SONY

Ginza Sony Park presentsCreepy Nuts Special Live

クリエイティブは
「遊び」から生まれる

ソニーのブランドコミュニケーションの場をつくること。
それを命題の一つとし、銀座・ソニービルのリニューアルプロジェクトGinza Sony Park Projectは、
「場」を使った新たなクリエイティブを生み出す実験的な活動を続けてきました。
そして今回、先端映像技術「バーチャルプロダクション」を活用した"実験的"音楽ライブ配信イベントを、
ヒップホップ・ユニットCreepy Nutsと共に開催。これまでのプロジェクトの軌跡と本ライブの企画内容をメンバーが振り返ります。

(写真左から) ソニーグループ クリエイティブセンター
永野 大輔、大矢 弓、加藤 丈晴

「場」を使った
クリエイティブの
可能性を求めて

今回の音楽ライブ配信イベントはGinza Sony Parkのプログラムの一環として実施された。そもそも銀座・ソニービルのリニューアルプロジェクト Ginza Sony Park Projectがなぜイベントを開催するのか。その背景について、統括部長の永野に聞いた。

永野まずソニービルの話からはじめましょう。このビルは1966年にソニー創業者のひとり盛田の「ソニー本来のショールームと共に、より有意義な建物を建設すべき」という考えのもと、「街に開かれた施設」をコンセプトに開業しました。銀座・数寄屋橋交差点に面した10坪ほどのスペースを盛田は「銀座の庭」と呼び、季節に応じて大水槽や花畑を設置するなど、ソニー製品の情報発信にとどまらない、銀座の街に彩を加えるさまざまなイベントを開催していました。現代ではよく見られるようになった、私企業がパブリックスペースを街に提供するということを50年以上も前から行い、ソニーのブランドコミュニケーションの場として活動し続けてきたのです。

そして2013年、ソニーグループがソニービル創業時の「エレキのソニー」から音楽、映画、金融、ゲーム、半導体と事業が多様化する中で、新しいブランドコミュニケーションの在り方を再考したいという考えのもと、ソニービルのリニューアルプロジェクトとして『Ginza Sony Park Project』を開始したのです。そのときにまず考えたのが、ただ建て替えるのではなく「建て替えプロセス自体もソニーらしくユニークに行うべき」ということ。

左:ソニービル 右:Ginza Sony Park。フラットな地上部に加え、地下にも開放的な空間を有した垂直立体公園

永野そこで、2020年にむけて東京では新しいビルが次々に建つ中、我々は建てない、という選択をしました。解体後に新しいビルをすぐに建てるのではなく、「街に開かれた施設」というコンセプトを継承し、「銀座の庭」を現代風に解釈して「銀座の公園」を作ろう、ソニービルの解体途中を「都市の中にある実験的な公園」にしようと着想。そうして2018年に、期間限定の「Ginza Sony Park」を開園し、リアルな「場」を使ったクリエイティブの可能性を追求すべく、3年間で多様なイベントやライブなどのプログラムを実施し、854万人ものお客様に来園していただきました。

Ginza Sony Park Projectについて 〉

今回のイベントで
見いだすのは、
「バーチャル」という
場の可能性

リアルな「場」のクリエイティブを追求してきたGinza Sony Parkがなぜ今回、バーチャルの音楽ライブ配信イベントを企画したのか。

永野Ginza Sony Parkでは、ライブハウスともクラブとも一味違う「音楽との偶発的な出会いの場」の創出を目指し、200組以上のアーティストたちと共創した「Park Live」という人気プログラムがありました。しかし、コロナ禍によってオンライン配信での開催を余儀なくされ、さらに2021年にGinza Sony Parkが閉園を迎えて工事も進み、現場でのPark Liveの開催自体が困難になりました。それでも私たちは音楽ライブの可能性を強く感じ、継続させたいと思っていましたし、また、ライブ配信においては挑戦したい課題もありました。

その課題とは何だったのか。

永野これは個人的な感覚かもしれませんが、リアルな場の音楽イベントは音や空気感も身体で感じることができるため、お客さまの記憶に残りやすいストック型の体験であるのに対し、オンラインの音楽ライブ配信イベントは、主に視覚と聴覚が中心で、かつ、音楽スタジオなど既視感のある風景からの中継が多いため、記憶に残りにくいフロー型の体験だと感じていました。そのような課題に対して第3の選択肢はないかと模索していたのです。

