SONY

YOU and BAU

アート写真に、新たな体験価値を

国内外の作家作品728点を集めて56日間にわたって開催された「浅間国際フォトフェスティバル2019 PHOTO MIYOTA」(以下PHOTO MIYOTA)に、
ソニー クリエイティブセンターは写真家の鈴木 崇氏とコラボレーションした体験型展示「YOU and BAU」を出展。
ソニーのデザインとテクノロジーを融合させることで、来場者が鈴木氏の写真作品「BAU」の中に入り込んで楽しめる
新たな写真体験をもたらしました。このプロジェクトの軌跡を担当メンバーが語ります。

ソニー クリエイティブセンター
Location Value Design室 小椋

ソニー クリエイティブセンター
エクスペリエンスデザイングループ 鈴木

ソニー クリエイティブセンター
Location Value Design室 池田

ソニー クリエイティブセンター
Location Value Design室 庄司

未知の体験づくりに、
手探りで挑む

「新しい写真の可能性に挑戦していく」というPHOTO MIYOTAの趣旨に賛同し、参加を決めたソニー クリエイティブセンター。プロジェクトはどのように進められていったのだろうか。

池田今回のプロジェクトで目指したのは、ソニーのデザインやテクノロジーを使って、アート写真に新しい体験価値をつくることでした。PHOTO MIYOTAへの出展が決まった当初から、映像制作支援ユニットEdge Analytics Appliance(エッジ・アナリティクス・アプライアンス)『REA-C1000』に搭載された、人物を自動で切り抜き、別画像とリアルタイムで合成できるソニー独自の映像解析技術が写真に使えるのではないかという話が社内で出ていたので、それをベースにどのような体験を生み出せるのか検証を開始。そのなかで「写真作品の中に入り込む」というプロトタイプに手応えを感じ、PHOTO MIYOTAの主催者の方に見ていただいたところ「これは面白い!ぜひ、出展してほしい」と言われ、そこからプロジェクトを本格的に進めていきました。

Edge Analytics Appliance『REA-C1000』についてはこちらをご覧ください 〉

ただ写真に入り込むだけでなく、心に残るような新しい体験にしたい。その想いから、私たちは初めに体験展示の方向性として3つの指針を決めました。1つ目は、元の写真作品に来場者が入り込むことで、新しい作品として成立すること。2つ目は、元の写真作品と私たちが提供する「来場者が入り込んだ作品」を対比してもらうことで、元の作品のより深い魅力に触れられること。3つ目が、エンタテインメントとして楽しめること。これらをデザインの道標として、コラボレーションする作家の選定に取り掛かりました。

小椋たくさんの写真家の作品をリサーチしていくなかで、私たちが惹かれたのが写真家 鈴木 崇氏の作品「BAU」でした。「BAU」はイメージを見た時に起こる"認識のズレ"をテーマにしたもので、カラフルなスポンジを組み合わせ、さまざまなフォルムをつくっているのですが、見る人によって、それが建築物に見えたり、人の顔に見えたりする奥深い作品です。その認識のズレの中に入り込んでもらえれば面白いのではないか。同時に、来場者の表現が加わることで、新しい作品になるのではないかと考えました。そのアイデアを鈴木氏に伝えたところ「アート写真の枠組みを超える新しい試みだ」と快諾いただき、実際の体験づくりに挑んでいきました。

「作品の中に入り込む」体験を
生み出すために

どうすれば来場者の皆さんに「写真作品の中に入り込んだ」と実感してもらえるのか。そして、エンタテインメントとして楽しんでもらえるのか。デザイナーたちは模索しながらプロジェクトを進めていった。

鈴木写真作品の中に入り込んだと感じてもらい、そこでいかに楽しんでもらうか、手探りで新しい体験をつくり上げていきました。まず、体験スペース正面の壁一面に鈴木氏の作品を投影し、その中に来場者たちをリアルタイムに合成することで、あたかも本当に写真作品の中に入り込んだような感覚を演出。さらに、合成するときの人の体のサイズを大・中・小とランダムに設定することで、それに合わせてポーズを考えてもらうなど、いろいろな行動を促すように工夫しました。

