SONY

CMF フレームワーク
プロジェクト

新しい感性価値を
創り続けるために

CMFとは、プロダクトの表層を構成するColor(色)、Material(素材)、Finish(加工)を司るデザイン分野の一つ。
ソニーデザインでは人々の心に深く響くCMFを生み出し続けるために、デザイナー自身が世界の各都市でフィールドリサーチを継続的に行い、
その結果をもとに今後のCMFデザインの方向性を示す「CMFフレームワーク」を毎年つくっています。
2019年の一連のプロジェクトについてメンバーたちが語ります。

※取材は新型コロナ感染症拡大前に行われたものです。
2020年は新型コロナ感染の影響を踏まえて、オンラインでのリサーチという新たな試みにもチャレンジしています。

2019年のCMFフレームワーク プロジェクトの主なメンバー
(写真左から)シニアクリエイティブデザイナー Simon / プロダクトデザイナー 小俣 / プロダクトデザイナー 小坂 /
CMFアートディレクター 村井 / クリエイティブディレクター 詫摩 / CMFアートディレクター Rikke /
コミュニケーションデザイナー 金田 / 統括課長 鈴木 / ユーザーインターフェースデザイナー 木村

世界の人々はいま
何を感じているのか

そもそもCMFはソニーデザインの中でどのような役割を担っているのか。さらに「CMFフレームワーク」とはどのような内容で、どのようにつくられているのだろうか。

詫摩CMFはプロダクトの第一印象を左右し、ユーザーにエモーショナルな価値をもたらすもので、ソニーデザインにとって非常に重要な要素です。しかし、その価値は社会背景やコンテクストの変化によって、同じ色や素材でも優美に見えたり、逆に貧相に見えたりするため、継続的に生活者を観察する必要があります。そのため私たちは毎年、世の中のトレンド動向を総合的にリサーチする「DESIGN VISION」プロジェクトに加え、より生活者にフォーカスし“世界の人々はいま何を感じているのか”その深層心理をつかむCMF独自のリサーチを行なっています。

このリサーチの目的は2つ。1つ目は、ここ数年のトレンドを俯瞰しながら、表層の目新しさだけでなく、新しいトレンドの兆しとなる変化の本質的な起点を見出すこと。2つ目は、グローバルトレンドがローカルに浸透していく際に、異なる文化やコミュニケーションの中で発現する、地域ごとの微妙な違いを見極めること。そして、このリサーチにあたって最も大切にしているのが、現場のデザイナーが自ら担当し、現地に赴き、体験することです。その背景には「自分たちでつかんだものこそ、オリジナルの価値を持つ」というソニーデザインの信念があります。
「DESIGN VISION」プロジェクトの記事についてはこちらをご覧ください 〉

Rikkeこのデザイナーによるリサーチは「City Safari」と呼ばれ、その名の通り、プロジェクトに参加するデザイナーたちは世界の各都市を動き回り、ハンティングのように嗅覚を研ぎ澄まして、街や人々を注意深く観察し、変化のかすかな息吹を見つけてくるのです。そして、そのリサーチ結果から生活者の心理を読み解いてつくるのが「CMFフレームワーク」です。

この「CMFフレームワーク」は将来を予見するキーワードやビジュアル、カラーパレット、サンプルマテリアルから成り、当初はソニーブランドの統一感をもたせ、この先のプロダクトのCMFの方向性を示すためにつくってきたのですが、ここ数年、デザイン観点からの未来予測にもなっていると評価され、空間デザインなどの他部門からも「アイデアのヒントになった」という声を多数もらっていました。ならば今年度は一歩踏み込み、ソニーデザイン全体の創造性をインスパイアするような「CMFフレームワーク」づくりに挑戦しようと考えました。

村井そこでまず変えたのが、チーム編成です。これまでCMFとプロダクトデザイン部門のデザイナーが中心となっていたチームに、ユーザーインターフェース(以下UI)とコミュニケーションデザイン(以下CD)部門のデザイナーにも加わってもらいました。彼ら彼女らの視点や感性を加えることで、他部門に対しても価値ある「CMFワークフレーム」をつくれるのではと思ったからです。

さらに、実効性を高めるため、メンバー全員で自身が所属するデザイン部門や関係する事業部門に対して、ビジネス上の課題やCMFに期待することをヒアリングし、そこから導き出した項目をメンバー全員で共有。どのようなリサーチを行えばいいのか、入念にシミュレーションした後、世界の都市に赴き、これまでのCMFの方向性が適切だったかを検証しつつ、次のトレンドを探す「City Safari」を行いました。

現地の空気を感じ、
変化の息吹をつかむ

今回の「City safari」の舞台となったのは、上海、ロンドン、ニューヨークの3都市。メンバーたちはチームに別れ、各都市を巡り、フィールドリサーチを行なった。その旅の過程で何を感じ、どんな気づきを得たのだろうか。