そんな矢先、先端テクノロジーを使った新たな表現手法を追求するソニーPCLのクリエイティブ拠点「清澄白河BASE」がローンチしました。「清澄白河BASE」のバーチャルプロダクションをはじめとするテクノロジーをPark Liveに応用すれば、現実の物理世界とバーチャルを行き来する新たな体験価値が生み出せるのではないか。そんなアイデアをPark Liveの企画運営メンバーである加藤と大矢に話すと、2人とも「面白い、ぜひ挑戦したい」と賛同してくれ、今回のイベントの企画がはじまったのです。

「清澄白河BASE」のバーチャルプロダクションスタジオ。ソニーのCrystal LED Bシリーズを使った大型ディスプレイ、シネマカメラ、カメラトラッキングシステムによるバーチャルプロダクションに対応する。中でもIn-Camera VFX は、3DCGを中心としたバーチャル背景を大型ディスプレイに表示し、ゲームエンジンを使ってリアルタイムで連動させながら現実空間にあるオブジェクトや人物をカメラで撮影することで、後処理なくCGと実写を合成させた映像制作を実現する。

新しい音楽ライブ体験を
生み出すために

今回の音楽ライブ配信イベントに際して、メンバーたちはまず共創するアーティスト、チーム編成、ライブの基本構成などを決めていった。

加藤どのアーティストと組むか。私たちの中で真っ先に候補に挙がったのが、ヒップホップ・ユニットCreepy Nutsでした。メンバーの2人とは過去にPark Liveを共に行った経験があり、信頼関係ができていましたし、何より好奇心旺盛で、今回の「企み」を私たちと一緒に面白がってくれると思ったからです。さらに、ニッポン放送のラジオ番組 オールナイトニッポンのパーソナリティとしても活躍している彼らと組めば、「ライブパフォーマンス」と「ラジオ風トーク」を合わせた新たなライブ・エンタテインメントショーを作れるのではないか、という構想もありました。

日本最高峰のMCバトルULTIMATE MC BATTLE GRAND CHAMPIONSHIPで三連覇したラッパー「R-指定」と、
世界最大規模のDJ大会DMC WORLD DJ CHAMPIONSHIPS 2019で優勝した「DJ 松永」によるヒップホップ・ユニットCreepy Nuts

加藤今回のイベントを成功させるためには、Creepy Nutsの2人が自然体で楽しめる環境づくりが大前提になると思いました。そこで、彼らと旧知の仲であるオールナイトニッポンのラジオ番組クルーも巻き込み、ライブの基本構成を一緒に考えてもらうなど、「いつものチームで存分に遊ぶ」という現場の空気感を醸成できるように配慮。さらに、私たちスタッフ側もCreepy Nutsというアーティストのことを第一に考え、持てる力をすべて発揮しようと考えていました。

大矢今回の音楽ライブ配信イベントを「ストック型の記憶に残る体験」にするには、何よりも視聴者に新鮮な驚きと感動を提供することが重要です。そのためにバーチャルプロダクションの「圧倒的なリアリティの映像再現力」と「バーチャルだからできる非現実世界の具現化」という特長を最大限に活かすライブ構成を考えました。

一見普通のライブ配信だと思わせる【圧倒的リアリティの映像再現】、実はバーチャルだと明かす【ラジオ風トークの中、背景映像で遊ぶ】、ありえないシチュエーションでライブをする【非現実世界の具現化】という3つのパートから成るストーリーを定め、それぞれのパートを作り込んでいきました。

【圧倒的リアリティの映像再現】

加藤ライブ配信をスタートする場所として、どこをバーチャルプロダクションで再現するのか。Creepy Nutsの思い出の場所をはじめ、いろいろなアイデアを出しましたが、最終的に私たちが選んだのはニッポン放送の駐車場でした。ニッポン放送の駐車場は昔、アーティストのライブや出待ち、インタビューが頻繁に行われていた場所ですが、現在はイベントができなくなっていて、いわば音楽ファンが一度は見たことのある「記憶のバイアスが働く場所」なのです。

