DESIGN
VISION
INSIGHT REPORT
2019
未来の兆しをつかむための
デザインリサーチ
未来のソニーの方向性や技術・社会・デザイン領域がどのように変化していくかを考えていくために、
ソニーデザインでは毎年リサーチプロジェクトを実施しています。この活動では、デザイナー自身が世界中をフィールドリサーチして回り、
自らの目で社会や人々がどう変化していくのかを捉え、レポートにまとめ、今後のデザイン活動のベースに活用しています。
今回は、このリサーチプロジェクトの中からニューヨークとデトロイトの訪問レポートをご紹介します。
New York
2019年ニューヨークの視察では、近年、アメリカの消費文化の過半数、そして最前線を担うミレニアルの消費カルチャーから登場してきた、サステナビリティ、透明性などといったいくつかのキーとなるコンセプトをもとに、注目すべき事業や団体、ショップ、企業、また何人かのビジョナリーを訪れました。
その一人がレイ・イナモトさん。AKQAのクリエイティブ最高責任者を経て、I&COを3年前に設立したイナモトさんは、デジタルのユーザー・エクスペリエンスに感覚・感情をもたらす手腕に定評があります。米国のグローバル企業やや海外で展開する日本企業の仕事を手がけるイナモト氏に、最大の消費者セグメントであるミレニアルが何を求めているのか意見を伺いました。
「あまりに簡単に物を買える時代だからこそ、物に対する執着を持たない、反対に、本当に良いものを求める人もいるが、人によってお金をかける場所が多様化しています。車が売れなくなったが、車を大好きだという人もいる。電話でかなりのクオリティの写真を撮ることができるようになり、カメラが売れなくなったと言われる一方で、特殊な高級カメラに大枚をつぎ込む人たちがいる。良いものを作れば売れるというわけにはいかなくなりましたが、それがビジネスチャンスでもあります」
こんなミレニアルにとって、消費する理由として大切なのが、お金を払う対象のブランドや企業の倫理性、サステナビリティの試み、環境対策などです。イナモト氏は、価格の設定の内訳を公開するEverlaneを例にあげました。「安いという価格をアピールするのではなく、生産の過程を明らかにすることで、倫理的に生産されている、という安心を売っています。そして消費者はそこに精神的なつながり(エモーショナルなコネクション)を持つことができるのです」。
Everlaneのように、生産の背景を公開して透明性を確保するというスタイルのDirect to Consumer(DTC)※ブランドが増えています。同様のアプローチを行っている企業として、Allbirdsという靴ブランドのショップを訪れました。木から採れるファイバー、ウール、砂糖、リサイクル資材などを使って靴を作るサンフランシスコのブランドです。卸売をせずに、オンラインの直接販売でデビューし、軌道に乗ってからリテールのスペースをオープンする、そしてブランドの理念と商品をショーケースする、という方法論です。買い物に実質を求めるミレニアルたちには、高級なブランドよりも、透明性と環境意識の高いリーズナブルのDTCブランドのほうがアピールが大きいようです。
ニューヨークのショッピング・エリアを歩いて今気がつくのは、サステナビリティや社会責任は、企業やブランドにとってもはやオプションではなく、必須になってきたということです。特に環境政策の規制緩和が進むなか、ミレニアルの消費者たちは企業に対して、社会的なスタンスを明確にするよう要求しています。そして業界別に見たとき、ファッションが、石油に続いて環境破壊の大きい業界であるということは、ミレニアル以下の若い消費者たちにとっては大きな関心ごとのようです。
一方、ファッションの世界には様々な角度からサステナビリティに取り組むBtoBのビジネスが登場しています。ファッションをミディアムに、社会や政治に影響を及ぼそうというムーブメントに「ファッション・アクティビズム」と名付けた人がいます。Slow Factoryのセリーヌ・シマアンです。彼女は今アディダスのような大手企業をクライアントに、サステナビリティを事業に取り込むための道筋を描くコンサルタントをしています。
