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ソニー 常務 勝本 徹インタビュー
「今ないもの」を、5年先10年先に創るために
2018年4月にR&D新体制が発足。R&Dの責任者である勝本 徹は、いかなるビジョンとタスクを有しているのか……。次世代研究開発の、新たなる道筋を訊く。
プロフィール
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勝本 徹
技術と歩んだ20余年
──最初に、勝本さんのこれまでのキャリアを振り返っていただけないでしょうか。
大学では電子工学を学びました。といっても、水晶振動子や光ファイバーといった物性系を少し勉強したこともあって、入社したてのころは磁気テープの開発だったり、テープに信号を書き込むための磁気デバイスだったり、あるいはその磁気デバイスに信号を流すための最初のアンプの回路といった、どちらかというと物理とか応用物理の人がやるような仕事を担当しました。
その後は、電気系のリーダーとして10年ほどハンディカム®に携わり、アメリカに留学したり、製造事業所・現場などへも行ったりしました。次の10年はテレビですね。ちょうどデジタル化の立ち上げ時期で、今度はイギリスに行きました。それからホームビデオ、一眼カメラ、放送局用のプロフェッショナル機器などを担当した後、メディカル分野でソニー・オリンパスメディカルソリューションズの初代社長を務め、2018年1月からはR&Dの責任者も務めています。
──「技術」は、ソニーという会社が立ち上がった当初から、揺るぎないアイデンティティとしてその中核にあったと思うのですが、2000年ごろから2010年代初頭あたりまで、ソニーは試行錯誤をしていたように思います。その状態から抜け出すにあたって、なにがブレイクスルーになったのでしょうか?
1990年代中ごろにインターネットの時代が到来したことで、突然、ハードウェアからソフトウェア寄りになりました。つまり、単品商品のヒットを狙って大きくなってきた会社が、もうひとつ大きなエコシステムを考えなければならなくなったわけです。その時代においてソニーは、「とにかく高いモデルも安いモデルも出して、世界中に売っていく」という方向へ行き、戦線を広げてしまいました。そうした時期を経て、今は本来得意なところに集中できている、ということがひとつあると思います。4K有機ELテレビ ブラビア®とか、一眼カメラのα™とか、ハイレゾのオーディオとか、最新技術をふんだんに投入した、トップエンドのちょっと差異化された領域にもう一度集中したことが功を奏したと思います。
もうひとつは、コンシューマー向けの商品だけではなく、例えばスポーツライブ中継システムに強いとか、エンタテインメントの分野で映画とか音楽の事業を持っているとか、そうした「グループの強みの結集」を、改めて徹底するようになったことが大きいと思います。
R&Dにしても、これまでは「商品をヒットさせるための開発」という側面が大きかったと思うのですが、今は「グループ全体にどうやって技術を活用してもらえるかな」と、考えるようになってきていると思います。
技術に向かうだけでなく、
事業や人々のための技術がソニーの未来を担う
──グループ全体の先々を見据える立場のR&Dとして、これから何を考えていかなければならないとお考えでしょうか?
例えば、クリエイターをはじめとするプロフェッショナルの方々は、いいコンテンツを作り上げるために新しいツールが欲しいわけですよね。それを実現してあげるための技術というのは何か、ということをしっかり考える必要があると思います。
ただ、開発者はやっぱり技術が好きなので、「とにかく徹底的に機能や性能を追求して、いいものを作れば、必ず買ってくれる人がいるに違いない」と信じがちです。もちろんそれも必要ですが、それだけになってしまうと独りよがりになってしまいます。「実は、かゆいところに手が届いていません」という状況です。
効率が悪かったりやりにくかったりといった、「お仕事上困っているところ」を技術で解決することで、クリエイターがもっと早くコンテンツを作れるとか、余分なところを気にしないで効果的にモノを作れるようにしたいわけですが、前提としてその悩みを知らなければ、的を射た開発はできないわけです。
──その視点もふまえ、研究開発に向いている技術者の資質とは、どういうものだとお考えですか?
