SONY

Perspectives vol.3

異なる二つの視点で捉えた、
過ぎ行く光と新たな光

ソニーのデザイナーが、各分野の豊富な知見や知識がある人のもとを訪ね、
多様な思考に触れつつクリエイションを通じて学びを得る「Perspectives」。

3回目のゲストは、2018年2月に初の写真集を出版した石田真澄さん。高校生の石田さんが毎日撮り続けた写真に魅せられた
UXデザイナーの入矢真一と、写真に始まり、時間軸や光に関する対話を行いました。対話を終えた入矢が、
新たに撮影したフィルム10本分の写真。石田さんもまた、フィルムカメラを持って撮影に出かけました。
それぞれの制作と思考の過程についてふたりが話しました。

視点を変えて、
新たな発見を見出す試み

入矢石田さんと話すことで、時間軸で考える自分のUXデザインの仕事と、一瞬を切り取るという石田さんの仕事に共通点を感じました。対話を終えた後、改めて自分もフィルムで撮影しようと思って、2台のカメラを持って出かけました。もともと僕も石田さんと同じように、まるで生活の一部のように、毎日写真を撮っています。そこで、2年前の同じ日付に撮影した写真をそれぞれ持ち寄って、相手の写真からインスピレーションを得て、今年のまた同じ日に撮影するというルールで、石田さんにも撮影していただきました。ふたりの写真を通じて、新しい発見があるのではないかと考えたのです。送ってくれた2年前の写真のうちの1枚に、「夢」という文字が写っていました。石田さんが写真集「light years - 光年 -」をつくる際に「現実感があるようでないような、神話みたいなものを目指しました」と話していたのもあって、夢や白昼夢みたいなテーマで写真を撮ろうと考えました。

石田さんが2年前、高校時代に撮影した写真。入矢は、この写真からインスピレーションを得て、撮影をスタートしました。

視点の変わり方が生む
面白さを表現

入矢身近で見落としてしまいがちながら、視点を変えることで新しい発見があるようなシーン。そんな光景を求めて、朝、自宅をスタート地点に、カメラを持って近所を散策することから始めました。今回フィルム約10本分の撮影のなかから選んだ僕の作品は、こう見えて、身近な光景ばかり。日常的でありながら、一見するとわかりにくい状況を切り取った写真です。

道橋に貼ってあるフィルムが一部だけ劣化していて、そのフィルム越しの1枚。ここに着目することで、普段とはまったく別の景色が見えてきます。

図書館のファサードと映り込みのスナップ。どこまでが現実でどこまでが虚構か、曖昧に感じた瞬間を切り取ったそう。

雨が降ってできた水たまりに街の風景が揺らぐ様子や、オフィスのパーテーションに写った人影、エレベーターの隅など、入矢は日常に非日常を見出しています。

入矢最初から日常的な光景を撮りたかったと言うよりも、いいなと思って選んだ写真を並べたら、結果的に身近なものを選んでいたというほうが正確です。今回、もうひとつ、別のテーマも考えていたので、その日は自宅を出たあと、電車に乗って江ノ島まで行ったんですが、面白いと思ったのがやっぱり近いところにある光景でした。これらの写真を初めて見た人が不思議と感じるかはわからないですが、普段見ている自分からすると、こうして並べてみると改めて不思議に感じます。どこか特別な場所で撮影した特別な光景ではなく、見慣れているようで見過ごしていた場所で、視点の変わり方が生む面白さを表現したんだということですね。朝や夜の時間の使い方にしても、視点の変え方ひとつで、さまざまな可能性が広がると思います。UXデザインにしても、初めて触るときと、慣れてきた頃や使いこなせるようになった段階など、時間軸ごとに、それぞれ求められるユーザビリティーや興味の持ち方が異なるように考えています。

意識せず撮った
記録としての写真

石田今回、私も入矢さんと同じ日にフィルムカメラで写真を撮りました。入矢さんから届いたお題となる写真は、パンを撮ったもの。パンの写真を出発点に考えてみましたが、結局、何を撮ったらいいかわからず……。とりあえず撮影してみようと買ったパンを何パターンか撮りました。現像を終えて、パンの前後に撮った写真を見ていたら、台所でふと撮影した残り物のケーキを収めた1枚があって、この写真にしようと思いました。作為的ではなく、あまり意識せず撮った記録としての写真という点で、入矢さんが普段撮影しているものに重なると感じました。

石田今回お話して、自分と似ていると思ったのは、入矢さんが自分のために日常的に写真を撮っていること。私が高校時代に撮っていた写真は、誰かに見せるためではなく、限りある高校生という日々を捉えようと考えたからです。だから、他人から見たらよくわからない写真でも、私が見るとああ、このときにこんなことがあったなとか、この後ろ姿はこの子だなとか、わかります。入矢さんがほぼ毎日写真を撮っていると聞いて、入矢さんも日常の記憶を残していくために写真を撮り続けていると感じました。少し時間が経った後に昔の写真を見ると記憶が濃くなっていく気がします。

石田さんが撮影した写真。台所でパンを撮影しているときに、数日前にもらった誕生日ケーキの残りを何気なく撮影した1枚です。

アナログの時代に戻った
気持ちでデザインする

入矢今回、フィルムで撮影してみて、いつもフィルムで撮っている石田さんは、肝が座っているというか、自分には真似できないとも思いましたね。だって、デジタル全盛の時代に、若い人がフィルムで、写真集や広告作品まで世に出しているのはなかなか真似できないことだと思います。1日撮影に出かけたものの、途中、写真が撮れてないんじゃないかとか、現像を失敗するんじゃないかと考えて、何度か不安になったんですね。趣味で撮るだけならがっかりするだけで済みますが、仕事となるとそうはいきません。実際、これまで何度かフィルムカメラでの失敗を体験してきましたから。

入矢普段デザインしていると、冊子など、印刷物は一度できあがると元に戻せませんが、デジタルなら何度も修正が効きますよね。やり直して、やり直して、改良して完成に近づけていけるのがデジタルのいいところでもありますが、そうじゃない世界もあるなと感じたのも今回の大きな学びでした。あとからやり直せると思っていると、逃げ道というか、そこに頼りがちな自分がいるのも事実です。アナログの時代に戻った気持ちで、これで最後という緊張感を持ってデザインに取り組むのも、今だからこその価値を生みそうです。そもそもアナログの時代は、何をつくるにも今みたいに簡単じゃなかったですし、つくりたくてもつくれないものも多かった。デザインはやはり、どんな表現であれ実体を伴うもの。デジタルが当たり前になっている今だからこそ、改めて、考えさせられた1日でした。

写真左:石田真澄/いしだ・ますみ
写真家

写真右:入矢真一/いりや・しんいち
ソニー株式会社
クリエイティブセンター
UXプラットフォームデザイングループ
チーフアートディレクター