オリジナルブレンド
マテリアル
未来は一歩ずつ変えられる
パッケージにおける本質的な素材循環を実現すべく開発された、紙素材「オリジナルブレンドマテリアル」。
お客さまとともにリサイクル行動を推進していくため、本素材の成り立ちを含め、環境配慮の重要性を「伝える」ことに
主眼を置いたこの素材の開発は、これまで多くのパッケージデザインを手がけてきた1人のデザイナーから始まりました。
企画の背景から、材料開発、製品パッケージへの実装までのストーリーを紹介します。
お客様を巻き込む素材循環を
いかにデザインするか
製品パッケージのデザインにとって、最も重要なテーマの一つに「素材循環」が挙げられます。これまでもソニーのデザイナーは、与えられた素材で外観やカタチをデザインするのではなく、例えば、エンタテインメントロボットの『aibo』のパッケージではペットボトルのリサイクル材を使用したフェルト材を生み出すなど、環境配慮素材の開発・導入にまで踏み込んだ取り組みを続けてきました。
aiboのパッケージには市場から回収したペットボトルを使用。やさしく包み込みながら守るパッケージを実現した。
近年ソニーとしてもさまざまな環境配慮への取り組みが進む中、デザイナーはパッケージにおいても「素材循環の確率」を上げていく必要があると構想。これまでの環境配慮素材の工夫に加えて、お客様に環境に対する関心を持ってもらい、リサイクル活動へと促すような製品パッケージをつくれないかと考えました。
お客様が購入した後の「回収」というポイントを重視し、そこから素材の考え方や作り方を見直し、
素材循環の新たな可能性を見出そうとした。
「お客様とともにリサイクル行動を推進していくためには、お客様ご自身も環境循環の一部を担っているという意識を持っていただくことが大事。そのためにはパッケージに使われている素材の成り立ちから伝える必要がある」という考えから、デザイナーは「どこの、何を、どのようにして、こうなった」という素材のストーリーを伝えられるような素材の研究開発を起案しました。そして、次代のパッケージにふさわしい素材として、脱プラスチックを実現でき、再生紙として循環できる「紙」にすることを決定。同時に、製紙会社や商社など、それまでも繋がりのあった外部の会社に加わってもらい、その豊富な知識や知見を借りることにしました。
加えて、デザイン部門はもとより、ソニー製品の次世代技術や機構設計について横断的に検討を行っている社内チームからの協力も得て、オリジナルブレンドマテリアルの開発プロジェクトがスタートすることになったのです。
オリジナルブレンドマテリアルの開発コンセプト
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- 1. 世界中のお客様が身近に感じる原材料の選定
- 「素材=環境を語る」という考えのもと、採集場所を調査し、全世界に公開すること
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- 2. 単一の紙素材でパッケージを完結させること
- プラスチックのパーツなどは使用せずに1つの紙素材でパッケージ全体を完結させ、再生しやすくする。幅広い用途に使用できる汎用性を確保すること
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- 3. パッケージデザインによる素材の可視化
- 環境配慮が一目でわかるとともに、ソニー製品に相応しい品位を備えること
1. 世界中のお客様が身近に
感じる原材料の選定
開発する紙素材の原材料は1種類だけではなく、複数の種類を使用しようと着想。複数の原材料の方が、より多くの方々に興味を持っていただけるのではないかと考えたからでした。原材料の選定にあたっては「環境に配慮できる素材」「選定伐採されたもの」「廃材」など、いくつかの条件を設定。デザイナー自身も海外に足を運んでリサーチを重ねた結果、原材料として「竹」「さとうきびの搾りかす」「市場回収リサイクル紙」の3種を選びました。また、これら原材料の収集地は、ソニーの主要な製造拠点が集中しているアジア圏に限定しました。
デザイナー自ら海外に足を運び、実際の現場を見ながら原材料の選定、採集場所の特定と調査を行った。
竹
多くの紙製品は成長サイクルが長い植物から作られていますが、成長サイクルが長い植物は、人間が何世代にもわたって管理する必要があります。それに比べて竹は短い期間で成長する植物です。そこで商社の協力も得ながら、中国 貴州省赤水地区の竹林において環境に配慮した栽培伐採が行われていることを把握。実際に現地に赴き、供給量や栽培の様子を自分の目で確かめ、この地域の竹を使用することを決めました。また、竹は世界中の多くの人々が知っている植物であることも狙いの1つでした。
竹の生産地の様子。現地調査の際にはデザイナーが実際に伐採を体験させてもらった。
さとうきびの搾りかす
さとうきびは、竹と同様に短期間で成長する植物です。そこで収集地として注目したのが、砂糖の一大生産地であるタイ。この国には数十の製糖工場があり、通常はそのほとんどが発電燃料として燃やされ、廃棄されていますが、これを「オリジナルブレンドマテリアル」の材料に使用できないかと考えました。また、世界中の人々が口にしているであろう砂糖の原料としてお客様に身近に感じてもらえる材料だと判断したからです。現地でさとうきびの搾りかすを製紙用のパルプ材に加工している工場を見つけ出し、この工場が生産するさとうきび由来のパルプ材を使用することを決めました。
