーイングを高めていける場を探求している。
高齢化など年齢に関する問題に取り組むため、「Design Age Institute」を立ち上げた理由を教えてください。
ヘレン・ハムリン・センターとインクルーシブ・デザインのスタート地点はどちらも高齢化の問題でした。1991年に私たちは高齢者のための「Design Age」プログラムを始めましたが、先見の明に優れるヘレン・ハムリン氏は、デザイン業界やテック業界などに先行して、そのときすでに高齢化の進行に警鐘を鳴らしていたのです。
国連がSDGsを採択したのは素晴らしい功績ですが、高齢化という重要な問題が抜け落ちていました。高齢化はこれからの社会の最も大きな課題であるにもかかわらず、世間での認知度は低いのが現状です。クールでないと見過ごされがちな高齢化の問題によって、社会環境の危機が訪れようとしています。だからこそ、人間中心的でクリエイティブな問題解決を可能にするデザインの力を活用して、この問題に取り組まなければなりません。
実際、高齢化問題に向き合い、高齢者に応じた市場の開拓を通じて問題解決を目指す戦略機関の設立をイギリス政府に提案しました。「Design Age」は高齢者だけにフォーカスしているわけではなく、デザインを通じて人生のすべてのステージを向上することを目指しているのです。
「Design Age」が展開するコミュニケーション・プラットフォーム「This Age Thing」。インクルーシブ・デザインのアプローチによって年齢を重ねることをポジティブに捉え、その意識を広げていく試み。
(2021年8月17日 オンラインにて実施)
取材者コメントソニーグループ クリエイティブセンター(ロンドン) デザイナー
ラーマ ギーラオさんがイギリス政府とともに立ち上げた「Design Age」プログラムは、単に高齢化問題を扱う取り組みではありません。私たち一人ひとりが「老いは誰にでも起きる」と理解し、自身の年齢を問わず向き合うことによって、人生のあらゆる段階にデザインの力を活用していく試みだといえるでしょう。
こうした考え方は、「デザイナーである前に、一人の人間として共感を重視する」という彼自身の言葉にも表れています。インクルーシブ・デザインの思想をはじめ、力強いメッセージに触れる貴重なインタビュー体験になりました。*2