この駐車場をバーチャルプロダクションの圧倒的なリアリティで再現すれば、「あれ、なぜニッポン放送の駐車場でライブしているの?」と視聴者を驚かせ、さらにそれがバーチャルであることを明かせば、「こんなにリアルに見えるのにバーチャルだったのか」とさらに驚かせることができると考えました。

実際のライブ配信時のチャット欄では視聴者から「ニッポン放送の駐車場?」という書き込みが多数投稿。
さらに種明かしをした後は「わからなかった」「バーチャルすごい」などのコメントも多く寄せられた。

【ラジオ風トークの中、
背景映像で遊ぶ】

大矢ニッポン放送の駐車場でライブをした後は、Creepy Nutsの2人が「実はこの駐車場はバーチャルでした」と種明かしをするパート。ここではオールナイトニッポンのようなラジオ風トークの中で、バーチャルプロダクションを使って存分に遊んでもらおうと考えました。その遊び道具として、背景のLEDディスプレイに映し出す映像を月面、サバンナ、ニューヨークの社長室、現在は建て替え工事中のGinza Sony Park地下二階など複数用意して、Creepy Nutsの2人の手元に映像を切り替えられるスイッチを置き、彼らが自由にこれらの映像を切り替えて楽しめるようにしました。

Creepy Nutsの2人は背景の映像を次々に切り替えながら、そのシーンに合わせたトークとパフォーマンスを展開。
用意した映像すべてを使用した。

【非現実世界の具現化】

加藤最後のライブパートでは、リアルなシーンを再現するのではなく、バーチャルプロダクションだからこそできる非現実世界を具現化しようと考えました。そこで、ライブの最後に披露される曲「のびしろ」の歌詞をそのまま映像化しようと画策。歌詞に出てくる「勝鬨橋(かちどきばし)」を舞台に設定し、現実では難しい、橋を封鎖したライブステージを映像で表現。「左手にスカイツリー、右手に東京タワー」という歌詞に合わせて背景にスカイツリーと東京タワーを並んで出現させたり、さらに勝鬨橋のステージごと街中を進んだり、リアルとバーチャルが融合した非現実世界をつくり出しました。

歌詞に合わせた背景映像。
映像に加えてリアルな造作物を置くなど、
細かな点にもこだわりぬいた。

大矢映像制作で気をつけたのは「Creepy Nutsらしさ」を表現すること。彼らはラップやDJのスキルを追求し、楽曲で勝負するアーティストのため、遊び心を入れながらも、装飾的な表現になりすぎないようにバランスをとりながらビジュアルをつくり込みました。また、視聴者が非現実世界をリアルに感じられるように細部まで工夫。例えば、床面はLEDディスプレイではないため、どうしても映像との境目が目についてしまうのですが、そこに通行止めのパーティションなどリアルな造作物を設置することで自然になるようにしています。

テクノロジーで、
アーティストに
最高の遊び場を

さらに、メンバーたちは今回の音楽ライブ配信イベントを実現するため、エンジニアとともに新たな技術開発に挑んだという。

加藤最もチャレンジングだったのは、LEDディスプレイの枠を超えた背景映像を実現すること。「清澄白河BASE」にある高画質なCrystal LEDを使った大型ディスプレイは、撮影スタジオの背景映像用としては十分なサイズなのですが、ライブ映像用としては足りません。Creepy Nutsのライブパフォーマンスの魅力を伝えるためには、さまざまな位置から撮影する必要があり、それにはもっと大きな画面が不可欠でした。そこで「清澄白河BASE」のエンジニアに相談し、ライブ配信の画面上でLEDディスプレイの周囲にさらなる背景映像をリアルタイムにCG合成する技術の開発に取り組みました。

※ 「清澄白河BASE」にあるCrystal LEDは、Bシリーズ。ラウンド型8Kとなる、横15.2m×高さ5.4m、解像度9,600×3,456ピクセル。

通常のバーチャルプロダクションでは背景追従するカメラが1台だけだが、
今回のライブ配信イベントではカメラを複数台導入し、映像の切り替えも行った。

大矢また、背景映像の制作においても、一つ一つにこだわって時間と労力をかけ、エンジニアとともにリアリティを追求しました。例えば、ニッポン放送の駐車場の映像では、5時間かけて現場を3Dレーザースキャナーでスキャンしつつ約2,500枚もの写真を撮影し、その後それらを組み合わせて3DCGデータを制作。また最後のライブパートの映像に登場する勝鬨橋や東京タワー、スカイツリーなどは、既存のモデルデータをベースに、テクスチャやアニメーションを加えて3DCGデータにしています。

