Perspectives vol.10
ランドスケープデザイナー、
田瀬理夫さんとの
対話を通じて得た学び
新たな価値を日常にする
ソニーのデザイナーが、各分野の豊富な知見や知識がある人のもとを訪ね、
多様な思考に触れつつ学びを得る「Perspectives」。
デザイナーの宮澤克次が訪ねたのは、1995年開業の複合施設「アクロス福岡」。
ビルの斜面には「ステップガーデン」と名付けられた階段状の庭園が広がり、都市に森のような風景を
つくり出しています。人の手により設計された新たな生態系を25年以上前に監修し、
開業後もメンテナンスを続けるランドスケープデザイナーの田瀬理夫さんに、未来の風景のつくり方を伺いました。
田瀬さんのお話から宮澤が得た学びとは?
不確実性を受け入れる
デザインアプローチ
デザイナー 宮澤克次
今回、田瀬さんと話した内容で最も印象的だったのが、完成形を世に出そうとするのではなく、時間や手間をかけて、軌道修正しながら理想形に近づけていくデザインアプローチ。だからこそ、未来の風景を描くことができる。オープンして終わりではなく、アクロス福岡の開業から25年間もの間、絶えずステップガーデンの植物に手を加え続けてこられたことには、ただただ尊敬するばかりです。
開業からの25年間、植物の状態が去年と同じということはきっと一度もなくて、変化の繰り返しだったはずです。それに対して、どのようにメンテナンスするかをその都度考える。手間がかかる作業に対するモチベーションをこれほど長い間高く維持できる理由もまた、植物というコントロールが及びにくい要素を組み込んでいたからではないかと解釈しています。
未来を見越した持続可能なデザイン
ステップガーデンで本当に植物が育つかを確かめるために、開業までの2年を費やし、1/100規模の敷地に実際に植物を植えて検証を行ったというエピソードも興味深かったですね。デザインアプローチと合わせて、不確実な要素に対するプロジェクトの進め方として、とても参考になりました。また、田瀬さんがアクロス福岡でも実践されている、さまざまな植物を一緒に植える「混植」という手法も、まるでダイバーシティの考え方のようで興味深かったです。
田瀬さんがランドスケープデザイナーとして携わった「アクロス福岡」
ステップガーデンの植物は、将来、ビルが役目を終えて解体されたとしても、永年ストックした植生を簡単に取り外して別の場所に移植できるという点にも驚きました。デザインしたものの使い終わった後のことや終わり方まで含めて、あらかじめ考えられている。今後自分の仕事にも取り入れるべき考え方だと思いました。
沖縄の植物園で始めた
「SC-1」のサービス
2019年11月、沖縄県にある東南植物楽園で、UX開発などを含めて担当しているエンタテインメント車両「SC-1」のサービスが始まりました。SC-1にはソニーが開発した融合現実感(Mixed Reality)技術が搭載されており、SC-1の車内に設置したディスプレイを通じて、周囲の景色にさまざまなCGを重ねることができます。ソニーの高感度イメージセンサーによって、人の目では真っ暗闇にしか見えない夜の植物園を、昼間とまではいきませんが夕方くらいの明るさで車内に映し、コンテンツを楽しみながら移動するプログラムを2020年3月末まで続ける予定です。
Sociable Cart「SC-1」
植物園の景色にCGを重ねたコンテンツを楽しめる
2020年2月からは、沖縄県にあるショッピングモールでもサービスを開始しました。車内のディスプレイに、家や山など、お子さんの手描きのイラストを重ねて、仮想的な空間を体験してもらうという内容です。植物園のほうは、よりエンタテインメントに特化した使い方。ショッピングモールとそれぞれ、ポイントが異なるフィードバックを得られると考えています。
SC-1は車体を含めたサービスを提供し、移動をエンタテインメント体験の場に変えることを目標としています。植物園やショッピングモールという昔からある空間に価値を付加していく。新しいものによってそれまでの価値を失うのではなく、新しいものを重ねることで新たな価値を育てていくという考えを持っています。SC-1のSCは、「Sociable Cart(ソーシャブルカート)」。そこに暮らす人々が必要とする用途や価値を見極めて、田瀬さんのように手段を臨機応変に変えながら、地域やそこに暮らす人々に寄り添ったサービスを提供し続けていきたいと思っています。
宮澤克次/みやざわ・かつじ
ソニー株式会社 クリエイティブセンター
エクスペリエンスデザイングループ
シニアマネージャー
田瀬理夫/たせ・みちお
株式会社プランタゴ 代表
構成/「AXIS」編集部
文/Junya Hirokawa