SONY

DESIGN VISIONSF×デザイン
導く未来の希望
「DESIGN VISION 2021」
デザイナー座談会

社会情勢や人々の意識の変化をいち早く捉え、その先行きを予見する
ソニーのデザインリサーチプロジェクト「DESIGN VISION」。
2021年度はSF(サイエンス・フィクション)の発想力を活用する「Sci-Fiプロトタイピング」の導入により、
新たなアプローチを試みました。SF作家とともにありえる未来を構想し、
逆算的に今後の道筋を導き出すバックキャスティングの取り組みによって、いかなる展望が拓けたのか。
世界各地の拠点から参加したソニー クリエイティブセンターのデザイナーが
座談会を実施。それぞれの視点から、さらなるデザインの可能性を提言します。

未来からの逆算で、
進むべき道を照らす試み

ソニー クリエイティブセンター独自の取り組みとして、継続的に実施されてきたデザインリサーチのプロジェクト「DESIGN VISION」*1。従来の手法では見通すことが難しい未来の予兆を捉えるため、デザインの効能をより多面的に活用。事前の情報収集から、フィールドリサーチやインタビュー、分析、レポート化までのプロセスをデザイナー自身が体験し、気付きや洞察から新たな視点を導き出すことで、領域や部門を超えたビジョンを提示する取り組みです。

*1 ソニーのデザインリサーチプロジェクト「DESIGN VISION」

2019〜21年の「DESIGN VISION」レポート冊子。

その一方で現代は「VUCA」*2という言葉で表されるように、気候変動の影響や社会情勢、テクノロジーの進展などが複雑に絡み合い、既存のメソッドでは予測(フォーキャスト)が難しい状況にあります。この不確実な時代のなかで、進むべき先を見出すための画期的な技法として注目されているのが「Sci-Fiプロトタイピング」。その特徴は、SFによってありうる未来を構想し、そこから現在を逆算的に捉え直すという、バックキャスト型のアプローチです。
ソニー クリエイティブセンターでは、2021年度の「DESIGN VISION」にこの技法を導入。初めての試みとして4名のSF作家と協働し、未来年表やデザインプロトタイピングとともに「DESIGN VISION Annual Report 2021」を完成させました。

Sci-Fiプロトタイピングとデザインリサーチを掛け合わせるという、前例のない取り組み。本プロジェクトに携わった日本と海外のデザイナーたち、それぞれの思考や発見を通して、ソニーが向かうべき道筋と、デザインの使命を展望します。

*2「VUCA」…技術の進歩や社会情勢の流動化などを背景に、既存の方法論では対処や予測が難しい状況を表すビジネス用語。Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)の頭文字の組み合わせによる。

「DESIGN VISION Annual Report 2021」
日本デザイナー座談会

ソニーグループ
クリエイティブセンター
リサーチプロデューサー 尾崎 史享

ソニーグループ
クリエイティブセンター
デザインプロデューサー 稲垣 岳夫

ソニーグループ
クリエイティブセンター
統括課長 大野 茂幹

大野「DESIGN VISION」は、世の中の動きをいち早く捉え、2〜3年後につながるビジョンをソニーグループ内へ発信するデザインリサーチのプロジェクトです。スタートして7年になりますが、今回初めて「Sci-Fiプロトタイピング」の手法を取り入れました。

理由の一つは、ソニーグループの歴史とともにクリエイティブセンターの活動範囲が極めて広範囲に広がってきたこと。近年ではエンタテインメントや金融、ビジネスソリューションなどの領域に加え、横断的な視座が求められることで、これまでのデザイン開発手法だけでは対応が難しくなってきたのです。もう一つの理由は、コロナ禍によって現地でのフィールドワークやインタビューの実施が難しく、オンラインのリサーチだけでは新しいインサイトやオルタナティブなアイデアが生まれにくいと感じていたことです。
そこで、現在の事象から近い未来を予測する方法ではなく、より先の未来から逆算的に今取り組むべき課題を導き出すバックキャスティングの手法によって、新しいデザインの可能性を切り拓きたいと考えました。

