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"機能"ではなく、"体験"を軸にしたものづくりを。
お客様に新たな価値を提供するソニーの人間中心設計

高岡 綾
ソニー株式会社

お客様を深く知ることが、ものづくりの第一歩

私は、オーディオ製品のUI(ユーザーインターフェース)やUX(ユーザーエクスペリエンス) を取りまとめるPrincipal Engineer(上級エンジニア)です。新製品や新機能のUI/UXの方向性を定め、製品がお客様に求められるものになっているか、また、使いやすくできているかを確認する役割を担っています。

さらに、オーディオとテレビの組織横断で人間中心設計(Human-Centered Design:HCD)に取り組む「HCD委員会」委員長も務めており、お客様のニーズを捉え、より使いやすい製品を開発するため、HCD推進や、UI/UXの課題解決に向けたガイドライン策定などを行っています。

私がHCDにおいて重視しているのは、"お客様のことをどれだけ深く知るか"です。ソニーの製品は、世界中でご利用いただいています。幅広いお客様により良い体験、新しい価値を提供するため、製品のコンセプト段階からリリース後までさまざまな形でユーザー調査活動を行っています。

また、お客様を知るには、世の中について知ることも重要です。新しい製品やサービスを見れば、なぜそれらが開発されたのか、どのような方々がターゲットなのかを考える。そして、UI/UXに新しい仕掛けがあれば、私たちも取り入れられる部分がないか検討する。例えばゲームアプリのようにまったく異なる領域の製品・サービスにも、新しいヒントが隠されていないかと積極的に触れるようにしています。

"使いやすさ"は作れる。大学での学びが人生の転機に

私がこの分野に興味を抱いたきっかけは、約30年前、大学で「ヒューマンインターフェース」の授業を受けたことです。当時はUIという概念がまだ一般的に浸透しておらず、私自身も製品・サービスの使いやすさについて深く考えたことはありませんでした。家電のリモコンなどを操作する際、使いにくいと感じることもありましたが、「これはこういうものなんだ」と受け止め、改良することを考えてもみなかったのです。

しかし、"使いやすさ"は論理的に分析できると知り、ものの見方が大きく変わりました。例えば、パソコンの電源ボタンのすぐ近くにランプがあれば、「このランプは電源の状態を示すものだ」と認識できます。しかし、電源ボタンとランプが離れていれば、何を示すランプかはわかりづらいでしょう。このように人間の知覚には法則性があり、表現や工夫次第でものの使いやすさも変わる。そう知ったことは、私の人生を変える鮮烈な原体験になりました。

エンジニア主導から、お客様の声を物差しにしたものづくりへ

2000年頃、私はソニーに入社しましたが、当時はまだUI/UXを重視するエンジニアは多くありませんでした。というのも、その頃は世の中一般的に機能性が不十分なものも多く、みんなが同じような不便を感じていたからだと思います。そのため、エンジニアは「好きなテレビ番組をかんたんにタイムシフトして見たい」「もっと多くの音楽を持ち歩きたい」「カメラで撮影した画像を、現像せずにその場で見たい」と自分たちが便利だと考えるものを技術先行で開発し、それがお客様に受け入れられていました。

しかし、こうした製品がひと通り開発されれば、お客様共通の不便はなくなります。そして、そこからは利便性を超える体験、新たな価値が求められるようになりました。その結果、エンジニア主導による技術先行のものづくりだけではなく、お客様の声を物差しにしたものづくりが求められるようになったのだと思います。これから作ろうとしているものは、果たしてお客様に価値ある体験を提供できるのか。こうしたHCDの視点が重視され、ソニー全社でお客様の声をしっかり聞くようになっていきました。

新製品のコンセプト段階では、私たちの提案に対し、お客様から「その機能を欲しいとは思わない」という評価をいただくことがあります。実は、こうした忌憚のない意見を聞くことこそが、私にとっての喜びです。お客様の声によって、私たちは視野の狭さに気付き、新たな角度からヒントを得ることができます。それが、仕事のやりがいにもつながっています。

ものづくりを“体験”ベースで語る、HCDプロセスの導入

これまでで最も印象的だったプロジェクトは、商品開発プロセスの整備です。このプロジェクトは、ものづくりを"機能"ではなく"体験"ベースで語るようにする取り組みでした。

