VISION-S Prototype Design Story
なぜ私たちは
リアリティを追求したのか
#1 ダイアログ
2020年1月、世界に向けて公開された「ソニーの車」VISION-S Prototype。プロジェクトメンバーはそこにどんな思いを込め、どんな車づくりを志したのか。そして、この先に待つ次なるモビリティの可能性とは。プロジェクトを全力で牽引した川西 泉と石井 大輔の対談。
ソニー株式会社
クリエイティブセンター
クリエイティブ
ディレクター
石井 大輔
ソニー株式会社
執行役員
AIロボティクス
ビジネス担当
川西 泉
スタートアップの
速度感で創造する
川西かなり大きな発表で、「なぜソニーが車の開発を?」とよく聞かれるのだけど、そのきっかけは何か劇的な決断があったというより、強いて言えば「機が熟した」ということかな。当時、スマートフォンが主役だった2010年代が終わりつつあり、それで次の10年はモビリティだという認識を持っていたんだ。
石井2018年頃のことですね。自動車業界も、その頃には百年に一度の変革期だという気運でした。
川西そう、いわゆる「C.A.S.E」が自動車産業界における次世代への変革のキーワードだった。そして、そのうちのC(connected)、A(autonomous)、E(electric)は全部うちに揃っているじゃないかと。これはつまり、ソニーの活躍しうる土壌ができつつあるということで、「変革」だというのなら、自動車業界の外から我々が飛び込むこともまた変革のひとつだと僕は捉えた。
石井ソニーの将来の話を川西さんとする中で、モビリティの話題はよく登場していたので、心づもりはありました。プロジェクトスタートにあたり、ではそれが5年後のことか、10年後のことか、ひとまずストーリーボードを描きました。それをお見せしながら話していたら、なんと2年後を目指すということでした(笑)。
川西いやいや、問題なくいけると思ったよ。実際にスタートアップ企業などは2、3年でやっているし、ソニーにはすでにCもAもEも基礎技術がある。とりわけ今回は業界外から飛び込むのだから、自動車メーカーではなくスタートアップの速度感が必要だったんだ。
石井そうであればと、急遽チーム編成を始めました。XperiaのUXデザイナーやαを担当していたカメラのプロダクトデザイナー、自分自身を含めaiboなどのロボティクスを担当していたデザイナー、さらにはブランディングやコミュニケーションのデザイナーまで。とにかくクリエイティブセンターにいる、モビリティのデザインやこのプロジェクトに向いていそうなメンバーを招集しました。それで、まずはコンセプトを探ろうと、我々カーデザインの初心者ながらに、各人思うままにレンダリングやUXコンセプトを描き始めて、目指す方向をクリエイティブセンターの視点から言葉とビジュアルで1冊のストーリーブックにまとめました。川西さんからは、まずは自分の思う理想のモビリティの姿を示してほしいというお題でしたので。
川西そう、最初はやはり大きな白紙を用意すること。僕が「こうだ」と言うとそれで決まってしまうからね。車はまだまだ個人所有がメインなので、まずは自分自身がほしいと思う車をみんなに描いてもらいたかった。ソニーの製品は嗜好品が多いし、自分たちが「これが好きだ」というまっすぐな気持ちこそ大事だと思う。だからこそ社外のデザイナーではなく、ソニーのデザイン力を信じて、クリエイティブセンターにデザインを託した。
基準をすべて満たした
「本物」だけを志す
石井あの頃のアイデアの中には、夢や空想に近いものもいくつかありましたが、そこから一気にリアリティのある方向にシフトしていきました。
川西あそこは結構議論したね。まったく走らない想像の産物でも、単なるコンセプトカーとして創ることはできる。でもそういった実現性に乏しいものをソニーが手掛ける意味があるのかと。結局、車とは目的地に移動するための手段で、その根源的なところに真摯に向き合わないといけないと考えた。きちんと走行するのは当たり前のことで、「車が走る」とはそれだけではなくて、この現実世界では「法規に則る」ことも当然含んでいる。そうでなければ実際は目的地にも行けない、人も守れない。だから基準や規制をすべて満たすことのできる「本物」をデザインする、というのがベースラインとしてあった。架空の乗り物ではダメ、僕たちは本当の意味で自動車のデザインを目指したんだよ。
