Dezeen and Beth Davis
ポータブルシアターシステムHT-AX7
常識を超え、もっと自由な
鑑賞スタイルを
好きな場所で、好きなスタイルで立体音響の空間を楽しめる、完全ワイヤレスのポータブルシアターシステムHT-AX7。
小型フロントスピーカーと2基のリアスピーカーで構成され、リアスピーカーを取り外して、自分を取り囲むように後方に置くと、
その囲まれたエリアが立体音響空間になります。この新しい製品の開発はデザイナーの提案から始まり、エンジニアと共に創りました。
プロジェクトの軌跡をメンバーが語ります。
(写真左から)ソニーグループ クリエイティブセンター 和田 貴之、隅井 徹、吉戸 妙織、大澤 真積
発端は「より多くの方に
感動体験を届けたい」
という想い
HT-AX7の開発プロジェクトの起点となったのが、デザイナーが社内で提案したデザインプロトタイプだったという。どのような経緯があったのだろうか
和田私たちのチームは以前より、ホームシアターシステムやサウンドバーのデザインを担当してきたのですが、「もっと多くの方にホームシアターシステムを楽しんでいただきたい」という課題意識を持っていました。ホームシアターシステムは、迫力のサウンドで映像鑑賞をより感動的な体験に進化させる製品ですが、複数のスピーカーを設置しなければならなかったり、場所を取ったりするため、サウンドにこだわる一部のユーザーのものというイメージがあり、これを変えたいと思っていました。
さらに近年、テレビの大画面化が進み、それに伴って最適な視聴距離も長くなるため、テレビの前に設置するだけの手軽なサウンドバーも大型化していく傾向にあり、画面に重なってしまうこともありました。そこで、私たちは数年前から自主的に、テレビのサイズや設置場所の制約がなく、より幅広いユーザーに使っていただけるホームシアターシステムの新しい形を構想・試作するプロジェクトを始めたのです。
そのプロジェクトではどのようなことを行ったのか。
和田これまでも何度かホームシアターシステムについてのリサーチを行ってきていたのですが、世界のあらゆる大都市で居住空間が狭くなっている実感があり、大きなシステムを導入するハードルを感じていました。また、より部屋に馴染むプロダクトがあっても良いのではないかと考えておりました。そこで、「コンパクトで設置しやすいこと」「インテリアに溶け込むこと」という指針を立て、デザインプロトタイプを検討していきました。
例えば、ユーザーが身に着けられるものや、好きな場所へと持ち運べるものなど、これまでのホームシアターシステムの常識に囚われず、現代の多様なライフスタイルにフォーカスした、様々なデザインプロトタイプを試作しました。そのうちの一つが、今回のHT-AX7の原点となった「小型のフロントスピーカーの上に2基のリアスピーカーを収納して持ち運べる」ポータブルタイプのものでした。
Dezeen and Beth Davis
そのプロトタイプがどのように製品化に結びついていったのか。
和田社内に向けた提案会で、このポータブルタイプのプロトタイプが好評を博しました。さらに同時期に技術開発部門が、4基のワイヤレススピーカーだけで広大かつ立体的なサラウンド環境を生み出す新しい立体音響技術(360 Spatial Sound Mapping)を開発したのです※。それを追い風にして「この新技術を使って、ワイヤレスでポータブルなホームシアターシステムをつくりましょう」とエンジニアと共にプロトタイプを製作し、社内に提案したところ、賛同を得られ、製品の開発が始まりました。
製品化に向けて、エンジニアはもちろん、商品企画やマーケティングなど様々なメンバーとチームを組み、「若い世代は従来のようにリビングのテレビだけではなく、タブレットやスマートフォンといった個人用デバイスを使って自分の好きな部屋で映像を鑑賞している。そのような現代の視聴スタイルの変化にも対応できる製品ではないか」とアイデアを深堀り。異なる専門性のメンバーが協力することで、具体的なユーザー層や世の中への提供価値など、製品像が明確になっていきました。その結果、これまでの接続機器や設置場所の制限を取り払い、「最新ホームシアターシステムならではの立体的なサウンドを、さまざまなデバイスを使い、好きな場所でもっと手軽に楽しめるようにする」という製品コンセプトが固まりました。
「全体像」から「個」を
考えること
製品コンセプトが固まる一方で、HT-AX7のプロダクトデザインの方向性も定められていった。
隅井当時、社内では360立体音響技術(360 Spatial Sound Mapping)を使ったオーディオビジュアル製品群を充実させていこうという流れがあり、私はそれら製品群全体の世界観を統一すべく、各モデルに一貫するデザイン表現を考えていました。そして、HT-AX7を、その新たな世界観の先駆けのモデルとして世に出したいと構想していました。
新たな世界観をつくり出すデザイン表現をどういうものにするか。考えたのは、外装にこれまでのオーディオ製品で多用されていたパンチングされた金属やプラスチックではなく、「布」を使用すること。リサイクル生地を使えば環境にも配慮でき、ソファなどのインテリアへの親和性も高いと考えたからです。