稲垣実は、この手法に着目したきっかけは2020年の「DESIGN VISION」です。自動操船ヨットを開発している日本のベンチャー企業を取材した際に、「Sci-Fiプロトタイピングを実践している」という話を聞き、関心を抱きました。その後、テクノロジーメディア『WIRED』日本版が「Sci-Fi プロトタイピング研究所」を設立されたということで、ぜひ実践してみようと考え、協力を依頼したのです。

尾崎今回は設定を2050年の未来に定め、SF作家たちとともにクリエイティブセンターのデザイナーが未来のストーリーを構想していきました。完成した4編のSF小説については、「DESIGN VISION」と並行して実施したデザインプロトタイピングとともに、東京のGinza Sony Parkと京都のロームシアター京都で展示発表を行っています。*3

*3 SF作家とともに描く未来のデザイン「ONE DAY, 2050 / Sci-Fi Prototyping」

バックキャスティングのアプローチを導入するにあたり、従来のデザインリサーチとはどんな違いがありましたか?

尾崎全体のプロセスを簡単にご説明しましょう。最初に、シンクタンクや調査会社などの専門家に未来のトレンドについてプレリサーチを行う点はこれまでと同じでした。例年であればこの段階でリサーチを開始するのですが、今回はここからSF作家とともに2050年の未来を構想していきます。続いて、未来のビジョンが固まったところで、バックキャスティングによって現在へとつながる年表を作成。この未来年表と、SF作家によるストーリーやデザインプロトタイピングの結果を分析し、見えてきた共通項をリサーチテーマとして設定しました。このテーマに沿って、北米、欧州、中国、日本、AMEA(アジア太平洋、中東、アフリカ)の各エリアごとに未来の兆しをリサーチし、分析や洞察を加えていきながら、結果を1冊のレポートにまとめるという流れです。

稲垣調査会社の未来予測を見て感じたことですが、20〜30年先までの見通しが含まれているものは少ない上に、どうしても漠然としたイメージになってしまう。だからこそ、我々デザイナー自身が未来の構想をしっかりと固めて、そこへ至る流れを詰めていく手法は大いに有効だと感じました。

大野その上で重視したのが、テクノロジーとエンタテインメントを扱う企業として、未来の人間が楽しく暮らしていくための方法を描き出すことです。ソニーは、「クリエイティビティとテクノロジーの力で、世界を感動で満たす」というSony's Purpose(存在意義)を掲げており、これは現代の社会課題を創造性と技術で解決していく姿勢にもつながります。だとすれば、ソニーとSFは相性が良いのでは、という予感もありました。

Sci-Fiプロトタイピング研究所と「DESIGN VISION」制作メンバーによるミーティングのオンラインホワイトボード。

技術を超えて人間の本質
見つめる試み

現在の事象からの予測ではなく、先に「こういう未来にしたい」というビジョンを描き出す上で、心がけたことがあれば教えてください。

尾崎SF小説には往々にしてディストピア的なイメージが付きまといますが、文学には人々の考え方や文化など、人間そのものを描く力がある。テクノロジーだけでなく、人間が持つポジティブな側面に焦点を当てようと話し合い、実践に臨みました。

大野端的に言えば、人間の本質を見つめるということでしょうか。たとえ30年先の未来であっても、人や自然との触れ合いに幸せを感じるなど、人間の本質はそう変わらないはず。テクノロジーの発展について予測しながら、人間のライフスタイルや価値観、感情など、見えにくい部分にフォーカスすること。そこで追求するべき課題の一つがウェルビーイングであり、「幸せとは何か」という問いでした。

稲垣人間が高度なコミュニケーションを発達させたのは何故か、デジタル化でコミュニケーション不足が指摘されるなかで不足している要素は何か……。そうした問いを掘り下げていくのはとても刺激的な体験でしたね。

SF作家との協働で2050年の未来を描き出した経緯については、デザインプロトタイピングの記事(上記リンク*3)でも触れていますが、描いた未来像からどんなテーマが見えてきましたか。

