Perspectives vol.5
肩の力を抜くこと
ソニーのデザイナーが、各分野の豊富な知見や知識がある人のもとを訪ね、
多様な思考に触れつつ、クリエイションを通じて学びを得る「Perspectives」。
今回のゲストは、香川県高松市を走る「ことでん」の経営者、真鍋康正さん。経営破綻したローカル鉄道の再生を
引き受けた父親とともにさまざまな取り組みを行いながら、2014年に経営を引き継いだ真鍋さんは、
ことでんを地域の人々に愛される存在に変えた立役者です。そんな真鍋さんに、人の気持ちを180°変えた
コミュニケーションについて聞こうと高松に向かったのは、コミュニケーションデザイナーの木村奈知。
ふたりはことでん車内で並んで座り、それぞれの仕事について話しました。
後日、ことでんのキャラクター「ことちゃん」が、ソニー本社にやって来た理由とは?
肩の力を抜いた、
等身大のコミュニケーション
ことでんにのんびり揺られながら、真鍋さんの話を聞いて感じたのは、お客さんとの距離の近さ。ビアパブも本棚も車内マナーのポスターも、沿線の仏生山(ぶっしょうざん)温泉と一緒につくったポスターもそう。どれも、ことでんをかっこよく見せようと構えるのではなく、ユーモアだったり、違和感だったりで工夫して、どうやったらお客さんに近づけるかを真剣に考えている。ことでんが地域に馴染み、溶け込んでいるのは、受け手である地元の人々と同じ目線の高さに立っているから。肩の力を抜いた等身大のコミュニケーションが、いちばんの学びになりました。
真鍋さんは、地元のイベントや飲み会にもできるだけ参加して、いろんな人と話すようにしているそうです。そういった場でこそ、お客様のリアルな声や価値観に直接触れることができる。普段から積極的にコミュニケーションを図る姿勢が関係を生んで、社内外から次第に、アイデアが持ち込まれるようになっていったんだと思います。
ソニー株式会社 コミュニケーションデザイナー 木村奈知
高松から真鍋さんを招いたイベントが大盛況
ことでん独自のコミュニケーションや、真鍋さんが実践してきたことを、ソニーの社員ともぜひ共有したい。そう感じて、東京・品川にあるソニー本社ビル「ソニーシティ」で、真鍋さんのトークイベントを企画・開催しました。社内への告知から開催までの期間が短かったにもかかわらず、申し込みは普段よりも多くて約130名。当日は立ち見も加わり、多くの仲間たちが熱心に耳を傾けてくれました。回収したアンケートを見ても好評の声が多く寄せられました。
ソニー本社で行われたイベントの様子
私はコミュニケーションデザイナーとして、社内活性化を目指してソニーシティを再定義する「S-ityプロジェクト」を主導しています。同時に、定期的に開催するこうした社内イベントの編成委員会のメンバーでもあります。真鍋さんが話してくれた場は、12階のカフェスペース「EVENT COURT」。13階に新しく設けた「THE FARM」はレストランです。グループの社員が集まっていろんな学びを持ち帰る「PORT」は、多様な意見を積み込んで、自分たちの仕事場に戻る港のような場所と考えて名づけました。これらはS-ityプロジェクトの一環で、プロジェクト自体が、ソニーシティを活用することで社内を活性化させ、ソニーらしさを醸成しようと、私と総務の仲間たちで立ち上げたものです。
12F EVENT COURT
ことでんの駅に配置された本棚
高松で見たビアパブや本棚も、ことでんと地域の人々がつながるための場づくりと感じました。街にある要素を取り入れ、社員の日常に溶け込むS-ityプロジェクトは、変化を許容する器としての場を設ける取り組みです。社内に広がるさまざまな拠点が、多様な交流を生むきっかけになればと思っています。
そして、ことちゃんもソニーシティにやって来た
今回、3パターンの写真を撮影しました。フォトグラファーは、ことでんと仏生山温泉の広告で撮影を担当した香川県在住のGABOMIさん。ユーモアと違和感のあるビジュアルで、肩の力を抜いたコミュニケーションを実践しようと、ことちゃんにもはるばる高松から来てもらい、ソニーシティ1Fの受付ブースで撮影を始めました。最終的に、ことちゃんは、ことでんとソニーのコラボグッズをつくってもらいたくて相談に来たという設定になりました。これはGABOMIさんのアイデアです。写真にストーリーがあったほうが、ことでんとソニーを自然に結びつけることができ、見る人の理解がより深いものになると考えたからです。会議室のシーンは当初、ことちゃんが会議に参加している姿を想定していましたが、ガラス越しに覗いているほうが面白いと変更しました。ことちゃんは、自分がソニーの社内でキャラクター選定にかけられている様子が気になって、会議室を覗いているというわけです。
キャラクター選定会議をガラス越しに覗き込むことちゃん
ソニーの受付を行うことちゃん
ことでんグッズをソニーのメンバーに提案することちゃん
真鍋さんはデザイナーではないですが、コミュニケーションしたい相手と同じ体験や時間を共有して、必要とされるものを見極めるというシンプルなやり方をしています。目的を達成するための手段は何でもいいということを改めて学びましたね。鉄道はこういうものだとか、広告はこういうものといった考えにとらわれていないところも、コミュニケーションデザインのヒントになりました。
真鍋康正/まなべ・やすまさ
高松琴平電気鉄道(通称ことでん)
代表取締役社長
木村奈知/きむら・なち
ソニー株式会社クリエイティブセンター
コミュニケーションデザイングループ
デザインマネージャー
構成/「AXIS」編集部
文/Junya Hirokawa