VISION-S Prototype Design Story
なぜ私たちは
リアリティを追求したのか
#2 エクステリアデザイン
CES 2020の場で発表されたVISION-S Prototypeは、まずその洗練された佇まいによって人々の心に高鳴りを呼びました。スポーティ、しかしどこか優しい。
斬新、それでいてリアル。エクステリアのデザイナーが思い描いたのは、いわゆる「夢の車」ではなく「本物を追求した次世代のEV」でした。
佇まいで
体現する「OVAL」
ダイナミックに様変わりする今後の移動体験に、ソニーは3つの進化の方向性を見出していました。それが「セーフティ」「エンタテインメント」「アダプタビリティ」。これらの方向性から、VISION-S Prototypeのデザインコンセプトが導き出されます。乗員を包み込むという意味を込めた「OVAL(オーバル)」です。エクステリアは、そんなOVALを、語らずとも一目で分かるように体現するべく突き詰められていきました。ソニーの最新技術を内包しながらも決してその凄みを露わにせず、あくまで人を優しく迎え入れること。そんな造形が真摯に追求されました。
包み込むように人を迎える、光のリング
OVALコンセプトを最も明快に表現するアイコンがDRL(Daytime Running Light)からつながってゆく光のループです。オーナーが車に近づくと、フロントノーズの先端にある、電気回路図用の図記号をモチーフとしたブランドシンボルが発光。その光は水平線上の帯となって側面のターンシグナルランプ、ドアハンドル、テールランプへと巡ります。循環するライトループが自ずとOVALを印象付けると同時に、知性ある存在によって迎えられたような感覚が乗員の心を満たします。
絶え間なく続く面と線の美しさ
コンセプトを象徴するのは「光」だけではありません。前後をつなぐエッジライン。車体上部を包囲するクロムライン。さらに、それらの線を内包しながら、ボディの「面」をもシームレスに巡らせました。特定のアングルから見て美しい車ではなく、線と面が円環してどこから見ても美しい、全方位に間断なき造形。それゆえに、独自の流麗な佇まいが醸し出されることになりました。
「自分ごと」の
意識を呼ぶ
リアルな存在感
ショーカーなどで見かける未来的なフォルムが検討されたのはプロジェクト始動当初のこと。しかしすぐに、進行方向は「本物の追求」へと舵が切られました。最大の理由は、今回の目的が「知る」ことにあったためです。安心安全の成り立ちや移動体と都市の関係性など、車づくりの核心へと迫り、そこから全力で学びを得る。もちろんエクステリアも得るべき学びのひとつでした。それと同時に、世界中の人々に、ソニーの本気を伝えなければなりません。そのためには夢の車ではなく、実際に乗りたい、街に走ってほしい、そう一目で思ってもらえるか。そうして、本質を譲らぬ中での理想のカタチが徹底追求されました。
すべてが公道基準。安全性は五つ星クラス
エクステリアのリアリティは、単に見た目にとどまりません。保安基準、現行法規、安全基準をもれなく満たすこと、つまり「公道で走れること」を絶対条件として、ライトやターンシグナルランプの位置まで制約に基づき厳密にデザインされています。中でも衝突安全性については最高評価を仮想基準とし、実際に獲得が見込める品質まで造形が追い込まれました。
居住性を確保しながら、引き締まったシルエットへ
一般的なクーペは、その低重心なスタイリングゆえに居住性を犠牲にしがちです。一方で「疾走するエンタテインメント空間」を目指したVISION-S Prototypeは、室内の広大さも強く要求されました。さらに、バッテリーが床面に設置されるため自ずと車高が底上げされることに。相反する条件下でチームは、着座ポジションや乗員の脚の屈曲具合、頭の位置などを細やかに検討。ミリ単位でのパッケージ調整を繰り返し敢行し、その末にキャビンの開放感を確保しながらも、しなやかなルーフラインとシャープなシルエットを同時に描き上げました。
「チームで作る」
という、未来への学び
本プロジェクトにおける挑戦のひとつに「チームデザイン」がありました。車のデザインは複数の専門領域で分担され、それぞれが同時進行してゆきます。また、安全面での規制、あるいは搭載デバイスやインテリアの居住性に伴う制約から、エクステリアにとっての最上のラインが常に引けるわけではありませんでした。そのため、欠かせなかったことが作り手同士の協創。多国籍なメンバーがお互いの文化や様式を理解し、時に意見の相違を乗り越えてゆく緊密な連携プロセスです。ハードウェアへの理解のみならず、車づくりの進行運営もまたソニーにとって大いなる未知であり、それだけに貴重な財産となりました。
3Dベースで思考し、VRで確認する
一方でセオリーを覆す試みもありました。通常は何十人ものマンパワーを投下し4年以上の歳月を費やすカースタイリングを、わずか数名、たった2年で完遂。そのため、エクステリアデザインにおいても既存の手法が見直されることになりました。初期から最終段階まで3Dデータをベースとして、いわゆるクレイモデルでの造形はなし。高品質なレンダリングやVR技術を全面投入して、構想から選択、確認までをフルデジタルで作業しました。そうして異例のスピードで、VISION-S Prototypeは完成へと到りました。
百年の車文化を感じながら、「ソニーの車」を生み出す
初めて乗用車のデザインを試みたソニー。それは、百年続く車づくりの文化を肌で感じる過程でした。「自ら手を動かすと、小さなパーツにもここに到る歴史の重みを感じます。特に欧州の車文化は馬車の時代から地続きです。イタリアのスタッフに『クラシックとコンテンポラリーの両方を感じる』と言われたときは嬉しかったですね(志水)。」一方で今、車は百年に一度の変革期と言われています。「次世代のEVという新たな問いに対し、リアルかつ最も美しい造形を作りたいという思いを常にチームで共有していました。その思いはスタイリングのみならず、美と機能を両立させたホイールやライト類、サイドミラーなどの細部にまで宿っています。もちろん時代と共に車は変わり続ける。これからも、変化に即した次なる理想を見出してゆきたいですね(植田)。」「大きな変革期だからこそデザインのチャンスがある。ノウハウのない我々だからこそ見えるVISIONがある。ソニーと車が出会い、その未来がどうなるか。思わぬ化学反応を私たち自身もまた期待しているのです(高木)。」
マスターデザイナー 高木 紀明 / アートディレクター 志水 曜介 / デザインプロデューサー 植田 有信