パターン化した資質というよりは、むしろダイバーシティ が必要だと思っています。ひとつのものを捉えるにしても、いろいろな見方をする人がいないと、やはり「突き抜けたもの」ってできないですよね。平均的にアタマのいい人が集まって、平均点のようなものを作っても、あまりおもしろくありません。テレビの場合でいうと、SD、HD、4Kと来たから、次は8K、16K、32Kかというと、そうではないわけです。
性別、年齢、国籍、障がいの有無みたいな多様性があり、いろいろな考え方がある中で、「ここがいいね」という広がりが欲しいですし、基本、いろいろなことに対する好奇心があってほしいと思います。
そして、技術的に深掘りする好奇心に加え、世の中の人が潜在的にどういう欲求を持っているのか、ということもわからなければいけないと思います。ただ、個人がすべてを兼ね備えていなくてもいいかもしれません。ソニーの技術者軍団として、いろいろなことが解決できるといいのかなと。
あと、何か課題を解決するときって、たくさんオプションを思いついた方が突破できる可能性は増えると思います。そのためには、同じ国で、同じ空間で、同じ生活をして、同じ年代で、教育も一緒、時代背景も一緒、という人だけが集まっていても、なかなか発想が広がらないところがあるんです。一方で広がりすぎるとまた、大変なんですけどね(笑)。
世界の動きは自分の目で見て初めてわかる
──ちなみにR&Dでは、どのようなフローでプロジェクトが立ち上がるのでしょうか?
確立された手法はないと思います。本社のR&Dは、「今ないものを、5年先10年先にどうやって生み出しますか?」ということを考えなければいけません。そのためには、「5年後10年後、会社をこういう風にしたい」という経営的な方向感を、私も含めてですが、経営陣が考えて示す必要があると思います。それをふまえた上で、本社のR&Dとしては「こういう技術を仕込んでおくべきだよね」ということをしっかりと考え、試行錯誤しながらいろいろチャレンジするのだと思います。
──「ないものを創る」というときの「ないもの」を、もう少し具体的に教えていただけますか?
これから創り出すものなので、しっかり探さなくてはいけません。ソニーのような会社の規模で、アイデアレベルのスタートアップの規模では、5年後10年後に会社が維持できないので、現在存在している事業と同じくらいの規模になりそうなものを見極める必要があるんです。
日本のマーケットは、世界的に見ると結構小さいわけです。アメリカとか中国とか、今後は東南アジアとかインドとか、ヨーロッパもあるわけですが、メガトレンドも含め、いろいろな国で、いろいろな業種の人と情報交換するなかで、ソニーの技術が生かせる、あるいは事業アセットが生かせるところをひとつひとつ吟味しながら、トライ&エラーを繰り返してやっていくのが結果的には一番近道だと思います。
今ある領域からとても遠いところで何かが見つかるかというと、そうではないと思いますが、世界のいろいろなところで何が起こっているかを把握するためには、相当しっかりと足で稼ぐ必要があると思います。現場に行って、お客さまと話さないとわからないことって多いんです。それこそインターネットで検索していても、未来のことが見つかるわけでもありませんので。
──その意味では、海外各所の現場動向を把握するための赴任や長期出張などに行かせるシステムはあるのでしょうか?
はい。海外赴任者などを増やしたり、海外拠点含めた人材ローテーションを検討しています。今でも学会へ行ったり、協業するいろいろな大学や研究機関には行っていますが、やはり技術的な視点で行っていることが多いですよね。一方で、例えばアメリカのマーケットでどういうことが起きていて、「5年後10年後には、きっとこういう新しいライフスタイルだったり、プロフェッショナルの領域でこういうことをやってあげると、ひとつ産業が起きるのではないか……」といった知見を得るべく、エンジニアが現地の人々と接点を創っていくことには、今後より注力していくべきと考えています。
社会課題にソニーが挑んでいく
──勝本さんご自身は、5年後10年後の社会に向けて、どのような課題意識をお持ちなのでしょうか?