そのような全体像を見据えながら、HT-AX7のデザインについては、布を大胆に使いながら、「住空間に溶け込むようなフォルムで過剰なデザインにしない」「環境に配慮したリサイクル材を使いつつ、シームレスな3D製法など最新の手法に挑んでほしい」と担当デザイナーの大澤に伝えました。
正解のない課題に挑む
今までにない製品であるHT-AX7のプロダクトデザインは、いわば正解のない課題だった。担当デザイナーの大澤はデザインディレクションを踏まえながら、どのようにデザインしていったのだろうか。
大澤フロントスピーカー1基、リアスピーカー2基という構成は決まっており、これをどういう形にすれば、ユーザーにとって使いやすいものになるのか。若い世代をはじめ、多くの人が暮らしの中に取り入れ、気軽に楽しんでくれるのか。それがプロダクトデザインの課題でした。
当時、私自身がまだ20代だったので、同年代の価値観を意識し、自分なら「場所の制約に縛られず使いたい時にサッと使いたい」「使わない時にはしまっておきたい」などと考え、初期検討の段階では、取っ手付きのバスケットからヒントを得て、2基のリアスピーカーをフロントスピーカーに収納するような形状を考案していました。こうすることでリアスピーカーの充電もしつつ、持ち運びもしやすくて都合がよいと考えたのです。
ただ実際の利用シーンを検証していくなかで、この取っ手が問題になりました。例えば、ノートパソコンで映像鑑賞をする際は、奥にパソコンを、手前にフロントスピーカーを配置することがあり、そのときに取っ手が視聴の妨げになるからです。折り畳み式の取っ手も考えましたが、強度の確保が非常に難しい。そこで、取っ手の代わりにフロントスピーカー底面に指が入るくぼみを設けた形状に変更。これによって、持ち運びやすさをキープしつつ、よりコンパクトでシンプルな形状にすることができました。
片手でも持ち運べるように、本体の高さや重量にも配慮している
大澤もちろん音響機器の形状はデザイナーだけで決められるものではありません。音響の構造とも大きく関わるため、音響担当のエンジニアからは、例えば「音質のためにはリアスピーカーの角の丸みをもっと大きくしたほうがよい」といった要望が次々に出されます。それに対し、「それではデザインのバランスが悪くなってしまうため、これくらいの丸みではどうか」などと、日々話し合いを繰り返していました。そのようなせめぎ合いを重ねるなかで、音質においてもデザインにおいても妥協のない形状になっていったのです。
Dezeen and Beth Davis
音質と、インテリアに馴染むデザインを両立したHT-AX7
色や素材についてはどのように決めていったのか。
大澤本体の色については、当初、鮮やかな色味やパターンの入った布なども使って、製品の世界観を模索していました。使っていない時でも部屋に馴染むようにしたかったので、できるだけニュートラルで温かみのあるライトグレーを採用しました。
さらに、素材について、外装を覆う布にはペットボトルを原料とした繊維を用いるとともに、ボディ本体にもできる限り再生プラスチックを採用しました。また、布に覆われていない外装の天面や底面についても、持ち歩くときや操作するときの手当たりの良さ、硬いテーブルの上に置いたときの接触音をソフトにしたいという思いからシリコン素材を採用。日々使うものとしての心地よさに細部まで注力しました。
また、外装の布の覆い方についてもこだわっています。見た目の美しさはもちろん、映像を視聴するときや、インテリアとして置いたときに生地の繋ぎ目が目障りにならないように、3D 縫製技術を用いて包み込むようにしています。さらに、包み込む際にシワがでないように、リアスピーカーの高さなどに微調整を重ね、適度なハリ感のある佇まいに仕上げています。
Dezeen and Beth Davis
リアスピーカーへの布の覆い方を検証している様子
今回のプロダクトデザインで、最も苦労した点はどこだったのだろうか。
大澤まだ世の中にないコンセプトの製品なので、どのようなデザインが正解なのかわからないことでした。デザイン開発の過程では、フロントスピーカー/リアスピーカーの形状や傾きを変え、もっと個性の強いフォルムなども検討していたのですが、最終的には、音質や、それぞれのスピーカーの持ちやすさを突き詰めるなかで、この容積/高さ/幅を導き、必然の形状に行き着いたと感じています。ただデザインのすべての過程で、何を根拠に最適なバランスを決めるのか、常に疑問がつきまとっていました。
隅井私は、大澤が試行錯誤している姿をずっと見ていたのですが、前例のないデザインをつくるときは、そのような自問自答の道を通らなければならないものだと思います。そしてある日、360立体音響技術を使った他のオーディオビジュアル製品群を一斉に並べて見る機会があり、そこにHT-AX7のデザインプロトタイプを置いてみると、全体の世界観に違和感なく馴染んでいて、迷っていた大澤に「これでいいんだよ、このくらいシンプルで」と伝えました。
