~ハイパワーオーディオシステム~
大音量の音楽をかけながらパーティーを楽しむ中南米の国々に向けた商品「ハイパワーオーディオシステム」。
ラテンの人々の心に響く音楽体験を実現するために、多様な感性と意見を積極的に取り入れることで
数々のイノベーションを起こしてきたプロジェクトの担当者たちに話しを聞きました。
菊池:中南米の人たちは、週末になるとパティオと呼ばれる中庭で友人や親戚を多いときは50〜100人ほど集めてパーティーを開きます。夕方に始まり、子どもからお年寄りまで一緒になって食事をしたり踊ったりしながら楽しむのですが、そこに欠かせないのが音楽です。しかも、フルボリュームの大音量。私も初めてパーティーに参加したときは驚きました。ラテン圏ではよく「音楽は身体で聴くもの」と言われ、体に響いてくる音圧(パンチ)を全身で感じながら楽しみます。近隣の家とはお互い様なようで、このようなパーティーが一般的な家庭でも隔週くらいのペースで開かれ、日常的な光景になっています。
そうした背景のなか、一家に一台の必需品といえるのがハイパワーオーディオシステム(以下HAS)、いわゆるミニコンポです。私たちはHAS開発のため、これまでメキシコやコロンビア、チリやアルゼンチンなどの一般家庭を年に15~20軒ほど訪問し、調査を重ねてきました。そこで気づかされたのは、彼らにとって音楽は趣味ではなく生活の一部だということ。例えば、ミニコンポは持っているけど、洗濯機や電子レンジがない家庭も珍しくありません。話しを聞くと「洗濯は自分でできるが、音楽はミニコンポがないとみんなで楽しめない」という答えが返ってきました。暮らしの中心に音楽があることを実感しました。
若林:HASのユーザーには、12ヶ月や24ヶ月の分割払いで買ってくださるお客様も大勢います。購入の際には家電屋に家族そろって訪れる方もいて、一生モノを買うように熱心に選びます。私が驚いたのは、店頭でも当たり前のようにフルボリュームで試聴していることです。その様子からも分かるように音質へのこだわりが強く、音量とともに重視されるのが音圧(パンチ)や重低音。音に迫力があればあるほどパーティーが盛り上がるからです。
菊池:音圧や重低音は通常、スピーカーボックスの容積で決まります。そのため数年前までは、スピーカーボックスの大きさと数の多さがHAS選びの基準でした。ところが実際の使われ方を調べると、パーティーの際には機器を外に運び出さなければならず、リビングと中庭を何往復もするなどスピーカーの数の多さが大きな負担となっていました。そのことに気づき、新たに企画・開発したのが再生・操作系のユニットとスピーカーボックスをすべて一体化した1ボックススタイルのHASです。
松田:設計的には1ボックスにすると、トータルでのスピーカーボックスの容積が減ってしまうため、本来音づくりには不利です。しかし、ただ一体化して利便性が向上しても、音が良くなければ本末転倒。そこで、ソニーが培ってきた音づくりのノウハウを生かし、スピーカー全体の容積が減っても音圧や重低音をキープする技術を新たに開発しました。その上で、本当にラテン圏の人たちの心に響く音を実現するため、HASの設計では他のオーディオ機器の設計にはない特別な工程があります。
それは、各国の販売担当者を一斉に集めて、新製品の音の方向性を決める「サウンドコンファメーション」です。実際に大音量で音楽をかけて音を体感してもらい、中南米をはじめ世界中の人たちの意見を取り入れるのです。やはり音の感性は国や地域ごとに異なります。私たち設計が良い音ができたと思っても、「もっと音圧が欲しい」「重低音が足りない」などさまざまな意見が出てきます。それらをすべて受け止めて音をチューニングし、最終的に各国の担当者全員が同意した音で製品を送り出しているのです。
鈴木:デザイン面でも1ボックススタイルの普及を後押しするため、一目で音の迫力が伝わることを意識してデザインしています。一つの大きな塊からスピーカーやウーファーを削り出したような、彫刻のような力強い造形表現です。また、通常のオーディオ機器にはない持ち手やキャスターをつけるなど、持ち運びの際の使い勝手にも配慮しています。
若林:2014年に送り出した1ボックススタイルは徐々に受け入れられ、今ではラテン圏のHAS市場の4割が1ボックスタイプ。いずれは従来の多ボックスタイプとシェアが逆転するといわれています。もし、持ち運びの利便性を高めたデザインだけの商品なら、ここまで広まることはなかったでしょう。音づくりを妥協することなく、多様な音への感性を積極的に取り入れた結果だと思います。
菊池:音づくりに限らず、多様な意見を受け入れるチームの柔軟な姿勢は、新しい音楽体験を生み出すことにもつながっています。例えば、大きな会場で複数のHASを連動させる「パーティーチェーン」という機能があるのですが、これは生産工場のあるマレーシアの設計チームから出てきたアイデアを形にしたもの。マレーシアの方は音への感性がラテン圏の人たちに近くHASユーザーでもあるので、日本の設計チームが思いついたアイデアについても積極的に意見を聞くなど、お互いの発想の違いをうまく製品開発に生かしています。
鈴木:また、日本でも販売されているワイヤレスポータブルスピーカーEXTRA BASS™シリーズに搭載されているライティング機能は、元々はHAS向けに開発した「パーティーライト」機能を転用したもの。家でもFESのライブ感を体験したい方々や、子どももいるし、お金もかかるので我慢しているが本当はクラブに行きたい方々。そんなお客様の潜在ニーズに応えようとしたのがきっかけです。クラブで楽しむような光と音の演出を家庭でも楽しんでもらうため、曲のビートに合わせてライティングの色や点滅が変わる独自のアルゴリズムを開発しています。
菊池:さらに、ラテン圏のお客さまに想像以上に喜ばれたのが「ジェスチャーコントロール」。HASの操作体験まで演出できないかと、操作パネルに手をかざし動かすだけで音量の調節や曲の送り/戻しなどができる機能を開発。この技術は、2017年秋に発表されたソニーのスマートスピーカー『LF-S50G』に採用されました。ラテン圏の人たちのニーズに応え、意見に耳を傾けながら生まれた新しい音楽体験や技術が、製品のカテゴリーを超えて、未来のライフスタイルをつくる製品にも生かされているのです。
菊池:私たちはその地域の文化や価値観を徹底的に調べて開発していますが、自分たちの理解だけでは本当にその国の人たちの心に響くものはつくれないと思っています。だからこそ、各国のお客さまや販売会社の人からのフィードバックを大切にしています。そうした多様な意見を積極的に取り入れる意識が企画、設計、デザイン、販売まで浸透しており、いいモノづくりにつながっていると思います。
松田:設計の現場では、マレーシアのメンバーとの密な連携が欠かせません。国や文化の違いからコミュニケーションで気を使う部分もありますが、考え方の違いはアイデアとなって表れます。多様なメンバーでお互いの良いところを引き出し合う関係は、間違いなく設計の強みになっています。
若林:1ボックススタイルのHASは、HAS市場において新しい価値観を作り出すことに成功しました。さまざまな国のお客さまの文化を深く理解し、そこにソニーの技術力を掛け合わせることで、それまでなかったものを作りだす。そんなソニーの信念をまさに具現化した商品だと思います。
鈴木:HASの開発に関わっていていつも思うのは、日本人だけの感性では限界があるということ。それは音づくりに限らず、デザインでも、売り方でも同じです。多様な価値観に触れ、それらを取り入れながらイノベーションを起こす。それによってより多くの人たちに感動する体験を届けるのがソニーのモノづくりなのだと思います。