大野SF作家の仕事を目の当たりにして感じたのは、すべてを語らず、読者が考える余白を残すこと。その余白を我々なりに掘り下げ、各エリアの事例と合わせて分析することで、最終的に全体を総括する大テーマと、各論となる4つのテーマを導き出しました。

尾崎SF小説や未来年表などが完成した段階で、それを世界各拠点のメンバーとオンラインワークショップで共有・分析し、関連する事例や取材候補を絞り込んでいったのですが、長期にわたる視点が求められる点がこれまでとの大きな違いでした。

稲垣難しかったのは、2050年の構想から"今ある兆し"を探り当てる作業です。通常なら、今まさにふつふつと湧き上がっている事例をキャッチすれば良いのですが、今回はより深く「人間はどうなっていくのか」という問いにつながる予兆を発見しなければならなかった。思想や哲学、文化や宗教にもつながる問題だけに、エリアごとの違いが浮かび上がってきて面白かったです。

大野エリアによる違いは、未来の展望にも表れていました。海外の担当者たちにも語ってもらおうと思いますが、日本については海外メンバーから「他のどことも違うユニークな特徴がある」という指摘が寄せられるなど、私たち自身も気付いていなかった特異性があぶり出されました。

「DESIGN VISION Annual Report 2021」が導き出した、ありえる未来の道筋を表す4つのテーマ。

今年度のテーマ
他者との共話
込めた想い

日本の特異性として、どのような特徴が浮かび上がってきたのでしょう。

尾崎一つは、身近な微生物からロボット、AIまで、違和感なく人間以外の生物やモノと共生する思想が根付いていること。2020年の「DESIGN VISION」に登場いただいた思想家・人類学者の中沢新一さんのお話*4でも挙がったように、自己と他者を二元論で捉えない点が、ポジテイブな未来を考える上で有効ではないかと考えました。

稲垣例えば、日本でインタビューを行った情報学研究者のドミニク チェンさんは、漬物のぬか床とのコミュニケーションに焦点を当てたロボット「NukaBot」を開発しています。ぬか床に住む微生物は土壌や人間の腸内の細菌とも関連があるという話を発端に、二元論を超えて人間と地球とのつながりを考える視点が広がっていきました。*5

尾崎そこから導き出されたのが、「Synlogue, 2050」という今回のレポートの大テーマです。「synlogue(他者との共話)」とはドミニク チェンさんが提示してくださった言葉で、対話のように他者と自己を区別して会話を行うのではなく、一緒に話を作り上げていくコミュニケーションのこと。この共話という会話形式を人間だけでなく、他の生物やロボットなどにも拡大していくことで新たな共生の道筋を切り拓いていきたい。そんな想いを込めています。

大野今回のレポートは、この大テーマとも関連する4つのテーマによって構成されています。まずは「Homo Dividual」。これはメタバース上に複数の仮想人格が共存する状態を表した言葉であり、「人間が今後さまざまな人格を持つようになっていくなかで、その流れをソニーはどうサポートできるのか」という問いを込めています。

尾崎「Dividual(分人)」とは作家の平野啓一郎氏の著作や文化人類学の文脈から提唱された概念で、個を最小単位としてきた「Individual」な人間が、それ以上分割できないことを表す否定接頭辞の「In」が取れた存在、つまり複数の個が同時に存在する状態へと進化していくビジョンを表現しています。このテーマの発想のきっかけは、今回のSci-Fiプロトタイピングで座長的な役割を務めてくださったSF作家の藤井太洋さん*6に書いていただいた作品『職&仕事(Jobbing & Working)』に登場する、自分のコピーともいえる存在「支流意識(ブランチ)」です。

尾崎二つ目のテーマは「Convivial AI」。小野美由紀さんのSF小説に登場するカウンセリングAI「オフィーリア」をはじめ、今回執筆していただいた4作品すべてに人間をサポートするAIの姿が描かれていました。そのように人間と共存するAIの姿を、哲学者・思想家のイヴァン イリイチ氏が提唱した「コンヴィヴィアリティ(自立共生)」という概念を引用して表現しています。