例えば、「スピーカーに『パーティーコネクト機能』を搭載したい」と言われた場合、人によって思い浮かべる機能はそれぞれ違うと思います。開発メンバーがそのまま思い思いに開発を進めれば、コミュニケーションミスが生じ、作りたいものと違うものを作ってしまったという結果になりかねません。そこで、お客様の体験を軸に、ものづくりをできるようにしようと考えたのです。

例に挙げた「パーティーコネクト機能」は、南米などのホームパーティーで使われる、複数のスピーカーをつないでワイヤレス再生を楽しむ機能です。南米では週末になると、友人や親族をたくさん招いてホームパーティーが開かれます。日本では考えられないほど家屋や庭が広いため、スピーカー1台ではみんなに音が届きません。そこで離れた場所に設置した複数台のスピーカーを同時に鳴らし、スピーカーに搭載されているライトを連動させてパーティーを盛り上げることに価値があるのだそうです。機能の名称や動作の説明だけではどのようなものか分かりませんが、こうしてお客様主体で伝えれば、"どんな人がどんな場所でどんな時にどのように使い、どんなうれしいことが起こるのか"と体験を定義できるのです。

このように、お客様の体験を"共通言語"としてものづくりを語ること、それを商品開発プロセスに組み込むことが、プロジェクトの意義でした。この取り組みにより、オーディオ製品の開発プロセスでは、どのような体験をお客様に提供するのかドキュメント化することが一つのステップとして組み込まれるようになりました。

現在は、こうしたHCDプロセスがソニー全社に広まりつつあります。私たちオーディオ開発チームでいち早く導入できたのは大きな喜びであり、開発プロセスにおいても革新的な出来事だったと思います。

ハードウェアとサービスの両軸でHCDを推進し、ソニーの独自性を発揮

今では、HCDはソニーのものづくりの根幹を成しています。ソニーのプロダクトは最先端でありつつ、誰もが使いやすいものでなければなりません。その両方を満たすことが私たちの責務であり、ソニーの製品として世に出すための必須条件だと考えています。私が新入社員のころ、当時の会長だった大賀典雄さんは「"SONY"という四文字のロゴをつけて商品を出すことの重み」について、よく話されていました。その言葉が胸に刻まれ、新製品を世に送り出すときには「これはSONYのロゴをつけるに足るものか」という指針で使いやすさ品質を判断しています。

ソニーでは、ハードウェアとサービス両方を手掛けている点も大きな特徴です。ハードウェアとサービスが連携し、その双方でお客様に価値ある体験を提供できる企業はそう多くありません。そこに、ソニーの独自性があると考えています。

エンジニアとして働く上でも、その点を魅力的に感じていますし、カメラやオーディオ、テレビなど製品カテゴリーも多岐にわたり、それぞれでお客様や利用シーン、使い方が異なる点にも面白さを感じます。私自身、エンジニアとして幅を広げるため、社内異動制度を活用して、ブルーレイディスクレコーダー、デジタルカメラ、モバイルアプリ、オーディオとこれまでさまざまなカテゴリーで経験を積んできました。その多様な製品を担当した知識と経験が今の業務にとても役立っています。

暮らしに溶け込み、日々の生活をより豊かに彩るものづくりを目指して

HCDをさらに推進するため、今後はより深くお客様の意見を聞き、その声をものづくりに生かしたいと考えています。すでにさまざまな形でアンケート、インタビュー、利用状況調査などを実施していますが、もう一歩踏み込んだ声を聞きたいと思っており、世界各国で生活スタイルも製品のユースケースも異なる中、どのようにお客様の実情を把握すべきか、その手法を模索しているところです。今後も、こうした取り組みをチーム全体で進めていきたいと考えています。

究極の目標は、ソニーがユーザーの生活に溶け込んでいくことです。ソニーの製品やサービスを使っていることを意識しないくらい、ユーザーの日々の暮らしに溶け込む自然な存在になれたら。自然でありつつ、生活をより豊かに彩ることができたら。そんな製品・サービスを生み出すことを目指し、これからもお客様の体験を重視したものづくりに励んでいきたいと思います。