石井そういう考え方はソニーらしいと感じます。リアリティに基づいたシンプルで現実的なデザインを追求する。この点は、僕たち自動車業界出身ではないデザイナーにとって一番チャレンジングだったところでもあります。例えば外観。クルマ作りの世界ではスタイリングのカリスマも多い。しかし、VISION-S Prototypeのエクステリアにはある意味、そういったスタイリング志向だけではない、AVやIT機器のデザインを創り出してきたソニーデザインならでは機能美、リアルなコンテクスト、UXストーリーなどが重層的にデザインされています。
川西確かに最近よく見かける、走りに主眼を置いた主張の強いスタイリングとは明確に違う。でも一方で、没個性や無個性でもやはりいけないから難しい。
石井その点で言えば「人を包む」というコンセプトがこの車にはあって、センシングで人を守るモビリティという考え方をスタイリングで具現化したデザインとも言えます。ブラックアウトされたグラスキャビンを、センサーが埋め込まれたメタリックな輝きの筐体が包み込む。インテリアも大きなラウンドの中にある。まるで人を抱いたカプセルみたいに。
川西デザインコンセプト「OVAL(オーバル)」だね。そこを踏まえて、僕はまず「光」は大事にしようと繰り返し話してきた。フロントノーズのイルミネーションシンボルを起点にDRL(Daytime Running Light)が点灯し、さらにそこから車体をぐるっと光がリレーしてゆく。まさに視覚化されたコンセプトそのもの。それにこれからの車は、メカからIT&エレキへと重心が移ってゆくので、光は次の時代の象徴とも言えると思う。
人や社会を想定して、
車からつながりを
デザインする
石井カーデザインの初心者が車体開発チームからのサポートも得てなんとか形にしたVISION-S Prototypeですが、振り返ると結果として、スタイリングからUI/UX、ブランディングまで、「OVAL」という人を包み込むデザインコンセプトで一気通貫させることができました。
川西実際そこはうまくいったところだと思うよ。コンセプトは一切ブレなかった。
石井今回はとりわけ細部まで協調できるかが鍵だったように思います。プロジェクトスタート時点からセクションの壁を作らずに、エクステリアもインテリアもUI/UXも、綿密に連携しながら開発に取り組みました。ソニーデザインならではのチーム体制だったと思います。先ほどの「光」も、その光のラインの中に車のシンボルが一体化されていて、そういった発想が実ったのは、プロダクト、UI/UX、ブランドの各デザイナーが一つのチームで極めて近い距離にいたからこそだと思います。
川西チームビルドも含めて、デザインについては現時点ではやり切った感じはあるね。ただ大事なのはもちろんこれから。車単体のデザインではなく、人や社会を想定して、その車からどんなつながりや広がりをつくってゆけるか、そこのデザインを考えないといけない。今の車もクラウドにつながるものはあるけど、元よりサービスカーとして生まれた車には別の可能性があるはず。その部分でソニーは何が提案できるのか。これからのモビリティの進化は、車の内外すべて含んでいると思う。
石井私も同じ気持ちです。例えば自社を見渡しただけでも、センシングの技術があり、ゲームや音楽、金融もある。もうひとつ上のインテグレートしたサービスを目指せると思います。そして、そういう胸躍る大きなVISIONこそが、VISION-Sという取り組みではないかと思っています。
Creative Center VISION-S
Project Member
クリエイティブディレクター 石井大輔 / エクステリアデザイン 高木紀明 / エクステリアデザイン 志水曜介 / エクステリアデザイン 植田有信 / クリエイティブプロデューサー 鞍田享 /
インテリアデザイン 本石拓也 / インテリアデザイン ヘンリック・エルベウス / CMF デザイン リンダ・リソラ / UI/UX デザイン 赤川聰 / UI/UX デザイン 小松英寛 /
UI/UX デザイン 中島洋平 / コミュニケーションデザイン 前坂大吾 / コミュニケーションデザイン 城ヶ野修啓 / コミュニケーションデザイン 松井一樹 / クリエイティブプロデューサー 村澤佑介