インタビュー

フューチャリスト
セシリア タム氏
「人類が敷いたレールの
行方を変える方法」

世の中の先行きを予見し、未来の方向性を考えるソニー独自のデザインリサーチプロジェクト「DESIGN VISION」。
クリエイティブセンターのデザイナー自らがリサーチやインタビューを行い、分析や提言につなげる取り組みです。
2022年の「DESIGN VISION」では、昨年の「Sci-Fiプロトタイピング」によるバックキャスティング(未来からの逆算)に続いて、
変化の兆候をひも解くフォーキャスティングによるデザインリサーチを実施。未来の潮流をいち早く捉え、今何をすべきかについて考えました。
この取り組みの中で実施したインタビューリサーチの内容の一部を全五回に渡って掲載していきます。
第一回目の本記事では、今年の大テーマ「The Balancing Act」とともに、フューチャリストのセシリア タム氏のインタビューを転載。
これからの個人や社会、人類と地球の共生につながるビジョンをひも解いていきます。

セシリア タム/Cecilia Tham フューチャリスト、起業家。スペイン・バルセロナにてFuturity Systems(フューチャリティ・システムズ)の共同創設者兼ディレクターを務め、テクノロジーを主体に、事業機会や社会に及ぼす影響を取り混ぜて未来志向のソリューションを生み出している。
ハーバード大学でデザインを学んだセシリア・タムは、スペイン最大手通信事業者であるTelefonicaが立ち上げたイノベーションラボ「Alpha」のソーシャル・テクノロジストを務めた後、共同コワーキングコミュニティ「Makers of Barcelona」や「FabCafe」、次世代の女性技術者育成に特化したプラットフォーム「allWomen.tech」など、複数の企業を創設。国際連合世界食糧計画、バルセロナ市、SXSWなどアドバイザーも務めており、『フォーブス』誌が選ぶスペインのトップフューチャリスト40人に選ばれるなど、受賞歴も多数。

「DESIGN VISION」2022年の
活動について

クリエイティブセンターが毎年、継続的に取り組んできたデザインリサーチのプロジェクト「DESIGN VISION
その目的は、デザインの力を活用して世の中の潮流や人々の意識動向をいち早く捉え、世界の先行きを予見すること。デザイナー自らが世界各地でリサーチを行い、気付きや洞察からインサイトを抽出し、向かうべきビジョンを提示する活動です。

昨年の「DESIGN VISION Annual Report 2021」では初の試みとして、SFの手法で未来から現在を捉え直す「Sci-Fiプロトタイピング」を導入。SF作家とともに2050年の未来を構想し、今取るべき行動を逆算的に考えるバックキャスティングのアプローチによって、レポートや未来年表をまとめました。

今年は世界的なコロナ禍の状況を見定めながら、2年ぶりにヨーロッパと日本でフィールドリサーチやインタビューを実施。また、注目が高まるメタバースでもさまざまなワールドへの訪問調査を行いました。これらの体験から兆しを捉え、未来を思索するフォーキャスト(予測)型のアプローチで分析を行い、その成果を「DESIGN VISION Annual Report 2022」として完成させました。
今年のレポートはこれまでの冊子版に代わり、グループ内部のイントラサイト上でインタラクティブに展開。ビジネスセグメントや部門を超えた意識共有と、新たなデザインや価値の創出に向けて活用しています。

レポートの包括テーマ
「The Balancing Act」

今年のリサーチテーマは「The Balancing Act/共生バランスへのアクション」。
前例のない出来事が連鎖的に影響し合い、すぐ先を見通すことさえ難しい現在の状況。しかし、気候変動、世界経済、国際情勢など、複雑に絡み合う関係性についてリサーチを進めるなかで、ある示唆的な見解を得たのです。

確かに、世界は流動化の一途をたどっている。しかしそれは、機能不全に陥ったシステムを再び機能させようとする“リバランス”の作用の表れともいえるのではないか。
例えば、技術だけでなく自然の知恵を取り入れること。物理世界とデジタル世界を一体化させること。これまでの国や文化の境界を超えたコミュニティを形成すること。これらは、さまざまな関係性のバランスを慎重に見定めながら、新たな共生のあり方を模索する動きといえます。

今年のレポートの包括テーマ「The Balancing Act」は、この大局的な潮流を言葉として表現したもの。
本記事では、社会システムの変革を目指して活動するフューチャリストのセシリア タム氏のインタビューを通して、新たな共生バランスの行方を展望します。