幼少期に内戦で国を追われ、難民認定された経験もあるシマアンの「環境が傷つく方法で、もう商品は作るべきではありません」という言葉には緊急性が漂いますが、一方で、「サステナビリティ関連の投資は、今の経済の形を維持するために、企業ができるもっとも安全な投資です」と説きます。シマアンは、クライアント企業に対し、環境や動物を脅かさない方法で物を作ること、また社会的大義や環境保護のためのプログラムや学びの機会をスポンサーするように指導しています。
また今回訪問したもうひとつの企業Resonanceは、多くの小規模ブランドが課題として苦しむサプライチェーンの分野で、サステナビリティに取り組んでいます。ドミニカ共和国で、あらゆるプリントや色を生地に刷ることのできる超高解像度プリンターを使う工場を展開し、在庫や無駄を出さないテキスタイルでデザイナーをサポートしているそうです。
ミレニアル消費者を分析するときに、頻繁に使われる概念のひとつに「コミュニティ」というものがあります。コミュニティに属しているという感覚に精神的な重きを置くミレニアルたちのおかげで、コワーキング・スペースを軸にした商業施設が増えています。今回の視察では、巨大なキャンパス化するブルックリンのインダストリー・シティ、社会を変えるイノベーションが入居するニューラボを訪問しました。
コーワーキング・スペースの雄であるWeWork のデザイン・チームの方からお話を聞きました。「私たちのビジネスモデルは、コミュニティに属していると感じるほど人は成功するという考え方に基づいています。これは仕事をする場所に限らない。レジデンシャル(WeLive)、教育(WeGrow)、ワークアウト(RiseByWe)といった分野に事業を広げ、『Togertherness(共生)』を喧伝しているのはこのためです」
アメリカの職場では、今、空間の選択肢があることが重要であると考えられるようになってきています。たとえば静かな場所で作業をしたい人のためには静かな空間を用意するほかにも、常駐のデスクがほしい人、一つの場所にとどまりたくない人ー業種や状況によって人々が求める職場環境は違い、それぞれに応じたオプションを用意するべきだというコンセンサスが広がりつつあります。そんな理由から、古典的な大企業の社員が、自社のオフィスがない地域でコワーキング・スペースを利用するようなケースも増えているそうです。WeWorkの方は「企業が新しい現実にアジャストするためには、チェンジ・マネジメントが重要です」と言います。企業が大規模の変革を行う場合、スタッフが変革を受け入れることができることを目的としたコンセプトで、今、アメリカの企業文化の中で注目される考え方です。
Detroit
80年代以降延々続いた自動車不況と、リーマンショックによるさらなる景気後退によって2014年に自治体としての破産法申請に追い込まれたデトロイト。かつてはアメリカ製造業のメッカとして栄えたこともありましたが、ここ数十年間は人口の減少に歯止めがかからず、いっときはゴーストタウンのようになっていた時期もありました。そんなデトロイトが今回復基調にあり、勢いのある地域として注目されています。ダウンタウンではオフィスビルの占有率が90%以上を超え、ミッドタウンは歩いて回れることのできる地域になりました。ニューヨークやサンフランシスコ、LAなど、全米中で多くの大都市がジェントリフィケーション(高級化)を経ての地価高騰が問題になるなか、デトロイトは昨年、久しぶりに人口増を達成しました。
デトロイト回復に手を貸した会社がいくつかあります。住宅ローンのQuickenLoanのダン・ギルバートは、自治体破産直後の早い段階から、デトロイト市内でインキュベーターを主宰し、若いスタートアップを誘致してきた立役者としてよく語られる存在です。また、より草の根的なインキュベーターとしてはウェイン州立大学が参画するTechtownがあります。今回はTechtownを訪問して、ディレクターのネッド・セイバー氏に会いました。セイバー氏は、スタートアップにとってのデトロイトの強みのひとつを指摘します。「市内にあるウェイン州立大学、近隣のアナーバーには、名門ミシガン大学があります。学力のある大学がいくつも近くにあることで優秀な人材を確保することができます」。言うまでもなく、家賃などが比較的安いことからほかの都市に比べてオーバーヘッドは低いため、ニューヨークやLAなど、家賃が高騰して暮らしづらくなった地域から、ミレニアルの労働者たちの流入が始まっています。