次に「Wellbeing-With」。共生の視点からウェルビーイングを捉えるなかで浮かび上がってきたのが、従来のに対するセルフケアのように個人主義的なウェルビーイングではなく、異なる存在を含む私たちがともにウェルビーイングを築いていく関係の必要性です。津久井五月さんのSF小説に登場する、匂いで記憶や人をつなげるマスク型コミュニケーションデバイスも、この関係性を考える糸口になりました。

最後のテーマは「Multispecies」。SDGsやサステナビリティの追求には、現在のデザインの主軸にある人間中心設計(HCD/Human Centered Design)に代わる、共生的なアプローチが必要になる。そこで、動植物との種を超えた関係性から人間の姿を捉えようとする「マルチスピーシーズ人類学」の視点から、その方法を発想したいと考えました。これも今回のすべてのSF小説に共通する要素ですが、特に麦原遼さんのSF小説に描かれる、温暖化でサンゴが成長した東京湾の姿などに想像力をかき立てられました。また、作家・アーティストのジェームズ ブライドルさんのインタビューでも、AIと人間が未来をともに創造する必要性や、AIという新たな種との共存が語られています。*7

「DESIGN VISION Annual Report 2021」
海外デザイナー座談会

日本からの参加デザイナーたちによって語られた、Sci-Fiプロトタイピングによる思考プロセスと、未来につながるテーマの数々。日本固有の視点の一方で、海外から参加したデザイナーたちはどんな感触を得たのでしょうか。日本に続いて、クリエイティブセンターの海外拠点から今回の「DESIGN VISION」に参加したデザイナーたちにも話を聞いてみました。

(左上)ソニーグループ
クリエイティブセンター
シニアデザイナー(上海)
朱 文杰(Wenjie Zhu)

(右上)ソニーグループ
クリエイティブセンター
シニアデザイナー(シンガポール)
ジェラルド テオ(Gerald Teo)

(右下)ソニーグループ
クリエイティブセンター
デザイナー(ロンドン)
サビーナ ウェイス(Sabina Weiss)

Sci-Fiプロトタイピングの印象や、バックキャスト視点のリサーチにあたって心がけた点を教えてください。

ウェイス2050年というはるか先の未来を想像することは何よりも新鮮な体験で、最初はめまいすら感じたほどです。社会学者のロバート K マートン氏が提唱する「自己充足的予言」のように、遠くに目標を定め、ハシゴをかけて一歩ずつ登っていく方法ですね。その上で大きかったのは、途中で悲観的な未来が浮かび上がってきたとしても「今ならまだクリエイティビティで未来を変えられる」と実感できたことです。

テオ従来のデザインリサーチを、目的を定めず、大海原に網を投げて何が獲れるかを試すようなアプローチにたとえると、今回はそれとは逆に難しい獲物へ的を絞り、釣り竿で釣り上げるようなもの。やり方次第で、今後も深掘りしていける方法ではないかと感じました。

Sci-Fiプロトタイピングがレポートだけでなく、年表やデザインプロトタイピングなど多様な方法で視覚化され、一般公開されたことにも大きな意味があると思います。外部のリサーチパートナーも、画期的な手法だと驚いていました。実は、「DESIGN VISION」への参加は今回が初めてだったのですが……事前にトレンドレポートの制作手法について本を読んで予習していたところ、あまりにも真逆の方法だったので唖然としました(笑)。

リサーチや分析を進めていくなかで、どんな気付きがありましたか。

ウェイスインクルーシブ・デザインの第一人者であるラーマ ギーラオさんにインタビューできたことは得がたい幸運でした。*8 そのなかで提示された最も力強いメッセージは、共感を重視するということ。「自分はまず人間であり、次にデザイナーである」という彼の言葉が深く記憶に刻まれました。

