SONY

XRキャッチボール制約を超えて心をつなぐ
インクルーシブデザイン手法
から生まれた遊びの場

ソニー クリエイティブセンターが推進する「インクルーシブデザイン」の取り組み。
障がいのある方や高齢者の方など、さまざまな「リードユーザー」との協働によって、
デザインの発想や視野を広げ、新たな価値を創造していく活動です。

目の見えない方をはじめ、誰もが楽しめる"キャッチボールのデザイン"とは、どんなものだろう?
その問いから生まれたのが、音を頼りに"仮想のボール"をやりとりする「XRキャッチボール」。
2023年7月にSony Park Miniで一般公開され、反響を集めたプロジェクトの背景や手応え、これからの展望について、
一般財団法人プレイヤーズ 視覚障がいリードユーザーの中川テルヒロさんとデザイナーたち3名が、それぞれの想いを語ります。

(左から)ソニーグループ クリエイティブセンター:西原 幸子、唐澤 才、
一般社団法人プレイヤーズ 視覚障がいリードユーザー:中川 テルヒロ、クリエイティブセンター:反畑 一平

リードユーザーが導いた
共創体験のストーリー

2人のプレイヤーが向かい合い、XR技術によって作り出された仮想のボールをやりとりする「XRキャッチボール」。
ボールを投げる方法は、手にしたスマートフォンを振るだけ。プレイヤー間にはスピーカーが4台設置され、ボールの動きを音で知らせます。移動する音を頼りにスマートフォンのボタンを押してボールをキャッチ。ボールの速さは手の振り方で変わり、捕るタイミングの正確さで音が3段階に変化します。
同一空間内で向き合ってプレイする対面版に加え、MUSVI(ムスビ)株式会社のテレプレゼンスシステム「窓」によって、離れた場所同士で楽しむことができるリモート版も開発。これまでに高齢者介護施設や視覚障がいがある子ども向けに体験会を行い、2023年7月にはSony Park Miniとソニーストア銀座にて一般向けの展示イベントを開催。多くの方々に体験いただき、反響の輪を広げてきました。

開発のきっかけとなったのは、一般社団法人プレイヤーズで理事を務め、視覚障がいのあるリードユーザーとしてプロジェクトに参加した中川テルヒロさんの「息子とキャッチボールをしたい」という言葉。その一言を出発点に、障がいの有無や年齢などを超えてどんな人でも楽しめる、"インクルーシブなキャッチボール"への挑戦がスタートしたのです。
中川さんとの出会い、試行錯誤の軌跡から、思いがけない応援の声や共感の広がり、今後につながるビジョンまで。プロジェクトに携わったメンバー4名が座談会を行いました。

ソニーグループ クリエイティブセンター:唐澤 才、西原 幸子、
一般社団法人プレイヤーズ 視覚障がいリードユーザー:中川 テルヒロ、クリエイティブセンター:反畑 一平

「XRキャッチボール」は、インクルーシブデザインの取り組みの一環として開発されました。その背景について、教えてください。

西原ソニーグループでは、製品やサービスを通して誰もが自分らしく、感動を分かち合えるようにアクセシビリティの向上に取り組んでいます。その一環としてクリエイティブセンターで進めているのが、障がいのある方や高齢者をはじめとするリードユーザーと一緒に新たな体験や価値を生み出す、インクルーシブデザインの取り組みです。
今回のプロジェクトの出発点は、2021年7月にリードユーザーの方々と一緒に実施したワークショップです。視覚と聴覚に障がいのある方、それぞれ約5名ずつにご参加いただき、ソニーからはデザイナーや研究開発エンジニア、リサーチャーが出席。普段の生活の仕方や困っていることをヒアリングしたり、「障がいが理由で諦めているけれども、実現したいこと」について話していただいたり、オンラインながら充実したワークショップとなりました。

反畑個人的に印象深かったのが、障がいの疑似体験。リードユーザーのみなさんから「アイマスクを着けたまま、冷蔵庫へ行ってドリンクを取ってくる」など、オンラインでお題を出していただいて……とても新鮮な体験でしたね。

中川僕自身は十代の頃はまだ視力があったのですが、そのワークショップでいろいろな意見に触れるうち、野球をやったりサッカーを観戦したりしていたことを思い出して、「息子とキャッチボールをしたい」と発言しました。その時点では、まさかそれが採用されるとは夢にも思っていなかったわけですが……。

インクルーシブデザインのワークショップにおけるグラフィックレコーディング。

キャッチボールの本質を問う
デザインの試み

数多くのアイデアや気づきに触れるなかで、中川さんの挙げたキャッチボールをプロジェクト化しようと考えた理由は何でしょうか。

反畑一言でいえば、最も難しそうだと感じたからです。実現方法を考えると、空間にセンサーを張り巡らしたり、新しいデバイスを開発するなど、話がどんどん膨らんでいく。だからこそ、逆に興味をそそられました。
その一方で浮かび上がってきたのが、「そもそもキャッチボールとは何か?」という問いです。勝ち負けのゲームではなく、投げる側と捕る側のテンポ感や、繰り返しの気持ちよさ……。そうした要素を抽出し、キャッチボールという行為そのものをデザインし直そうと考えました。