上海

Rikke私たちが訪れた上海は、社会的に成熟期に入ったかのように見えました。いま中国の若い世代は、西洋的な価値を追い求めるのではなく、自分たちに息づく「伝統」の価値を見つめ直そうとしています。たとえば、上海の旧市街に現存する数百年前の明王朝時代の建物を生かし、その内部をモダンなライフスタイルショップに再生(リクリエイト)している店舗があるなど、伝統と最新をダイナミックに融合させるセンスには目を見張るものがありました。

さらに注目したのが、伝統工芸とテクノロジーの融合です。偶然見つけた工房では中国古来の陶磁器づくりに最先端の工作機械を導入し、驚くほど精緻な細工を施していて、長年受け継がれた陶磁器の美しさをさらに拡張させようとしていました。それは「CMFにいかにテクノロジーを掛け合わせるか」というテーマを私たちに改めて考えさせるものでした。また、プロダクトの色使いも中国特有の主張の強い彩色ではなく、インテリアに溶け込むようなシックな彩色のものが多く、私たちはアジア圏に対してCMFの考え方を見直す必要があると思いました。

ロンドン

金田ロンドンは、ソニーデザインが常にウォッチしている都市の一つですが、今回はブレグジット(EU離脱)でゆらぎ、対立し、人々が先行きに不安を抱えているタイミングでのリサーチとなりました。そんな社会情勢のなか「自分たちのコミュニティをつくりだそう」「リアルなつながりを取り戻そう」といったローカルな市民活動が起こっていました。コミュニティの躍動感を表現しながらも、誰もが参加できるというインクルーシブを合わせ持つパブリックアートや、バックグラウンドが異なる人々と同じ時間と空間を分かち合う体験型のダイニング、普段は敷居の高いハイブランドの路面店で誰でも参加できるワークショップが開催されるなど、人と人とのつながりや、そこでできるコミュニティを自分たちの力で新しく築き上げようとする動きも見て取れました。

そのような「人々のつながり」は、プロダクトと人の関係性にも表れていました。セレクトショップでは職人技を感じる一点物のオブジェクトや、時に未完成のようにも感じられる、荒々しさを残した仕上げの工芸品が多く見られました。アリゾナの職人が作ったカテラトリー、日本の漁村で伝統的に使われてきたツールを大胆に美しく仕上げた工芸などが、その物語とともに紹介されているのを見て、手工芸プロセスへの回帰が注目されてきていると感じました。世界中で自国第一主義という新たな壁ができつつある現在、人々のつながりを感じさせる「手技感」がこれから大切になるとともに、互いを認め合う「多様性」が以前より増してCMFの重要なテーマになるのでないかと思いました。

ニューヨーク

小坂ニューヨークのリサーチでは「素材や加工への考え方」がアップデートされました。今回はトレンドのショップだけでなく、新進気鋭の建築家やインテリアデザイナーが手がけるホテルに宿泊し、その空間や内装にCMFのヒントを探しました。あるホテルのロビーラウンジは、上塗りなしのラフな木材を内装に使っていたのですが、よく見るとそのひとつひとつの素材にこだわっていて、カジュアルなのにエレガントな雰囲気を醸し出しており、素材の本質を突き詰めた空間のつくり方に惹かれました。

さらに心をつかまれたのが、ゲストルームのインテリアです。バスルームの洗面台に、あえて研磨加工せず、ノミだけでくりぬいたような石材が使われていたのですが、石の力強い存在感が引き出されているせいか、全く粗野な感じがせず、ラグジュアリー感さえ感じられました。このようなプリミティブな加工をソニーのプロダクトに生かすとどうなるか。その先には「未完成の美しさ」のようなCMFの新たな可能性があるのでなないかと思いを巡らせました。

木村僕も小坂とニューヨークに行ったのですが、注目したのはこの街の環境意識の高さでした。世界中でエコが叫ばれていますが、ニューヨークではサスティナビリティであることが前提条件で、幾つかのブランドはそれを巧みにプロモーションしていました。たとえば、あるスニーカーブランドは、自然素材を使用するとともに、その素材を選んだ自分たちの想いまでをプロモーションし、多くの支持を集めていました。これからは素材にこだわることはもちろん、その素材に込めた想いまで伝えることもCMFの役割ではないか。そんな課題も見つけられたリサーチになりました。

互いの考えを衝突させ、
本質的なインサイトを見出す

上海、ロンドン、ニューヨークを巡った各チームは東京に集まり、そのリサーチ結果をもとに理想の「CMFフレームワーク」を目指し、ワークショップを実施し議論を重ねていった。その過程で何が行われたのか。

村井各チームのリサーチ結果をただまとめるだけでは「CMFフレームワーク」にはなりません。私たちが目指すのは単なるレポートではなく、それを見た他のデザイナーの創造力を駆り立てるようなフレームワークです。また、各チームのリサーチ結果に他チームのデザイナーの視点が入ることによって、別の真実が浮かび上がることも多くあります。そこでワークショップを開催し、各チームのリサーチ結果を“材料”と捉え、その中から本質的なインサイトを探っていくのです。