テオ特に記憶に残っているのは、バーチャルヒューマンやソーシャル・ロボットの専門家として知られるナディア・タールマンさんの研究です。ロボットやAI、バーチャルヒューマンなどの存在が高齢者の健康を促進する上で良きパートナーとなり得るのか、アクティブエイジング(活発な高齢化)の観点からも興味をそそられました。

私が担当したインタビューで印象的だったのは、上海のマルチメディアアーティスト、ルー ヤン(陸揚)さん。個人のアイデンティティを問うようなアバター作品を発表して、日本でも展覧会が開催されている注目の存在です。過激な作風を非難する声もありますが、ジェンダー問題など中国でタブー視されるテーマを取り上げることで、勇気づけられている人たちも多いはずだと感じましたね。

*8 インタビュー:ラーマ ギーラオ氏(RCAヘレン・ハムリン・センター所長)(後日掲載予定)

世界各エリアの社会課題と、
それぞれに異なる未来の姿

ウェイス今後のAIのあり方についても、大いに考えさせられるものがありました。その一例が、オフライン時は居眠りをしているなど、人間に親近感や安心感をもたらすよう工夫されたAIアバター。人間はAIにデータを提供して彼らの振る舞いに影響を与え、AIもまた、人間の要素を取り込んだ存在として成長しながら、私たちに影響を与え返してくれる。こうしたAIとの関係を、「Familiar Stranger(見慣れた他人)」という表現で洞察してみました。

テオ多くのインサイトに恵まれましたが、なかでも故人のミュージシャンの声と存命のバンドメンバーの共演を実現した韓国の事例のように、デジタルな輪廻ともいうべき取り組みに大きな可能性を感じます。いずれはAIがデータを再現することで、故人とリアルタイムで会話できるようになるでしょう。その経験を通して人々が死について理解を深め、つらい体験を乗り越えていくのだとしたら、それは素晴らしい技術の使い方ではないでしょうか。

私が考えさせられたのは、SFと技術との関係性です。中国政府は宇宙開発技術への投資を募るため、SF作家に褒賞金を与えてSF作品の対外宣伝に力を入れています。褒賞金を得るためには政府が望むスタイルで作品を書く必要があるかもしれませんが、こうした動きのなかでSF作家と科学者、技術者の接点が生まれ始めており、互いにいい影響を与え合っているともいえるでしょう。

テオ自分が担当しているAMEAエリアでは、デジタル空間上に再現された現実のコピー空間である「デジタルツイン」やデジタルアバターなどが話題を集めている一方、高齢化問題を背景として高齢者のウェルネスを高めるインクルーシブな社会のあり方が問われたり、さらに島国や沿岸国にとっては海面上昇が喫緊の課題になっていたりします。このあたりの危機感は、ヨーロッパとは大きく異なる点ではないでしょうか。

ウェイスそうかもしれません。一方、ヨーロッパでは人権と環境保護が相互に関連する問題として考えられ、人々の意識も高まっています。法整備をはじめ、EUがこの分野をリードしながら世界へ広げていくことで、人間中心主義からエコセントリズム(生物中心主義)への転換や、ウェルビーイングの探求が深まっていくと思います。

SFに加えて、中国で関心が高まっているものの一つがメタバースです。ソーシャルメディア、ゲーム、スポーツ、テクノロジーといった産業が融合し、私たちの住む世界を再構築していくことでしょう。現に中国の若い世代は実在しないアイドルに熱狂し、バーチャルの友人や恋人を作り、デジタルのスニーカーや不動産にお金を払っている。この流れはますます加速していくと思います。

「DESIGN VISION Annual Report 2021」表紙。

デザイナーが紡ぐ
ストーリーの力で、
未来の希望を描き出す

最後に、今回の「DESIGN VISION Annual Report 2021」に参加した日本拠点のデザイナー、海外拠点のデザイナーの両方に、Sci-Fiプロトタイピングを実践するなかで感じた点やレポート冊子に込めた想いなどを問いました。デザイナーそれぞれの体験を通して、どんなビジョンやメッセージが浮かび上がってきたのでしょうか。

