Perspectives vol.7
非日常との境界に触れる
ソニーのデザイナーが、各分野の豊富な知見や知識がある人のもとを訪ね、
多様な思考に触れつつ、クリエイションを通じて学びを得る「Perspectives」。
今回は、1989年に台北に誕生し、この地の文化醸成を牽引してきた誠品書店へ。誠品グループは、
この30年間で書店の店舗数を増やしつつ、事業を多様化。2015年には誠品行旅というホテル事業にも乗り出しています。
ソニーのデザイナー福田 玲(Raye Fukuda)が誠品行旅を訪ね、誠品グループの董事長、マーシー・ウー(Marcy Wu)さんと
支配人、トニー・ワン(Tony Wang)さんに、このホテルの背景や活動について尋ねました。
二人との対話から福田が学んだ、そこでしか得られない体験価値を提供し続けるために実践するべきこととは?
アナログへの興味が
掻き立てられる
ロビーにある書架に、5,500冊もの本が並ぶ誠品行旅。客室に入ると、寝転んで読書するのにぴったりなカウチソファがあり、バスルームには湯船に浸かりながら本を読めるように浴槽用の枕が用意されています。デスクの上の箱を開けると、鉛筆や消しゴムといった文具が入っていました。本を読んだり、ものを書いたり、ソファの前のテーブルにはフルーツが置いてあったり、普段なかなか意識しないような、アナログな体験への興味を取り戻させてくれるような空間が、客室中に広がっていました。
誠品行旅では、「本を読む」や「台湾文化の推進」といったコンセプトを軸に、ロビーや客室、レストランにも、創業者の故・ロバート・ウー(呉清友)さんから継承した理念が行き渡っているように感じました。バルコニーに出ると眼下に緑が広がっていて、シチュエーションも素晴らしい。ときおり聞こえる鳥のさえずりや、窓から入ってくるぬるい風も、のんびりと本を読むには気持ちがいいものでした。
日常に非日常な体験をもたらす
ソニー デザイナー 福田玲
私が担当した、デジタルサイネージを導入した「an/other TOKYO」のプロジェクトでは、2018年ミラノ・デザインウィークでのHidden Senses展示に共感してくださった「an/other TOKYO」の方から相談が寄せられ参画しました。Hidden Sensesは、ストーリーを持ったプロダクトや空間を通して、人や生活に寄り添う新たなテクノロジーのあり方を示したもの。高度なテクノロジーを全面に出すのではなく、暮らしに溶け込ませることで、日常のなかに非日常の驚きをもたらす体験を提案しました。
an/other TOKYOのデジタルサイネージ
ホテルの限られた空間に対して、まずはどこでどんな体験をもたらすことができるかという検討から始めました。さらに、その体験を実現するためにはどのような機器をどこに配置すればよいか。最終的には、宿泊客のみなさんにインフォメーションなどを提供するデジタルサイネージとしてフロントに導入することになりました。
実際のつくり込みや運営はan/other TOKYOに委ねるため、私たちはHidden Sensesのコンセプトや、それによってもたらされる体験、技術的な構成についてan/other TOKYOの方々に説明し、理解を深めていただきました。その後、試作段階では、投影された映像の動きや、その空間により馴染む光のあり方など細かい演出までフィードバックし、連携をとりながら体験の完成度を高めていきました。ミラノ・デザインウィークに出展したインスタレーションを、新たにホテルという空間に取り入れ、そこにしかない非日常な体験をつくり出すユニークなプロジェクトでした。
ダイスを転がすことにより時間が移り変わるインタラクション
ストーリーに沿った
サービスデザイン
一方で、今回感じたのは、コンセプトに基づいてつくられたハードと連動させて、顧客体験やサービス全体のデザインへ展開する重要性と、それを継続的に提供していくことの難しさです。an/other TOKYOのHidden Sensesには、コンテンツの刷新やメンテナンスが必要ですし、誠品行旅ではウーさんも「サービス側の展開は、まさに検討中です」と話してくれたように、お客様やスタッフの方々からのフィードバックを受けながら育てている最中のようでした。
私が取り組むソリューションデザインやサービスデザインの視点から、このような場のニーズに対して、柔軟な発想で貢献できるチャンスがたくさんあるのではないかと感じています。例えば、誠品行旅の客室には、時差で眠れない旅行者が読むのに適した長い小説を置くとか、読書をテーマにしたブックフェアなどのイベントを開催するとか、フロントの壁面などにもデジタルを用いた空間演出の可能性を感じました。場のニーズを捉えるという意味では、読書という個人的な行為をビジネス展開してきた創業者から受け継いだスピリットが生きるような体験そのものに、誠品行旅ならではの、ソフト面でのチャンスがあるのではないかと思います。
場と体験のデザインにおいては、ひとつのストーリーをしっかりと構築し、そこから丁寧に空間や体験、また、バックエンドを含めたサービス全体に落とし込んでいくことの難しさや大切さを、改めて実感しました。
福田玲/ふくだ・れい
ソニー株式会社クリエイティブセンター
スタジオ3
デザインマネージャー
マーシー・ウー
誠品股份有限公司
董事長
トニー・ワン
誠品行旅
支配人
構成/「AXIS」編集部
文/Junya Hirokawa