ワークショップでは、メンバーたちが各都市でインスピレーションを受けた建造物や風景の写真や、現地で興味を惹かれて購入してきたクラフトやテキスタイルなどをすべてテーブルに並べ、それを見ながら自分たちの考えをぶつけ合い、議論を重ねました。たとえば、ロンドンのチームが持ち帰った手技が残るクラフトを見ながら、上海のチームが明王朝時代の建物を生かしたライフショップの話をし、いま人々は「素材そのものを生かしたものづくり」を求めているのではないかなどと生活者の深層心理を探っていきました。

金田メンバーで議論を重ねながら、「CMFフレームワーク」で示すコンプセトのワーディングとビジュアルも検討していきました。その際に意識したのが、他のデザイナーが理解でき、想像しやすいワーディングでありながら、「City Safari」前にヒアリングした事業部門の方々が抱える課題にも応えていること。インハウスデザイナーという立場をいかし、この先の事業部門のプロダクトやサービス戦略のことまで踏まえ、その目指すべきゴールに結びつくようなキーワードやビジュアルを模索しました。

具体的には、何案ものキーワードとビジュアルの中から、自分たちの目で重要だと思うものを拾い、大きなコンセプトを導き出しました。メンバー全員で「このビジュアルではありきたりでデザイナーの刺激にならない」「事業部門の課題にはこの言葉が響くのでは」などと意見を出し合いながら、キーワードとそれを紐解くリードテキストのリライト、ビジュアルの修正を何度も繰り返していきました。時には「この方向性自体が違うのではないか」とはじめからやり直すことも。そうして一歩ずつ進み、メンバー全員が納得するものをつくりあげました。

小坂私が担当したマテリアルサンプルやカラーパレットも、最後まで悩み抜きましたが、他のデザイナーに伝えたいことが明確に表現できるものがつくれました。ワークショップでUIやCDのデザイナーたちと本質的なテーマについて深く話し込むなかで、余計な考えが削ぎ落とされ、自分たちの考えが集約したサンプルになったと実感しています。今回つくりあげた「CMFフレームワーク」がこれからソニーデザインにどのような影響を与え、どのようなプロダクトやサービスを生み出していくか、私自身一人のデザイナーとして非常に楽しみです。

「CMFフレームワーク」は、
深化し続けていく

今回の一連のプロジェクトを通じて、メンバーたちはどのようなことを感じたのか。そして今後、どのような展望を持っているのだろうか。

木村今回、UIデザイナーとして初めてプロジェクトに参加し、CMFの重要性を再認識する一方で、UIデザインを進化させるヒントも貰いました。自分はスマートフォンのUIを担当しているのですが、この製品はとりわけ色や仕上げにこだわるユーザーが多いのが特長です。これまでもCMFにこだわってきましたが、今はもっとできることがあると考えています。たとえば、スマートフォンには動画の壁紙もあり、これを生かせば、CMFの世界観をムービーで表現できるのではないかなど、そんな考えからもう試作をつくりはじめています。

金田私も多くの気づきを得ました。今までのコミュニケーションデザインは、プロダクトが持つコンセプトを発想の起点にして、キービジュアルやプロモーションムービー、発表イベントの空間デザインなどに落とし込み、ユーザーにメッセージを発信していくのが一般的です。しかし、今回のCMFフレームワークで炙り出したユーザーの深層心理を起点に発想することで、より人々の心に刺さるビジュアルやメッセージをつくれるのではないかと感じました。CMFという新しい視座を使って、CDの可能性を追求していきたいと思います。

Rikke今回、UIとCDのデザイナーが参加してくれたことで、これまでにない相乗効果が生まれ、「CMFワークフレーム」は格段に深化しました。そのプロセスであるワークショップでも、互いの専門領域を超えて議論することで、多様な意見を聞くことができ、私たちCMFデザイナーが取り組むべきさまざまなテーマも明確になりました。その一つが、サスティナビリティです。実はこれまでもソニーのプロダクトは、環境に配慮した素材を積極的に使ってきたのですが、今後もこの考えを発展させつつ、素材に込めた環境への想いまで伝えるCMFデザインに挑戦していきたいと考えています。

詫摩「CMFフレームワーク」には終わりがなく、すでに次年度のプロジェクトもスタートしています。私たちのCMFデザインは、あるトレンドが飽きられてきたから別の内容に入れ替えるといった場当たり的なものではなく、次の社会課題やテクノロジーの進化を背景に深化させていくもので、その堆積した知見こそがソニーデザインの創造の源泉になると考えています。今後もソニーグループの事業の広がりに伴い、デザインの領域も拡大するなか、この「CMFフレームワーク」をソニーデザイン全体のテーマとして活用し、常に未来に向けて新しい感性価値を創り続けていきます。

ユーザーにエモーショナルな価値を提供するCMFデザイン。
ソニーデザインはこれからも世界中の人々の心に深く響くCMFデザインを追求していきます。

撮影協力: FNJI, Allbirds