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お客様の声を聞き、より使い心地のいい製品・サービスに。
年齢や文化を問わず、誰もが使いやすい顧客体験の実現を目指して

伊藤 鈴
ソニー株式会社

お客様視点のものづくりは、ソニー共通のマインドセット

私は2022年に入社して以来、テレビのUI(ユーザーインターフェース)/UX(ユーザーエクスペリエンス)デザインを担当しています。また、人間中心設計(Human-Centered Design:HCD)を推進するHCD課にも籍を置き、アクセシビリティに配慮した製品開発をサポートしています。テレビに搭載された音声読み上げ機能は、ただ画面に書いてある言葉を読み上げるだけでなく、現在の状態や画面の構成を伝えることで、視覚情報に頼ることなく操作できるようにする必要があります。それを開発者に周知し、読み上げる言葉の表現を統一したり、実際の画面で使いやすさを確認したりするのが私の仕事です。

まだ入社3年目ですが、HCDは年々社内で浸透してきていると感じます。新入社員は部署に関係なくHCDに関する研修を受けますし、スキルをアップデートするために自発的に研修に参加する社員もいます。全社共通のマインドセットになりつつあるので、HCD課の一員としてHCDに基づく商品開発を牽引できるよう、より一層努力していきたいと考えています。

  • ※アクセシビリティ:年齢や障がいなど個人の特性や能力、環境にかかわらず、製品・サービス・エンタテインメントを利用できること

年齢や文化に関わらず、誰もが使いやすいUI/UXデザインに

私がHCDに興味を抱いたきっかけは、祖父母でした。携帯電話の文字を大きくしたいけれど、変更する方法がわからない。うっかりデータを消してしまい、元に戻せない。こうした困り事が起きるたびに、母や私に助けを求める連絡がありました。祖父が病気で片手を動かしづらくなってからは、これまで通りに箸が使えなくなり、フォークや補助機能のついた箸を使うように。その様子を見ていた私は、子どもの頃からものづくりが好きだったこともあって、多くの人にとってより使いやすく心地よいものをつくるにはどうすればいいのかと考えるようになりました。そこで、大学では人間の感性や感覚を分析し、ユーザーにとって心地よい製品・サービスづくりに生かすことができる感性工学を学ぶことにしたのです。

大学在学中に経験した留学や海外旅行も、HCDへの興味を深める原体験になっています。フランスで民泊を利用したときに、洗濯機を使ったら一面泡だらけになり、大慌てしたことがありました。機能に大きな違いはないと思っていても、その国の人にとって当たり前のボタンのサインが、日本人の私には馴染みがなく、言葉はわかるはずなのに何を意味しているのかわからない。スマホで何でも調べられる時代でも、わからないことや不便なことはたくさんあると実感しました。この出来事をきっかけに、年齢や文化を問わず、多様なユーザーにとって使いやすいものをつくりたいと思うようになりました。

リビングをより心地よい空間にするBRAVIAアプリを開発

大学院ではものづくりのプロセスやUXデザインを学び、就職先を選ぶ際にはHCDに対する企業姿勢を重視しました。ソニーの新卒採用には100以上の募集コースがあり、自分のやりたい仕事を選ぶことができます。その中には、他社にはなかなかない、HCDに取り組む人材を求めるコースも。HCDに対するソニーの本気度に心打たれ、入社を志望しました。

現在取り組んでいるのは、BRAVIA(ブラビア)搭載アプリ「Living Decor(リビングデコ)」のUI/UXデザインです。大画面テレビはリビングの主役のひとつですが、電源をオフにすると“大きな黒い板”になります。生活空間に馴染まない場合もあり、時には圧迫感も与えることもあります。そこでリビングデコは、映像や音楽を再生することでテレビを写真立てや時計のように使い、居心地の良い空間を演出できるようにしました。

このアプリを使うと、さまざまな映像や音楽を流せる他、ソニーのグループ会社とコラボレーションしたコンテンツをテレビ画面に表示することができます。新たな試みにも取り組んでいますが、どんな映像や音楽が流れたら皆さんに喜んでいただけるか、どのようなタイトルや説明文なら魅力を感じていただけるのか、お客様に楽しんでいただける企画を考えるときにも、アイデアだけが先走ることなく、HCDの視点が生かされています。