西原私はプロジェクトマネージャーとして全体のプロセスを見ていたのですが、チームメンバーとしては、やはり新しい技術を導入したい。でもそこに偏るとハードルが一気に上がってしまう。その点をしっかりと話し合い、シンプルに削ぎ落とすことができたのが良かったです。

反畑エンジニア3名、デザイナー2名のチームでしたが、重視したのは今ある技術ですぐに作れることでした。CGでキャッチボールをする二人の動画を作り、必要な要素をリスト化して絞り込む。デバイスもスマートフォンなら、音や振動、加速度センサーなど使える技術が数多く集約されていて使いやすい。
加えて重要視したのは、ボールのやりとりにタイムラグがないことです。ボールをキャッチした瞬間がごくわずかでもずれると、どうしても違和感が大きくなる。ハードウェアとソフトウェアの両面から、なるべく負担のない方法を探っていきました。

そして2021年11月には最初のプロトタイプが完成します。中川さんもその段階から、アップデートがあるたびに毎回体験をされているそうですね。

中川はい。最初の時はアイデアが採用されたことに驚く一方で、みなさんが僕の反応を興味津々で見守っている空気を感じました(笑)。第一印象は「あ、これはキャッチボールだ」。ボールの表現も音に絞っている点で、視覚の有無にかかわらず、どんな人でも気軽に楽しめるものになっている。「すごいな」と思いましたね。

西原中川さんにそう言っていただいてホッとすると同時に、新たな課題も見えてきました。例えば、スマートフォンを持って投げる動作をしながら小さなボタンを押すのは難しい。マジックテープでスマートフォンが手から飛んでいかないように簡易的なホルダーを作ってはいたのですが、ソニー・ライフケアの介護事業に関わっている方々にプロトタイプを披露した時も、「付け外しがもう少し楽になれば」という声をいただきました。※1

唐澤私は別のプロジェクトで老人ホームのデザインプロジェクトに携わっていたつながりで、この「XRキャッチボール」のことを知りました。これなら高齢者の方々にも楽しんでもらえそうだなと感じつつ、西原さんに「ご高齢の方が使うならホルダーは少ない力で握りやすい形にしてみたらどうでしょう?」と話したのが、プロジェクトへの参加が決まった瞬間でしたね(笑)。

※1 ソニーフィナンシャルグループ「高齢者の生活におけるアクセシビリティ技術活用の試み ~「ソナーレ・アテリア久我山」でXRキャッチボール体験イベントを実施~」

介護付有料老人ホーム「ソナーレ・アテリア久我山」にて、入居高齢者による「XRキャッチボール」体験の一コマ。

高齢者、子どもたちとの体験を
アップデートに反映

クリエイティブセンターの内側でも外側でも、どんどん協力者が増えていったわけですね。

中川これには僕としても驚かされました。軽い気持ちでお話ししたことから、どんどん協力者が増えていく。プロトタイプに触れるたびに、「まさかこんな展開になるとは……」と、感動しつつも不思議な感覚を覚えています。

西原私たちも同感です。新しいものを開発しても、それが共感を呼んで次につながるかどうかはプロジェクト次第。その意味でも、介護施設の方々や視覚障がいのある子どもたちとの体験会は、大きな発見につながる出来事でした。

反畑例えば、当初はキャッチ失敗と判定されると「スカッ」という音が鳴る仕掛けでした。でも介護施設での反響を受けて、誰でも必ずキャッチできるよう変更し、うまく捕れた時は「大成功」の音が鳴るようにしたところ、周りで見守っている方々まで一緒になって喜んでくれるようになった。サポートする方やオーディエンスの声から、新しい課題が見えてくる。これは面白い転がり方だなと感じましたね。

唐澤特に子どもたちは大喜びで、手をぶんぶん振り回すなど「ボールはこう投げるもの」という常識にとらわれない動きが飛び出してくる。まさに驚きと発見の連続でしたし、と同時に改善点も積み上がっていきました。

西原個人的に一番手応えがあったのは、視覚障がいのある子どもとその家族を支える「ひよこの会」の主催イベントです。神奈川県・溝の口の洗足学園音楽大学のキャンパスと、ソニーシティみなとみらいをリモートでつないで実施したのですが、視覚障がいのあるお子さんには、そもそもキャッチボールがどんなものか知らない子もいるわけです。でも「これから4拍でボール投げるよ」と言って実演すると、すぐに遊び方を理解して、大喜びで楽しんでくれました。

2023年7月、「ひよこの会」主催イベントにおける、視覚障がいのある子どもたちの「XRキャッチボール」体験風景。
離れた2会場をテレプレゼンスシステム「窓」でつなぎ、洗足学園音楽大学からは子どもたちが(左)、
ソニーシティみなとみらいに同大学のアイドルグループ「MARUKADO」(右)を迎えて実施された。