また「スポンジの上の方に登れたら、もっと面白いのでは」という話し合いから、体験スペース内に階段を設置。上下方向の好きな位置に移動できるようにすることで、グループで来場された皆さんが連携して、さまざまなバリエーションを考えられるようにするなど、ポーズのアイデアがより広がるようにしました。そして、これらのユーザー体験をつくっていくうえで最も大切にしたのは、来場者の方に体を動かして楽しんでもらうこと。自分の体をリアルに使い、友人や仲間と協力してポーズを考えたりすることで、より楽しく熱中できると思ったからです。

庄司さらに、PHOTO MIYOTAは地域密着型のイベントということもあり、子どもからご高齢の方まで、誰もが手軽に楽しめるものにしたいと考えました。当初は体験する際に、各人が好きな作品を選べたり、再撮影できたりするプランもあったのですが、これらの機能をすべてなくし、来場者にはランダムで作品を提示し、ポーズを決めた後はシャッターボタンだけの操作としました。あえて機能を絞ることで、「BAU」の世界観を楽しみ、「写真に入り込む」ことに集中してもらいたいと考えました。

さらにこだわったのが、来場者が入り込んだ「YOU and BAU」をプリントして渡すこと。これには、一つの作品として紙に定着させたいという意図とともに、そのプリントと元の作品「BAU」を見比べてもらい、写真家が込めた想いを改めて感じてほしいという狙いがあります。最初はSNSを念頭に置き、データで渡すことを考えていたのですが、フォトフェスティバルの一環として「一瞬の出会いを記録し、大切に残す」といった写真という媒体が持つ希少性を改めて伝えたいという想いから、プリントを選びました。

小椋いちばん大変だったのは、体験スペースで来場者を照らす照明でした。今回使用した技術は、もともとは学校の講義や企業のセミナーなどで一人の講師を切り抜く用途を想定しており、今回のように「色々な服装」の「複数人」を切り抜くためには各人の輪郭を際立たせる照明の調整を繰り返す必要がありました。それでも、柄や色によって服の一部が透明になって背景と同化することも稀にあり、我々の意図通りに仕上げることは至難の業でした。

しかし、あるテストのときに、体験者の方が自分の服が透明になっている部分を逆に面白がりながら、ポーズを工夫して楽しんでいるのを見かけました。さらに、写真家の鈴木氏から「こういう偶発性も楽しいね」と言われたときに、目から鱗が落ちました。

鈴木それまではテクノロジーの完成度を求めていたのですが、大切なのは、来場者をいかに楽しませるかを追い求めること。そんなデザインの本分に立ち返ることができ、偶発性という余白も取り入れながら、「YOU and BAU」というユーザー体験を仕上げていきました。

すでにある物事を見つめ、
その価値を増幅させていく

「YOU and BAU」の会場は多くの来場者で賑わい、その新たな写真体験は好評を博したという。デザイナーたちはどのような手応えを感じているのか。さらに今後、得られた知見をどう生かしていくのか。

小椋イベント期間中は、アートや写真の愛好家から、近隣に住む方まで、幅広い世代の方が「YOU and BAU」を体験してくれました。面白いポーズをとってくれる方々もいましたし、元の作品と自分たちのプリントを見比べて盛り上がっている方もたくさん見かけ、本当に嬉しかったです。さらに感激したのが、写真家の鈴木氏に「自分の作品が拡張されているようで興味深い」と言っていただけたこと。私たちのことを信頼して、大切な作品を預けてくれたことに改めて感謝したいと思います。

池田デザインには、新たな価値を一から創造するだけでなく、すでにある物事や場所を見つめ直し、そこに眠る価値を増幅させる力があると思います。今回のプロジェクトも、鈴木氏の「BAU」に魅了された私たちがデザインとテクノロジーの力を結集し、その作品の中から新たな体験価値を引き出そうとしたものです。その挑戦の過程で、私たち自身もデザインの可能性を再認識することができました。

いまクリエイティブセンターでは、ソニーグループ内のデザイン案件を担当しつつも、これまで培ってきたデザインのスキルや思考を社外にも広く役立てたいと考えており、私たちが所属するLocation Value Design室も"場の価値をつくる"ことをテーマに外部企業の案件に積極的に取り組んでいます。今後も、アート写真という分野を含め、さまざまな分野で挑戦を続けていきたいと考えています。

写真作品の中に入り込んで楽しめるという、
新しい体験を実現した「YOU and BAU」。
クリエイティブセンターはこれからも、
クリエイターや社内外のさまざまな方とコラボレーションし、
新たな価値を引き出すデザインに挑戦し続けます。