矢藤 有希
ソニー知的財産サービス株式会社 情報戦略部
私は子どもの頃から理科が大好きで、特に星に興味がありました。きっかけは、小学生の頃に夏休みの宿題で、月の満ち欠けを観察したことだったと思います。中学では理科研天文班というクラブに入部し毎晩のように星を観察していました。夏になると山へ行って、キャベツ畑の真ん中で一晩中星を見ていましたね。
大学では宇宙物理を学びたいと考えたこともありましたが、早く社会に出て仕事がしたいと思っていたので、理学系よりも実践に近い工学系を選択し、計測工学を専攻しました。しかし、星への思いが断ち切れず、やっぱり宇宙に関わる仕事がしたいと思うように。宇宙関連の企業や団体に職場見学に行きましたが、当時は女性職員の採用が極めて少なく、ご縁をいただくことはできませんでした。結局、宇宙関連の仕事は断念せざるをえませんでしたが、宇宙とは関係ない仕事をするなら、一番おもしろい仕事ができそうな会社に入りたいと思いました。ソニーは新しい企画をどんどん生み出せる会社というイメージがあり、私も新しい商品を企画してみたいと思って志望しました。
私はソニーに入社したら、設計か商品企画がやりたいと思っていました。当時入社後に配布された希望職種の記入用紙には第6希望まで記入欄があったのですが、私は第5希望までしか思いつかず、とっさに親友が「知財の仕事がおもしろそうだ」と言っていたことを思い出し、6番目に「知財」と記入しました。すると、当時は今とは違って知財を希望する人が少なかったせいか、知的財産権本部特許部に配属になりました。大学では知的財産について学ぶ機会がなく、まったく知識がありませんでしたが、入社してから勉強させてもらえました。特許部に配属されて5年目に米国ニューヨークの弁護士事務所で4カ月間、研修と称して働かせてもらったことは、米国の知財関連法の知識だけでなく働き方やカルチャーを知る上で貴重な経験になりました。
思いがけず知財の仕事をすることにはなりましたが、社内外の最先端技術や発明に触れることは刺激的でとてもおもしろく、どんどん仕事にのめりこんでいきました。そして、知財についてより探求したいという思いが強くなるにつれ、新しい技術や発明が生まれる源泉や、技術開発のテーマ選定などといった戦略が知りたくなり、「社内募集」制度*を利用して、技術開発戦略部門(R&D戦略部)へ異動しました。そこで通信技術開発戦略を担当したことがきっかけで、事業戦略部門や事業部への異動を命じられ、ネットワーク関連事業の企画や立ち上げにも従事しました。入社時の希望であった企画の仕事に関わることができ刺激的でした。開発戦略から事業立ち上げまで経験したところで、その経験を活かした知財の仕事をしたいと思い、知的財産権本部に戻って技術ライセンス、情報戦略、知財インキュベーションなどを担当しました。最初に配属された知財部門を出て、事業戦略部門や事業部などでさまざまな経験ができたのは、「こういう考えがあるからこれをやってみたい」と言える職場の雰囲気があったからだと思います。創業者の一人である盛田昭夫さんの語録にもあるように「適材適所というのは自分で決めるものだ。働く場所は自分で選べ」というソニーの風土ですよね。
現在は、ソニー知的財産サービス株式会社の情報戦略部で統括部長を務め、知財情報や市場情報、技術開発動向を分析し、世の中の変化を捉えて経営に提言しています。また、ソニーの技術を活用した新規事業創出の支援をしたり、オープンイノベーション*での可能性を探索したりすることも、情報戦略部の業務として行っています。「Triporous™(トリポーラス)プロジェクト」もオープンイノベーションで進めている案件の一つ。Triporousは籾殻から生まれた新素材で、もともとはリチウムイオン電池の負極材としてソニーが発明したものですが、優れた吸着特性を生かして、水や空気の浄化、防臭・消臭といった新しい機能価値を提供することができます。食品や飲料、シャンプーや洗顔剤などの日用品、アパレルなど、さまざまな業界のパートナー企業との協業が実現していますが、これらはすべて社外の方々とのさまざまなご縁から生まれました。他業界や現場が抱えている課題とソニーの技術を融合するために、さまざまな業界の方と対話し、ソニーの技術やアセットについて発信していくことを常に意識しています。これには、知財以外の部署で得た経験や、社外の人との人脈も役立っていると思います。新しい価値を生み出すためには、異業種や異文化といった多様性が混じり合うことが有効だということを日々実感しています。また、一般ユーザー自身がさまざまなカメラワークで地球や星を捉えられる人工衛星の開発や、宇宙感動体験事業の共創を目指す「STARSPHERE」は、私の部署のメンバーが東京大学や国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構(JAXA)とともに立ち上げたプロジェクトです。現在は事業化に向けて他部署に業務を移管しましたが、まさか、学生時代の夢であった宇宙を舞台にする事業に関わることができる日が来るとは感無量で、ソニーでさまざまな経験をしてきてよかったと思いました。