永野背景映像をリアルタイムでCG合成するだけでも技術的に難しいことなのですが、加えて今回はそれをやり直しのきかないライブ配信で行うため、難易度とリスクが飛躍的に高まり、「CG合成済みの音楽ライブの録画映像を配信した方がよいのではないか」という議論もありました。しかし、私たちはこれまでのPark Liveの経験で「ライブ」の力を実感しており、どうしても生配信にこだわりたかった。そんな私たちの思いをエンジニアが汲んでくれ、試行錯誤を繰り返しながら、精度を高めてくれたおかげでライブ配信が実現しました。

創造性を発揮できる
「余白」を
デザインすること

実際の音楽ライブ配信では何に気をつけたのか。

加藤当然ですが、場を整えた後は、アーティストにすべてを託します。アーティストとの共創で重要なのは、私たちがしっかりと押さえたい樹の幹の部分(新しい体験の創出)と、その樹をかたちづくる枝葉の部分(演者自身の表現)を分けて考えることだと思います。今回、私たちはCreepy Nutsの2人やラジオ番組クルーに、その枝葉を自由につけてもらうため、イベントの企画趣旨やバーチャルプロダクションの特長などを複数回に分けて説明しつつ、本番前も全体の流れを体感してもらうなど、彼らの中に「幹をつくってもらうこと」に注力しました。

永野今回に限らず、私たちはGinza Sony Parkを通じて様々な分野のアーティストと共創してきましたが、お互いにコンセプトはしっかりと共有しつつ、具体的な表現方法に対しては「こうしてほしい」とは言いません。その裏には、主役はアーティストであり、Ginza Sony Parkはアーティストのクリエイティブを表現しやすい「場」でありたいという思いがあります。そういった「場」だからこそ、アーティストの創造性を解放することができ、新たな体験が生まれると考えています。

まだ開拓されていない
クリエイティブの世界へ

バーチャル音楽ライブ配信イベントを終えて、メンバーたちはどのような手応えを感じたのか。さらに今後の展望は。

大矢印象的だったのは、ラジオ風トークの際、R-指定さんがLEDディスプレイとその周囲のCG映像の境目で「自分が消える」というネタを披露してくれたこと。リハーサルで「そこに行くと自分が画面上から消える」ことに気づいたようで、自発的にやってくれたのですが、そのとき「自分たちが目指したことがきちんとアーティストに通じていた」と感じました。何よりCreepy Nutsの2人が最後まで楽しんでくれたことがうれしかったです。

加藤実はライブ配信を開始してから数分後に、オールナイトニッポンの番組クルーの1人が私のところに来て「この調子だと予定よりも長引きそうだけど大丈夫?どれくらい延長できる?」と聞かれたのですが、その延長時間を使い切るほど盛り上がりました。さらに手応えを感じたのが、ライブ配信時のチャット欄にCreepy Nutsのファンとオールナイトニッポンのリスナーの双方がたくさん書き込んでくれたこと。彼らのコミュニティに受け入れられた喜びと、領域を超えた、まだ開拓されていないクリエイティブの可能性を感じました。

永野今回のライブ配信イベントでは、メンバー全員でバーチャルプロダクションという技術の可能性を引き出し、現実の物理世界とバーチャルを行き来する新しいパターンの音楽ライブ配信をつくることができたのではないかと思います。イベント終了後、Creepy Nutsの2人から「作り手というか、表現したい人の想像が膨らむような仕掛けだなと思いましたね」「配信ライブやスタジオライブの新しいフォーマットを作ったんじゃないかって。これを活かせるのは音楽だけじゃないと思いますね」というコメントをもらいましたが、私たちも新たなクリエイティブ体験の芽吹きを得たと感じています。この経験もまた、2024年完成予定の新しいGinza Sony Parkに活かしていきます。