HT-AX7のデザインを単体で見ると「シンプルすぎる」と思われる人もいるかもしれませんが、ユーザーの住空間には色々なインテリア小物が置いてあるため、個性が強すぎると置きづらくなってしまいます。使わないときは存在を主張せず、使うときは立体音響体験を手軽に満喫できる。ユーザーの暮らしに馴染むデザインこそ、いまの時代に求められていると考えています。
インテリア空間に置いたHT-AX7
これまでにない製品だからこそ、
使いやすさにこだわる
前例のない製品は、当然ユーザーもその使い方を知らない。だからこそ、HT-AX7では使いやすさにも徹底してこだわったという。
大澤HT-AX7の「好きな場所に持ち歩ける」という楽しみの裏には、「使うたびに、自分でフロントスピーカーと2基のスピーカーを設置する」という作業があり、人によってはそれを面倒だと感じるかもしれません。そこで、できるだけストレスを感じさせない使い心地に配慮し、例えば、本体のリアスピーカーを取ると自動で電源ONになり、スピーカーを元に戻すと自動で充電を開始する仕様を考案しました。
これによって、リアスピーカーを持ち上げ、自分の背後左右に置くだけで立体音響空間を再現できるようにするとともに、ワイヤレススピーカーとして不可欠な充電という行為を本体への収納と連動させることで、使用後の一手間を感じさせないユーザー体験を実現しました。立体音響体験をより気軽で身近なものにするための様々な工夫をしています。
さらに、電源ONや充電時にフィードバック音を取り入れるとともに、指先で触るだけで位置や操作の種類がわかるように凸型形状の操作ボタンにするなど、使いやすさを突き詰めた結果、視覚障がいがある方も手軽に使用できる製品にもなりました。また、ソニー製品のセットアップや操作ができるアプリ「Home Entertainment Connect」に対応し、初期設定時に「各スピーカーをこのように配置してください」とアニメーションでわかりやすく説明するなど、ステップ形式で簡単に使い始められるようにしています。
(写真上)HT-AX7を楽しんでいる様子。(写真左下)充電端子の形状を工夫し、リアスピーカーの向きを気にせずに充電できる。
(写真下右)本体には音量調整など視聴時によく使うキーを搭載。サウンドモードやエフェクトなどの使用頻度の低い機能はアプリ(Home Entertainment Connect)で設定できるようにしている。
パッケージの常識を超える
現在、ソニー製品では使用素材をプラスチックからより環境に対する負荷が少ない資源へ切り替えることを目指し、ソニーが開発した紙素材「オリジナルブレンドマテリアル」を使用したパッケージを推進している。これまではヘッドホンなど小型製品のパッケージへの採用にとどまっていだが、HT-AX7でもこの紙素材の採用を決めた。
吉戸今回、私たちは「HT-AX7という新しい製品にふさわしいパッケージとして、何か新しい取り組みをしたい」と考えていました。そのひとつが、ソニーのホームシアターシステムのパッケージとして初めてオリジナルブレンドマテリアルを使用すること。さらに昨今、パッケージに緩衝材や梱包材を詰め込むものが多いなか、クリエイティブセンターがユーザー調査の上、理想として導き出した「開封してすぐに製品が見える」というパッケージ開封時の感動体験を実現することでした。緩衝材などをなくすことは、投入資源の最小化にもつながります。
そのような経緯から、私たちはパッケージの構造自体の刷新に取り組みました。試行錯誤の末、パルプ成形した2つのパーツを貼り合わせた二重構造のパッケージを開発。中重量に耐えられる強度を保ちつつ、従来の緩衝材や梱包材がなくても外部からの衝撃の伝達を緩和できる構造を実現しました。パッケージの体積と使用する素材料の最小限化を目指すことで商品のシルエットがそのままパッケージに現れるデザインになっています。また、これまで手先の動きに不安のある方にとって、緩衝材を外しながら製品を取り出す作業はかなりの負担になっていたのですが、このパッケージによって、多くの方がすぐに製品を取り出せるようになりました。
パルプ成形した2つのパーツを貼り合わせて二重構造にし、クッションの役割を持たせることで、中重量に耐えられる強度を保ちつつ、外部からの衝撃の伝達を緩和できる構造を考案。また、外箱を覆うラベルにもオリジナルブレンドマテリアルを使用している。
和田今回のHT-AX7のデザイン開発を振り返り、私たちが当初から抱いていた「より多くの方にホームシアターシステムの感動体験を届けたい」という思いが、一切ブレることなく、製品およびパッケージに具現化できたと実感しています。2023年度のグッドデザイン賞においては金賞を受賞し、審査員の方から「これほどまで手軽に、ストレスなく立体音響空間を実現してくれるものはこれまでなかった。力業ではなく軽やかに、必然的に導き出されるようにUXを実現した素晴らしいプロダクトである。」というコメントをいただけて、自分たちの思いが世の中に伝わった手応えを感じました。HT-AX7を通じて、より多くの方に立体音響体験を気軽に楽しんでいただければ、これに勝る喜びはありません。