知財部門に戻って3年ほど経ったとき、当時の上司から課長になることを勧められました。そのときは育児休職明けだったこともあり、両立できる自信がなく辞退させていただいたのですが、上司は5年間待ってくれて、子どもが小学校に上がるタイミングで再び声をかけてくれました。上司のほか、いつも相談させていただくメンターに相談すると「やってみて、だめだったらやめればいい」とアドバイスされ、その言葉に背中を押されチャレンジすることに。最初、私はマネジメント職には向いていないかもしれないと思っていましたが、実際にその立場になると、人と接することや一緒に物事を進めることが好きだったこともあり、自分に合っている仕事だと思うようになりました。
マネジメント職に就いたばかりの頃は、メンバーが抱えている案件について自分がすべて詳細に把握し、判断しなければならないと気構えていました。しかし、技術分野や業界分野は異業種含めて大変広い上に、個々のメンバーの専門性は高く、自分ですべてを知ることはほぼ不可能です。そのうちに「わからなくてもいい。わかる人を知っていればいい」という意識に変わり、自分の人脈をフルに使って、メンバーのブリッジ役になることを意識するようになりました。それ以来、気持ちが楽になり、仕事にも広がりが生まれたと思います。
業務以外では、社内の有志で「Leaders Lab(リーダーズラボ)」*というソニーグループ横断のコミュニティを立ち上げ、セミナーやパネルディスカッションなどを企画して、部長クラスのマネージャーに学び合いの場を提供する運営メンバーとして活動しています。日ごろの業務ではあまり接点のない他部門のマネージャーと話すことができ、リーダーシップについての学びはもちろん、人脈が広がり探索的な仕事をする上でも役立っています。会社を良くするために学び合おうという思いの人たちが集まるので、活発な議論ができるし、悩みを共有したりヒントがもらえたりして元気が出ます。こういった活動を自発的に行えるのも、ソニーのカルチャーだと思いますね。
私が考える、仕事における理想的なダイバーシティ(多様性)の生かし方は、自分の核となる軸を持った上で、多様な専門性や人材に興味を持ち、積極的に勉強し接点をもつことです。もちろん、意見の異なる方とぶつかりあったり、業界が異なるとお作法が異なって戸惑ったりすることも多々あります。そんなときはまずは話を聞いてみる、その上で想いを伝えたり、互いの共通点や補完し合える点を探していく柔軟性・しなやかさが大切と思っています。しなやかにふるまうというのは自分の価値観・軸があってこそ。「そのコツはなんですか」と聞かれることがありますが、私なりの工夫は、どんなに忙しくても、自然の中で過ごす時間を作ること。自然の中にいると五感が研ぎ澄まされて、本来の自分の軸・価値観に立ち戻ることができ、迷いがなくなります。私は雪山に登るのも好きなのですが、自分の足でしか前に進めない、でも一歩一歩確実に進む、そうしていると心が落ち着いて、ふと解やアイデアが浮かんだりします。そしてもう一つは、話を聞いてみたい・会いたいと思う人には積極的に会いに行き、視野を広げる時間を作ること。「会いたいと思ったら会っとけ」が信条です。
実は、「こんなふうにしなやかに生きたい」と思ったロールモデルの女性との出会いがありました。会社ではスペシャリストでありマネジメントとしても輝いている人ですが、あるとき「子どもがかわいくて、子育てが楽しい」とうれしそうに話しているのを拝見して、ママであることを楽しみながらマネジメント職もできるんだと感動しました。そして、私もそんなふうに素敵に生きてみたいと思うようになりました。私が課長になることを上司に再度勧められたときに背中を押してくれたのも、いろいろな人に会うようにとアドバイスをくださったのもその人でした。マネジメントにも、さまざまなやり方と生き方があっていいと思います。これからマネージャーを目指す人には、できれば身近に憧れの存在を見つけて参考にすることをおすすめします。そして、自分のスタイルを開拓してほしいと思います。