フューチャリスト
セシリア タム氏インタビュー
「人類が敷いたレールの
行方を変える方法」

スペイン・バルセロナを拠点に活動するフューチャリストのセシリア タム。
社会課題の解決に向けて数多くのスタートアップを設立し、現在はFuturity Systems(フューチャリティ・システムズ)の代表を務めている。
大きな課題に直面している現在の社会システムを立て直すため、「ソーシャルトレイン」という独自の概念や「異種間メタバース」、
食の未来などにまつわる技術ツールを開発するなど、自身の取り組みについて語ってくれた。

ファウンダーを務める「Makers of Barcelona」の前にて。

"敷かれたレール"を変える
ために必要なこと

世界中を旅してさまざまなことを経験し、多くのスタートアップを設立するなど、差し迫った社会課題の解決のために常に尽力されてきました。現在はどのような問題に注目していますか?

私は、今の社会の土台となっている仕組みとして「ソーシャルトレイン(social train)」という概念を提唱しています。人々はこれまで、レールやインフラを整備してきました。そして、その上を走るソーシャルトレインに乗車することで、学校に行き、良い成績を収め、まともな職に就くことを目的として生きてきたのです。

誰もがこの列車に乗り、同じようなプロセスをたどりますが、今やその列車は故障しています。というのも、物事がこれまでにない速さで変化するなかで、私たちが学ぶことはすぐに時代遅れになってしまう。大学にしても、いずれ時代遅れになるであろう技術を学ぶために通っているようなものです。あまり好きでもない仕事に就いてお金を稼ぎ、必要のないものを買ってしまったり、結婚しても離婚することもあります。しかし、このソーシャルトレインという概念をより公平かつ持続可能な方法で再構築するための仕組みがあるはずです。そして、その再構築を実現するのが私の仕事の一つだと考えています。

現代を生きる私たちに
求められているのは、
意図的に結果を
デザインすることです。

世界は今後、より良くなっていき、さらに発展すると考えていますか?

現代を生きる私たちに求められているのは、意図的に結果をデザインすることです。私たちはその結果に基づき、どうすれば望ましい未来を創り出すことができるかを考えています。それがポジティブな結果なら、その側面を十分に理解して活用し、そのメリットを最大限引き出さなければなりません。ネガティブな結果なら積極的に回避するか、あるいは先手を打って解決策を見いだし、実質的な影響をプラスに変えていかなければなりません。

今、私たちに欠けていることの一つとして、文化や教育、人材育成の問題が挙げられます。私たちはこの問題について子どもたちに十分な説明をしておらず、長期的な視点で考えてもいません。社会として、ビジネスレベルで、そのほかさまざまな面からもこの問題に対処するための仕組みがまったくない状況です。この問題をきちんと見据え、解決策を社会の中で積み重ねていかなければ、前に進むことはできないでしょう。

テクノロジーや科学は今や、これまでに経験したことのない速さで発展を遂げています。その上で、私が気に入っている考え方にアメリカの作家、スチュアート ブランド(Stewart Brand)が提唱する「ペースレイヤー」というフレームワークがあります。
このフレームワークは変化のスピードによって分類されています。まず前提として、自然界の進化のスピードは緩やかで遅いと定義されています。その上にあるのが文化や伝統です。その上にガバナンス、法律、規制があり、さらに学校、病院、高速道路などのインフラ、さらに上に企業や法人といった商業の領域があります。最もスピードが速く変化し続けているのが一番上の層にあるファッションです。

そして、技術や科学のスピードはファッションと同じ層に分類されています。例えば、私たちは携帯電話を2年ごとに買い換えたりしますよね。メタバースが急速に普及したように、技術や科学の変化のスピードは非常に速く、そこに組み込まれているすべての技術が変化していく。しかし、それよりも下にある層はその速さに付いていけません。AIの規制のように単純なものですら、法規制が追い付いていないのです。必要な仕組みがいまだに整備されておらず、多くの問題を引き起こしています。

こうした状況はやがて、レイヤー間の混乱を引き起こす事態へと発展します。しかし、もしそうなったとしてもこの考え方のフォーマットや枠組みを活用することはできると思います。どのようにして社会のレジリエンスを構築するか、どのように技術や科学を取り入れるか、層を超えて全体に技術や科学が与える影響を具体的にどうやって管理、予測するか。こうしたことを理解するためにペースレイヤーを活用するのです。これは今後数年間の社会の変化をふまえながら戦略を練っていく上で、非常に重要な視点になると思います。

加湿器をハックし、食品から匂いを分離するプロジェクト「Vapeohol」。カロリーとアルコールを抑えた香りのカクテルを電子タバコのように吸入することができる。

"あらゆる生物種×メタバース"で描く2050年の未来像

ご自身は長期的なシナリオ設計に取り組まれていますが、2050年以降を見据えると、どのようなことが予想されるでしょう?