お客様の家庭を訪ね、使いやすさを調査

ユーザーの声を起点にものづくりを行うHCDでは、アンケートやインタビューだけでなく、実際にお客様のご家庭を訪問し、製品の利用実態を調査することがあります。私は入社2年目に、アメリカ・カリフォルニア州に2カ月間滞在し、現地のリサーチチームと共に家庭訪問調査に参加する機会に恵まれました。

家庭訪問調査を日本からリモートで観察し、チャットで質問をすることは以前からありましたが、現地で体験するとまた違った臨場感がありました。画面越しでは伝わりづらいお客様の表情や細かい手の動き、次の操作を一瞬ためらう様子などがはっきりと見て取れましたし、日本と異なる生活環境の中でソニーの製品がどのように使われているのか、身をもって体感できたのも大きな収穫でした。初対面のお客様から率直なご意見をいただくための、リサーチチームの雰囲気づくりや言葉を引き出すテクニックも、とても勉強になりました。入社した年にはインクルーシブデザイン・ワークショップに参加し、障がいのある方と一緒に街歩きした経験もありますが、若手が実地で学べる機会が多いのもソニーならではだと思います。

現地の大学(カリフォルニア大学サンディエゴ校のDesign Lab)を見学

お客様の喜ぶ姿に感じるやりがい

大きなやりがいを感じるのは、自分が担当したUI/UXデザインが好評で、実際にお客様が喜ぶ様子を見たときです。アメリカでの家庭訪問調査の際に、最も印象深かったのは、視覚に障がいのある方のお宅を訪問し、テレビの設定をスムーズに行えるか試していただく調査でした。その方は人の手を借りずに設定したいと思いながらも、これまでは知人にお願いしていたそうですが、実際にご自身で設定を完了させたときには「できた!」と、とても喜んでくださいました。アクセシビリティに配慮したものづくりの大きな意義を感じましたし、お客様が喜ぶ姿を実際に見ることができ、とても感慨深かったです。

UI/UXデザインは、私ひとりでは形にできません。「こういう仕様にしませんか?」と提案し、設計担当者とすり合わせながら一緒につくっていくことになります。みんなで苦労を重ね、テレビ画面上で動作したときには大きな達成感がありますし、実際にお客様から好評を得られたときには喜びもひとしおです。

大学院でも、ものづくりのプロジェクトに参加したことがありましたが、企業では関わる人数が格段に違います。責任も伴うため、新たな機能を提案する際には、根拠を論理立てて説明しなければ協力を仰ぐことができません。ものづくりに向き合う姿勢も、ソニーに入社してから大きく変わったと思います。

BRAVIA開発チームメンバーと

人間中心設計は、どんな製品・サービス開発にも生かせる

これまでの人生を振り返ると、私は祖父母の困り事に向き合っていたころから、お客様視点のものづくりについて長い間考えてきました。それが私の興味の中心であり、人生を懸けて探究すべきテーマなのだと思います。

現在、私が感じている課題は、ブラビアを選んでいただくまでのプロセスです。例えば家電量販店でさまざまなテレビが並ぶ中で、どうすればブラビアに価値を感じていただけるのか。製品購入までのプロセスには、HCD視点を取り入れる余地がまだまだあると感じています。

また、テレビのUI/UXデザインは奥が深く、まだまだスキルを磨く必要があるとも感じています。スマートフォンの普及によりタッチパネル操作が浸透しましたが、テレビはリモコン操作です。画面づくりの考え方もまったく違うので、リモコン操作ならではのUI/UXデザインも追究していきたいと考えています。

そして、ゆくゆくはテレビ以外の製品・サービスにも挑戦したいです。HCDの考え方は、さまざまな分野で応用できます。どんな製品・サービスでも、まずはお客様の声を聞き、調査・分析してお客様が求めるもの、使いやすいものをつくるという開発プロセスは共通するため、積み重ねた経験を生かせるのではないかと思います。今後はスキルを極め、いろいろな方と協力しながら、今まで誰も考えつかなかったような新たな体験を生み出せたら、何よりの喜びです。