ソニーがどのように関われるか未知数ですが、やっぱり気候はおかしいですよね。「SDGs」が17の目標を掲げていますが、地球のサステナビリティは人類の課題なので、最優先課題だと捉えています。最優先課題だから社会に貢献できるけれど、ビジネスチャンスもあるはずだという信念でやられている方がいらっしゃいますが、私も、そういう側面は必ずあると思ってます。ソニーも会社として、どのSDGsの番号かはともかく、その中のいくつかには貢献する技術開発をしなければならないと思います。
未来のために注力したいこと
──4月に現在の役職に就かれ、会社からはどのような優先課題を託されているのでしょうか?
ここ5年は、会社が苦しい時期でした。とにかく利益を上げる必要があったので、商品力を強化するべく、R&Dからの応援が不可欠でした。つまり、直近2~3年の商品に、性能機能を追加していくための開発活動にフォーカスして、一眼カメラやテレビやハイレゾや、いろいろなところにその技術をふんだんに使って、商品力を上げることが求められました。
それで何年か経ち、ようやく昨年度は7,000億円くらい利益が出るようになったので、今度はその利益創出を続けていく前提で、より中長期的な仕込みに軸足を戻してほしいと言われています。決して直近の商品力アップを止めるわけではないのですが、中長期の活動を加速してほしいというのがまず1つめです。
次に、本社のR&Dは、グループ全体のR&Dであるべきなので、各ビジネスの売上げ規模や、利益規模、あるいは5年後10年後の伸びなど、いろいろ考慮に入れながら、貢献できる部分の幅を広げていくことも課題としてあります。
具体的には、よりBtoB、エンタテインメント、金融に貢献できるようにということが2つめです。
3つめは、海外も含めて、これからの10年に必要な人材の獲得です。ソニーにおける人材の採用というと、これまでは電気・メカ・ソフト、という区分での採用が多かったのですが、「これからは技術を磨いているだけ」という時代ではないよね、という視座が必要だと思っています。例えばメディカル事業を立ち上げるにあたり、生命科学、物理、数学、医療工学といった分野を勉強した人を採用していくことは重要なのですが、好奇心旺盛で、自分の専門領域以外のスキルを早く獲得する力のある人の方が、大事な場合もあるかなという気がしています。
そして、ビジネスマインドも必要です。私は出身学部よりもそういった意識がある人をたくさん採用したほうがいいと思うことはありますね。やる気がある人は、わりとすぐその道のエキスパートになりますから。
世界規模で、そういう若者がどこにたくさんいるかということを考えて、採用だけではなく、その後の教育だったりキャリアパスも含めた人材の獲得方法をしっかり考えていくことが重要です。
イノベイティブであること、クリエイティブであること
──最後に、R&Dにおいて、「イノベイティブであること」と「クリエイティブであること」の相関関係や違いを、どう考えているのか教えてください。
難しいですね。以前、どこかの会社へ行ったときにその話になって、「お金を技術にするところ」がクリエイティビティで、「技術をお金にするところ」がイノベーションだという方がいらっしゃって、そのとおりだなと思いました。イノベーションは結局、優れた技術を開発して完結ではなく、新しい事業を立ち上げる、社会にしっかりと貢献する、ということまでやって初めてイノベーションだと思うんです。ですから、クリエイティビティがないとイノベーションを起こす技術は生まれないけれど、そこから先の事業化のところが一番難しいところだし、誰もができることでもないし、適材適所を苦しくてもやっていかないと立ち上がっていかなかったりするんです。クリエイティビティでたくさん弾込めをしておくことは必要だと思うので、比重はクリエイティビティの方が大きいのかもしれませんが、いざイノベーションに行くというときは、やっぱりベストチームを結成して乾坤一擲(けんこんいってき)やらないと、おそらく立ち上がらないと思います。
100個弾込めした中からひとつイノベーションしようといったとき、やはり技術を開発した人は必ずチームに入って欲しいですが、既存の事業体からも応援をもらって、最も次の段階に進むのに得意な人材や、いろいろな人をまとめ上げるリーダーなど、会社を挙げて集めてやらないといけないと思います。aiboが1年半でできたのは、おそらくそれがうまくできたからですし、今後も、そういうところをできるだけサポートしたり応援していきたいと思っています。