デトロイト回復の立役者の一人であるダン・ギルバートは、ダウンタウンにオープンしたShinola Hotelのオーナーでもあります。Shinolaはデトロイトに2011年に創業した時計ブランドで、テキサス州ダラスに拠点を持つ企業の傘下にありますが、「アメリカで時計を作る」という野望を持って、工場を建てる場所としてデトロイトを選びました。スイスから技師を呼び、デトロイトで人材を訓練したのです。今、オフィスと隣接するShinolaの製造現場では、腕時計、革製品、音響機器などが組み立てられています。
潤沢な資金を持ち、着実に店舗を増やしてきたShinolaの旗艦店は、デトロイトのミッドタウンにあります。もともとデトロイトやミシガン州の作り手のクラフトに特化したCity Birdという店がぽつんと立っていた地域に、Shinolaが店を開店、そして系列のFilsonがオープンしました。また、さらにはデトロイト出身バンド、ホワイト・ストライプスのジャック・ホワイトが、テネシー州ナシュビルに開業していたレコード・レーベルThirdman Recordsのプレス工場をこの地に作りました。現在進行中のアナログ・ブームのおかげで店舗の裏にある工場は、現在フルキャパシティで忙しく稼働しています。
デトロイト出身の富豪で、破綻以降の町おこしを牽引してきたダン・ギルバートとShinolaがタッグを組んだことで、Shinola Hotelは生まれました。シンガーの機械工場だったビルに、新築部を増築し、今年に入って本格的に営業を開始したばかりです。近隣地域の作り手やアーティストとのコラボレーションや、ミッドセンチュリーの家具で統一したインテリアに人気が集まり、近年ダウンタウンにオープンしたデザインホテルの中でも、圧倒的な人気を誇っています。
今、ダウンタウンの人並みや建築ラッシュ、新規店舗のオープンなどを見ると、バブル的な回復基調を感じる一方で、破綻以降ダウンタウンに流入した資本が牽引する動きだけがデトロイトの盛り上がりを代表するわけではありません。
コークタウンと呼ばれる地域には、PonyRIdeという名のコワーキング・スペースが、女性やマイノリティによる起業をサポートし、安価でオフィスを提供したり、2013年にデトロイト発のスペシャリティコーヒーショップAstro Coffeeがオープンしたことで、草の根のムーブメントが発芽しました。こうした動きを経て、このエリアに存在しながら長年廃墟として放置されていたミシガン・セントラル・ステーションが昨年、フォードに購入されて、電気自動車のラボや商業施設として生まれ変わる予定です。
フォードの投資を受けて、周辺のコークタウンの家賃が上昇しましたが、今このムーブメントはコアタウンと呼ばれる地域に移動しつつ、また新たな潮流を示しています。非営利のコワーキングPonyRideで生まれた家具ブランドFloydも、そのひとつです。一度解体してしまった再利用することの難しいIKEAのような家具ブランドへのアンチテーゼとして、何度でも組み立てを繰り返すことのできるテーブルやベッドを作るDTCブランドです。米国内、それもそのほとんどを近隣の地域で生産するやり方、「何度でも使える」というメッセージが共鳴を得て、ミレニアル消費者の間でブレイクしました。
コアタウンの近辺では、Detroit Dirtという団体が活動しています。パション・マレイというファウンダーが、GMを始めとするデトロイトの大企業の廃棄食料を集荷し、堆肥として商品化して、ガーデニングを行う一般ユーザーや、農家に卸すというビジネスモデルを考案しています。
「多くの大企業が大量の廃棄食料を排出しています。私たちが行う活動は、どこの地域でもコピーし、実践することが可能なもの。コンサルティング部門を通じて、大企業やビジネス界の取り組みに参画しています」
今回のリサーチプロジェクトでは、北米のニューヨークとデトロイト以外にも、
欧州、中国、中東の複数の都市を訪問しました。
各都市で得た知見を持ち寄り、今後のデザイン活動に活用していきます。