さとうきびの生産地の様子。
市場回収リサイクル紙
一般家庭から回収される市場回収リサイクル紙から新たな再生紙を作ろうとすると、通常は繊維が短くなって紙として劣化していきます。そこでオリジナルブレンドマテリアルでは、市場回収リサイクル紙に竹やさとうきびといった繊維の長い素材と組み合わせることで、再生紙の継続的な再利用を可能にしました。これにより木材パルプの消費量削減につながります。また、家庭から出る市場回収リサイクル紙を使用することで、お客様にも身近に感じてもらえるのではと考えて使用を決めました。ソニーではアジア各地に工場があるため、あえて収集地を限定せず、いわば地産地消的に各地で回収した市場回収リサイクル紙を使用しています。
市場回収リサイクル紙はアジアの各地で回収。
2. 単一の紙素材で
完結させること
次に取り組んだのが、「竹・さとうきびの搾りかす・市場回収リサイクル紙」という3種の材料をブレンドしながら、実際の製品パッケージに使用できる紙素材をつくりだすこと。外部の製紙工場に通い、これまでプラスチック製だった部品もすべて紙素材で作ることに挑戦しました。現場で働く紙の職人に協力してもらいながら、外箱、内箱、クッション、スリーブ、製品保護シートなど、パッケージのパーツに求められる性能を満たす最適なブレンドの比率を導き出し、超薄紙から厚紙、成形物など多種展開を実現。単一の紙素材のため、お客様がパーツごとに分別する必要がなく、回収のしやすさも格段に向上しています。
オリジナルブレンドマテリアルを使用したパッケージのプロトタイプ。
3. パッケージデザインにおける
素材の可視化
さらに、環境配慮素材であることが「一瞬で伝わる」パッケージデザインも追求しました。3種の材料の存在感をお客様に感じてもらうためにはどのように配合すべきか、製紙工場の方々と共に検討。また、紙には染料を入れず、材料の色味をそのまま生かしたグレー系を基本色としました。
しかし、紙を着色しないため、市場回収リサイクル紙に含まれる広告などによって、紙の色合いが必ずしも一定になりません。例えば、回収地域や時期によって変化することがあります。通常ソニー製品の品質基準ではこのような色のブレは許容されませんが、デザイナーは「このようにさまざまな色が混ざり変化することこそ、環境配慮素材であることの証」と訴求。従来のルールに囚われない提案を進めていきました。
オリジナルブレンドマテリアルの表面。市場回収リサイクル紙によってさまざまな色が混ざる。
量産までを見据えて
トータルに社内提案
こうして開発したオリジナルブレンドマテリアルを、どうやって実際の製品パッケージで使うのか。デザイナーは一連のプロトタイプ制作を実際の製造工程を意識しながら行っていました。その過程で得た、原材料の調達先と供給安定性、製紙工場の手配、成型の工程など具体的な生産の流れと、それぞれのコスト試算までを揃え、プロトタイプとともに社内の展示会で発表。オリジナルブレンドマテリアルの社会的価値とともに、その実現性の高さが評価され、完全ワイヤレス型ヘッドホン『WF-1000XM4』のパッケージへの実装が決まりました。
さらにオーディオ部門の設計者や取扱説明書を作っている部門の担当者などにも加わってもらい、個装箱内のパーツや配置方法の見直しを実施したことでパッケージの小型化も実現。前モデルではイヤホンと本体の充電ケースが別々に入っていたところを予め充電ケースの中にイヤホンを入れた状態にするなど小さな工夫を積み重ねることで、前モデル比でパッケージ全体の体積を約66%削減しました。これにより「使用材料の低減」と「物流時の積載量の増加による輸送効率向上」を達成したのです。
工夫の積み重ねにより体積を66%削減。
また、WF-1000XM4ではプラスチックのトレイやビニールを排除し、脱プラスチック化も実現した。
オリジナルブレンドマテリアルでパッケージの各パーツを作り上げた。
世界的な評価を受け、
さらなる使用拡大へ
オリジナルブレンドマテリアルを使用したWF-1000XM4のパッケージは、国内外のさまざまなアワードでその独自の環境配慮が評価されました。ソニーグループ内でも、製品パッケージはもちろん、グループ各社の名刺や展示会ブースの什器も同素材で制作されるなど、その使用範囲を拡大しています。
Photo : Masaya Yoshimura
パッケージの素材にとどまらない展開が進んでいるオリジナルブレンドマテリアル。しかし今は通過点であり、本質的な素材循環を起こすという理想に向けて進化を続けなければならない。その目標に向かって私たちは日々さらなる技術革新や価値創造を続けています。
大きな視点を持ち、理想の未来へ歩み続けること
世の中をより良くすることこそがデザイナーの社会的役割です。そのためには依頼を受けた範囲で考えるのではなく、関連するすべての領域を自分のフィールドだと考え、行動してきました。信念を持って進んでいけば、世の中は一歩ずつ変わっていくはず。今回のプロジェクトにおいても、社会的な価値を認めてくれる方が社内外から徐々に集まり、多大なサポートをしていただきました。この先も進化を続け、広く仲間を増やしていきながら、循環型社会の実現に貢献できればと思っています。
シニアデザイナー 廣瀬 賢一