見知らぬ人同士をつなぐ
リモート版の手応え

「ひよこの会」では、MUSVI(ムスビ)株式会社のテレプレゼンスシステム「窓」を介して離れた場所にいる人同士がプレイするリモート版が導入されました。

反畑コロナ禍で対面の機会が制限されていたこともあり、キャッチボールにとって大切なポイントは「誰とやるか」だと気づかされたんです。そこでリモート版に取り組み始めたのですが、一般的なオンライン会議ツールでは映像や音のレスポンスに遅延があったり、会話用に環境音がノイズキャンセリングされて効果音が聞こえなかったり……そこで「窓」の研究開発チームに相談したところ、既存のシステムに調整を加えて見事に解決してくれました。

西原リモート版ではサーバー上で遅延の処理を行い、両側でズレがないように調整しています。これによって、離れていながら同じ場を共有している感覚を生み出すことが可能になりました。

唐澤リモート版で問われたのは、いかにテンポ感を表現するか。だからこそ、ボタンの押しやすさがさらに求められるようになりました。2世代目のホルダーはボールを投げる動作と同じように手の指全体でグッと握ったり離したりしてボタンを操作する方法を採用したのですが、「投げる時に手を離すと、スマートフォンが飛んでいきそうで怖い」という意見が多かった。それで3世代目では固定方法をマジックテープからストラップに、ボタンも指先より少し大きいサイズに変更。手のサイズや握力にかかわらず、アレルギーのある方でも使用できるよう、形や素材にもこだわっています。

「XRキャッチボール」用に開発されたスマートフォンホルダーのプロトタイプ。
左から、簡易試作版の第1世代、握る動作を取り入れた第2世代、
手への固定方式をストラップに変更して一般参加イベントで使用された第3世代。

そうした試行錯誤を経て、23年の7月には銀座のSony Park Miniと約200メートル離れたソニーストア 銀座をつないで、2週間にわたる一般参加イベントが開催されました。

中川まさかリモート版も制作しているとはつゆ知らず、離れた場所にいる見知らぬ方々、しかもたまたま訪れた海外のお客さんともキャッチボールができるなんて……またしても驚かされました(笑)。ぜひ息子ともやってみたいと思っています。

唐澤期間中、大変多くの方々に参加いただくなかで感じたこと。それは、さまざまな壁を超えていく手応えです。最初は中川さんの「息子とキャッチボールしたい」というお題の壁。そして、キャッチボールをまだ知らない小さな子どもにも楽しんでもらえたという壁。さらに言葉の違いの壁も、座ったままの高齢者の方など身体的な違いの壁も超えることができる。多くの壁を越えて、みんなが楽しく遊べるものができたと感じています。

2023年7月、約200メートル離れたSony Park Mini(左)とソニーストア 銀座(右)の2会場をつないで実施された体験展示プログラム「パークラボ EXPT.07 キャッチボールは遊びの垣根を越えるのか?」の実施風景。

共感でつながる
コミュニケーションの
新たな展望

より多くの方の反響を受けて、今後の展望やアイデアもさらに膨らんでいきそうです。

反畑音一つ取っても、もっとできることがあると感じています。体験された方々からも「変化球を投げたい」とか「キャッチした時の衝撃感がほしい」と、前向きなアイデアをいただいています。ボールが見えないからこそ、逆に発想やイメージが広がっていくんですね。

西原知らない方同士がそれぞれのスタイルでプレイを楽しんでいる姿に、本当に励まされました。視覚障がいのある体験者の方からは「心のキャッチボールもできますね」という言葉もいただいて。「XRキャッチボール」には、コミュニケーションツールとしての大きな拡張性があるのでは? と、さらなる可能性を感じています。

唐澤言葉なしでも続くキャッチボールの様子を見ていて、言葉以上に相手のことを感じていなければ成立しないコミュニケーションだと思いました。いずれ床置きのスピーカーや「窓」を介さずにスマートフォンだけでできるようになれば、もっと気軽にいろいろなシーンで活用できそうです。

中川プレイする人、周りの人まで、一人ひとりが何かを感じ、発想を膨らませていく。まさに、体験を通じて新たな価値を作り出しているということだと思います。いろいろな人がワイワイ楽しみながら、その体験について思わず誰かに話したくなってしまう。視覚障がい者のためだけでなく、あらゆる人が参加できる遊びを目指したからこそ、これだけ広がりのあるコミュニケーションツールになったのではないでしょうか。

反畑そう、一度体験した人は不思議と巻き込まれるんですよ(笑)。中川さんをはじめ、協力してくださった施設の方々やお子さんや親御さん、イベントに来てくれた方々まで。

西原本当にそうですね(笑)。中川さんも引き続きご一緒にプロジェクトを進められたらうれしいです。

中川果たしてどんな展開が飛び出すのか? 僕も楽しみにしています!

※2023年8月4日 クリエイティブセンターにて実施