尾崎フィールドワークで現地へ赴くことができない状況のなか、脳内に未知の世界を立ち上げることで、未来の手応えとともにビジョンを導き出すことができました。実感のない未来予測ではなく、あるべき未来の感覚を持ちながら新たな気付きにつなげていったことが、今回の最大の成果ではないかと思います。

ここで、クリエイティブセンターのデザイナーから寄せられた感想を紹介させてください。「一人ひとりのデザイナーが大きな視点で自ら未来を考え、今と未来の間をどうつないで、どういうストーリーを立てるかという考えを持つ上で、良いきっかけになりました。いろいろなシナリオを考えることで、どんな技術が下地として必要で、今何がソニーにあり、何がないのか、それを実現するためにはどれくらいの時間が必要で、何から積み上げていくのかについて、考えることができました」

稲垣うれしいですね。私自身もデザイナーとして仕事に携わるなかで、ソニーの事業領域がオーディオ&ビジュアルから拡大し、より人間との関わりを深めていく様子を目の当たりにしてきました。だからこそ、未来に向けて大きなビジョンを持って取り組んでいく姿勢が問われている。その上で今回のプロジェクトを通して感じたのは、いろいろな可能性について意見を交わし、何を選択して世の中にどう貢献していけるかを考えることの大切さです。デザイナーの使命を考える上でも、大きなきっかけになりました。

大野このプロジェクトがデザイナーにもそれ以外の社員にとっても、未来を想像するきっかけになればと思います。個人的に考えさせられたのは、若い人が「無理だ」という思い込みや目の前のリスクにとらわれず、もっと目をキラキラさせて「ああしたい、こうしたい」と未来を空想できるような世の中にするにはどうしたらいいか。特にこれからの30年はテクノロジーの進化が一気に加速するといわれていますから、なおのこと「こういう世の中にしたい」という信念や希望を感じられる下地を作っておかなければいけない。そのビジョンのためにデザイナーとしてどう貢献できるのか、これからも考えていきたいと思います。

「DESIGN VISION」のデザインリサーチと並行して制作された「未来年表」。
※年表は架空の話です。実際のソニーの商品、サービス等とは一切関係ありません

テオ今回のSci-Fiプロトタイピングを通して思い当たったのは、ヘッドアップディスプレイや自動運転車など、今ある技術やプロダクトにもSFの影響を受けたものがたくさんあること。一方で、SF作品の多くが科学に基づいて描かれている点も重要です。SF作家と、開発手法としてSFに注目する人たちの共生関係は今後、ますます深まっていくでしょうね。その上でソニーにとってこのプロジェクトを続ける意義は、時代に合わせて存続していく力を与えてくれる点にあると思います。この先も既存の枠にとらわれずに幅広い探求を行いながら、社会的な役割を果たしていく方法を考え続けていかなければなりません。

Sci-Fiプロトタイピングの効果は短期間ではわかりにくいため、これは長期的なリサーチにつながる取り組みであるべきだと思います。テック企業としてこの技法を取り入れるということは、想像を膨らませ、未来を見つめ、それを実現するクリエイティビティを持つ上で、非常に大きな意味を持つことではないでしょうか。

ウェイス同感です。長期的なビジョンがなければ、その企業は短期的な視野で競合を後追いするだけの立場になり、創造的なものを生み出すことはできないでしょう。さらに今回のレポートが、視点を全人類に拡大した提案であることも良い点だと思います。何故ならそれが、人々を消費者という枠で捉えていた旧来の視点から大きく飛躍して、ソニーの製品やサービスが届かなかった人たちとも関わりを深め、ポジティブな影響を与えていく方法だからです。その上で今回の「DESIGN VISION」は、人々を魅了するストーリーの力を私たちに示してくれました。この力がソニーグループの中にとどまらず、世界の人々へ広がっていくことを祈っています。

(国内座談会)2022年1月14日 クリエイティブセンター サテライトオフィスにて実施
(海外座談会)2022年1月25日 オンラインにて実施