私たちFuturity Systemsが考える未来は、決して一つではありません。視点によって複数の未来があるからです。というのも、私の現在、私の未来は、別の人生を歩んできた人とはまったく異なるものになる。私の今の生活一つを取っても、新興国に住んでいる人の生活とは異なりますよね。

その上で予想される未来の一例を挙げるとすれば、バーチャルな空間と物理的な空間の境界が曖昧になることが考えられます。その二つが重なり合うことで多くの問題が生じますが、同時に多くの可能性やチャンスも生まれるでしょう。
これに加えて国と国、州と州、人と人の境界が曖昧になり、物理的な空間そのものが重なり合った状態になるという、また別の未来の可能性についても検証する価値があると思います。今は誰もが単純に生まれた場所によって区別され、分類されるような状況であり、境界が非常に明確ですが、これはとても不公平なやり方ではないでしょうか。

私たちFuturity Systemsが
考える未来は、
決して
一つではありません。
視点によって複数の未来が
あるからです

もう一つ、私が現在取り組んでいる「異種間メタバース(Interspecies Metaverse)」プロジェクトでは、植物が権利や経済力を持った未来を予想しています。私たちは人間として、異種との覇権をめぐるやりとりや"対話"において常に優位に立ってきましたが、2050年までにこの対話に変化が起こると思います。もし植物に権利や所有権があるとしたら、森が経済的な力を持ったとしたら、人間以外のすべての種を意思決定の一部として対話に参加させることができたなら、一体どうなるでしょうか? 私たちは今、この惑星全体における真の平等に向かっているといえるでしょう。

植物に自律性を与え、自律能力を研究するプロジェクト「Herby」。植物プラントに健康状態や意思決定の能力を測定するためのセンサーを搭載している。

一方で、食の領域に関しては、今後のイノベーションの方向性を示すものであり、人と人を結び付ける素晴らしい手段でもあるとして、ご自身にとっても重要な探求テーマだとおっしゃっていましたね。

はい、私は食べることが大好きなので。ただしそれだけでなく、消費者としてもっと責任を果たしながら、社会を動かしていきたいとも考えています。

例えば私たちは、本質的な食事と快楽主義的な食事、機能的な食事と感情を伴う食事をどのように区別できるかを探ろうとしています。食が持つ快楽の側面を、デジタルな方法で置き換えることができるでしょうか? というのも、快楽を満たすためだけにカロリーや食べ物、さらには天然資源を浪費するようなことはしたくないからです。

舌に電気刺激を与え、電気がどのように塩味・甘味・苦味・うま味などの味を生み出すかを探るプロトタイプ「The Electronic Popsicle」。

具体的な例としては、電気を使って舌の上に味を再現する方法を研究しています。食べ物を使わずに香りを生み出すデバイス「Vapeohol」なども参考にしつつ、嗅覚、味覚、触覚などさまざまな感覚を個別に研究し、これまでにない方法でそれらの知見を統合しているところです。

体感覚を伴う物理的現実の未来において、こうした電子食品は興味深いトピックの一つです。舌の上に接触させることで、舌の先端は甘く、側面は塩辛いといった疑似的な味覚を体験できるデバイスを想像してみてください。将来、味覚のストリーミングサービスやプレイリストを作るとしたら、どんなものになるでしょうか? “味覚のDJ”という発想も面白いかもしれませんね。

(2022年7月13日 オンラインにて実施)

取材者コメントデザインセンター・ヨーロッパ シニアデザイナー/シニアリサーチャー リンダ リソラ

セシリア タムは、すでにある多くのシステムや物事の進め方がいかにバランスを失っているか、そして、そのバランスを取り戻すために新しい方法を見つける必要があることを私たちに語ってくれました。彼女はまた、新たに生じる問題に対処していく上で、既存のシステムやルーチンを塗り替えていく姿勢の必要性にも言及しています。

重要なのは、このプロセスは"私たち"や"人類"など、自己と他者を分け隔てる見方や単線的な因果関係に基づくものではないということです。二元的な世界を捨て、あらゆる生物種から学び、すべての知識を活用しながら、多元的な世界観を築き上げていく必要があるのです。
今年のレポートではこの潮流を「The Balancing Act/共生バランスへのアクション」と名付け、そのビジョンのもとに私たちがいま、どのようなアクションを取るべきかを考えました。